朽ちる夜、君の瞳に薄明が芽吹く
イノナかノかワズ
朽ちる夜、君の瞳に薄明が芽吹く 前篇
人工の光が暗い部屋に散る。
カーテンは閉め切られ、電気すらついていない。アルコールと
そんな部屋の片隅で、缶ビール片手に小さなモニターを睨む白髪交じりの若い女がいた。
「チッ。クソッ」
女はもう片方の手に持っていたゲームのコントローラーを床に叩きつけ、缶ビールをあおる。
ヒックとしゃっくりを上げながら、女は缶ビールをひっくり返す。一滴も出ない。
缶ビールが空となったことをようやく受け入れた女は、苛立ったように舌打ちし、空の缶ビールを壁に投げつける。
缶ビールはカコーンとコミカルな音を立てて跳ね返り、女の頭を打つ。
「ああ、もう!」
女は苛立ちに顔を歪め、ドンっと床を叩いた。同時にモニターがスタート音を鳴らす。
「はぁ」
女は無気力な溜息を吐き、コントローラーを手に取る。ガチャガチャとコントローラーを動かし、モニターを点滅させる。
そうしてしばらくして再び、
「っ。何やってんだよッ、能無しッ。アホかよッ。特にレイメイ! お前、ヒーラーなのになんで回復しないんだよ! 頭沸いてんのかっ? 死ねよ!」
苛立った声を上げてコントローラーを床に投げつけ、その勢いで床を殴る。積み上げられた空の缶ビールが崩れ落ち、騒音を響かせる。
それに女は不快感を覚え、さらに苛立つ。
と、
「
「……チッ」
女の母親の怒鳴り声とともに、部屋の扉がドンっと叩かれた。
女は舌打ちをし、母親の怒鳴り声を無視してコントローラーを拾い上げゲームを再開した。
「佳月!」
「チッ」
しかし、数分無視し続けるとひと際大きな怒鳴り声とともに、勢いよく部屋の扉が開いた。両目を鬼のように吊り上げたパジャマ姿の母親が舌打ちした女を睨む。
それから、積み上げられた空の缶ビールの山を見やると、ハッと息をのみ、さらに両目を吊り上げ、眉間に
「佳月! いい加減、部屋から出なさい! 聞いてんのっ? 佳月!」
「……」
女は母親の怒鳴り声を無視し、モニターを睨み続ける。
母親は息を飲み、それからわなわなと震えだす。過呼吸をしているかのように、母親はヒューヒューと深呼吸し、胸に手を当て自分を落ち着かせる。
怒鳴っても意味はない。
「ねぇ、佳月。お願いだから、部屋から出てきて。一緒にご飯を食べよ。ね?」
「……」
「お母さん、いい仕事見つけたのよ。ほら、高北さんのところのお手伝い。四軒隣サツマイモ農家。ね」
「……」
「きつい仕事じゃなくて経理の方でね、仕事がもらえたの。佳月、勉強してたでしょ? それに高北さんの娘さんとは知らない仲じゃないし」
「……」
母親はなるべく優しい声音を心掛け、女に語り掛ける。女は
「佳月。あんなに頑張ってたじゃない。苦手なこと、いっぱいあったけど、めげずに取り組んできたじゃない。もう一度、がんば――」
母親が「頑張ろう」と言おうとしたその瞬間。
「うっさい、ババアッ! 黙ってよ!! 私の何がわかるのッ!? もう一度頑張れってッ!? めげずに取り組んできたッ!? なめんな!」
「きゃ」
女は母親に向かってコントローラーを投げつけた。
母親は咄嗟に体を両腕で庇い、その隙間から女を怯えた目で見ていた。
女が荒く吐く息の音とモニターがコミカルに鳴らすゲームオーバーの音だけがその部屋を支配した。
「わ、私はあなたのためを思って!!!」
「ッ」
そして母親が大きく怒鳴った。女の頬を
「高北さんのところだって何度も頭を下げて! あなたを追い出そうとしたお父さんも説得して! だって、あんなに頑張ってたじゃない! だから、もう一度……」
母親の声が湿り始める。
女は一瞬バツが悪そうに顔をしかめた後、キッと母親を睨む。
「知らないよ! お前が勝手にやったことでしょ! 私には関係ないじゃん!! そもそも頑張らせたのはアンタでしょ!!」
「ッ!」
目を赤く腫らした母親は息を飲む。夜叉のように恐ろしく顔が歪んでいく。
「出ていきなさい! 今すぐ、私の前から消えて!」
「え、あ、ッ!? なにするッ、おい、ババア!」
そして母親は何度も女の顔を
女は抵抗するが、酔っていたせいでまともに体に力が入らず、母親にされるがままに引きずられた。
空の缶ビールを巻き込みながら、女は部屋の外に追い出される。そのまま廊下を引きずられ、階段を蹴落とされ、玄関にまで引っ張られる。
途中、父親が何事かと目を覚ましたが、女が母親に引きずられているところを見て、興味を失って部屋に戻った。
「もう帰ってこなくていいわよ!!」
「あ、ちょっとッ」
そして女は家を追い出された。
「……え?」
女は
今まで何度か口論したことはあったが、それでも追い出されたことはなかった。母親はなんだかんだ自分に甘かったし。
だからこそ、想定外のことに女は茫然とした。
しかし、それも少し。
「ああ、いいよ。もういいよ。出ていくよ!」
女はヤケと無気力が入り混じった声音で吠えると、裸足で歩き始める。
中天を過ぎたばかりの満月に照らされながら歩く女は、しばらくすると畑の間に伸びるあぜ道に入る。
そうして数時間近く、無気力に歩き続けた女はやがて田んぼが広がる場所を歩いていた。
「チッ。朝かよ」
そして女は白み始めた空に舌打ちをする。また同時にようやく酔いが醒めてきたのか、現状を冷静に認識し始める。
「……どうすんだよ、この状況――」
ただ、酔いはまだ少し残っていた。また、三年以上引きこもり続けてきた女が、急に長い距離を、しかも裸足で歩いていたのもあるだろう。
そもそも寝不足だった。
女は大きくふらついた。後ろへ大きくよろける。
「あ」
そして田んぼの用水路へと足を踏み外した。
コンクリートに頭を打った。意識が消えた。
死んだと自覚した。
あっけない最期だった。
「……うん?」
そして女は起きた。
ぼやけた思考と視界に戸惑いながらも、体を起こした。
現状を認識するために辺りを見渡そうとして、息を飲んだ。
「ようやく起きたわね」
そこには少女がいた。
半月を背に美しく窓枠に佇んでいた。
美しいヴァイオレットの長髪をたなびかせ、まるで夜明けのような蒼が
「初めまして。わたしは
そして少女、アウローラは言った。
「そしてきみをリッチにしたわ」
「……はぁ」
女、
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