第5話

 龍神との夜伽は長いしねちっこい、それが感想だった。日没から夜明けまでの10時間超、ずっと布団の上から解放してくれなかった。


 何度か逃げ出そうとしたけれどその度に布団の上に引き戻されて行為を続けられた。挙げ句の果てには布団上に結界を展開される始末、龍神による銀色の結界の中で視覚的な閉塞感に苛まれながら犯され続け、ようやく夜が明けて解放された。


 体が半分霊体化して睡眠が必要ないことが幸いしている。そうでなければ早々に過労死していたと思う。こんな夜伽を毎晩とか、龍神の霊力を受け止められる肉体と魂があってもさすがに辛い。


 朝の6時、お風呂でシャワーを浴びてから制服に着替える。

 居間で寝転びながらテレビを見ている龍神に挨拶してから学校へ向かった。龍神はどちらかというと引き篭もり気質らしいので隠蔽がしやすくて助かる。たぶんテレビとパソコンがあればあいつは不用意に外出したりしないだろう。万が一ご近所さんにバレたらヒモを飼っていると思われそうで嫌だな……。




 学校につくと同じクラスで仲良くしている友達の早苗に話しかけられた。


「水琴、彼氏できたって噂ほんと?」


「……どこからそんな噂が出てきたの?」


 早苗にしては比較的真面目なトーンで聞いてきたので、冗談をいっているわけではないのだろうけど、本当に心当たりがない。夏休みは龍神のせいで外出なんてほとんどしていないし、彼氏に勘違いされるような男とどこかに出かけた記憶もない。


「みんな噂してるよ、蛇谷水琴に彼氏ができたって」


「その噂の発信元は?」


「うーん、みんながそう思ってる感じだから特定の誰かが発端ってわけじゃないと思うけど……」



 早苗から詳しく話を聞いていくと、私が眼鏡を外して夏休みデビューをしたと思われていることが原因だと判明した。

 眼鏡を外しただけで夏休みデビュー扱い? 思春期の学生の考えることがイマイチわからない。


 まあ30人ちょっとのクラスだし、そう思われてしまうくらい目新しいニュースがないということだろう。そう結論づけて早苗を適当にあしらう。

 訝しげな目を向けてくる早苗だが、何かを思いついたように私の耳元に口を近づけてこう言ってきた。


「でも男と寝たのは間違いじゃないでしょ?」


 耳元にささやき声で言われたせいもあるのだろうけど、早苗の言葉に驚いてビクリと頭を上げた。早苗を見るとしてやったりといった顔で、「皆には内緒にしておくからさ、まあ気づいてる女子は多いだろうけど」と言ってきた。


 言葉の鋭さにびっくりしたものの、そんなに夏休み前と後で私の雰囲気は変わったのだろうかと手鏡を取り出して自分の顔を見る。

 やはり自分ではあまり変化がわからない。龍神から解放された直後は少しやつれていたせいで、今はだいぶ血色が戻ったなとしか思えない。




 ■■■




 3時限目の体育の授業内容は体力測定だった。新学期に入り改めて50m走や走り幅跳びなどの測定を行う。


 体操服に着替えてクラス全員が校庭に整列している。やたら男子からの私の胸部への視線を感じるけれど気のせいだろうか、まあいいや。


「とりあえず最初は50m走からね、記録係は……えーと、じゃあ蛇谷さんお願いね」


 記録係に指名されるとき体育教師と目が合ってしまった。運が悪いなと思いながら女性の体育教師に呼ばれクラス名簿が留められたバインダーを手渡される。


「出席番号順に2人ずつ走ってもらうから、私が言う秒数を記録していってちょうだい」


 ストップウォッチを2つ持ちした先生とゴール地点でしばらく記録係をつづけた。


「山田さん6.81、山本くん7.50秒。ふう、蛇谷さん以外は皆終わったわね。じゃあ蛇谷さん、記録は先生がするから走ってきて」


 先生にバインダーを返してスタート地点まで小走りで進む。走り終わった生徒が一箇所に固まって各々友達と会話したり地面に寝転んだりしているのが見えた。


 一番最後に一人で走るからだろうか、やっぱりちょっと注目されてしまっている。そういえば一学期のころも50m走でちょっと注目されたりしたな。


 あのころは退魔師がみんな超人的な身体能力をもっているとクラスの皆が噂していせいだったか。実際はそんなことなく、自分の肉体を強化するような術式があれば別だが、大抵の退魔師の身体能力は一般人とそこまで変わらない。


 別にすごいスピードで走れるわけでもないし、拳で岩を砕いたりもできない。そういう術式があれば可能だが、基本的に術式の行使は退魔活動の際に限定されている。



 そう、術式はいつでも自由に使って良いわけではないのだ。これは30年前に退魔師の存在が公にされてしまった時から議論され続けた結果、そういう法律ができてしまったことが理由である。


 もし退魔活動と無関係の状況で術式を行使すると、国から厳重注意を受ける。悪質だと判断された場合は退魔師資格の剥奪までされてしまう。


 古くから続く退魔師の家系はこの法律にすごく反対していたそうだけれど、まあ仕方がない。一般人からすれば術式という兵器を持った人間を何の制約もなく野放しにしておくわけにはいかないのだから。




 一学期のころの私の50m走の記録は7.30秒、早苗にちょっとがっかりした顔をされたのを覚えている。

 私の術式である『結界』と『分断』ではどう応用したとしても肉体を強化することはできない。


 50m走のスタート地点についたので先生の笛を合図を待つ。前回よりは早く走りたいなと思っていると、笛が鳴った。


 全力で地面を蹴ってスタートダッシュを決めようとした私の視界は、次の瞬間には天地が逆さまになっていた。


「えっ?」


 地面が上に見え、空が下に見える。

 あまりにも早く目の前の景色が変わったため、私の脳では処理が追いつかず、気づけば私は体育倉庫の壁に背中を打ち付けた状態で地面に倒れていた。一瞬、妖魔に背後から強襲されたかと思ったが、違った。



 遠くには唖然とした顔でこちらを見る先生とクラスメイトが見える。先程まで私がいたスタート地点は砂埃が舞っている。その周囲に妖魔の存在は見受けられない。


 もしかして、自力でここまでジャンプして体育倉庫に突っ込んでしまった? 体を起こしながらその可能性に思いあたった瞬間、背中からブチリと音がして胸が下に引っ張られる感触がした。


 ブラのホックが壊れたらしい。

 なんかもう色んなことが起こりすぎて状況が整理できない。混乱する頭のまま、ずれ落ちそうになる下着を腕で押さえつけた。


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