第2話 「物事は最悪の事態を想定して動いた方がいいと常日頃から思っているから」

 さて、校門前で会った琴葉と下校をした後、僕は家にある自分の部屋にいた。

 ベッドで横になり、スマホにて、とある相手を電話で呼び出している。

「まさか、有起哉から電話があるなんて、思っていなかったのだけれど」

「まあ、それは僕も似たような気持ちだけど」

 僕がスマホに話すと、「そうかもしれないわね」という返事が聞こえてくる。

 相手は琴葉の姉でクラスメイトであり、幼馴染の琴海だ。今はどうも、学校の帰りらしく、車の走行音が届いてきたりする。琴海は生徒会役員を務めているだけあって、放課後は色々と忙しいらしい。

「それで」

 琴海は話を促そうとしてか、僕に呼びかけてくる。

「電話してきたのは、琴葉の件かしら?」

「さすが、琴海」

「褒めても、今日の返事を撤回することはないわね」

「いや、それはわかってるけど……」

 今日の返事というのは、もちろん、僕が告ったことに対する断りのことだ。

 正直、琴海が僕のことを単なる幼馴染としてしか見てないことはうっすらと感じていた。

 けど、もしかしたらというわずかな望みを賭けて、告ってみたのだが。

「でも、よかったわね」

「何が?」

「琴葉と付き合うことになったのよね?」

「一応、聞くんだけど、それ、誰から聞いた?」

「琴葉からね」

「だよね」

 僕は予想通りの答えに、乾いた笑いを浮かべてしまう。

「まあ、今日会った琴葉の様子から、そういうことを言っていても、おかしくないんだけど」

「事実は違うというわけね」

「というより、琴海はそういうことだってことくらい、わかってたような気がするんだけど」

 僕の問いかけに、琴海は即答をせず、間を置く。

「そうね」

「今の間は、何か引っかかることでもあったとか?」

「引っかかることと言えば、そうね。琴葉は前から有起哉のことが好きだったのは明白だったのだけれど、もしかしたら、有起哉が本当に琴葉のことを受け入れてくれたんじゃないのかって、うっすらと期待をした自分がいたというところね」

「それは期待に沿えなかったみたいで」

「というより、そういうことをしていたら、わたしに告ったのは何だったのか、ちょっと気になるところね」

「もしかして、今、怒った?」

「別に怒ってないわね」

 琴海の声はぶっきらぼうだった。

「それで、有起哉は琴葉に迫られて、困ってるとでも言いたそうね?」

「そこまでわかってるなら、話は早いんだけど」

「けど、そういうのは、有起哉も薄々こうなるかもしれないっていうのはわかっていたわよね?」

「それはまあ……」

 僕は曖昧な反応を示しつつも、琴海の質問にうなずくしかなかった。琴海に告って成功をする確率は低く、振られたら、琴葉が迫ってくるのは予想ができる。だが。

「その、非常に言いづらいんだけど」

「何かしら?」

「琴葉って、あんなにヤンデレっぽかったっけ?」

「ヤンデレ?」

 意味がわからないといった調子で尋ね返してくる琴海。

 僕は「ヤンデレ」の意味を軽く話した上で、改めて、同じ質問を投げかけてみる。

「そうね。そういうところはあるかもしれないわね。琴葉は」

「その反応は薄々気づいてたってことだよね?」

「そうね」

「まあ、それなら、その」

「何で教えてくれなかったとか言いたいみたいね」

「いや、それはまあ、難しいだろうし……」

「そうね。それに、有起哉はわたしのことが好きだったのだから、そういうことを聞くこと自体、必要と感じなかったでしょうね」

「それは確かに」

 僕は内心うなずきつつ、振られた相手に納得をされるのも変だなと思ってしまう。

「とりあえずはそうね。琴葉の姉としては、妹と付き合ってもらえると助かるのだけれど」

「いや、それじゃ、何も解決にならないんだけど」

「それは、有起哉がまだ、わたしに対して、未練を残してると言いたいのかしら?」

「それは……」

「図星みたいね」

 スマホから、琴海のほくそ笑む声が聞こえてくる。

「残念だけど、わたしは有起哉とはいいお友達でいたいと思っているから」

「一度振った僕に対して、また、同じような断り文句を言わなくても」

「そうね。今のは配慮に欠けた発言だったみたいね。ごめんなさい」

 琴海の謝罪に、僕はどこか畏れ多さを感じて、「いや、そこまでは」と口にしてしまう。

「とりあえず、有起哉は琴葉に上手く断りを入れて、付き合うような関係にはならないようにしたいというわけね」

「まあ、言うならば」

「それは難しい話ね」

「そうなの?」

「ええ。だって、琴葉は有起哉のことが大好きだから」

 琴海の言葉に、僕はどう反応をすればいいか戸惑ってしまう。

「それはその、琴葉が僕に気があるのは知っていたけど、そんなに?」

「ええ。琴葉は常日頃から、『先輩が告ってきたら、お姉ちゃん、絶対に断ってください』って言っていたから」

「そうなの?」

「ええ。でも、今日断ったのは別に琴葉に頼まれたからでなくて、わたしの本心をそのまま伝えた結果だから」

 琴海はさりげなく、僕の心をさらに痛めつけるような言葉をぶつけてくる。というより、わざとのような感じもしなくはない。

「ということだから、有起哉は諦めて、琴葉と付き合う方が無難な選択とわたしは思うわね」

「僕が未練がましく思ってるのを知っていて?」

「そうね」

 はっきりと言い切る琴海。まあ、僕としても、前を向いていきたいことはわかってる。でも、だからといって、すぐさま琴葉と付き合うという心の切り替えまでは難しい。しばらくはひとりでいたいというか。

「ちなみにだけれど、有起哉がひとりでいたいとか思っていたら、それは難しいかもしれないわね。琴葉がほっとくわけにはいかないと思うから」

「それは、どういう意味?」

「最悪、琴葉が家に乗り込んでくるという可能性も否定できないわね」

「いや、それって、不法侵入とかじゃないよね?」

「さすがにそこまでとは思うのだけれど、実際はわからないわね」

 琴海の声に、僕は身震いをしてしまう。

 気づけば、僕はベッドから体を起こして、部屋の周りに視線を動かしていた。もしかしたら、琴葉が近くに隠れて耳を澄ましているのではと思ったからだ。

 幸い、視界で捉える限りは、怪しいところはなかった。いつもと変わらない自分の部屋そのものだ。

「もしかして、琴葉がいたとか?」

「いや、いないって」

「そう。それはよかったわね」

「余計な不安を煽るのは、その、困るんだけど」

「それくらいの心配をするくらい、琴葉は有起哉のことが好きということだから」

 琴海の言葉に、僕は反応に困ってしまう。つまりは、ヤンデレで異常なほど、僕のことが好きだということだ。けど、ならば、今までよく我慢ができたなと不思議に思ってくるわけで。

「琴葉はその、確かに、僕のことが好きなのはわかっていたけど、それでも、今まで何もしてこなかったのが不思議に思うんだよね」

「それはおそらく、琴葉はわたしのことを尊敬しているからかもしれないわね」

「尊敬?」

「ええ。琴葉としては、もし、わたしが有起哉のことが好きだったとしたら、諦めるつもりだったかもしれないわね」

「僕が告ってきたら、断るように頼んでいた琴葉が?」

「ええ。けど、同時に、わたしが有起哉のことを好きではないというのは、かなり前から確信を持っていたと思うのだけれど」

「というより、その、琴海は琴葉に伝えていたんじゃないの? 僕のことは別に、興味がないってことを」

「それは教えてないわね」

 澱みなく答える琴海は、どうやらウソをついてないようだ。

「教えても、琴葉はそれを有起哉に言うようなことは卑怯だと思って、何もしなかったかもしれないわね」

「それは、姉として、妹の琴葉はそうだろうと思ったから?」

「そうね」

 琴海の返事は淡々としていた。姉妹だからこそ、わかるものがあるのかもしれない。

 ひとまず、僕は琴海にフラれて、琴葉はそれをきっかけに、僕に強く迫るようになった。なので、僕としては振られたショックを引きずる暇がないのかもしれない。琴葉によって。

「結論としては、有起哉は琴葉としっかり向き合うしかないということね」

「でも、それでしっかりと向き合った上で、僕が琴葉のことを振ったら?」

「それは想像したくないわね」

「えっ? ちょっと、それって、琴葉が振られた衝動で何をしでかすかわからないってこと?」

「最悪、有起哉と心中するかもしれないわね」

「いや、それはさすがに大げさじゃ……」

「わたしはね、有起哉」

 至極真剣そうな調子の琴海。

「物事は最悪の事態を想定して動いた方がいいと常日頃から思っているから」

「そ、そうなんだ」

「だから、有起哉のことが大好きな琴葉が、その本人から振られたら、それは、本人さえもわからないと思うわね。その後に何が起こるのか」

 琴海の声は冗談っぽさが終始感じられず、僕はただ、聞いていることしかできなかった。

「わたしにはこれ以上のアドバイスというより、話はできないわね」

「いや、別にその、色々と聞けてよかったよ」

「有起哉がそう思うのなら、少しは役に立てて、よかったわね」

「ありがとう」

「お礼されるほどのことはしたつもりはないのだけれど、感謝の言葉はありがたく受け取っておくわね」

「そうしてもらえると、まあ、僕としてはいいかなって」

「言っとくけども、今回の電話だけで、わたしが有起哉の告白を断ったことを考え直すというのは、一ミリの可能性もないと思うから、それはわかってほしいのだけれど」

「それは言われなくても。というより、そこまで言われると、さらに凹んだりするから……」

「それもそうね。今のは言い過ぎたわね」

 申し訳なさそうに声をこぼす琴海だが、わざとだろうと僕は思う。

 にしても、僕はこんな琴海を何で好きになったのだろうか。単に幼馴染で付き合いが長かったから、自然にか。いや、そもそも、僕は今話しているような琴海のさっぱりとしたところに惹かれたんだっけ。

「有起哉?」

「あ、ごめん。何でもない」

「というわけだから、琴葉には気を付けることね。わたしもそれとなく見ておくから」

「いや、琴海がそこまでしなくても」

「わたしは有起哉を振ったからといって、幼馴染として、友達自体の関係性をなくすということまでするわけではないから。そこはそういう付き合いとして、有起哉や琴葉のことを気にかけてあげるだけだから」

「まあ、琴海がそう言うなら、その、お言葉に甘えて」

「そういう仰々しい返事をされると、逆に絶交してもいいと思うのだけれど」

「いや、それだけは」

「冗談よ」

 琴海は続けて、「それじゃあ、切るわね」と問いかけてくる。

「ああ、うん。それじゃあ、また」

 僕が適当に答えると、琴海はあっさりと電話を切ってしまった。

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