第6話 「先輩は一度、頭を打って、記憶をなくしたほうがいいかもしれませんね」
昼休み。
僕は教室で弁当を済ませると、ひとり体育館裏に行き、スマホをいじっていた。コンクリート部分のところに座りつつ。
「お昼は食べましたか?」
「わたしはお姉ちゃんに作ってもらった弁当を食べました!」
琴葉はSNSから、逐一コメントを送ってきている。
で、僕が何も反応を示さないと。
「先輩、無視ですか?」
「ひどいです。わたしはこんなに先輩のことが好きなのに」
「夜道に気を付けた方がいいですよ」
とか物騒なメッセージを書いてくるので、僕は仕方なく返事をしたりする。すると、一転して、「嬉しいです」とかコメントが届く。
「本当に、その、琴葉は極端というか、何というか」
「ここにいたのね」
「わっ!」
僕が驚いて顔をやれば、琴海がいつの間にか現れていた。おそらく、スマホに気を取られていて、近づいてきたことがわからなかったのだろう。
「横、いいかしら?」
「まあ、いいけど」
僕が返事をすると、琴海は制服のスカートを片手で押さえつつ、僕の隣に腰を降ろす。とはいえ、密接でなく、間に誰かが座れそうなくらいの距離があった。まあ、昨日振られた相手だからというのは、気にし過ぎだろうか。
「琴葉からのメッセージでも見ていたのかしら?」
「まあ、そんなところ」
「琴葉は一途ね。わたしが羨ましく思うくらい」
「そう言う琴海は僕以外に好きな人とかいないの?」
「そうね。今のところはいないわね」
「なら、何で僕を振ったわけ?」
「有起哉とはいいお友達でいたいと思ったから」
「それは振られた時に聞いたけど」
「もっと具体的な理由を知りたいというところかしら?」
「まあ、そんなところだけど」
「そうね」
琴海は言うなり、曇りがちな空の方を見上げた。
「琴葉が有起哉のことを好きだったからという理由ではダメかしら?」
「はい?」
「その反応はダメみたいね」
「いや、だって、それじゃあ、まるで、琴葉に譲ったかのような言い方に聞こえるから」
「そうね。確かにそういう風に受け取られる可能性も否定できないわね。というより、有起哉がそう思ったのだから、まずかった言い方だったみたいね」
琴海は口にすると、おもむろに僕と目を合わせた。
「一応断っておくけど、わたしは有起哉のことが好きだったわけじゃないから」
「まあ、そうじゃなきゃ、振られることなんてなかったと思うけど」
「けど、嫌いでもなかったわね」
「えっ?」
「つまりは、有起哉とは仲のいい幼馴染という関係だけで、そういう好きとか嫌いとか、今まで考えたことがなかったから」
「そ、そうなの?」
「ええ」
うなずく琴海。気のせいだろうか、僕は今、重要なことを聞かされているような。
「だから、琴葉が有起哉のことを好きだっていうことをあんなにわかりやすく伝えてくるのを見て、わたしはすごいと感心をしたわね」
「琴葉のことを?」
「ええ。わたしなんて、有起哉のことを幼い頃から何となくずっと付き合ってきたけれど、そういう恋愛感情とかは考えたこともなかったから。それなのに、妹の琴葉はわたしと違って、ストレートに有起哉のことを好きという意思を明確にしていた。加えて、有起哉もわたしのことを好きだという恋愛感情を持っていたことも正直、驚きに近かったわね」
「驚き、ね」
「むしろ、わたしのことを何で好きになったんだろうと疑ったくらいね」
「いや、それは琴海が自分のことを過小評価し過ぎてる気がするけど」
「そうかしら?」
「いや、だって、ほら、琴海って、校内じゃ男女から人気あるし。だいたい、僕以外にも告られたことってあるよね?」
「そうね。それはあるわね。それこそ、男女両方から」
「なら、僕が琴海のことを好きになってもおかしくないと思うんだけど」
「そうかしら?」
琴海は言うなり、首を傾げた。
「むしろ、有起哉はわたしといる時間が長かったのだから、欠点とか、そういうのがわかっていて、恋愛感情とか芽生えないと思ったのだけれど」
「それって、逆に言えば、僕に対してはそういうことで恋愛感情とか抱かなかったってこと?」
僕の問いかけに、琴海は間を置いてから、「そうかもしれないわね」と声をこぼす。
「でも、そういう恋愛感情を抱くか抱かないかというのは、人によって異なるということよね。で、わたしは抱かないけど、有起哉は抱くようになったということかもしれないわね」
「まあ、僕にとっては、振られたことをそういう風に冷静に受け止めるのは難しいけど」
僕はうなずくなり、ため息をこぼす。
「で、僕のことを振った本当の理由って?」
「そうね。まとめれば、わたしは有起哉のことを好きでも嫌いでもなかったから。それに加えて、琴葉が有起哉のことを好きだとわかっていて、それなら、琴葉が付き合えばいいと思って、それで、有起哉からの告白を断ったという話になるわね」
「ご丁寧に答えてくれて、どうもありがとうございます」
僕は律儀な調子で言うと同時に、気持ちが重くなってきた。
「ちなみにだけど」
「何かしら?」
「今の僕に対する気持ちは?」
「そうね。仲のいい幼馴染といったところね」
「まあ、そうだよね」
僕は虚しさを感じつつ、再びスマホに目をやる。
と、琴葉から新しいメッセージがSNSに届いてきた。
「先輩は今、何をしていますか?」
何気ない質問なのだが、僕にとっては、恐ろしく感じてしまうものがあった。
まさかだけど、今、琴海と二人でいるとかを察した上での質問じゃないよねと。
「もしもし」
不意に、琴海がスマホで電話をし始めていた。まさかだけど、相手って。
「ええ、そうね。今、有起哉といるわね」
「ちょ、今してる電話って、琴葉とかじゃないよね?」
僕が小声で尋ねてみれば、琴海はこくりと首を縦に振る。
ヤバい。というより、何で琴海はあっさり僕と今いることを教えたんだろう。
「別に、大したことしてないわよ。体育館裏で二人で雑談をしているだけだから」
「いや、それはちょっと」
「えっ? 有起哉と話したい? 別にいいけれども、放課後、また会うのよね? えっ? 『先輩に色々と聞きたい』から? そうなの。なら、ちょっと待って、今、有起哉と代わるわね」
琴海は言い終えると、スマホを差し出してくる。
「その、琴海」
「何かしら?」
「これは何の罰ゲーム?」
「そうね。わたしとしては面白そうだったから。一応、断っておくけども、電話は琴葉からだから」
「鬼畜だ……」
僕は文句をぶつけつつも、仕方なく、琴海からスマホを受け取った。
「もしもし」
「先輩」
スマホから、重たく、不気味さを漂わせる琴葉の声が聞こえてきた。
「先輩はそこで何をしているんですか?」
「いや、その、ちょっと、琴海と雑談を……」
「そうですか。わざわざ、体育館裏という人気のない場所で二人っきりで雑談ですか」
ぶっきらぼうな調子で聞いてくる琴葉に、僕は嫌な汗が額から迸ってくる。
「その、まあ、琴葉のことで色々と相談に乗っていて」
「そういう風を装って、お姉ちゃんに近づこうということですか」
「いや、僕は別に、琴海にもう一回告ろうとかだなんて」
「先輩は一度、頭を打って、記憶をなくしたほうがいいかもしれませんね」
本気か冗談かわからないといった調子で言う琴葉。僕がいったい、何をしたというのだろうか。
「でも、そんなことをしたら、頭の打ちどころが悪かったら、死んじゃいますね、先輩」
「そ、そうだね」
僕はただ、相づちを打つしかない。
「それで、先輩はお姉ちゃんと何をしていたんですか?」
「何って、ちょっと雑談を」
「その言い訳は聞き飽きました」
「それはその、話の内容を教えてほしいってこと?」
「そうですね」
琴葉の返事に、僕は困り果ててしまう。見れば、横では琴海が楽しげに僕の方を眺めていた。まさか、困っているところを面白半分に見たかったということなのか。昔から、琴海はSっ気があるなと思っていたけど、今の時点でようやく確信を持てた。琴海は間違いなくSだ。
「答えられないみたいですね」
「いや、その、答えられないわけじゃなくて、その」
「わかりました。そうしましたら、放課後に聞きます。それまでに先輩は話の内容をちゃんと答えられるようにしておいてください」
「あっ、うん。わかったよ」
「では」
琴葉は短く口にすると、電話を一方的に切ってしまった。どうやら、今の場は乗り切ったようだ。といっても、放課後に問いただされるだろうけど。
「大変ね」
「他人事みたいに聞こえるんだけど」
「他人事と言えば、他人事みたいなものだから」
「まあ、そう言われれば、そうだね」
僕はため息をつきつつ、スマホを琴海に返した。
「それじゃあ、わたしは教室に戻るから」
「結局、その、琴海は何をしにここへ?」
「興味本位ね」
「僕が色々と困ってるところを楽しんで見るため?」
「そうかもしれないわね」
「やっぱ、琴海はSだ」
僕ははっきりと言うも、琴海は特に突っ込みをせず、口元を綻ばせるだけだった。いや、僕は面白いことを話した記憶がないんだけど。
僕は琴海がいなくなってからも、昼休み終了のチャイムが鳴るまで、体育館裏に残っていた。今後のことをどうしようかと頭を巡らせながら。
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