第7話 「先輩は一途ですね」
放課後。
僕は今、駅前にあるカフェ店内にいる。
で、目の前にはコーヒーカップに口をつけ、中身を味わっているであろう、琴葉がいた。
「ふう。落ち着きますね」
琴葉は言うなり、カップをソーサーに戻すと、目を合わせてきた。
「それで、先輩。今日のお昼、お姉ちゃんと何を話していたんですか?」
「まあ、その、琴海から僕を振った理由について……」
「やっぱり、お姉ちゃんに振られたこと、まだ引きずっているんですね」
琴葉は声をこぼすと、呆れたような顔をする。
「先輩。お姉ちゃんはもう、先輩に振り向くことはないんです。ここはきっぱり諦めて、わたしと付き合ってください」
「いや、それはそれで急すぎるって」
「わたしにとっては、全然急な話ではありません」
「いや、僕にとっては急すぎる話ってことで」
「それは知らないです」
琴葉は僕の意向を気にしないつもりらしい。姉妹揃って、何だか僕に当たりが強いような。
「とにかく、わたしがここまで先輩のことを好きなんです。なのに、それをのらりくらり避けようとするのは失礼です」
「失礼って、僕は別に」
「それとも、先輩は、わたしがもっと覚悟を見せないとダメということですか?」
「僕はそんなこと一言も」
もはや、押し問答といった形で、話にならないような感じだ。
僕は髪を掻きつつ、頭を悩ます。
「琴葉の学校には僕以外によさげな男子とかいないの?」
「いないです」
速攻で否定をする琴葉。
「みんな、子供にしか見えないです。まだ中学生だからと甘えてる連中ばかりです」
「いや、高校生も子供と言えば、子供なんだけど」
「それに比べて、先輩は違います」
琴葉は言うなり、真っすぐな眼差しを向けてくる。
「小さい頃からわたしの面倒を色々と見てくれました。勉強とか、遊びとかです。先輩にとっては、お姉ちゃんに頼まれて仕方なくといった一面もあるかもしれないと思いますが、わたしにとっては、すごく嬉しかったですし、今となっては尊敬もしています」
「その姉に振られた僕のことを?」
「はい」
こくりとうなずく琴葉。僕は照れつつも、自分が頼んだアイスコーヒーをストローで飲む。
「それに、わたしは何人かの男子に告られていますが、全員断っています」
「そうなの?」
「はい」
「一応聞くけど、その理由って?」
「もちろん、『好きな人がいるから』です」
「まあ、だよね」
僕は声をこぼすと、両腕を組み、うーんと唸る。もはや、琴葉は僕以外に眼中がないようだ。
かといって、僕としては琴海のことを諦めていない。あわよくばと考えているが、現実は相当厳しい。琴葉に甘えて、お試しに付き合ってみるというのもアリかもしれない。琴海もそう提案をしていたし。でも……。
僕は色々と考えた末、首を何回も横に振った。
「先輩?」
「ごめん、やっぱり、僕はその、琴葉の気持ちに応えることができない」
「先輩……」
琴葉の反応はどこか拍子抜けするものだった。特に罵声を浴びせるわけでもなく、冷たい視線を向けることもない。どこか、素直に受け止めたかのような印象だった。
「そう、ですよね」
琴葉は言うなり、俯いてしまった。
「琴葉?」
「いえ、元々わかってはいたんです。先輩はどんなに頑張っても、わたしの気持ちを受け入れてくれることはないって。でも、それが本当だとわかると、その、わたしはどうすればいいかなって」
琴葉は言葉を紡ぎつつ、誤魔化すかのようにコーヒーカップの中身を飲み干した。
「先輩は一途ですね」
「琴海のこと?」
「はい」
「まあ、その、やっぱり、まだ、諦めきれないっていうか……。普通に考えれば、未練がましいけど」
「でも、誰にそう言われようとも、お姉ちゃんのことを諦めることはできないんですよね?」
「まあ、そうだろうね」
僕は頬を指で掻きつつ、照れながらも、うなずく。ぼくはやっぱり、振られた琴海のことがまだ好きだ。だから、琴葉からどんなに迫られても、僕は気持ちを変えることはできない。
「先輩の気持ちはよくわかりました」
琴葉は立ち上がると、僕と改めて目を合わせてきた。
「そうなりますと、わたしもちゃんと先輩に向き合わないといけないと思います」
「琴葉?」
「今日はこの辺で失礼します、先輩」
琴葉は頭を深々と下げると、学校の鞄を提げ、足早に店を去っていった。
取り残された僕は遠ざかっていく琴葉の背中を目で追いつつ、首を傾げる。
「何だか、やけに素直なような気がするような……」
僕は一抹の不安を覚えつつも、アイスコーヒーをストローで再び飲む。
とはいえ、これで琴葉は僕のことを諦めてくれるかもしれない。
僕はひとまず、琴海に今あったことを伝えようと、スマホでSNSに打ち込み始めた。
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