朽ちる夜、君の瞳に薄明が芽吹く 中篇

「理解していないようね。無理もないわ」


 アウローラは優雅に、それでいて少しだけ扇情的に微笑むと、腰を掛けていた窓枠から降りる。

 しゃがみ、状況を呑み込めていない佳月の手を握る。


「思い出して」

「え」

「きみは死んだの。一週間前の朝、用水路に落ちて死んだのよ」

「……あ」


 ぼやけていた佳月の思考が覚醒していく。

 まるで魔法のようにアウローラの言葉がスッと心に染みわたり、克明に佳月は思い出した。

 酔っぱらって、母親と喧嘩して、追い出されて、足を踏み外して用水路に落ちて、そして強く頭を打って……


「そっか。死んだんだ」


 佳月はわめくことなく、死んだ現実を受け入れていた。

 母親に家を追い出されて自暴自棄の心持こころもちだったのもあるだろうが、正直ここ数年は生きていると実感したことすらなかったからこそ、死に興味がなかったのだろう。


「あれ、でも私はこうして」


 冷静にそんな自分を分析した佳月は、ふと、首をかしげた。片手を動かす。

 アウローラが答える。


「だから言ったでしょう。君をリッチにしたと」

「リッチって、あのゲームとかのアンデッドの?」

「そうよ」


 アウローラが淡々と頷いた。


「なんで?」


 佳月は少しだけアウローラの顔をじっと見た後、尋ねた。

 アウローラは淀みなく答える。


「ゲーム仲間が急にいなくなったら困るでしょう? それに、わたしに吐いた暴言ぶんは遊んでもらわないと」

「ゲーム仲間?」

「レイメイよ。きみに死ねよと言われたヒーラーの。不死者の王エルダーリッチに向かって死ねとは面白い冗談よね」

「ハハ、確かに」


 まるで死神のように恐ろしくアウローラは微笑み、それを見て佳月は頬を引きつらせる。

 酔っていたので暴言の内容はあまり覚えていないが、それでも確かに暴言を吐いた記憶はあった。

 

「じゃあ、私は何をすればいいの?」

「……馬鹿なの? 言ったでしょ。遊んでもらうと。ゲームよ。ゲーム。ちょうど遊び相手が欲しかったところなのよ」


 アウローラは周りに積みあがったゲームカセット見やった。

 そして佳月はその日からアウローラの遊び相手となった。



 そうして数日が過ぎた。


「便利ね。リッチの体は。眠くならないし、食事もいらない」

「あら、それだけではないわよ」


 明るい部屋のテレビの前でコントローラーをガチャガチャとさせる佳月とアウローラがいた。

 二人の周りにはいくつものゲームハードと、オンライン対戦できない二人用対戦ゲームのカセットが積み重ねられていた。

 アウローラが無重力下にいるかの如く宙に浮く。


「浮遊に生命力の奪取、譲渡。認識阻害する力に、死者を不死者リッチにする眷属化。無限の再生能力」

「おまけに肌は白くて艶々。下の上ぐらいの顔が中の中くらいには見える。目はアウローラみたいに綺麗に輝いているし、老いないっていのも最高よ。これで髪の色と容姿そのものをいじくれればもっと良かったわね」


 ロードで暗くなったテレビ画面に映った自分の顔を見て、佳月は冗談めかすようにニヒルに笑う。アウローラと同じ東雲色の瞳が輝く。

 すると浮遊を切って床に座ったアウローラが少しだけ怖い顔をした。佳月が首をかしげる。


「どうしたの?」

「いえ、そうね。リッチは死にはしないけど、仮死状態にはなるのよ」

「仮死?」

「肉体を失うと言えばいいかしら。まぁ、数日経ってもきみはそうなってないから問題はないけど」

「ふ~ん」


 佳月はどうでもいいと言わんばかりに頷き、気になっていたことを尋ねる。


「それで他にはリッチってどんな力が使えるの? ほら、私の暴言とか居場所とか、そういう特別な力? がないとわからないでしょ?」

「ああ、そういえばそうね。リッチは己の願望を最も反映した力が一つ使えるのよ。ちなみにエルダーリッチは一つだけではないわ。好きなだけ使える」

「え~、なんかそれ、ずるい」

「ずるくないわ。王として当然の力よ」


 そういったアウローラは、しかし次の瞬間顔をしかめる。

 佳月に負けたのだ。


「きみ、強いわね」

「あ、そう。ありがと」


 佳月は一瞬、嬉しそうに笑って、すぐにそっけなくアウローラに礼を言う。


「もう一回よ」

「分かった」


 数日で分かったことだが、アウローラはとても負けず嫌いだ。だから、自分が勝つまでずっと付き合わされることになる。

 しかも、かなりゲームが下手なのだ。

 なので、長くなるな、と佳月は心の中で少しだけ溜息を吐いた。


 また、対戦が始まる。


「ねぇ、それで私はどんな特別な力が使えるの?」

「さぁ? いずれ勝手に発現するわ」

「そういうもの?」

「そういうものよ」


 話はおしまいといわんばかりに、アウローラはテレビ画面を睨む。仕方なく佳月もテレビ画面の方を向いた。

 そして手加減することなく、すぐにアウローラをボコボコにした。


 結局アウローラがそのゲームで佳月に勝つまで二日かかった。



 そして数日。また数日。一週間、二週間、一ヵ月。

 ついには半年が過ぎてしまった。


――グォォーーーー!!!


 アウローラと佳月が住んでいる家は化け物だ。六本の足を生やし、二十の目を持ち家を背負う蜘蛛のような化け物である。アウローラが昔拾い、家に改造したらしい。

 アウローラの命令がないと常に移動し続ける家であり、人に認識されることない。

 よく遠吠えをする。


「ねぇ、今、どこらへんを移動しているの?」


 西に傾く今年最後の満月が窓から通り過ぎるのを見やりながら、佳月は尋ねた。

 パズルゲームの対戦で一週間近く負け続きのアウローラは、少し不機嫌になりながら答えた。


「名古屋ね。年末になるとちょっとした賭博ゲームが開かれるのよ」

「違法じゃないの、それ」

「そうね。まぁ、バレてないからいいのよ」

「ふぅん。……あ、また勝った」

「チッ」


 アウローラは舌打ちをし、コントローラーを床に放り投げる。深呼吸をして自分を落ち着かせる。怒りは失った集中力を取り戻すためのモチベーションとなるが、逆に集中を乱すものでもある。

 次こそは勝ちたいとアウローラは深呼吸するのだ。

 

 と、アウローラは気が付いた。


「あら、これを含めて二つで終わりね」

「確かに」


 自分たちの周りに積み重なっていたゲームカセットは、いつの間にか残り一つになっていた。

 

「なら、今日こそ勝って、あと二週間でもう一つの方も勝つわ。それで年越しよ」

「そうなればいいね」

「ええ」


 再び佳月とアウローラはパズルゲームの対戦を始める。

 それから十一回戦目だったか。


「勝ったわ!」


 アウローラがようやく勝った。

 佳月は喜ぶアウローラに呆れた表情を向ける。


「五百敗近くしてなに喜んでんだか」


 その嫌味はちょっとした負け惜しみでもあったのかもしれない。


「それでもわたしはきみに勝ったのよ!」


 だがしかし、だからこそアウローラは満面の笑みを浮かべた。


「ッ」


 佳月は息を飲む。

 あまりにも美しかったから。

 西に沈む満月をバックに咲かせるその笑顔が。蒼が煌めく東雲色の瞳が。


 だから思わず。


 パシャリ。


「え?」


 佳月はいつの間にか手に持っていたカメラでアウローラを撮った。

 撮って、佳月は困惑した。手に持っていたカメラに驚く。


「なにこれ?」

「あら? あらあらあら?」


 アウローラが目を見開き、すぐに頬を紅潮させる。立ち上がり困惑する佳月の頭をなでる。


「おめでとう。発現したわよ」

「発現って……」

「特別な力よ」

「はぁ!? これがっ!?」


 佳月は自分が持っているカメラを見て、頓狂とんきょうな声を上げた。


「え、だって、これ、カメラじゃん。特別もなにも、そこらの家電量販店で普通に売ってんじゃん。これが特別!?」

「ええ、特別よ。現代だからこそそう言えるけれども、少し前までカメラなんて空想の道具でしかなかったわ。時代が時代なら、世界すら征服できる力よ」


 少し遠い目をしたアウローラは佳月が持つカメラを指さす。


「それだけではないらしいわよ」

「え?」


 カメラの底の部分から現像された写真が出てきた。その写真の絵は動いていた。動画のようだった。


「どうやら、その写真の前後を映像として流せるようね」


 「それに」とアウローラは続ける。チラリとついさっきまで自分が座っていた場所を見やる。


「過去を投影する力もあるようね」

「うわっ!?」


 佳月が驚く。

 アウローラがもう一人いたのだ。隣で座ってコントローラーを握り、テレビ画面を睨んでいたのだ。

 数分前のアウローラである。


「つまるところ、電池の心配なく写真を撮れるし、その前後を動画として現像したり、実際に投影することもできる。たぶんだけれども、このカメラで撮らなくても、写真さえあれば過去を投影できるわよ」


 アウローラは微笑む。


「だから、すごいのよ。その力は」

「そうかな? だって、やっぱり今の技術でどうにでもできると思うんだけど」


 佳月は納得いかないように唇をとんがらせた。

 それでもアウローラと同じ東雲色の瞳だけは輝いていた。


 そして二週間。

 違法賭博ゲーム場で遊んだり、対戦ゲームではなく協力系のオンラインゲームをしたり、トランプやチェス、あとはニッチなボードゲームなど、いろいろと遊んだ。

 

 佳月はいまだに納得がいかないものの、それでも特別な力ということで、写真を撮り続けた。被写体はアウローラしかいなかったが。


 そうして二週間と少し。

 年末。


 夕日が沈むころ。


「勝ったわ。勝ったわ!! 今まで積み上げてきた二人対戦用テレビゲームの全てで佳月に勝ったわ!」

「その分、かなり負けてるけどね」


 テレビから流れる勝利を告げる音楽に合わせて、アウローラがガッツポーズしていた。

 佳月は呆れと悔しさが混じった笑みを浮かべながら、特別な力らしいカメラでアウローラを撮った。

 満更でもない表情で撮った写真を見返す。


「今日は三日月か。新月は一昨日だったし、それもそうか」


 はしゃぐアウローラと、写真の背景に夕日とともに薄く映っていた三日月を見比べていた佳月は、ふと、気づく。

 もう周りにはゲームカセットは残っていなかったと。


 そして、


「……え?」


 カメラを持っていた佳月の両手が朽ちて、小さな粉となって宙に消えた。

 落ちたカメラが沈む夕日に照らされていた。

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