第11話 「先輩は、お姉ちゃんのストーカーだったんですか?」

「そんなことがあったのね」

 スマホのSNSにて、琴海の反応はあまり驚いていないような感じだった。琴葉が川に飛び込もうとしたことを伝えたらだ。

「メッセージだけだと、驚いてなさそうに見えるんだけど」

「内心は結構衝撃を受けてるわね」

「そうなの?」

「ええ」

 琴海の返事に、僕はなぜか、ホッとしてしまう。

「というわけだから」

「琴葉は何をしでかすかわからないかなって」

「そうね」

「でも、何となく予想通りと言えば、予想通りね」

「予想通りって、川に飛び込もうとしたことが?」

「そこまでは予想できないけれども」

「琴葉が有起哉に振られて、何かとんでもないことをしようとしたことは」

「なるほど」

 僕はメッセージを送りつつ、うなずいてしまっていた。

「それだけれど」

「何?」

「伝えたいことはそれだけかしら?」

「いや、それだけじゃないけど」

「そう」

「なら、伝えたいことって」

 琴海は間を置いた後、新たなメッセージを打ってくる。

「目の前に琴葉が現れるかもしれないということかしら」

 琴海の言葉は淡々としていたが、僕の受け止め方は違っていた。

 なぜなら。

 スマホを片手に持つ琴海の前には、本当に琴葉が現れていたからだ。

 で、目にしている僕は、琴海のすぐ後ろにいた。

 日が落ち、薄暗くなった住宅街の舗道にある電柱に隠れながら。

 僕は琴海の後をつけていたのだ。

「お姉ちゃんは今日も帰りが遅いですね」

「そうね」

 学校の鞄を提げた制服姿で返事をするなり、スマホをしまう琴海。

 一方で琴葉はセーラー服でなく、手ぶらでパーカーを羽織っていた。フードは被っているものの、近くの電灯に照らされ、顔は確かめることができた。

「生徒会の役員となると、仕事とかで遅くなるから、仕方ないわね」

「それはわたしもわかってます」

 向かい合って淡々と話をする堀内姉妹。

 一方で、僕は距離を置いて、電柱から顔を覗かせ、固唾を飲んで見守っていた。

「ところで、琴葉」

「何ですか? お姉ちゃん」

「片方の手、後ろに隠しているけれども、何か持っているのかしら?」

 琴海の指摘に、琴葉は何も答えない。

 マズい。

 僕はすぐに出ようとした。

「そこにいるのよね、有起哉」

 突然、背を向けたまま、琴海が僕のことを呼んだ。

「えっ?」

 僕は驚きつつも、恐る恐る、スマホを手に隠れていた電柱から姿を現した。

「先輩?」

 琴葉はフードを外すなり、目を丸くして、顔を移してくる。

 一方で琴海は特に微動たりともしない。

 僕は琴海の近くに歩み寄った。

「その、いつから?」

「そうね。学校を出てちょっとくらいからかしら?」

「それって、ほとんどバレていたってことだよね」

「そうなの?」

「校門前からつけていたから……」

 僕は髪を掻きつつ、場をどう取り繕えばいいか悩んでしまう。ということは、琴海はつけてきている僕の存在を知りつつ、SNSのやり取りをしていたのか。

「先輩は、お姉ちゃんのストーカーだったんですか?」

「いや、違くて、その、ストーカーというよりは、琴海のことが心配で……」

「本当にそうだったのか、今の言い方では疑問が残るわね」

「いや、そこは話を合わせてほしいなと思うんだけど」

「振った幼馴染にそれを求めるのは少し酷かもしれないわね」

「いや、僕的には別に酷でもないかなって」

「先輩」

 僕と琴海のやり取りを止めるかのように呼びかけてくる琴葉。

「先輩は結局、お姉ちゃんの後をつけて、何をしたかったのですか?」

「いや、それはだって……」

 僕は口にしつつ、おもむろに琴葉へ足を進ませる。

 一方で琴葉は逃げるように後ずさっていく。

「何ですか? 先輩」

「何ですかって、その、後ろに隠してるものを出してほしいかなって」

「先輩には関係ないです」

「だそうよ」

「いや、そこは琴海が付け加えるところじゃないと思うんだけど」

 僕は琴海にツッコミを入れるも、視線は琴葉に向けたままだ。

 一方で琴葉は、僕がまだ手にしているスマホのへ目をやる。

「先輩、スマホを持っていたんですね」

「それがどうしたの?」

「追跡アプリがエラーでした」

「それはまあ、消したから」

「最低です」

「いや、それはないと思うけど」

「わたしは大好きな先輩がいつもどこにいるのか、確かめたいんです。それをできなくするのは、わたしの知る権利みたいなものを奪ったようなものです」

「知る権利って……」

 僕は琴葉の主張をする内容に話がついていけなかった。

 だが、僕は引き下がることはしない。

「とりあえず、琴葉」

「嫌です」

 琴葉は首を何回も横に振り、拒む姿勢を貫く。

 とはいえ、僕も諦めるわけにはいかない。

 仕方ないよね。

 僕はスマホをしまい、ため息をつく。

 と同時に。

 僕は意表を突く形で琴葉の後ろに素早く回り込み、背中につけていた手を掴む。

 体育のサッカーやバスケで部員と張り合えるくらいに動ける自分だ。いわゆる、運動神経の良さが功を奏したのかもしれない。

「先輩!」

 琴葉は悲鳴に近い叫び声を上げる。

 同時に、住宅街の舗道に金属が落ちたかのような音が鳴り響く。

「やっぱり」

 僕は琴葉の後ろに落ちたものを拾い上げると、すかさず、見せつける。

「これについて、説明してほしいんだけど」

 僕が示したもの。

 それは、家庭の台所ならどこにである調理器具のひとつ、包丁だった。

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