第13話 「着替えるの手伝いますよ、先輩」

 翌日の朝。

 僕はベッドから起き上がるなり、すぐに周りを見渡した。

 昨日みたいに、琴葉が馬乗りになって現れてはいない。

 いつもの、家にある自分の部屋だ。近くにある窓からはカーテンから漏れる形で日差しが差し込んでおり。

「う、うーん……」

 と同時に、近くで妙に艶めかしい声が耳に届いてきた。

 まさか。

 僕は聞こえてきた方、ベッドを確かめるなり。

 いた。

 僕のそばで瞼を閉じ、同じ掛け布団にくるまって寝息を立てているセーラー服姿の女子が。

「琴葉」

 僕は呼びかけつつ、彼女、琴葉の肩を何回か揺らす。

 しばらくして、琴葉は重たそうな瞼を片手で擦りつつ、ゆっくりと起き上がった。

「おはようございます、先輩」

「いや、挨拶の前に言うことがあると思うんだけど」

「先輩はパジャマ姿ですね。早く着替えないと学校に遅刻しますよ」

「そうじゃなくて」

 僕は額に手のひらを乗せつつ、ため息を漏らしてしまう。

「どうして、琴葉が僕のベッドの中にいるかってこと」

「それは先輩の彼女さんだから?」

「いや、それは理由になってないと思うけど」

「そうですか?」

 不思議そうに小首を傾げてくる琴葉。

 昨日色々あったと思えば、今日も朝から早速だと感じざるを得ない。

「とりあえず、琴葉。外に出てもらえればと」

「着替えるの手伝いますよ、先輩」

「別にいいから」

「遠慮しなくてもいいですよ。わたしは先輩の彼女さんですから」

「それは理由になってないと思うけど」

 僕は一日の始まりから気が重くなってしまい、今日は欠席をしようかと思ってしまう。いや、そしたら、「先輩が休むなら、わたしも休みます」とか、琴葉が言いかねない。となれば、今いる部屋で一日中お家デートとかになりそうだ。

「いや、それだけは」

「先輩? 何だか体調悪そうですね。今日、休みますか?」

「いや、大丈夫大丈夫! とりあえず、ほら、着替えるのはひとりでやるから、その、琴葉はここから出てて」

「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だって」

「そうですか。その、先輩がそこまで言うようでしたら、わたしは泣く泣く、外で待ってますね」

 琴葉は残念そうな表情を浮かべると、ベッドから出て、近くにある学校の鞄を肩に提げる。

 で、出るかと思いきや、琴葉は部屋にある高さが膝下くらいのテーブル前で足を止めた。

「先輩」

「何?」

「この中に追跡アプリ入れ直してきました」

 見れば、琴葉はテーブルに置いてあった僕のスマホを手にして、掲げてくる。

 僕は瞬間、背筋に寒気が走った。

「というより、琴葉」

「何ですか?」

「僕のスマホって、パスワードがかかってきた気がするけど。というより、前もどうやって?」

「そうですね、前に先輩がスマホに入る際にパスワードを打っているのを見ていましたので」

「いや、それって覗き見だよね?」

「そうですけど、今はわたしと付き合うのですから、そういう隠し事はお互いなしにしたいです」

「いや、そんなこと言ったら、逆に僕が、琴葉のスマホに入ることができるとかになっちゃうし」

「わたしはそれでも全然構わないです。むしろ、大歓迎です」

 琴葉の言葉に、僕は何も声をこぼすことができなかった。琴葉は本当に僕のことが大好きで、おそらく、僕の求めることは何でもしてくれるかもしれない。まあ、実際はやることなんて考えていない。したら、琴海から避けられそうだ。

「というより」

「何ですか?」

「僕のスマホを見たってことはその」

「そうですね。お姉ちゃんとのSNSのやり取りとか、全部見ました」

「やっぱり……」

 僕は頭を抱えたくなるが、もはやどうしようもない。

「でも、わたしは今、先輩の彼女さんです。お姉ちゃんとどういうやり取りをしていようが、先輩がお姉ちゃんに未練が残っていようが、先輩はわたしの彼氏さんですよね?」

 琴葉は嬉しげに語りつつ、僕の方へ視線を向けてくる。

 僕はどう返事をしようか迷った末、「まあ、その、お試しだけど」とぽつりつぶやく。

 と、琴葉は頬を膨らせ、不機嫌そうな顔をする。

「先輩にとってはお試しという認識ですけど、わたしはそうではないです。もちろん、お試しなので、先輩が嫌なら、すぐにやめるということはあるかもしれません」

「それじゃあ、その、今ここでやめるとかって、僕が言ったら?」

「そういう悲しいことを言わないでください」

 琴葉は強い語気で言い放ちつつ、僕のスマホをテーブルに戻した。

「でも、本当にそういうことを言うのでしたら、わたしはここで先輩と心中するかもしれません」

「いや、それって、冗談だよね?」

「どうでしょうか? 昨日、わたしがしたことは先輩、覚えていますよね?」

 琴葉の問いかけは、心中というのが冗談ではなさそうだと感じるのに十分だった。

「わ、わかったから、その、とりあえず、琴葉は外で待ってて」

「先輩は本当にお姉ちゃんのことを諦めきれずにいるんですね。でも、安心してください。このお試しの付き合いで、先輩を本気にさせますから」

 琴葉は自分の胸に手を当てて宣言をした後、背を向け、部屋を出ていってしまった。

 ようやくひとりになった部屋を見渡しつつ、僕は再びベッドで横になってしまう。

「やっぱり、今日は学校をサボりたい……」

 ひとりで口にするも、かといって、実際にしたら、琴葉がついてくるのは確実だ。

 しばらくして、僕は再び起き上がると、面倒に感じながらも、学校の制服に着替え始めた。

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