僕を振った幼馴染の妹がヤンデレ過ぎてヤバい
青見銀縁
第1話 「先輩は、手を繋ぎたくないと思うほど、わたしのことが嫌いなんですね」
放課後。
僕こと、高校一年の大野有起哉は、いつも通り校門前に差しかかろうとした。
「先輩! 一緒に帰りましょう!」
急に片腕へ抱きついてくるなり、僕を呼ぶ聞き慣れた声。
見れば、地元中学のセーラー服姿を着た女子が嬉しそうな笑みを浮かべている。
一方で僕はため息をつくなり、俯き加減になってしまう。
「その、琴葉」
「何ですか? 先輩」
「ここでそういうことするのはちょっと……」
僕は言いつつ、周りに嫌でも視線を動かしてしまう。
自分が通う高校の校門で下校時刻となれば、生徒らがそこかしこにいた。で、他校で中学生の子と仲睦まじく帰ろうとする僕に対して、様々な目が向けられている。物珍しさや妬み、さらには微笑ましさみたいなものなど。
とりあえず、僕としては恥ずかしかった。
僕は彼女、中学二年の堀内琴葉の腕を掴むと、場を足早に立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと先輩! 早いです!」
「僕としては早くこの場からいなくなりたいから」
僕は言いつつ、校門前を過ぎ、やがて、学校近くにある公園に着いた。通学路となっている住宅街の一角にあり、ちょっとした広場や遊具があるところだ。
「先輩、急に走らないでくださいよ。わたしは逃げたりしないですから」
「いや、そういうことじゃなくて」
僕は声をこぼすなり、手を離すと、正面を合わせる。
黒髪を肩まで伸ばし、小柄な体型。雰囲気としてはどこか琴葉の姉を感じさせるところがある。おそらく、僕と同じ高校生、いや、大学生になれば、より似てくるかもしれない。
「どうしましたか?」
「いや、その別に」
「そうですか。それで、こんなところに連れ出して、わたしとデートしたいんですか?」
「いや、そういうことじゃなくて」
僕は頭を掻きつつ、どう話そうかと頭を巡らす。
「そういえば、先輩はお姉ちゃんに振られたみたいですね」
「誰から聞いた?」
「もちろん、お姉ちゃんからです」
当たり前のように答える琴葉。僕は予想をしていたとはいえ、戸惑ってしまう。
琴葉の姉でクラスメイトの琴海は僕の幼馴染だ。で、今日告って、見事にフラれてしまった相手でもある。
「まあまあ。お姉ちゃんは元々、先輩のことは興味なかったみたいですから」
「それは慰めてるのか、貶してるのか、どっち?」
「いえ、わたしとしては慰めてるつもりでした」
「それは、どうも……」
僕は口にしつつ、額に手のひらを乗せ、大げさなため息をついてしまう。
「それで、先輩」
「何?」
「わたしと付き合ってください」
「この流れで何でそうなるの?」
「流れは関係ありません。元々、わたしは先輩のことが好きでしたから」
琴葉は言いつつ、両手で指いじりをしつつ、頬をうっすらと赤らめる。
「それに、先輩はわたしの気持ち、前から気づいていましたよね?」
「それはまあ、その……」
僕は何とも答えづらい雰囲気を感じ取り、口ごもってしまう。
まあ、琴海のことが好きだったから、琴葉のことは見て見ぬふりをしていたようなものだ。
もちろん、本人も僕の行動はわかっていただろう。
「これはその、先輩には失礼な言い方かもしれませんが」
「失礼?」
「はい。その……」
琴葉は神妙そうな表情を作ると、おもむろに顔を上げた。
「正直、お姉ちゃんが先輩を振ったことを知った時には、とても嬉しかったです」
「まあ、それはその、そうなるよね」
「今までは、お姉ちゃんが好きだということが先輩を見てるだけでわかっていましたので、距離を取っていました。先輩の恋を邪魔するのはよくないと思ったからです」
琴葉は話しつつ、感極まってきたのか、瞳が潤んできていた。
「だから、こうして、お姉ちゃんに振られた先輩を目の前にして、わたしはもう、我慢とかしなくていいと思えたんです」
「だけど、僕は別に、琴葉のことが好きとかそういう気持ちはないわけで……」
「それはいいんです」
琴葉はかぶりを振るなり、涙を指で拭った。
そして、躊躇せずに僕の片腕に再び抱きついてきた。
「今は好きでなくても、これから好きになってもらえれば、それでいいです」
「いや、だけどそれって、僕が琴葉のことをいずれ好きになるのが前提の話だよね?」
「それのどこがいけないんですか?」
問い返してきた琴葉は不思議そうな表情を浮かべる。
僕はとりあえず、落ち着こうと、琴葉から体を離した。
「先輩?」
距離を取った僕に対して、琴葉は意外そうな顔を移してきた。
「先輩は何で、わたしから離れたんですか?」
「いや、その、一旦冷静になろうかなって、その、一回ちゃんと話したいなって」
「それはどういうことですか?」
「どういうことってその……」
僕は自然と目を逸らしてしまう。
「先輩」
不意に、琴葉が僕を呼ぶ。
目をやれば。
琴葉は冷たい眼差しを僕の方へ送ってきていた。
「先輩はもしかして、わたし以外にまた、好きな人がいるんですか? お姉ちゃん以外に」
「いや、僕は別に、その」
「それとも、お姉ちゃんに振られたのに、お姉ちゃんのことはまだ諦めきれないって言いたいんですか?」
質問を投げかける琴葉はゆっくりと詰め寄ってくる。
何だろう、僕と琴葉がいる空間だけ、どんよりとしていて、重苦しい。
「それはその……」
「答えてください」
「いや、だから」
僕は曖昧な言葉で誤魔化そうとしてしまい、はっきりとした説明ができない。
「先輩はわたしのことを徐々に好きになってもらえれば、それでいいんです。その方が先輩にとっても、いいことだとわたしは思うんです。それなのに、先輩はそれを否定したいっていうことなんですか?」
「僕は別に、琴葉のことを否定しようだなんて……」
「じゃあ、答えてください」
気づけば、琴葉はお互いのつま先が触れそうなくらいにまで迫ってきていた。
僕は背中を嫌な汗が流れ、どうにかしないと焦る。
で、どれくらい時間が経ったのだろうか。いや、実際は三秒くらいかもしれない。
琴葉は急に口元を綻ばせると、僕の両手をぎゅっと握ってきた。
「ごめんなさい、先輩。今はその、お姉ちゃんに振られたショックで大変でしたよね」
「いや、僕はその……」
「でも、安心してください! 何かあったら、わたしがいますので、いつでも声をかけてくださいね!」
「あ、うん。その、ありがとう……」
「いえいえ、これくらい、大したことないです。いずれ、先輩のお嫁さんになるんですから」
「ああ、そう、なんだね」
僕はもはや、適当な相づちを打つことしかできなかった。変に抗ったりしたら、また、冷たない眼差しを送ってくるのではないかと思い。
「とりあえずは、今日は、先輩の家まで一緒に帰りましょう」
「えっ? あっ、うん。その、ありがとう」
「いえいえ」
琴葉は返事をすると、僕の片手を握ったまま、足を進ませ始める。僕を引っ張るような形で。
公園を出る時には並んで手を繋いだまま歩き、僕は恥ずかしくなってしまう。通学路では、同じ高校の生徒ら何人かに目を向けられてしまったからだ。
「あのう、琴葉」
「何ですか?」
「せめて、その、手を繋ぐのだけは……」
僕が言うと、琴葉は急に立ち止まってしまう。
「琴葉?」
「先輩は、手を繋ぎたくないと思うほど、わたしのことが嫌いなんですね」
「いや、僕は別に、琴葉のことが嫌いとかそういうことじゃなくて」
「それとも、わたし以外に、そういう手を繋ぎたい相手がいるからということなんですか?」
目を合わさないものの、淡々と言葉を紡ぐ琴葉に、僕は背筋に寒気が走る。
「そ、その、僕は別に、そういう相手とかはいないし、それにほら、琴海にも振られたから……」
「そしたら、お姉ちゃんと手を繋ぎたかったとかなんですね」
「いや、それはその、僕は別に」
「曖昧な反応とかされると、ますます怪しいです」
琴葉の声は疑り深そうな調子を帯びてくる。
僕は頭を巡らし、どうにか納得をしてくれそうな答えを探す。
「こういうことをするのは、その、何か恥ずかしいかなって」
「大丈夫です。わたしは恥ずかしくないです」
「いや、僕が恥ずかしいかなって」
「先輩は堂々としていればいいんです。わたしがいつもそばにいますから」
「いや、そういうことじゃ……」
「じゃあ、どういうことなんですか?」
もはや、何を話しても、ダメそうな感じだ。
僕は考えた結果、琴葉と手を繋いでいる状態を受け入れることにした。
「ごめん。その、手を繋ぐのはこのままでいいから」
僕が言うと、琴葉ははにかんだ顔を向けてきた。
「先輩がそう言ってくれると、わたしは嬉しいです」
琴葉は声をこぼすと、ようやく足を再び動かし始めた。今度はより強く、僕の手をぎゅっと握り締めつつだ。
僕は琴葉に気づかれないくらいのか細いため息を漏らしつつ、家への帰路を進んでいった。
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