第14話 「先輩は本当にお姉ちゃんのことが忘れられないんですね」
通学路となっている朝の住宅街を歩くと、僕は周りの生徒らから、時折視線を感じてしまう。
原因はわかっている。
僕の腕に抱きつく形で、隣の琴葉が楽しげな様子でいるからだ。
まあ、お試しとはいえ、付き合うことになったのだから、文句はぶつけられない。
「先輩は嬉しくなさそうですね」
「何が?」
「わたしとこうしていることがです」
琴葉は口にするなり、ため息をつく。
「先輩は本当にお姉ちゃんのことが忘れられないんですね」
「まあ、それはその」
「でも、お姉ちゃんに振られたんですよ、先輩は。その事実をちゃんと受け止めるべきだとわたしは思います」
琴葉は言うなり、抱きついたまま、顔を上げてくる。小柄な中学生なので、高校生の僕とは身長差があるからだ。
「まあ、それはそうなんだけど」
「でも、今の先輩には何を言っても、響かないかもしれませんね」
琴葉は声を漏らすと、足を止める。
「琴葉?」
「先輩はあくまで、『お試し』でって思っていますよね?」
「それは、そうだけど」
「先輩にとって、わたしと『お試し』で付き合うというのはどういう感じなんですか?」
「どういうって、その、とりあえず、付き合ってみて、上手くいかなければ、その、別れるとか……」
「でも、それって、解釈によっては、『お試し』ではないですよね?」
「それはまあ……」
「普通に付き合って、一週間くらいで別れるカップルと何も変わらない気がします」
「そう言われると……」
何だろう、琴葉に言いくるめられそうな感じがするのは僕だけだろうか。いや、お試しとはいえ、僕は今、琴葉の彼女だ。その事実に変わりはない。でも、お試しという条件がついてるから昨日、オッケーしたわけで。でも、お試しというのはそもそも何なのか。
「とりあえず、その、琴葉」
「何ですか?」
「とりあえず、僕と琴葉はお試しで付き合ってるということで、それについては、その、変えられないというか」
「逃げましたね、先輩」
「逃げた?」
「はい。『お試し』という言葉は外させないという気持ちがひしひしと感じてきます」
琴葉の声に、僕はうなずくしかない。
なぜなら、お試しでなければ、琴海のことを諦めなければいけないと感じるからだ。いや、普通に別れればいいという話だろうが、僕にとっては割り切れないものだ。お試しという条件があるからこそ、別れやすくなるのであって、それがなければ。ましてや、昨日みたいに、琴葉がなにをしでかすかわからない。だから、安心材料として、お試しで付き合うという条件で、琴葉の彼氏を引き受けたのだ。と、自分に内心言い聞かせる。
「でも、先輩は『お試し』の明確な基準とか、そういうことにはこだわりを見せていないですよね」
「それはまあ、その」
「つまりは、わたしが何をしても、それは『お試し』だからいいんですという解釈もできますよね?」
「例えば、その、どんな?」
「そうですね。キスをするとか、あわよくば、一緒に寝るとか、お風呂に入るとかです」
「えっ?」
僕は大胆なことを発する琴葉に対して、どう受け止めればいいか戸惑ってしまう。
「いや、それって、もはや、普通に付き合ってるというか、そういうものだよね?」
「そうですか? でも、先輩はそういうのは『お試し』の基準に入ってないとか、別に言ってないですよね?」
痛いところを突かれて、マズいと感じる僕。いや、そういうのは琴海としたい、というか、控えたいと思うわけで。
「まあ、いいです」
琴葉は言うなり、僕に抱きついたまま、再び歩き始める。
「『お試し』でも、こうして一緒に大好きな先輩と登校できるだけでも幸せです」
琴葉はにこりとした表情を僕に向けてくる。
対して僕は。
どう反応をすればいいかわからず、いや、恥ずかしさで顔を逸らしてしまった。
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