第3話 「先輩はこれ以上、わたしを失望させないでください」
スマホを枕近くに置き、ベッドで仰向けの状態になった僕は、おもむろに天井を眺める。
「琴葉か……」
僕は電気がついてない照明を見つつ、おもむろに瞼を閉じようとした。
「先輩は、これからお昼寝ですか?」
突然、横から聞き慣れた声が届いてきて、僕は驚いて、ベッドから起き上がる。
顔をやれば。
さっきまで話題に上げていた琴葉が部屋のクッションの上にちょこんと座っていた。セーラー服姿は変わらず、ただ、学校の鞄は提げていない。
「こ、琴葉、いつの間に?」
「いつの間には失礼ですよ、先輩。ちゃんと先輩のお母さんに挨拶して、ここまで来たんですよ?」
琴葉は両頬をうっすらと膨らませるなり、不満げな表情を浮かべる。
瞬間、僕は背中に嫌な汗が迸る。
「あ、あのう、琴葉」
「はい。何ですか、先輩」
「僕がここで電話してたの聞いてた?」
「お姉ちゃんとですよね?」
当然のように尋ね返してくる琴葉。
「ど、どこまで?」
「そうですね。といっても、残念ですけど、わたしが来た時には話の最後だったみたいでしたので。ただ、その時に『琴海』っていうお姉ちゃんの名前が聞こえてきたので、それで」
「ああ、そうなんだ」
「何かわたしに知られたくないことでも話していたんですか?」
にこやかに問いかけてくる琴葉だが、目は笑っていなかった。
僕はどう話そうかと必死に頭を巡らせる。
「いや、その、琴海に琴葉のことを聞かれて……」
「わたしのことをですか?」
「うん」
僕はうなずくと、ベッドから出るなり、琴葉と向かい合う。部屋にある膝下くらいの高さしかないテーブルを挟んで。
「それで、お姉ちゃんはわたしの何を知りたかったのですか?」
「いや、その、ほら、琴海から、『琴葉と付き合うことになったのよね?』って言われて、それで驚いて」
「ああ、そのことですね。それはわたしがお姉ちゃんにそう伝えました」
「いや、まだ付き合うとか、そういうのは」
「でも、いずれは本当のことになるんですから、それを先走って言っただけです。それとも」
琴葉はテーブルから身を乗り出すと、僕に迫ってきた。
「先輩はやっぱり、お姉ちゃんのことを諦めていないんですか」
「いや、それはその……」
僕は思わずうなずきたくなったが、したら、琴葉が何をしでかすかわからない。ヤンデレっぽいのであれば、僕に危害を加える可能性も否定ができないだろう。
「僕はその」
「先輩?」
「ほら、琴海にはあっさりと振られたから、そんな、諦めきれないっていうのはもうないかなって」
「本当にですか?」
「本当に本当」
僕は本音がバレないように必死に何回も首を縦に振る。内心は冷や汗ものだ。
「怪しいです」
「怪しくないって」
「わたしとしては、少し気になっているんです。お姉ちゃんとどういう電話をしていたのかです」
「だから、それはさっき」
「他にも色々と話してそうな気がするんです」
僕の声を遮るようにして言う琴葉。
どうやら、僕が何かを隠していると感じているらしい。まあ、図星なんだけど。
「でも、今回はこれ以上、突っ込むことはやめておきます」
「琴葉?」
「でも、忘れないでください。わたしはいずれ、先輩の彼女さんになるんです。そして、ゆくゆくはお嫁さんになるんです。なのに、付き合う前からそういう隠し事とかはなしにしてほしいです」
「いや、僕は隠し事なんて、その」
「先輩はこれ以上、わたしを失望させないでください」
口にした琴葉は涙をこぼしていた。傾き始めた夕日の光が窓を通して、彼女を照らす。部屋は薄暗くなってきていて、そろそろ、照明をつける頃合いかもしれない。
「ごめん」
「謝らなくてもいいです」
琴葉は瞳を拭うと、立ち上がった。
「今日はこれで失礼します」
琴葉は律儀にお辞儀をすると、足早に部屋を立ち去ってしまった。ドアの開け閉めはちゃんとしつつ。
僕の部屋は家の二階にあり、階段を降りていく足音が奥から響いてくる。やがて、玄関の戸を開け閉めする音を確かめるなり、僕は安堵のため息を漏らした。
「にしても、何で僕のことなんて、好きになったんだろう」
僕はつぶやいてみるも、答えは思い浮かばなかった。
どうせなら、姉の琴海が僕のことを好きになれば、よかったのにと素直に思ってしまった。
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