第41話
二学期の期末試験が終わって冬休みに入った。
国家指定退魔師として全国への出張妖魔退治をずっと行っているが、冬は妖魔があまり湧かない季節なので学校が休みでも毎日仕事をする必要はないとのこと。「というか最近どこの都道府県も水琴ちゃんに頼りすぎなのよ」とは山下さんの意見だ。
そんなわけでクリスマスから年明けまでの私の予定はかなり空白が多い。まあ、もし万が一災害級の妖魔が突然現れたりするとすぐに出動しなければならないので、予定を開けておくに越したことはないだろうけれど。
鍛治川家と絹蜜家の派閥合同での寄り合いはちょうどそんな休みの日の開催だったため心置きなく参加することができる。どの家も日帰りでの参加で昼から夜にかけて色々な類の交流会が催される。昼食会からスタートし、退魔師の男衆は今年製造した霊具の研究発表会、女性陣は茶会や生け花、書道教室などに参加し、最後に夕食会を行って解散というのが当日の流れだ。
私は昼食会に参加しても何も食べることはできないので、その時間を利用して絹蜜の職人たちに巫女服の採寸や細かい内容のヒアリングをしてもらう予定である。なので当日はいつも着用している巫女服を着た状態で来てほしいと言われている。いま身に着けている巫女服の霊糸のほつれ具合を見て普段のわたしの身体の動かし方や戦い方の癖を考慮した上で新しい巫女服は作られるらしい。オーダーメイドだとそんなことまでやってくれるのかと少し驚いたが提示された金額はそれなりのものだったので、まあそれくらいしてもらわないと勿体ないよなという庶民根性もあった。
採寸が終わったあとは女性陣の茶会や生け花、書道教室に参加する予定だ。最初はそんなところ参加しても書道は兎も角、茶道や華道なんてやったことないからと断るつもりだったのだが、別に全員がやる必要はなく見ているだけの人も多いらしい。けれども今回の茶会でお茶を点てるのは京華だそうで、「お姉様にも見ててほしい」とお願いされてしまい、渋々参加することになってしまった。一応ネットでお茶のマナーは一通り勉強してきたのでたぶん大丈夫だろう。といってもお茶を飲めないのでほとんど見ておくだけなのだが。
朝のシャワーを済ませたあと、最後の一着となってしまった霊具として無事な巫女服を着用して神社の鳥居の前で待っていると、遠くからいつもの黒塗りの高級セダンがやってくるのが見えた。目の前に止まった車のドアが開かれたので乗り込むと私服の京華が後部座席に座っていた。
「あれ、今日は和服じゃなかったっけ?」
「お姉様と同じタイミングで着替えます、ちなみに今日の着物はお姉様とお揃いにしてますよ」
茶会に参加できるような着物なんて持っていなかったので京華のものを借りることになっていたのだが、着物の柄に関しては彼女が選んでくれたらしい。お揃いという言葉に特別な意味を持たせがちな10代の女の子らしく、京華は楽しそうに着物を選んだときの話をしてくれた。
冬の空気を車窓の向こうに感じながら京華と会話をしているうちに鍛治川本邸に到着した。邸宅内に続く車道を進むと、普段よりも明らかに多い台数の車がとめられていた。車の周りには和服や僧服、斎服といった様々な服装の退魔師の家系の人達がそこら中にいる。
彼らの姿を横目に、私達の乗っている車は客用ではない屋敷奥の駐車場までそのまま進んでいった。
他の来場者とはまだ会わないように裏口から邸宅内に通される。広い屋敷内の廊下を進んで目的の部屋にたどり着くと、室内には春花さんと複数名の女性が正座をして待っていた。
「お待たせしました春花さん、そちらの方たちは?」
「彼女たちは絹蜜家の人間です。採寸は女衆の仕事なので何人か集まってもらいました」
春花さんがそう言うと女性陣は無言で会釈してくる。近くの畳には白い布が敷かれていて、その上に長さを測る器具やら、用途のよくわからない道具が規則正しく並べられていた。「それじゃあさっそく服の上の採寸からしていきましょう」という春花さんの号令で作業が開始される。
■■■
蛇谷水琴の採寸が始まった当初、12畳ほどの狭い部屋の空気は和やかなものだった。水琴自身も自分の体の各所のサイズを測られることになんらの抵抗感も抱いていない様子であり、今着ている巫女服の上からの採寸はすぐに終わった。
「巫女服の上からの採寸は以上です、あとは脱いだ状態での採寸だけですね」と春花が言うと、それに頷いた水琴は躊躇いなく蝶々結びにされている緋袴の紐に手をかけてそれを解いていく。そのあたりから部屋の中の空気感がおかしなものになりはじめた。
水琴の肢体を交差するように締め付ける普段は見えない部分の朱色の結びが露わになり、またそれが解かれると緋袴はそのままストンと床に落ちる。慣れた手付きでそれを畳んでいく水琴は少し屈んでおり、まるでその腰つきが強調されるような体勢は男が見てしまえばもはや目を離せなくなるような類の淫靡さがあった。女衆の中の一人の生唾を飲み込む音が静かな部屋にやけに響いたが、水琴は気にする素振りもなくそのまま脱衣を続けていく。
白衣を留める帯をほどき肩にかかる重ね衿を下ろし、襦袢の上から肉体を締め付ける紐を抜くと、ようやく彼女の本来の体の曲線が露わになった。
襦袢の下に身に着けている下着の色は白色で、10代の女の子らしいシンプルなレース柄がアクセントとして刺繍されている。綺麗なお椀型のブラを押し上げる彼女の肉の起伏のラインはあまりにも豊かで、またそれを支える腰は健康的に細く、同じ柄のレースの入ったショーツを纏う臀部まで綺麗な曲線で流れていた。
血色の良い、けれど白く透き通るような肌が外気に晒されている。12畳の部屋を照らす電球の光に妖艶さを加えてはね返す彼女の瑞々しい肩と太ももは、もはや同性に対しても目に毒であった。見惚れた女衆の一人がほうとため息を吐く。
女衆が無言で見惚れていることに気が付かない水琴は、『あ、まだ足袋が残ってたな』と片足を少しあげて左から順に白い足袋を抜き取った。これで彼女の身に纏うものは市販されている白の下着のみである。
頭のてっぺんから爪先まで、どこにも文句をつけようもないほどに整った蛇谷水琴の肉体を見てその場にいたすべての女が硬直する。もちろん鍛治川春花も例外ではない。理想的な女性の肉体がこの世にあるとすれば間違いなく目の前の彼女がそれに該当すると、その場にいるすべての人間が確信していた。
「下着の向こう側を見てみたい」、同性にも関わらず抱いたこの欲求が性的興奮によるものなのか、もしくは理想の女の肉体が下した結論がどのようなものなのか知りたいという知的好奇心なのか、鍛治川春花は自分の抱いた感情の起点がどこにあるのかわからなかった。
蛇谷水琴が下着姿になってから凡そ30秒、室内の時がまるで止まっているかのように誰もが見惚れて動けなかった。
ちなみにこのとき水琴は、『なんで誰も動かないんだろう、もしかして下着まで脱がなきゃ駄目なのか?』と見当違いを起こしていたが、さすがに下着まで脱ぐのは躊躇いがあったため無意識に右手を左手首に寄せた。
先程までスッと立っていた水琴の美しさは一枚の写真で収められるような『静的な美』であったのに対し、今この瞬間見せた腕の動き、またそれに連なって少しくねらせた上半身はそれとは対極の『動的な美』である。
自分からみて斜め下に送るような目線にきれいに整った臍を覆う右手首、やや畳から浮いた右足の踵、わずか一秒にも満たない短いその動作は、いまだ男を知らぬ処女の様にも、また幾人もの男を誑かしてきた売春婦の様にも見えた。
「あの……もしかして下着も脱がなきゃ駄目ですか?」
無言の空気があまりにも長かったので不安そうに質問してくる水琴に対して、鍛治川春花はあと少し理性が足りなかったら「はいそうです、下着も脱いでください」と言っていただろうと自戒した。素直な水琴ならば多少の疑問を抱きつつもこちらの指示には従ってくれるだろうし、そうすれば女神が作り出した女の肢体の最適解を拝謁することが可能だったのに……という後悔を飲み込んで、鋼の意志で目線を一度水琴から外して採寸の作業に戻った。
鍛治川春花が採寸を再開したことで他の女衆もそれぞれ自分の仕事に戻ったが、最初に比べるとその動きはあまりにもぎこちなかった。
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