第3話:狐の嫁入りや天気雨とも言ったりする:a funeral

 ブラウが満足に雪牛の乳を飲み干し、俺が遅めの朝食を食べ終えたころ。


「アンタたち、何してんのよ? もう父さんたち、出てったわよ!」

「え、マジで!?」

「え、もう!?」

「あ~う?」


 ありえない!? と言わんばかりの表情をしたユリシア姉さんが、リビングの窓の外から顔を出す。


 黒の落ち着いたドレスを身にまとっていた。それだけでなく、お淑やかなイヤリングなどといった装飾品や黒のトークハットも身に着けており、普段のやんちゃな様子とはかけ離れていた。


 エドガー兄さんがブラウを抱っこしながら、問い返す。


「俺、聞いてないんだが!?」

「ヒュエトスが我慢できなかったみたいで、勝手に葬儀を始めようとしたのよ。だから予定が早まって。父さんたち、伝え忘れたのかしら?」


 そう言いながら、ユリシア姉さんは窓をひょいっと飛び越え、エドガー兄さんからブラウをさらう。


「ブラウは、私が連れてくから」


 何故か、ユリシア姉さんは黒の合羽かっぱを腕にかけていた。


 それに疑問を持つ前にユリシア姉さんは再びひょいっと窓から外へと飛ぶ。ブラウがきゃっきゃとはしゃぐ。


「アンタたち、さっさと雨具を用意して第四小麦畑に来なさいよ。あと、寝ぐせとか身だしなみを整えなさいよ」


 ユリシア姉さんはそう言って、さっと消えた。


 俺は隣で呆然としていたエドガー兄さんに首をかしげる。


「どうする?」

「どうするも何も行くんだよ!」


 ライン兄さんはそういって慌てだした。



 Φ



「で、なんで合羽かっぱも必要なの?」

「あん? お前、なんも聞いてないのか?」


 夏の終わり。あと一週間後には暦の上では秋となるにも関わらず、燦々さんさんと照りつけてくる太陽にベトベトとした蒸し暑さ。


 嫌になる。


 蒼々と広がる空の下、喪服を着た俺は黒の合羽を腕にかけて農地へと向かっていた。


「葬儀中に雨が降るからだよ」

「……何それ。天占師のベリリアは向こう一週間は晴れだって言ってたよ?」


 天占師はいわば天候を占う能力スキルを持っている職業の人。べリリアはそのなかでも天職として天占師を授かっているから、一週間程度の天候の占いははぼ外れない。


 なのに、エドガー兄さんの表情を見れば、雨が降るのは決まっているらしい。


 どういうことだろ?


「ああ……。まぁ、葬儀場に行けば分かる」

「何それ。ってか、何で、葬儀が農場でやるのさ。しかもバラサリア山脈に一番隣接しているところで」

「そりゃあ、シトゥラさんの死に場だからだろ? あと希望していた埋葬場所がバラサリア山脈だったんだ。……それに街中でやれるもんでもないし」


 そう言ったエドガー兄さんは、悔やむ様に顔をしかめる。


「……死ぬなら収穫を終わってからでよかっただろうに。ったく、こんな時に死にやがって」


 俺は言葉に詰まる。


 エドガー兄さんのその悪態は、とても哀しそうだった。悔しそうだった。


 何も言えなくなる。


「あれ、なんか、さらにジメってしてきた……気持ち悪い」


 と、急に周りの湿度がアホみたいに上がってきたのだ。もう水が纏わりついていると思うほど、ジメジメしていて気持ち悪くなる。


 哀しそうに顔を歪めていたエドガー兄さんがハッと顔を上げる。俺をチラリと見て、持ち上げる。


「ちょっ」

「時間がない。急ぐぞ」


 そう言って俺を担いだエドガー兄さんは、身体強化をして地面を蹴る。それどころか、空中に障壁を作り出し、その障壁を蹴って空中を駆ける。


 湿度が高い空気を切り裂き、一直線に空を駆けた。


 そうして、すぐに黄金の麦の絨毯じゅうたんが広がるエリアへとたどり着き、エドガー兄さんはさらに速度を上げる。


 すれば、数十秒もせずに農場とバラサリア山脈を隔てる高い城壁が見えてきた。


 そしてまた、黄金の絨毯にポツンと大きくいた円状の黒の群衆も見えてきた。喪服を着た人たちが円状になっていたのだ。数十人どころか、数百人……いや、数千に届くかもしれないほどの人数がいた。


 たぶん、ラート街の住人ほほとんどがいた。


「セオ。舌を噛むなよ」

「あ」


 それを見定めたエドガー兄さんは器用に体を上下変換させ、上の障壁を蹴って地面に向かって駆ける。


 通常の重力落下に加え、障壁を蹴るという加速までがついて、俺はあまりの風圧と内臓がせりあがるような無重力感に目を白黒させる。ぎゅっと目をつむる。


 そして数秒後。


 無重力感が消えた。風圧も感じなくなった。


「セオ。もう目を開けていいぞ」

「あ、地面だ」


 エドガー兄さんに降ろされ、俺はそれなりに乾燥した土の上に立った。


 と、ザッと足音が聞こえ、そちらの方を見ればすまなそうな表情をしたロイス父さんがいた。


「エド。ごめん。急いでいて連絡を怠ってたよ」

「全くだ! それより、まだ始まってないよな!?」

「ギリギリ。あと、数分もすれば始まっているところだったよ」


 そう言いながら、ロイス父さんは顔を後ろへと向けた。


「見えない……」


 そこには黒の壁があった。喪服を着た人たちが大勢集まっていたせいで、俺ではロイス父さんが見ている向こうが見えないのだ。


 っというか、よくよく辺りに気配を凝らせば、知り合いの冒険者の気配や魔力も結構感じるし、冒険者も集まっている感じか?


 それがみんな、中央を方向を見ていた。


 何やってるんだ?


 そんな俺の様子にロイス父さんが気が付く。


「セオ。久しぶりに肩車しようか?」


 喪服の壁の向こうがどうなっているか気になるが、まぁ今は興味本位で動く場でもないし……と思い、俺は首を横に振る。


「……いや、いい。それよりも、この人数、どうするの? ロイス父さんって何か挨拶するんでしょ?」

「いや、挨拶とかはないよ。葬儀が終わった後の取りまとめとか、献杯は僕の挨拶があるけど。シトゥラさんの雇用主だしさ」

「ふ~ん。しばらくアランは大忙しだね」


 シトゥラさんの役職を思い出し、俺はそう言った。ロイス父さんが苦笑いしながら頷く。


「まぁ、何人か見繕っているけど、流石に空いた農地統括第三責任者のポストに直ぐ据えるわけにはいかないしさ。僕も教育とかで忙しくなるかな」


 困ったよと言わんばかりに苦笑いしているロイス父さんは、けれど哀しそうにその蒼穹の瞳を細めた。


 そしてロイス父さんがふとっ顔を上げた。


「そろそろ始まるから、アテナたちのところに行こうか。エドガーはどうする?」

「……俺は一人でいいや。こう流しの前に合流する」

「分かった」


 エドガー兄さんはするりと喪服の群衆の中に消えた。


 俺は一人で行かせていいの? とロイス父さんに首をかしげると、ロイス父さんは問題ないと頷いた。


 そして俺の手を握ったロイス父さんは転移を発動する。


「お待たせ、アテナ」

「遅かったじゃない」


 そこは城壁の上だった。喪服のドレスに身を包んだアテナ母さんが魔力を練り上げながら、お淑やかに佇んでいた。


「ブラウ様。は~い。両手を上げてください」

「あ~い!」


 あと、喪服に身を包みなおかつ魔力を練り上げていたレモンが、ブラウに赤ちゃん用の合羽を着させていた。


 城壁の眼下には喪服が集まった円状が見える。


「あれ、ユリシアとラインは?」

「あの子たちならあの中に紛れてるわよ。エドガーと同じでしょ?」

「まぁ、それもそうか」


 ロイス父さんは頷いた。


 ……まぁ、俺はあまり関わりがなかったかもだけど、三人はあったんだろうな。


 それよりも、


「何でロイス父さんもアテナ母さんもこんな場所にいるの?」


 葬儀の場なのに、何故かロイス父さんとアテナ母さん、レモンがは近くの城壁でそれを見下ろし、なおかつ膨大な魔力を練り上げているのだ。


 気にならない方がおかしい。


「……まぁ、見てれば分かるわよ」

「それより、セオ。合羽かっぱを着なさい」


 いつの間にか黒の合羽を着ていたアテナ母さんとロイス父さんが俺が持っていた合羽を指さす。レモンもいつの間にか合羽を羽織っており、ブラウを抱っこしていた。


「……分かったよ」


 俺はわけも分からないまま、用意した黒の合羽を羽織った。


 そしてその瞬間、


狐雨きつねあめだ……」


 蒼穹に燃える空から、霧雨が降ってきた。その霧雨は、小麦畑の中心に出来上がった喪服のサークルにだけ降った。


 






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一万字近くですが、前編中編後編と分かれて読みやすいので、ぜひ、読んでください。かなり出遅れましたが、賞を狙っていきたいのです。よろしくお願いします。


「朽ちる夜、君の瞳に薄明が芽吹く」

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一話

https://kakuyomu.jp/works/16817330651985864996/episodes/16817330651987303166

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