第33話
11月28日明朝、リヴァイアサン討伐作戦の日を迎えた私は、龍神によって普段よりも念入りに犯された身体を引きずりシャワーを浴びて時刻はすでに7時過ぎ。
今日の日没は16時半なので夜伽前の準備のことを考えると、どれだけ遅くとも16時には自宅に戻りたいのが正直なところだ。
手早くドライヤーを終えて昨晩のうちに用意しておいたリュックサックを持って自宅を出発する。
蛇谷神社の鳥居の目の前の道路に出てから周囲の安全を確認しつつ、両足に力を込めて飛び上がる。
目標は蛇谷神社から500メートル先の位置を滞空している自衛隊のヘリコプターである。
結界を足場にしながらヘリコプターに近づき、開けてもらったドアを潜って中に入る。
「よろしくお願いします」
無骨な金属製の扉を自衛隊員の男性によって閉められると同時に、ヘリコプターは目的の基地へと向かい始めた。
一時間もしないうちに昨日打ち合わせを行った航空自衛隊の基地に到着する。基地の建物に入ってすぐにGスーツに着替えて戦闘機の発着場所へ向かう。
基地内を移動する最中、すれ違う自衛隊員から軽い敬礼ポーズを取られたりする。軍人でもない私が同じポーズで返すのもおかしいだろうと思ったので、今のところサラリーマン的な会釈ですべて乗り切っている。
「発進準備はすでに完了しております、天候も良好です」
戦闘機の後ろ側の座席に座って酸素マスク付きのヘルメットを被りながらパイロットの男性隊員と会話する。
「今日はよろしくお願いします」
「はい、少しでも体調が悪くなったりしたらすぐに言ってください」
昨日の打ち合わせの時に数分間ほどこの戦闘機に乗せてもらったが、その際も特に肉体的な負荷は感じなかったが、万が一ということもあるので素直に頷いておく。
「滑走路よし、発進します」
透明なキャノピー越しに見える風景の流れは戦闘機が加速するほど早くなる。
「離陸します」
機体が徐々に傾いていき、ゆっくりと地面が離れていくのが見える。加速していく戦闘機は離陸から1分も立たないうちに薄い雲の上を飛んていた。
青空と青い海と所々にかかる白い雲、九州の鬼神討伐に向かう時も同じような景色を見ていたはずだが、今のようにゆっくりと眺める余裕は行きも帰りもなかったので改めて目の前の景色の美しさに見惚れていた。
「いま音速超えました。一時間後には護衛艦に到着します」
私が座る後席の前にも色々と計器があるのだが、まったく見方がわからない。音速を超えているとなると時速1,000キロは軽く超えているはずなので、確かにあと一時間ほどで目的の場所には到着できるだろう。
「……蛇谷さん、体調に変化はありませんか?」
「はい、今のところ大丈夫です」
Gスーツを着て酸素マスク付きのヘルメットも被っているが、やはりどちらも今の私には必要ない気がするというのが直感的な感想だった。帰りの時間が押していたら巫女服のまま乗るのもアリかもしれない、そのほうが時間短縮になるし。
「自分は蛇谷さんを送り届けることしかできませんが、リヴァイアサンの討伐応援してます」
「ありがとうございます」
色々とネックの多い今回の討伐作戦だが一応それぞれの対策は準備してある。どれもかなりの力押しだけれど、やってやれないことは無いはずだ。自然とリュックサックを抱く腕に力が入っていた。
戦闘機F-35Xは予定よりも早く護衛艦『いずも』に到着した。この時点で時刻は午前10時過ぎ、16時までには自宅に戻らなければならないことを考えるとあまりゆっくりしている余裕はない。
護衛艦の艦長との挨拶もほどほどにして、艦内の一室を借りて巫女服に着替えていく。髪を纏めて、必要なものが入った巾着袋を小脇に抱えて甲板に上がった。
甲板にはすでに準備を終えたヘリコプターが待機していたのですぐに乗り込んだ。リヴァイアサンの中心地点まではこのヘリに連れて行ってもらう。ここまでは何も問題なく、打ち合わせ通りに進んでいる。
「お願いします」
忘れ物がないかだけチェックして、ヘリコプターのパイロットにそう言った。
■■■
「ここがリヴァイアサンの中心地点で間違いありません!」
ガラス窓越しの眼下に広がる黒い岩礁を見つめていると、目的地にたどり着いたらしい。
「ありがとうございます、ここで降りますね」
「蛇谷さんを降ろしたあと、我々は限界高度付近で待機しておきます! 蛇谷さんが戦闘中に移動された場合でも上からついていきます!」
「わかりました、帰りもよろしくお願いします」
「ご武運を!」
ヘリから飛び降りて、ある程度の高さのところで結界術式を起動してその上に着地する。
私と正反対の方向に離れるようにヘリは上昇していき、あとには数機の軍用ドローンだけが残された。ドローンの操縦はヘリの内部から行われているらしい。そのドローンに取り付けられたカメラから私の戦闘中の映像が日本全国に生中継されるわけだから、かなり緊張してしまう。
「さてと……本当に大きいなこの妖魔は」
肉眼で初めてリヴァイアサンを見たが、規格外の大きさというインパクトは数字や言葉で聞くよりも直接目で見たほうが圧倒される。
「まずは津波対策だな、……『多面結界』」
大量の霊力でゴリ押ししてリヴァイアサン全体を囲む結界を構築していく。津波対策はこれで問題ないはずだ。
(海面からの高さは50メートルくらい、どこかの結界が破られてもすぐに修復できるように300枚くらいに分けて展開する……、よしこんな感じか)
多面結界の構築が終わった。今の状況を空から見下ろすとリヴァイアサンを囲む金色の障壁が楕円形に並べられているのが見えるはずだ。リヴァイアサンの進行方向には少し離れた位置に結界を張るようにしたので、しばらくは発動しっぱなしで問題ない。
自分を囲む結界ができたことに関して、リヴァイアサンはあまり反応していないように見える。まあアメリカに上陸したときだって攻撃されても眠り続けるくらい鈍感な妖魔だから、この程度は気にするまでもないということだろうか。
巾着袋から一振りの霊具を取り出す。
『琴天津の剣』、鬼神の角を材料に鍛冶川鉄斎が作り出した霊具だ。
(本当は初見の龍神に使いたかったけど、この際仕方ない)
傍から見ると羽子板のような形をしている霊具の柄を掴み、その内部に私の霊力を流し込んでいく。かなりの量の霊力のはずだが、するすると抵抗なく飲み込まれていくのがやや恐ろしい。龍神によって与えられた莫大な霊力を宿している私ではあるが、ここまで勢いよく寿命を吸い取られる感覚はやはり怖い。
(このくらいでいいかな、霊力無駄遣いしすぎるとまた龍神に酷いことされそうだし)
十分な量の霊力を込めたところでリヴァイアサンに向き直る。まずは一撃当ててみて、どのくらい攻撃が通るかを確認するところから始めよう。
足元の結界を解除して飛び降りる。
落下しながら体勢を整えて、リヴァイアサンに向かって『琴天津の剣』を振り抜いた。
「『分断』」
硬い硬いと聞いていたリヴァイアサンの外殻だが思ったよりは柔らかかったらしい。黒い鱗は弾け飛び、その奥に見えた肉の部分にも私の術式が届いた手応えがあった。
そして、リヴァイアサンの背中には巨大な谷間が刻まれた。
■■■
『情報ライブ、ミヤケ屋です、時刻は11時を回りました。本日は通常の放送時間を変更して緊急特番としてお送りさせていただきます』
お昼の人気男性キャスターが映し出されているテレビを、県庁舎の退魔対策課のスペースで山下瞳は同僚たちと一緒に眺めていた。
土曜日なので公務員である彼らは本来休暇の予定ではあったが、蛇谷水琴のリヴァイアサン討伐作戦が行われるため休日返上で出勤していた。
対策課の職員全員が見つめるテレビでは戦闘機から降りて護衛艦の艦内へ走る水琴の姿が繰り返し流されており、その映像を背景にコメンテーターたちが各自話を続けている。
「護衛艦の甲板にまでマスコミのカメラが入るなんて、ちょっとやりすぎじゃないですかね……」
若手の男性職員がそう呟いたが、山下も同じ感想を抱いていた。
『はい、航空自衛隊からの映像提供で現場の様子を今からお伝え致します。これから妖魔との戦闘行為が流れます、ご気分が悪くなった方はすぐにチャンネルを変えていただくようにお願い致します』
じゃあ討伐作戦の映像なんて放送するな、と山下は軽く怒りながらテレビ見つめる。画面が切り替わり、金色の結界を足場にして空に立つ蛇谷水琴の姿が映し出される。
『ええ、すでにリヴァイアサンを囲む蛇谷さんの結界術式によって津波対策がなされたとのことです』
テレビ越しに見える蛇谷水琴は結界の上に立ちながら、羽子板の様な形をしたものを掲げてじっとしていた。
『先程から蛇谷さんが掲げているものは……あれは霊具でしょうか?』
『おそらくそうでしょうね、鬼神討伐の際は蛇谷さんは素手で戦っていたので、ここ最近手に入れた霊具なのではないかと思われます』
コメンテーターがそう解説し終わった瞬間、映像の向こうで蛇谷水琴が足場となっていた結界を解除し自由落下に身を任せた数秒後、リヴァイアサンの背中に巨大なヒビが入った。
『ちょっ……!? ええ!!??』
『これは……蛇谷さんの分断術式ですかね、いやとんでもない威力ですね』
蛇谷水琴の手によって刻まれたリヴァイアサンの背中のヒビはあまりにも大きく、かなり引きで撮影している別のドローンのカメラからでも画面内にすべてを収めることが出来ないほどだった。
やや大袈裟に驚き続ける男性キャスターを置き去りにするかのように、蛇谷水琴は続く二撃目を放った。その威力も一撃目とほとんど遜色ない。
数秒ほど動きを止めたあと、彼女は何らかの当たりをつけたのか特定の方向へ向かうようにリヴァイアサンの背中を掘削しつづけた。
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