第10話 「頑なですね、先輩は」

 国道の橋がある方へ顔をやっていた琴葉は、おもむろに視線を向けてくる。

「大変でしたね」

 横に座る琴葉は口にするなり、小首を傾げてきた。

 一方で僕はため息をつくなり、ぼんやりと川を眺めている。

 土手の草むらが生い茂る斜面は、時折吹き込んでくるそよ風が当たり、心地よい。

 ただ、日は傾き始め、いつまでも今の場にいたら、あっという間に夜になってしまいそうだ。

「一応聞くけど」

「何ですか、先輩」

「どうして、あんなことを?」

「先輩に覚悟を示すためです」

「覚悟って、あれ、死ぬつもりだったよね?」

「そうですね。川の中に飛び込んで、それで溺れて助からなかったら、死んじゃいますね」

「あのね……」

 僕は額に手のひらを乗せ、俯いてしまう。

 琴葉は僕と付き合えないなら、死んでもいいと思うくらい、極端な考えの子らしい。

「そういうのはよくないと思うけど」

「何でですか?」

「何でって、ほら、僕もだけど、一番は琴海を悲しませるし」

「それは、そうですね。でも、わたしにとっては、先輩と付き合えないこの世を生きてる方がもっと悲しいです」

「それは、琴葉がそう思うだけであって」

「琴葉が悲しいと思うことは我慢しないといけないんですか?」

 見れば、琴葉は納得がいかないような表情を移してきていた。

「わたしは先輩のことが大好きです。それなのに、その大好きな先輩と付き合えないとわかったのなら、もう、この世で生きていても意味がないです」

「それは考えが飛躍し過ぎだと思うけど」

「そうですか?」

「うん。だって、僕がダメでも、いずれ、僕と同等、いや、僕よりもっといい男とかに出会えるかもしれないし」

「先輩は何でそう自分のことを低く言うんですか?」

「だって、琴海に振られたし」

「お姉ちゃんは関係ないです」

 何回も首を横に振る琴葉は、おもむろに僕の両手をしっかりと握ってきた。

「先輩はわたしのことだけ見ていれば、大丈夫なんです。わたしは先輩のことが大好きです。ですから、先輩もわたしのことを好きになってくれれば、全て解決するんです」

「いや、その話の中に、僕の気持ちのことはまったく触れられてないし」

「それは、先輩はわたしのことを異性として見られないということですか?」

 琴葉は距離を詰めてきて、お互いの体が密着をするくらいまで迫ってくる。となれば、否応なく、琴葉のことを異性として意識してしまうというか。というより、恥ずかしくなってくる。

 僕は耐えきれなくなってきて、つい目を逸らしてしまった。

「その様子はわたしのことを異性として見られるということですよね?」

「ち、違うって! その、そんなに迫られれば、男子なら誰でも意識せずにいられなくなるって!」

「それは先輩の言い訳です」

 琴葉は言うなり、あろうことか、僕の手首を引っ張ると。

 セーラー服越しでうっすらと膨らみがある胸を僕の手のひらに触れさせていた。

「ちょ、琴葉」

「先輩はここまでされて、それでも、わたしと付き合うことができないんですか?」

「いや、これは強引過ぎるって」

「それくらい、わたしは本気で先輩と付き合いたいんです」

 真剣そうな眼差しを送ってくる琴葉。自分の胸をセーラー服越しとはいえ、触らせつつだ。というより、柔らかい感覚が手を通じて伝わってきて、段々と頭がおかしくなってきそうだ。

 僕は意を決すると、すかさず、琴葉の胸から自分の手を力づくで引いた。

「琴葉はその、もっと、自分のことを大事に考えた方がいいと思うけど」

「どういうことですか?」

「琴葉は僕が好きだからといって、そのためなら、自分がどうなってもいいっていう考えに囚われてる気がするから」

「それのどこがいけないっていうんですか?」

「それがいけないっていうことだと僕は思うから」

 僕ははっきりと言い切ると、おもむろに草むらの斜面から立ち上がった。

「帰ろう、琴葉」

「嫌です」

「嫌って、僕が琴葉と付き合うと認めるまで、ここに居続けるつもり?」

「そうです」

 琴葉の頑なな姿勢に、僕はため息をこぼす。

「そういう真っすぐな気持ちは捉え方にとってはいいと思ったりするけど、それを貫き通すために命の危険を冒してまでするのはさすがに僕はどうかと思うけど」

「もしかして、先輩はそういうところがあるわたしが好きじゃないから、付き合えないということですか?」

「まあ、その、振られた琴海のことが忘れられないっていうのが一番の理由だけど、そういうところがまったく関係ないって言えば、ウソになるかなってくらいで」

「そう、ですか……」

 琴葉は声をこぼすなり、先ほどまで僕が触っていた胸のあたりを手で触る。

「だとしたら、まずはお姉ちゃんが邪魔ということになってしまいますね」

「えっ? 琴葉、今何て?」

「な、何でもないです」

 琴葉は慌てたように勢いよく何回も首を横に振る。いや、僕の耳には物凄く物騒な言葉が聞こえたような気がするんだけど。

 僕は心配になり、座っている琴葉の視線に合わせるようにしゃがみ込む。

 で、琴葉の両肩を左右の手で掴み、目を合わせる。

「先輩?」

「琴葉。一応伝えておくけど、間違っても、警察の世話になるようなことだけはやめてほしいかなって」

「どういうことですか?」

「つまりはその、さっきみたいに死のうとすることや、逆に他人に危害を加えるようなこととか」

「他人、ですか?」

「そう。例えば、その、琴海とか……」

「もしかして、先輩はわたしがお姉ちゃんを殺すかもしれないと心配しているのですか?」

「いや、そんな直接的なことを言われると、まあ、その、そうだね」

「だ、大丈夫です。わたしがお姉ちゃんを殺すようなことなんてするわけないです」

 どこかぎこちない調子で否定をする琴葉。僕は不安を覚えるものの、再度問いかければ、琴葉が機嫌を損ねそうなので、やめておいた。

「わかった。その、僕は琴葉のことを信じるから」

「信じるなら、わたしと付き合ってください」

「いや、それだけは」

「頑なですね、先輩は」

 琴葉は僕の返事に不満を抱いたのか、両頬をうっすらと膨らませる。

 僕は「そうだね」と言いつつ、乾いた笑いをこぼして、場を誤魔化していた。

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