第5話 「先輩はいつになったら、わたしと付き合ってくれるんですか?」

 いつもと変わらない通学路となっている朝の住宅街。僕は歩きつつ、おもむろに横へ顔をやる。

 違うところとなると、家を出てから、琴葉が手を繋いで隣を歩いていることだ。

「先輩はいつになったら、わたしと付き合ってくれるんですか?」

「いつって、それはまあ、その……」

「もしかして、未定とかって答えないですよね?」

「いや、それは……」

 僕はどうにか誤魔化そうとするも、琴葉は見逃してくれないらしい。訝しげな視線を送ってきて、はっきりとした返事がない限り、ダメなようだ。

「そもそもなんだけど」

「話を逸らすんですか? 先輩」

「いや、そのことは後でちゃんと答えるから」

「約束ですよ」

「うん」

 ぼくはうなずくなり、気になっていたことを琴葉にぶつけてみる。

「琴葉は何で、僕のことがそんなに好きなのかなって」

「好きになるのに、理由が必要なんですか?」

「別にそういうわけじゃなくて、ほら、僕はその、琴海に振られるくらいだから、男子として、女子の方から好きになってくれそうな感じじゃないと思うし」

「そんなことないです。わたしにとっては、先輩はすごく頼もしい存在です」

「そ、そうかな?」

「そうですよ。先輩はもっと自信を持っていいんです」

 やたら僕のことを褒める琴葉。となると、なおさら疑問が深まってくる。そこまで僕に惚れてしまった理由を。

「それに、先輩は小さい頃から色々とわたしの面倒を見てくれましたし」

「面倒?」

「はい。先輩は小さい頃、お姉ちゃんとよく一緒にいましたけど、その中にわたしもよくついていました。なので、時々、先輩がお姉ちゃんに頼まれて、わたしの遊び相手をよくしてくれました」

「そういえば、そういうこともあったような」

「先輩はあまり記憶にないんですね」

 見れば、琴葉は寂しげな表情を浮かべていた。

「ご、ごめん。そういうのは覚えてたけど、その、何だろう。そういうのを当たり前にしていたりして、あまり気に止めていなかったというか……」

「それなら、いいんです。先輩にとっては、当たり前のようにわたしの面倒を見ていただけですけど、わたしにとっては、その時から先輩のことに興味を抱いていたかもしれません」

「小さい頃って、幼稚園の時からとか?」

「そうですね」

 琴葉はうなずくと、恥ずかしくなったのか、頬をうっすらと赤く染めた。手は先ほどからずっと握っているのにだ。

「だから、その時の印象で、先輩は頼もしく感じたりしています」

「そうなんだ」

「はい。それは今でも変わりません」

「まあ、そう言ってくれるのは多分、琴葉くらいだと思うけど……」

 僕は言いつつ、琴海なら、「頼りないわね」とか愚痴をこぼされそうだ。

「なので、わたしは将来、先輩のお嫁さんになると決めているんです」

「それはちょっと突っ走り過ぎなような気がするけど」

「善は急げです。ぐずぐずしてると、先輩が他の女に取られてしまいます」

「他の女ね……」

 多分、今後、琴葉以外で誰かの彼氏とかなることはないだろうと思う。というより、琴海に振られたばかりで、前に進む気力すらない状態だ。

「琴葉はポジティブだね」

「そうですか?」

「そうだよ。僕なんて、琴海に振られて、色々と落ち込んでるっていう感じだしね」

「それはよくないです」

「まあ、そうだけど」

「それなら、なおさら、今ここでわたしと付き合うことを宣言するべきです」

 琴葉は口にすると同時に、手を離して、足を止めた。

 遅れて立ち止まった僕が見れば、琴葉は真剣そうな眼差しで向かい合ってくる。

「先輩に損はさせません。だから、わたしと付き合ってください」

「いや、だから、昨日もそうだけど、いきなり過ぎてちょっと……」

「それではダメだと思います。それとも」

 琴葉は間を置くと、不審げな視線を移してきた。

「わたしと付き合いたくないくらい、まだ、お姉ちゃんのことが忘れられないのですか?」

「いや、それは、その、ない、です……」

 僕は琴葉に気圧される形で、首を横に振った。本当は未練が残っているのだけれど、正直に認めるのは得策ではないと判断をしたからだ。

「それなら、わたしと付き合うしかないですよね?」

「いや、だからといって、それはその」

「往生際が悪いですよ、先輩」

 琴葉に詰め寄られ、どうすることもできなくなる僕。

 もう、潔く、琴海のことがまだ好きなことを白状するか。

「僕はその」

「朝から騒がしいわね」

 不意に、聞き覚えのある声がそばから聞こえ、僕は顔を向けた。

 見れば、同じ高校の制服を着た女子がひとり、呆れたような表情を浮かべて現れていた。

 艶のある黒髪を背中まで伸ばし、すらりとした体型に大人びた雰囲気。私服であれば、年上と勘違いしかねない容姿。

「お姉ちゃん」

 琴葉が呼びかけた彼女、堀内琴海は視線を移す。

「琴葉は昨日から有起哉にベッタリね」

「だって、好きだから、これくらい当たり前です」

 さらりと自分の気持ちを伝える琴葉に、僕は何も言えない。

 琴葉の姉で僕の幼馴染、そして、昨日僕が振られた相手。

「あっ、おはよう、琴海」

「おはよう、有起哉。今朝は元気なさそうね」

「いや、まあ、その……」

 僕は口ごもりつつ、乾いた笑いを漏らしてしまう。

「聞いてください、お姉ちゃん」

 琴葉は不満げな調子で声をこぼすなり、琴海に駆け寄る。

「先輩、お姉ちゃんに振られたのに、わたしに全然振り向いてくれないです」

「そうなの」

「お姉ちゃんからも言ってください。もう、断られたんですから、わたしと付き合うようにって」

「いや、琴海に振られたからっていって、そこから琴葉と付き合うことになるっていうのは」

「先輩は黙っててください」

 僕の声を制するように、強い語気で言葉を放つ琴葉。いや、僕は間違ったことを口にしたつもりはないんだけれども。

「そうね」

 一方で琴海は両腕を組み、何やら考え込むようなポーズを取る。

「有起哉」

「な、何?」

「一度、お試しという感じで琴葉と付き合ってみるのはどうかしら?」

「えっ?」

 琴海の提案に、僕は戸惑ってしまう。昨日の電話ではそういう話がなかったはずで。

「あのう、琴海?」

「何かしら?」

「いや、それはどうかなって、僕は思うんだけど……」

「先輩」

 見れば、琴葉が明らかに不機嫌そうな顔をしている。

「先輩はそんなにわたしと付き合うのが嫌なんですか?」

「いや、その、別に琴葉のことを傷つけるとか、そういうことをしたかったわけじゃなくて……」

「やはり、先輩はお姉ちゃんに未練があるみたいですね」

「それは、わたしも否定はできないわね」

「ちょ、琴海」

「わたしは別にウソをついてるわけじゃないわね。こういう時には正直に自分の気持ちを伝える方がいいと判断したから」

「それって、僕にとっては最悪なんだけど」

「先輩」

 僕を呼ぶ琴葉の声は、どこか重みのあるものになっていた。

「放課後ですけど、これからのことについて、真剣にお話ししましょう。このままですと、ダメだとわたしは思うんです」

「その、具体的にはどんな話を?」

「そうですね。わたしと付き合ってから、いつになったら、結婚をするかとかです」

「いや、それは色々と話をすっ飛ばしてるような」

「いけないですか?」

 琴葉は問いかけつつ、僕を睨んできていた。さらに抗おうものなら、どうするかわからないといった反応だ。

 僕はとっさに琴海に目をやる。

 だが、琴海は黙って首を横に振るだけだ。助けてはくれないらしい。

「どうなんですか? 先輩」

「わ、わかったよ。その、放課後、きちんと話そう。僕と琴葉のことについて」

 僕が受け入れる答えを示すと、琴葉は嬉しかったのか、表情を綻ばせた。

「それでこそ、先輩です。そしたら、放課後、駅前のカフェで色々と話しましょう」

「ああ、うん」

「よかったわね、琴葉」

「はい!」

 琴海に対して、元気そうに答える琴葉。僕はため息をつきたくなった。どうも、堀内姉妹に僕は翻弄されているのではないか。姉に振られ、妹に強く迫られるとか、どうにもギャップが激し過ぎる。

「だそうよ、有起哉」

「そ、そうだね」

 僕は相づちつを打ちつつ、ぎこちない笑みを作ることしかできない。

 その後、僕は堀内姉妹と揃って、学校へ登校をすることとなった。

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