第2話:想定した一口で済むわけがあるわけないよね:a funeral

「お、やっと起きてきたな」

「ヘオ!!」


 リビングに降りれば、ブラウを膝の上で抱っこしてソファーに座っているエドガー兄さんがいた。既にエドガーに遺産も葬式用の黒の貴族服に着替えていた。


 一歳を過ぎたブラウは家族の名前は多少言えるようになった。とはいえ、滑舌いいわけではないが。


 因みに、エドガー兄さんの名前が最初だった。丁度俺たちが生誕祭に王都に行っている時だったらしい。


 その時、エドガー兄さんとユリシア姉さんはブラウにずっと付きっ切りだったらしい。特に、もうすぐ中等学園に通うためにここを出るエドガー兄さんは。


 それでユリシア姉さんがブラウの前でエドガー兄さんを『エド』と呼びまくったせいか、ブラウはエドガー兄さんを『エトォ』と呼ぶようになったのだ。


 アテナ母さんとロイス父さんは自分たちが最初出なかったことに凄い落ち込んでいた。


 そんな事を思いながら、俺はブラウに「セオだよ。セ、オ」と言い聞かせる。ブラウが「エオ?」と首を傾げる。


 可愛い。


 デレデレしながら、ブラウの前でしゃがみ、頬をつつく。


「う~!」

「おい、セオ。嫌がってんだろ」


 ぷっくりと頬を膨らませるブラウが可愛くて更に頬を突こうとするが、エドガー兄さんに止められる。


 俺は軽く息を吐いて、ブラウに「ごめんね」といって立ち上がる。


 それから、そういえば……とエドガー兄さんに首を傾げる。


「出発って今日じゃなかったの?」

「明後日だ。っつか、もし今日出発だとしても、予定変更するわ」

「まぁ、そうだよね」

「そうだわ」


 なるほど。エドガー兄さんは明後日ラート町から出ていくのか。なんか、寂しくなるな……


 そう思ったら、エドガー兄さんが思い出したようにリビングの奥を指さす。


「厨房室にサンドウィッチがあるから、それ食えって」

「分かった」


 俺は頷き、リビングを出てその奥に隣接している厨房室に行く。扉を開け、中に入る。


 中央に置いてある机にサンドウィッチが置いてあった。


「ええっと、飲み物飲み物」


 氷の魔道具が組み込んである冷蔵魔道具、まぁ冷蔵庫を開け、飲み物をあさる。いつもならお茶なのだが、今日はアランたちは忙しそうにしており、どうせ注意されることもない。


 なので、果実水か――


「お、これ、雪牛の乳じゃん」


 果実水でも飲もうかと思ったのだが、とてもいいものを見つけた。


 雪牛という魔物の乳である。


 その肉がまるで雪のように淡く溶ける食感と味わいからその名前が付いたのだが、それとは別に冬でも、それこそ雪が降る日でさえ乳を出すため、雪牛と呼ばれている。


 魔物であるが比較的温厚な性質を持ち、角を根元から切り落とした存在に永遠に従う事から、一部、家畜として飼われていたりもする。

 

 とはいえ、そもそも雪牛の生息地域はそこまで広くなく、また温厚とはいえそれでも魔物。一般人が飼いならすには相当骨が折れるため、高級牛となっているのだ。


 とくに、その乳は栄養価が高く絶品なこともさることながら、鮮度が落ちやすいため、雪の日でも乳を出すとはいえ流通量はそこまで多くない。


 なので、マキーナルト領で育てているとはえ、俺もあまり飲めたことがない。


「ラベルは……よし、何も書いてないな。たぶん、普通に貰ったんだろ」


 今日の時用だったら困るため、冷蔵魔道具の扉や雪牛の乳が入っている瓶をよく見るが、説明書きはない。厨房室を管理するアランは絶対に飲食されたら困るものには説明書きやら何やらを書いて張るのだ。


 安心した俺は雪牛の乳の瓶を手に取り、もう片方の手でサンドウィッチが載ったお皿を持つ。あと、小指にティーカップの取っ手を引っかける。


 〝念動〟で扉を開け、リビングに戻る。


 隣接しているダイニングのテーブルにそれらを置き、椅子に座る。


「頂きます」


 そう言って、俺は手始めに瓶を傾け、雪牛の乳をティーカップに入れる。並々に注いだら、瓶を置き、溢さぬようにティーカップを持ち上げる。


 あ、やべ、こぼれるッ!


 俺は慌ててティーカップに口をつけ、雪牛の乳を飲む。


 ……飲む。

 

 ゴクゴクと音が響くほど、飲み干す。


「ぷふぁっ! ……美味い。美味しい!」


 コクのある味わ……いや、やめよう。なんか、あまり言葉にできない。


 けど、うん、やっぱり美味しい。晩夏の暑さがアクセントになる感じ。とても美味しい。雪みたいに冷たいし。


 ほぅ、と俺は満足する。


 と、


「おい、乳程度でどうしたん――」

「う?」


 美味しすぎて騒ぎ過ぎたせいか、エドガー兄さんがブラウを肩車してこっちに来た。


「って、おい、これ、雪牛の乳じゃねぇか!」

「えぇあ!」


 エドガー兄さんが瓶を見て大声を上げる。ブラウが両手をパチパチとさせながら、まねる。


「ん」


 サンドウィッチを食べながら、俺は頷く。もきゅもきゅと口を動かして、サンドウィッチを飲み込む。


 うん、美味しい。


「飲んじゃダメって書いてなかったし」

「マジか……おい、セオ。俺にも一口くれ」

「うれ!」


 俺は顔を顰める。ブラウが楽しそうに言葉をまねようとする。


「ええ……」

「ええじゃねぇだろ。俺、明後日ここ出るんだからな。飲ませてくれよ」

「……しょうがないな」

「あいあ!」


 ブラウの真似っこに癒されながら、俺は瓶をエドガー兄さんに渡す。


「一口だけだからね。俺が先に見つけたんだし」

「分かってる、分かってる」


 そう言いながら、片手でブラウを抱えたエドガー兄さんは雪牛の乳が入った瓶を大きくあおる。


「あ、ちょッ!」

「ぷふぁッ! ああ、美味いッ!」

「まい!」


 ……飲まれた。殆ど、飲まれてしまった。


 俺はエドガー兄さんを睨む。エドガー兄さんから、残りわずかしか入っていない瓶を奪い取る。


「一口って言ったよねッ!」

「ほら、一口だろ? 俺とお前だと一口の大きさが違うんだよ」

「ッ、分かっていってるでしょ!」

「さぁ、何のことやら」


 俺の睨みにエドガー兄さんは飄々ひょうひょうとしながら肩をすくめる。


 と、


「あ~う!」

「お、ブラウ、飲みたいのか?」

「あい!」


 ブラウが俺が奪われないように大事に抱きしめた瓶を指さす。エドガー兄さんの問いに満面の笑みで頷く。


 まぁ、その問いの意味をちゃんと理解しているわけではないのだろうが……


「セオ、残り少しだし、ブラウに上げたらどうだ?」

「うっ」

「ほら。こんなに目を輝かせてんだぞ?」

「みゅ?」


 ブラウが俺を見つめる。


 優しい青の瞳。透き通っていて柔らかく輝いている。


 ………………


「はぁ。分かったよ」


 しょうがない。


 まぁ、美味しいものを独り占めして楽しいわけではないし、ここは心の余裕を見せつけるところだろう。


 そう思いながら、俺は瓶をテーブルの上に置き、席を立つ。


「コップを持ってくるよ」

「いや、このままでいいだろ。ってか、そこにあるし」

「え、だって口付けたじゃん」

「いいんじゃね?」


 エドガー兄さんが適当にいう。俺は首を横に振る。


「駄目だって。ブラウはまだ赤ちゃんだよ。俺たちには問題ない病原菌とかに耐性がないんだから」

「病原……? なんだ、それ」

「病気の元みたいなもの。ほら、病魔」

「ああ、病魔か」


 病気は色々な原因で起こる。まぁ、大抵はウイルスだったり、細菌だったり、そういう小さな存在が原因だが。


 どっちにしろ、こっちではそれらは病魔として扱われている。


「まぁ、そこまで気にすることでもないかもしれないけど、気にせる時なら気にした方がいいでしょ? 万が一があってもあれだし」

「万が一……」


 エドガー兄さんは俺や自分が着ている服の色を見て、ああ、と頷く。


「まぁ、そうだな」

「でしょ?」


 そうして、俺はコップを厨房室に取りに行った。








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カクヨムWeb小説短編賞2022に応募する短編を投稿しました。

一万字近くですが、前編中編後編と分かれていますので、ぜひ、読んでください。かなり出遅れましたが、賞を狙っていきたいのでよろしくお願いします。


「朽ちる夜、君の瞳に薄明が芽吹く」

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一話

https://kakuyomu.jp/works/16817330651985864996/episodes/16817330651987303166

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