第42話

 やけにモタモタしている気がしたがとりあえず私の身体のサイズ測定は無事に完了した。春花さんと絹蜜家の女衆が道具を片している間、さすがに下着姿のままでずっといるのは恥ずかしかったので床に置いてある襦袢と白衣だけを持ち上げて羽織ることにした。


 素肌を隠し終えたタイミングで部屋の外から「失礼いたします」という声が聞こえ、開いた襖から着物を持った使用人のお婆さんが京華と一緒に入ってきた。


「採寸は終わりましたか?」

「うん、ちょうど終わったところ。もしかしてそれが今日の着物?」


 平たい木のカゴに畳まれた状態で置かれている着物を見ると確かにお揃いの柄が描かれていた。着物の良し悪しなど全くわからないが、それでも絹の染色の美しさから高価なものだということが素人目でもわかる。


「南天柄の着物がちょうどお揃いであったので、それを選びました」


 ほんの少しのドヤ顔でそう言う京華が示したのは二着の色違いの着物だった。色違いと言っても白色と桃色なので、パッと見だとすごく似た着物のようにも見える。着付けに関しても絹蜜の女衆が手伝ってくれるとのことだったのでその言葉に甘えて着物を着せてもらった。


 重厚な帯を締めてもらってようやく終わったかと一息つこうとしたら、今度は髪型を整えるのだと言われ鏡の前に座らされる。ああでもないこうでもないと周りの女性陣が私の髪を弄くり回すのを耐えて、ようやく私の着物の着付けが完了した。……本当に疲れた、もう帰ってもいいだろうか?


 着付けに慣れている京華は私よりも早く終えていて、また身体の動かし方も着物を着慣れている人間のそれだった。こんな拘束具みたいな服を着させられてよくあんな器用に動けるものだと感心する。



 大広間で行われている昼食会はもうすでに終わっているようで、次のイベントである茶会に参加するため部屋を移動するように言われた。周りの女性陣に先導してもらいながら襖を抜けて板張りの廊下を小股で歩いていく。


 いやそれにしても着物を着た状態で普通に歩くのってめちゃめちゃしんどい。歩幅が制限されるので重心のとり方が難しく、ちょっと足を開きすぎたらすぐに転けてしまいそうだ。けれども前を歩く女性陣を見ると皆わたしと同じく着物を着ているはずなのに各々が自然体の細かい歩幅で前に進んでいる。

 広い屋形の廊下を先導されるままに歩いていると、途中で中庭に面して張り出した廊下を通った。





 ちょうどその中庭には男性陣が十人ほど集まって何かを話している様子であった。前を歩く女衆が彼らに会釈して通り過ぎているのを真似しようとして、私も中庭にいる男達に顔を向ける。


「げっ」

「……あん? 蛇谷、お前どこにいくつもりだ?」


 中庭にいた男達の中、振り返った老人と目があった。

 見間違えようもなく私の祖父の鍛治川鉄斎である。よく見ると鉄斎の横に仕えているのは私の従兄弟で春花さんの旦那である鉄仁だった。


 今日一番会いたくなかった男に声をかけられてしまったがさすがに無視するわけにもいかず、歩くのを止めた女性陣を横目に鉄斎に返答する。


「採寸が終わったので、これからお茶会に参加する予定です」

「お前茶なんて飲めねえだろ」

「京華が点てるのを横で見せてもらうだけですよ」


 私と鉄斎の声だけが中庭に響いている。男衆はそれを興味深そうに聞いているが、京華以外の女性陣はかなり緊張した面持ちで私と鉄斎を交互に見つめてくる。


 解せないといった表情の鉄斎がいきなりこちらに近づいてくる。中庭に草履をほっぽりだして縁側に上がってきた鉄斎に着物の襟を掴まれて今来た道を無理やり戻された。


「てめぇはこっちだ」

「ちょっ……!? 襟を掴まないでください!」


 掴まれたといっても指先に引っ掛けるくらいの力の入り方だったので、すぐに振りほどいて鉄斎に向き直る。いまの動作で転ばなかった自分を褒めてやりたい気分だったが、鉄斎に抗議しようと思い顔を上げた。


「これから霊具の研究発表会がある。お前はこっちに参加しろ」

「嫌です、それじゃ」


 研究発表会というワードには前世で理系だったせいか少し興味を惹かれてしまうが、先約は京華の茶道の腕前見物のほうだ。短く断ってから鉄斎と反対方向に振り向くと、また着物の襟をつままれる。


 先程とは指先の力の入りようが全く違う。絶対に私を向こう側に行かせないという意志表示だろうか。ここで無理やり歩きだすことも可能だったのだろうが、せっかく綺麗に着付けしてもらったのが無駄になってしまいかねないので、その場で足を止めてしまった。


「おい、蛇谷はこっちの方に参加させる」

「かしこまりました、では……」


 鉄斎の一声で前を進んでいた女性陣に裏切られた。軽くこちらに会釈をしてから、名残惜しそうな顔の京華までもが茶会の会場に向かってしまう。


「……日没までには家に帰らないといけないので、研究発表は最後まで見れませんよ」

「途中で帰ってもらって構わねぇよ、見るだけ見ていけ」


 鉄斎に聞こえるようにわざとらしく溜息を吐いてから、彼の指し示す方向に足を向けた。いまの時刻は12時過ぎ、15時にはここを発たないと日没までに自宅に戻れないので発表会を見物できるのは3時間弱だ。中庭にいた男衆も鉄斎と私についてくるように縁側に上がり廊下を歩き始めた。



 女性陣と分かれてから少し歩いてたどり着いた部屋は広めの和室だった。普段は宴会場として使われていそうな感じの畳敷きの部屋だが、上座にはプロジェクターによる映像を投影するためのスクリーンと、それに繋がるパソコンがのせられた机が設置されている。たぶんその机が発表者の座る場所なのだろう。それに向かう下座には平行に3列ずつ机が並べられており、純和風の邸宅内に近代的な雰囲気のプレゼンシステムが導入されているのが少し面白い。


 既に座席の大半は埋まっている。下座の一番後ろの座布団がまだ空いていたのでそこに向かおうとするとまた鉄斎に襟を引っ張られて、最前列の鉄斎のために開けられていたとしか思えない座席の横に座らされた。3人掛けのローテーブルの下に並べられた座布団には鉄斎、私、鉄仁が順に座る形となった。




 鉄斎がこの部屋に入ってくる前はわりと和気藹々とした雰囲気の会話が外からも聞こえていたのだが、今はかなり緊張感のある空気になっている。


 そんなピリッとした室内で私に話しかけてくる人間がひとり、右手側のテーブルに座っている初老の男性だった。私から見て鉄仁の向こう側にいるので、少し座布団をずらして挨拶をするとその男は絹蜜家の当主だった。


「こうしてお会いするのは初めてですね、娘がお世話になっておるようで」

「こちらこそ春花さんにお世話になってばかりで、先程も採寸を手伝っていただいて感謝しております」


 間に鉄仁を挟んだ状態で春花さんについて話をしている感じになんとなく絹蜜家当主の牽制が見え隠れする気がするが、私にとっては別にどうでもいい。


「蛇谷様の巫女服に関しても当家の持ち得る技術を総動員して織らせていただきますので、どうぞご期待ください」

「ありがとうございます」


 かなりの人数が入っているはずなのだが、私と絹蜜家の当主の声だけがやけに響く。……ひょっとして鉄斎のせいで緊張しているのではなく、私のせいだったのかもしれない。

 会話のキャッチボールが円滑に進むにつれて、室内の温度感がもとに戻ってきた気がするのだ。まあ確かに、予告もなしに人間兵器が入室してきたらびっくりするのも仕方がないか。私ならこの場にいる人間全員2秒で片付けられる、と脳内でイキり散らかしているうちに発表会がスタートした。



 トップバッターの家から順に今年製造した霊具の性能や、どこの戦闘系退魔師に提供してこんな効果を生み出しました、みたいな内容が語られていく。各家の持ち時間は15分、その内の5分は他家からの質問時間という感じで会は進行していった。


 プロジェクターで投影されているパワポがまとめて印刷された紙が予め配られているので、それを見つつわからないところを小声で鉄仁に教えてもらいながら聞いていたがこれが結構面白い。


 さすがに他家みたいに専門用語で質問することなどは出来ないが、『この素材を使ってこんな霊具を製造しました』というインプットとアウトプットが明確なので素人目でもわかりやすい。


 続けて5つの家の発表が終わったところで小休止となった。冊子に記載されているタイムスケジュールだと私が見れるのは全体の半分以下である。龍神さえいなければ最後まで見れたのに、と憎き妖魔に恨みを向けつつ隣の鉄仁に話しかけた。


「この冊子って持ち帰っていいんですか?」

「構わないよ」


 パワポのスライドがまとめて印刷された冊子を持ち帰っていいのか聞くと良いとのことだった。直接見れない分に関しては家に帰ってから資料だけでも見てみたい。


「どう、発表会は面白い?」

「はい、出来るなら最後まで見てみたいくらいです」


 本心から私がそう言ったので鉄仁も安堵した様子だった。祖父に無理やり連れてこられた私を気遣ってくれていたのだろう。




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