第3話

 高校一年の一学期が終わった、明日からは夏休みである。クラスの友達と一緒に下校しながら夏休みの予定を考える。


 なんとかこの夏休みで中型の妖魔の妖結晶を複数集めておきたい。以前たまたま中型の妖魔を討伐した際に手に入れることのできた妖結晶は極めて霊力の濃度が高く、それを触媒にして作成した霊符は非常に高い効果を発揮したのだ。


 いつ鬼神クラスの妖魔が現れるかわからないのが現代の日本だ。少しでも退魔師として役目を果たせるよう、普段から準備しておくに越したことはない。



「水琴は今年の夏まつり一緒に行かない?」


 一緒に下校していた友達にそう聞かれ、夏まつりの日を思い出す。


「ごめん、その日県の退魔師会合があるから……」


「あっ、そうなんだ、なんかごめんね……退魔師のお仕事頑張ってね!」


 私が退魔師をやっていることはクラスのみんなが知っている。未成年で退魔師をやっているのは比較的珍しいらしく、この県に登録されている退魔師の中では最年少である。他県にも何人か未成年の退魔師はいるらしいけれど、一つの都道府県あたりの平均人数は一人にも満たないはず。


 鬼神事件があってから退魔師は常に人手不足だ。

 あの事件で多くの優秀な退魔師がこの世を去っていった。

 新規の退魔師を育成しようにも才能があり術式が使える人間はごく一部しかいないし、その中から退魔師になろうとする人間はもっと少ない。


 現在の退魔師業界はあまり良い状況とは言えなかった。



 ■■■



 7月31日

 県庁のセミナールームでこの県の退魔師が集まり会議を行う。会議と言っても地元の退魔師の顔合わせがメインで、あとは役所の人間が最近の妖魔情勢を報告するくらいで大した集まりではない。


 まあ要するに、役所も妖魔退治に注力していますよという市民向けのアピールだ。実際、県内すべての退魔師がここに集まってしまうと各地の警備が疎かになってしまうので、参加していない同県登録の退魔師も多い。


 パイプ椅子に座りながら県庁職員の話を聞く。

 ちなみに今日の私の服装は高校の制服である。周りの退魔師もスーツやオフィスカジュアルな服装ばかりだと聞いていたので、高校生の私はじゃあ制服かなと思って来てみたらめちゃくちゃ目立ってしまった。


 そりゃそうだ、今年の春から退魔師として活動しているのでこの手の集会に参加するのはこれが初めてだ。

 この県で未成年の退魔師は私しかいない。

 周りの視線が集まってるのがわかる。


「えー、これまで記録から真夏は強力な妖魔が出現しやすい傾向にあることがわかっています。ここにおられる退魔師の皆様に置かれましては、いつも以上の警戒をよろしくお願いいたします」


 県庁の職員さんの言うとおり真夏は強い妖魔が出現しやすい。理由は今のところ不明。まあ、退魔師の家系の人間にとっては常識レベルの話だ。


 手元の退魔師会合のパンフレットを見つつ一通りの話を聞き終わると、周りの人が退出し始めた。


 このあとは近くのホテルで軽い立食パーティーが行われる。

 パーティの開始まで少し時間が空いているのでどうやって過ごそうか考えていると、近くにいた県庁の職員さんに話しかけられた。


「あなたが蛇谷さん、よね?」


 20代後半くらいのパンツスーツ姿の女性職員だった。


「はい、私が蛇谷家の現当主です」

「ほんとに高校生なのね……大丈夫? 辛いこととか悩んでることはない?」

「い、いえ、今のところ特には……」


 すごく優しい人なのだろう未成年で退魔師をやっている私を気遣ってくれている。

「もし困ってることがあったらここに電話してね」と名刺を渡された。前世の癖でとっさにこちらも名刺を渡そうと思ったが、そんなもの用意していないので一瞬あたふたしてしまった。


 そんな私の様子を緊張していると解釈したのか、彼女は少し笑いながら、「じゃあまたね」といって仕事に戻っていった。


 山下瞳、という名前らしい。

 名刺の役職部分には『妖魔対策課』と書かれていた。



 その後、立食パーティーで地元の退魔師と交流した。

 私が現役の高校生ということもあり色んな人に話しかけられ、少し気疲れしたものの、有意義な情報交換の時間となった。


 ちなみに各都道府県に登録している退魔師は国からお給金が貰える。人手不足なこともあってか、そこそこの金額が毎月支給される。そのかわり有事の際には戦う義務が発生するけれど。




 ■■■



 8月1日

 さっそく以前から計画していた山奥への探索に向かうことにする。純度の高い妖結晶を見つけるためだ。

 果たしてちょうどいい中型の妖魔は見つかるだろうか? 

 夏場の妖魔の活性化から考えて、目的地となる山奥には中型になりかけの小型の妖魔が湧いている可能性が高い。

 間引きという意味でも、妖結晶集めという意味でも山奥への探索は必要なことだった。




 朝5時に起床して身支度を整え、巫女服に着替えて原付バイクに乗る。普段は3つ目の山までしか探索しないが、今日は4つ目の山を集中的に探索しようと思う。


 ガソリンが満タンであることを確認しエンジンをかけた。市街地から数えて4つ目の山ともなると、車道は一応通っているものの舗装のコンクリートはかなり劣化している。


 3つ目の山と4つ目の山間には川が流れている。

 その川をまたぐ橋を通り過ぎたあたりで原付から降りた。


 どうか中型寄りの小型妖魔が現れますように、と祈ってから川辺へ降りる。なお、万が一大型の妖魔を確認した場合、私では絶対に対処できないので、全力で逃げてからベテランの退魔師の応援を呼ぶことになる。

 まあ、このあたりの山では長らく大型妖魔は確認されていないし、たぶん大丈夫だろう。


 川辺を上流に向かって歩いていく。この川の上流は4つ目の山からスタートしており、もし道に迷ったとしてもこの川さえ目印にすれば原付の場所まで戻ることがてきる。


 しばらく歩いたあと、中型の蛇型妖魔を見つけた。忍び足で近づき、結界と分断で素早く討伐する。サイズ的にも小型に近い中型妖魔であったためそれほど手こずることはなかった。


 幸先がいい。

 手に入った純度の高い妖結晶を見ながらそう思った。この調子で妖結晶を集めていけば、強力な霊符のストックがある程度貯まるだろう。皮算用しながら上流まで進んでいく。



 蛇型の妖魔は水辺、それも川沿いに発生しやすい傾向がある。

 川と蛇のイメージが近いからだろうか。

 ヤマタノオロチは氾濫する川の象徴なんて言われているそうだし、私の仮説もあながち間違いではないのかもしれない。


 そんなことを考えながら本日何匹目かの蛇型妖魔を結界で殺し、その妖結晶を拾おうと腰をかがめたその時、前方から声がした。



「貴様、巫女か?」


 こんな山奥に何故民間人がいるのだろうかと思ったが、その声の主を見た瞬間背筋が凍った。

 姿は人間で黒髪で長身の男性だった。服装はなぜか古びた和服、履物は草履だった。

 しかしその圧倒的なまでの霊力、存在感の強さ。

 すぐに目の前の存在が人間でないことには気づいた、しかし、妖魔だとも断定できなかった。


 いや、妖魔だと思いたくなかったというべきか。


 人語を解する妖魔、つまりそれはあの『鬼神』と同格の妖魔であることを意味しているからだ。


「ふむ、なぜ黙っている。俺の質問に答えよ」


「っ……!! あなたは人間、ですか?」



 私がそう問うと目の前の男は気分を害したとばかりにため息をつき、続いてこういった。


「俺の質問に答えよ、と言ったはずだ」


 目の前の男から一気に指向性のある霊力が放たれた。

 常人ならばそれだけで寿命を削られてしまうほどの霊力の奔流。

 おもわず腰が抜けて川辺の砂利の上に尻餅をついた。おまけに霊圧で窒息しそうになるのを我慢して答える。返答をミスれば死ぬ、そう思った。


「っ……は……い、私は……巫女、です」


「貴様の根城は、3つ山を越えたところにある神社か?」


 男の指さす方向にはたしかに蛇谷神社があるので、そうですと答えた。


「なるほどな、目覚めたばかりの俺に会うとは貴様も不運なことよ。どれ顔をよく見せろ」


 草履で砂利を踏みしめながら男が私に近づいて来る。

 腰が抜けたままの私は逃げることすらできず、その男に顎を掴まれて顔を見られる。


「なんだこの装飾品は?」


 そういうと男は私から眼鏡をとりあげ、要らないとばかりにその辺に投げ捨てた。近視と涙で視界がぼやける。


「ほう、なかなか良い見目をしている。決めたぞ、今回の最初は貴様にする。貴様の霊力の高さであれば多少は長持ちするだろう」


 私の顔を近づけて、酷薄な笑みを浮かべながら男は言った。長持ちするという言葉から嫌な想像しか思い浮かばない。


「『転移結界』」


 男がそう言った途端、銀色の結界が私と男を包み、気づけば慣れ親しんだ神社の本殿のなかにいた。

 なにをしたのか本当にわからなかった。

 結界術式であることは想像できるがこんな使い方は見たことがない。瞬間移動なんてどうやればできるのか。



「最期に俺の名前を教えてやろう。俺は『龍神』、今から貴様を凌辱し殺す」


「凡庸な女であれば俺の精を浴びるだけで死ぬし、霊力の才のある女でも1日で廃人になり、すぐに死ぬ」


「貴様がどれだけ耐えられるか、楽しみだ。まあ精々がんばれ」


 何も理解できないまま死ぬ。抜けたままの腰では逃げることも抵抗することもできない。

 結界術の霊符は、先ほどの霊力の波を浴びた際にすべて破壊された。自分の寿命を削ってでも結界術を発動する冷静さもこの時の私にはなかった。


「ひっ……ぅあ……」


 腕の力だけで後退し、すこしでも龍神から距離を取ろうとする。無意味だとわかっていても、恐怖で震える体は反射的な行動を繰り返すだけだった。


 龍神の手が私の肩にかけられ、巫女服が引き裂かれる。

 そして私はこの日から30日間にわたり凌辱されつづけた。



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