八章 収穫祭と訪問客

第1話:ままならぬのが常。上手くいってそうでも結局つまづくところがある:a funeral

 朝から……いや、昨夜からずっとドタバタしていた。


 ロイス父さんやアテナ母さんはもちろん、使用人のバトラ爺やマリーさん、レモンやユナ、アランなどなど、大人たちは部屋中を駆けまわり、忙しそうにしていた。


 特にロイス父さんとアランは酷く忙しそうだった。


 夏も既に終わりに差し掛かり、数週間も経たずに米と同じような時期に熟する異世界麦を収穫する事になるだろう。また、他の農産物もその頃には大抵収穫が終わる。


 そしたらラート町全体――つまり、マキーナルト領全体で収穫物を精査し、仕分けして処理し、洗い、出荷準備をする。


 それだけでなく、貯蔵のために氷魔法の行使、もしくは魔力供給をしてもらったり、冬の豪雪に備えて干し肉やら漬物などといったものの準備、あとは一ヵ月後くらいにある収穫祭の準備など。


 色々とやるべきことが詰まっている。ここ数ヵ月はとても忙しいのだ。


 ただ、今日の忙しさは違う。


 そう思いながら、俺はベッドから起きた。


 天窓から注ぐ朝日は既に高いところにあった。忙しさゆえに朝稽古がなかったから久しぶりにゆっくり寝れたのだ。


「ふぁ~。どうせ、昼までは暇だし……もう一度寝ようかな。俺を起こす暇だってないだろうし」


 欠伸をしながら、ベッドの上に立ち周りを見渡す。どうやらアルたちはいないようだ。たぶん、ブラウの所にでも行っているのだろう。最近、ブラウの遊び相手はアルたちやミズチ、ユキになっているし。


 ……ライン兄さんみたいに動物が友達とか言わないよな、ブラウ。


 そんな事を不安に思いながら、俺はなんとなしに天窓の扉を開ける。


「う」


 開けた天窓から降りてきた空気に俺は思わず顔を歪める。じめじめとして暑い空気が降りてきたからだ。


 俺は風魔術で入ってきた心地悪い空気を外に追い出し、天窓を閉める。


「日本と違って、マキーナルト領ってそこまでじめじめしてなかったんだと思うんだけど。アダド森林かバラサリア山脈の向こうから風がふいてきているのか……」


 アダド森林やバラサリア山脈の向こう側は海があるそうだ。


「あ、でも、それが理由にはならないか。水分を多く含んでる空気はどうせバラサリア山脈を昇れずに向こうで雨となってるだろうし、アダド森林も似たようなものだと思うしな……」


 前世で見てた天気予報の豆知識を思い出していたところ、ふと思った。


「ってか、こっちの世界の海ってどんな感じなんだろ」


 そもそも、俺、地図上ではアダド森林やバラサリア山脈の向こうに海があるとは知っているが、行ったことないんだよな。


 だって、凶悪な魔物が跋扈ばっこしているのがアダド森林とバラサリア山脈だから。行けないもん。


 分身体と“隠者”を使って一度、見に行こうとしたのだが、どちらも途中で滅茶苦茶強そうな、っというか絶対に強い魔物に見つかって無理だったしな。


 それを考えると、地図を書いた人はどうやって向こうまで行ったんだろ。ロイス父さんやアテナ母さんが生まれるより前にあったようだし……


「そういえば、まだこっちに来てから海を見てないよな……。一度、見に行きたいな。っというか、旅行がしたい」


 引きこもりたい願望はあるが、それとは別に旅行願望もある。前世だと働きづめで全くできなかったし、色々な景色を見てみたいなとは思うのだ。


「でも、ドルック商会とか収穫祭の準備とかで忙しい……あれ、何で俺忙しくしてるんだ? 前世が仕事ばっかだからゆったりしたいと思ってたのに」


 ベッドの上で胡坐を俺はボサボサの髪を更にボサボサにするかの如く、かきむしる。やるせない。


 王都に行ったときに、三十人近く人員を増やしたがそれでも手が足りない。何より、俺とライン兄さんが考えている事をそのまま実行できる人がいない。


 皆、優秀で真面目なのだが、こう、頭の柔らかさがないというか。いや、柔らかい人もいるにはいる。


 だけど、そう、破天荒なやつがいない。皆、優秀で真面目なのはいいのだが、一人か二人くらいは、行動力がめっちゃある優秀でおかしな奴がいた方がいいのだ。


 そういう人が一人でもいてくれれば、組織のブラッシュアップなどができるんだけど…… 


 現状、俺やライン兄さんが具体的な指示をしないと、事業が進められないんだよな。


 確かに庶民専用の郵便やタイプライター、出版関係は未知なものだ。出版は一応、昔からあるから掴みやすいかもしれないが、俺やライン兄さんが起こそうとしている出版は高級品として本を出すのではなく、ある程度安い本が流通するようにすること。


 王都の庶民が、数冊でもいいから本を持っているような状況にまで持っていきたいのだ。


 それに関しては、未知数だから手探りだ。


 大胆でより効果的な方法が欲しいの……


「口で言うのは簡単だよな……。結局、俺もライン兄さんも経営に詳しいわけではないし、そこまでセンスがあるわけでもないんだよな。どちらかというと、物を作る側だし」


 そこまで考えて、俺は溜息を吐く。


 俺の前世の経験や知識も多少役には立つが、それでも多少。だから、上手く経営戦略が練れているかといえば、ノーとなってしまう。


 だかといって経営センス抜群で、たった十数年で巨大な紹介へと成りあがったアカサやサリアスに頼りっきりもよくない。他商会だし。自分たちの経営は自分たちで行わないと、いずれしっぺ返しがくる。


「だからこそ、バインが来てほしかったんだよな」


 結局、バインは俺たちが王都を去る日まで俺やアカサ・サリアス商会に顔を出さなかった。


 一応、王都にいたサリアスに頼んで居場所の把握はしてもらってはいたが、こちらから会いに行くのはまだ時期尚早と考え、会いには行かなかった。


 今も定期的にサリアスからバインの動向を手紙で教えてもらっているが、未だにバインは斑魔市で物売りをしているらしい。

 

 以前のような方法のままで。


「ただ、あれ、違法ではないんだよな……」


 サリアスに調べてもらったところ、やはりというべきか、バインには錬金術師の協力者がいた。


 そしてバインは俺が設計図を書いた魔道具をアカサ・サリアス商会から買い、その錬金術師に渡し、分解を頼む。


 それから二人でその分解内容を見ながら、別の使い道を話し合い、その別の使い道に沿って改造、もしくは模造品を創り上げる。


 今、自由ギルドにある商標登録や技術登録、設計図の登録などといったものは、その登録した物全体を守る仕組みである。


 つまるところ、一部を抜き取ったり、また同じような、けれど細部が違うものを作り売ったりするのは違法ではないのだ。


 簡単に言えば、俺がドライヤーの魔道具を作ったとして、ドライヤーの魔道具に組み込まれている温風の魔道具機構を理解し、その魔道具機構と同じような能力を発する別の魔道具機構を作り、別用途で売るのは全くもって問題にならないのだ。


 あまりいい顔をされないが。


 けど、それは現代日本で考えると、いや資本主義社会としての視点で考えると正しいことなのだ。


 一応、現代ではその技術だけでなく理論においても特許という形があるため、真似は難しいのだが、それでも多くの企業は模倣する。


 ある会社がある商品を創り上げた。


 それが売れたのなら、より良い性能を持ち、より安いコストで創り上げられるように他の企業が頑張り、作る。元祖の企業が負けじと頑張る。


 正しい企業競争だ。


 バインは、俺の魔道具を買って、分解し、回路機構や材料などをブラッシュアップし、新たな用途で売り出していた。


 そういう賢さが欲しい。


 未知なる市場を開拓するためには、そういう売り出しができる奴が欲しいのだ。ちょうど、アイデアとか物自体は俺たちが出すんだし。


「はぁ。でも来なかったんだよな……サリアスから受け取ったバインの近況を見れば、脈がないわけではなさそうだけど……はぁ、冬になるまでにはこっちに来てもらいたいんだよな……あ~あ~あ~あ~あ~」


 ベッドに大の字になり、俺は手足をバタバタさせる。


 忙しすぎて、最近、趣味に割く時間が得られないのだ。やりたいことや作りたい物だって多いのに。


 それに、数年前から魔物による攻撃などで四肢を欠損し、引退した冒険者たちと共同で研究していた義肢についても、ようやくいいところまでいきそうなのだ。


 つい最近まではずっと行き詰っていたし、前世の筋電義手にすら届かない性能だったけど、どうにか同等にまで持っていけそうなんだよな。


 まぁ、それでもまだまだあともう二つか三つくらい、革新的な技術とアイデアが必要なんだけど……


 ってか、あれって元はメイドゴーレムを作ろうとして始まったんだよな。義肢の研究って。遅々として進まないから忘れていたが。それに、他の計画もうまく進んでいないし……


「あ~! もう! 上手くいかない!」


 と、色々と悩む事が多すぎて、ジタバタとしていたら部屋の扉が開いた。


「……セオ。起きているなら、さっさと降りなさいよ。ってか、わめいてどうしたのよ。頭でも打ったの?」


 ユリシア姉さんだった。


「……いや。どうしようもない現実にうなだれていただけ」

「なにを分からないことを……はぁ」


 ユリシア姉さんは訳が分からないと顔を顰めながらこっちに近付き、それからベッドに大の字になる俺の頭を掴む。


「それよりさっさと着替えなさい。二時間後には始まるわよ。ほら、昨日、母さんが慌てて仕立てたんだから」

「……分かった」


 俺は昨日、アテナ母さんが今日のために慌てて仕立てた服を受け取った。


 それは黒い服だった。


「着替えるから出てって」

「いいじゃない。私が着せて――」

「いやだ」

「……もうッ!」


 ユリシア姉さんは頬を膨らませて、俺の部屋を出ていった。


 そして俺はベッドから起き上がり、パジャマを脱いで黒い服に袖を通す。


 今日は葬式だ。





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カクヨムWeb小説短編賞2022に応募する短編を投稿しました。

一万字近くですが、前編中編後編と分かれていますので、ぜひ、読んでください。かなり出遅れましたが、賞を狙っていきたいのでよろしくお願いします。


「朽ちる夜、君の瞳に薄明が芽吹く」

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一話

https://kakuyomu.jp/works/16817330651985864996/episodes/16817330651987303166

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