第4話
9月1日
夏休みデビューという言葉がある。
長期にわたる夏休みの間、しばらく会っていなかった友人やクラスメイトの見た目や雰囲気が大きく変わっていたりすることを指す言葉で中学生や高校生など変化の激しい思春期の時期の子供にはたまに見られるものだ。
蛇谷神社から徒歩で30分ほどの位置にある公立高校、その1年3組でも髪を染めていたり、こっそりピアスを開けていたりする同級生が見られるなか、彼女の夏休みデビューは一際目立っていた。
蛇谷水琴が眼鏡をはずした。
たったそれだけの変化のはずなのに、彼女の印象は1学期のころから180度変わった。
蛇谷水琴はこの高校ではある意味有名人ではあったが、1学期のころはそれほど目立つ存在ではなかった。
現役高校生の退魔師、30年ほど前から存在が確認されはじめた妖魔を討伐することができる特殊能力者だ。
高校に入学したばかりのころの水琴はよくクラスメイトから妖魔のことや退魔師のことを聞かれており、そのたびに妖魔に関する知識や、自分はそこまで才能のある退魔師ではないことを周囲に教えていた。
同級生の女子の大半は水琴が美人であることに気づいていたが、水琴は野暮ったい眼鏡をかけていたため、男子からはそれほどモテているわけではなかった。
周りの女子はそれを退魔師の仕事に集中するための男避けなのであろうと噂していた。
その水琴が、眼鏡を外した。
元々綺麗だった黒髪はどんなトリートメントを使ったのかわからないが以前よりも明らかに艷やかになっており、また体型も制服の上からわかるくらいに女性的なものになっていた。
その変わりようから、廊下ですれ違った同級生男子は水琴が自分の座席に座ってようやく彼女がクラスメイトの蛇谷さんだと気づいたくらいだった。
「蛇谷さん、眼鏡からコンタクトにかえたの!?」
「あ……眼鏡……、うん、コンタクトに……かえた」
水琴がクラスで仲良くしている女子からそう聞かれて、顔に手を近づけて眼鏡をイジるような仕草をしたことをその女子は不思議に思った。
その後に会話を続けていくなかでも、水琴は突然ぼうっとしたり、周りをキョロキョロと見回したりと、やや不審ともとれる行動が目立った。
地に足がついていない、あるいは半分寝ぼけているような状態。割としっかりものの蛇谷水琴のその様子から、親しいクラスの友人は水琴が疲れているのかと思った。
見た目と雰囲気の大きな変化。
薄幸の美少女っぷりを加速させた蛇谷水琴の様子はすぐに学校中に知れ渡った。水琴のことを知らなかった2年や3年の学生も、1年の女子に退魔師がいることを知るものは多かったため噂の広がるスピードは早かった。
始業式で全学年が講堂に集まったときも、蛇谷水琴は学年問わず周囲の目を惹いた。噂をすでに聞きつけていた耳の早いものは実際に目にした水琴の美しさに驚き、まだ噂を知らなかったものはこんな美人が1年にいたのかと驚いた。
始業式が終わり生徒たちが各クラスに戻るなか、水琴は何度も先輩の男子生徒から声をかけられていた。
ほとんどの男子生徒は二言三言声をかけるだけだったが、中には水琴の肩に手をかけるものもいた。馴れ馴れしく肩を抱かれた水琴の足や声が震えていることに、気づくものはあまりいなかった。
始業式のあとに身体測定が行われたがそのときも水琴は周囲の女子生徒の目を惹いていた。同性から見ても欲情してしまうのではないかというくらい水琴の服の下の肉体は妖艶なものになっており、女性的な曲線を描く腰つきや肌の艷やかな質感などがあまりにも人間のそれの理想に近いように思われた。
また当の水琴本人もまわりの女子からチラチラと視線を向けられているのにも関わらず、恥ずかしがるような素振りをあまり見せなかった。
肌を見せてもあまり恥ずかしがらない。
この水琴の素振りから、クラスの女子は蛇谷さんに彼氏ができたのだと噂した。夏休み前よりも明らかに美人になっているのもきっとその恋人の影響なのだろうと、誰もが言外にそう思った。
実際のところ水琴はここ30日ほどずっと裸で過ごしていたようなものであり、服を着ること自体が久しぶりでやや感覚がおかしくなっていたせいもあるのだが……。
■■■
今年の夏は地獄だった。
夏休みの間の30日間、ずっと龍神に犯されていたからだ。
何度も何度も体内に精を注がれ、飲まされたが、私の魂が崩壊することはなかった。つまり私はまだ生きている。
これは龍神も予想外だったらしく、10日目くらいで私が死なないことに気づくと凌辱の方針を変えて色々試し始めた。
中でも辛かったのは龍紋の刻印だ。
口からお尻までの消化器官、および陰部から子宮内部に龍紋を刻まれた。あれは本当に辛かった。変な蛇を飲まされて霊符で口とお尻に封をされ、体内でその蛇を暴れまわらせる。消化器官の内側に龍紋を刻まれている間は何度も気絶と覚醒を繰り返したと思う。
それ以外にも龍神の血を飲まされたりと、あの龍神は様々な方法で私を弄んだ。
あとから聞いたらただ弄んでいたわけではなく、私の魂を隷属させようとしていたらしい。なおのこと悪質だと思ったが現状私の精神は龍神に隷属していない。ちょっとした男性恐怖症くらいは残ったけどそれ以外は特になんともなかった。
龍神は私の魂がなぜか二重構造になっているせいだとか言っていた気がする。転生者だから龍神に犯されても死なず、隷属もしなかった、これが今のところの仮説である。
しかし本当になんともなかったわけではない。
私の肉体に関しては非常に大きな変化があった。
1つ目、視力が良くなった。
今世の私は子供のころからスマホを見続けていた影響か、中学の時点で視力が悪くなっていたのだが、今は裸眼でも余裕で両目2.0はあると思う。また同時に霊力の流れも以前よりよく見えるようになっていた。
2つ目、肉体が半霊体化した。
龍神によるさまざまな施術の結果、私は半分くらい人間ではなくなってしまったらしい。
体内の霊力も以前とは比べ物にならないくらい増加し、寿命に換算するとざっと300年分くらいはあるようだ。寿命が大幅に伸びた、というといいことのように聞こえるが半霊体化には重大なデメリットがある。
まともなご飯が食べられない、それどころか水すら飲めなくなってしまった。どうもこの世の穢とやらがダメらしく、何を食べても泥や土塊のような味と食感しかしないのだ。ミネラルウォーターですら不味く感じるあたり本当に何も食べられないし飲めない。
そもそも30日に渡って龍神に犯されている間、私は何も口にしていなかったのに餓死しなかった。思い返せば龍神の施術の過程でたしかに途中から飢餓感がなくなっていたような気がする。まあ何も口にしなかったといっても、龍神の体液は色々飲まされていたんですけどね。
今の私の主食は龍神さまの白くべたつく何かです。
ほんと、笑えない。
■■■
「ただいま帰りました」
自宅の鍵を開けて中に入る。
居間につづく襖を開けると、ノートパソコンをいじっている和服の龍神の姿があった。
「もう戻ったか、学校とやらは意外と短いのだな」
「今日は始業式と身体測定くらいでしたからね、明日からは夕方まで授業がありますよ」
器用にノートパソコンをタイピングする龍神を見る。
男にしては少し長めくらいの黒髪、顔立ちは端正、今は和服で胡座をかいているが立ち上がるとかなりの長身だ。パッと見では普通の日本人男性にしか見えないが、霊力がハッキリと見えるようになった今だからこそわかる。
こいつは化け物だ。霊力の量、質、密度、すべてにおいて他の妖魔から一線を画している。
今の私では逆立ちしてもこの妖魔を討伐することはできない。改めてその事実を認識すると、未だに私が生きていてこうして学校にも行けているのが不思議に思う。
「何を見ているんですか?」
「動画サイトだ、これはなかなか面白いな」
ノートパソコンの画面を横からみると、YourTubeの画面が開かれていた。再生されているのは最近流行りだした退魔師系YourTuberの動画だった。
30年前に退魔師の存在が公になったことから、最近では退魔師としての業務を動画で配信するものもいる。昔ながらの退魔師の家系はあまりこういうのに良い顔をしていないそうだけれど。
「これが今の貴様らの生業か」
「まあ動画配信は副業でしょうけれど、稼ぎは多くなりますから」
動画内で退魔師系YourTuberが猪型の妖魔の討伐し終えたところで動画が終了する。
龍神はマウスカーソルを動かしてブラウザを閉じ、ノートパソコンをシャットダウンした。
「なんでノートパソコンの使い方がわかるんですか?」
あまりにも精密機械の取り扱いに手慣れているのを疑問に思いそう聞くと、龍神はこの土地に満ちる霊力から人間の技能を読み取ることが可能らしい。たしかに300年ぶりに目覚めた割には言葉遣いが現代的だし、私の学校のことや一般常識もある程度知っていた。2年前に現れた鬼神が人語を解することができたのも、もしかすると同じ原理だったのかもしれない。
龍神本人は300年ぶりに目覚めたと言っている。
当時の退魔師に封印されていたわけでもなく、本当にただ寝ていただけ。
龍神曰く、300年前はこの付近にあった村に毎年娘を献上させたり、気まぐれに強姦しにいっていたらしい。その代わりに天候を操作して雨を降らせたり、逆に台風を打ち消したりと村人の頼み事を聞いたりしていたとか。
話を聞いていくうちに蛇谷神社の祀っている神がこの龍神なのではないかと思った。私が巫女を務めるこの神社のご利益は五穀豊穣。今でこそこの辺りは住宅街になっているが、昔は田んぼが多かったはずだ。
まあ、小さな神社で保管されている文献も少ないから想像の域をでないけれど。
「日没までは好きにして良いぞ」
「……ではそうさせてもらいます」
この龍神は私と出会うまでは山を降りたら街の女性を手当たり次第に襲うつもりだったらしい。本人曰く、300年ぶりに目覚めて溜まっていたとのこと。鬼神のように咆哮ひとつで街の住人を皆殺ししたことに比べればまだマシかもしれないが、龍神に犯された女性は必ず死ぬ。体内に注がれる霊力に魂が耐えられないからだ。
本質的にこの龍神は妖魔だ。退魔師としてはなんとしてもこの男を討伐しなければならない。しかし現状それは不可能だ。
30日間にわたる監禁凌辱の末、龍神に言われたことを思い出す。龍神からの責苦で息も絶え絶えになって裸で横たわる私に、龍神はこう言ってきた。
『貴様が巫女として俺に仕えるあいだは他の人間に危害を加えないと約束しよう。日没から夜明けまで、毎夜貴様を抱くこととする』
私が龍神の性奴隷でいる間は、この男は他の人間は襲わない。
退魔師として妖魔の言いなりになってしまうのはどうかと思うが、現状これ以外に対処する手段がない。
それにいつ龍神の気が変わるかもわからない。
龍神は自分で決めたルール通りに生活することを好むらしい。『長生きしていれば貴様も俺の気持ちがわかる』と彼は言った。この言葉の信憑性も怪しいが、それでも信じるしかない。人生縛りプレイみたいなものなのだろうか。
龍神のことは県には報告していない。
本来であれば強力な妖魔の存在は発見した時点で登録する都道府県に報告する義務がある。しかし、今のところ龍神が私以外の人間に危害を加えていないこと(今回目覚めて以降)、半分霊体化した私が退魔師としてどのように扱われるかわからないこと。
それらを理由として、私は龍神という妖魔を秘匿することに決めた。もし龍神が人間に危害を加えた場合、私も共犯になってしまうのだろうか。妖魔の存在を秘匿する時点で退魔師としては重罪だ。
龍神から日没までは好きにしていいと言われたので、巫女服に着替えて徒歩で神社の裏山に向かい数匹の蛇型妖魔を討伐して妖結晶を集めてきた。ちなみに蛇型妖魔の討伐に関しては龍神はなにも気にしていないらしい、むしろお仲間扱いすると怒られそうになった。妖魔には仲間意識とかがあまりないみたいだ。
神社に戻って手に入れたばかりの妖結晶を霊符に加工すると夕方になっていた。龍神との約束で日没までには自宅に戻ってあの男に抱かれなければならない。
作成したばかりの霊符を桐箱にしまい、神社のとなりの自宅に戻る。お風呂に入って身を清め、浴衣に着替えて居間に入る。
私の自室の一人用のべットでは狭いので、我が家で一番広い和室に布団を2枚敷いてつなげておく。和室の端にある姿見で着崩れがないかを確認してから布団の上に正座した。徐々に日が暮れて窓の外が暗くなっていく。
しばらく待っていると龍神が部屋に入ってきた。
布団に三指をつき、恭しく頭を下げて、『よろしくお願いします』と言う。こうやって従順な素振りを見せたほうが龍神は優しくしてくれるからだ。8月に監禁されている間にある程度この龍神の嗜好は把握できている、と思う。
そうして、その日も私は龍神に抱かれた。
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