第五回 藤祭(ふじまつり)

① 藤之宮神社・拝殿の前(夜→朝)

   M『神楽かぐら音取ねとり

   篝火に照らし出されている拝殿。その

   中に慶之やすゆき(下手)とよし(上手)。二

   人、向かい合って座っている。共にせい

   ふく姿(第三回シーン⑬同様)。拝殿の

   奥に春日造の本殿(第一~第四殿)が

   見えている。と、人長舞にんぢょうまいの装束を着た

   仁之さねゆきがFr.in。結い上げた髪を全て冠の

   中に納めている。

   M『其駒そのこま 揚拍子あげびょうし』(シーン①最後迄)

   拝殿の前に仁之。篝火に照らされて人

   長舞を舞っている。

   拝殿と仁之の間に大きな篝火。仁之の

   両側には、本方もとかた(拝殿に向かって下手)

   と末方すえかた(同、上手)。それぞれの下座

   に篝台。

慶之のN「(重く)神楽かぐらうた。その由来は、あまの

 いわ屋戸やどの前で舞った天宇受売命あめのうずめのみことの伝承にな

 ぞられている」

   本方もとかた、上座から本拍子もとひょうし(笏拍子)・将

   之、ごん・敦之、神楽笛・信之ただゆき。皆、

   茣蓙ござの上に座って、白地の狩衣に浅葱

   色の差袴、姿で演奏している。

   信之、結い上げた髪を全て烏帽子の中

   に納めている。

   篝火に照らされて人長舞を舞っている

   仁之。幽玄で神秘的な姿。

慶之のN「(重く)いにしえよりこの日本にあり、

 平安時代に完成した、我が国固有の歌と舞。

 これを『国風歌舞くにぶりのうたまい』と言う」

   末方すえかた、上座から末拍子すえひょうし(笏拍子)・なお

   ゆき篳篥ひちりき・和之。本方もとかた同様、茣蓙ござに座

   って、同様の装束。

   人長舞を舞っている仁之。

   拝殿(下手)を背にして、仁之を徐々

   にT.B。と、下手手前に篝火に照らさ

   れている満開の藤の花房がFr.in。その

   奥に見えている人長舞。幽玄で神秘的

──────────────────────

   な景色。F.O。そのまま明けて、翌朝。

   爽やかな初夏。新緑に藤の花房が美し

   い。藤の花房の奥に見えている板敷の

   舞台。篝火と篝台は無くなっている。

   T『藤祭』

慶之のN「(重く)藤祭ふじまつり

   

② 同・斎館の前(朝)

   戸が開く。と、立っている正服姿の慶

   之。

   慶之の後ろから出て来る壽生。正服姿。

慶之のN「(重く)我が藤之宮神社の御神花、

 藤の季節を祝うさいで、例祭に準ずる」

   ──やや俯瞰になっていき乍ら、

   拝殿上手に向かって石畳を歩いて行く

   く慶之達(後ろ姿)をゆっくりT.Bし

   て、拝殿全景。社務所前に大勢の参拝

   者(女性多し)。慶之達を見ている。


③ 同・拝殿の中(朝)

   SE、雅楽の調べ(シーン④迄)。

   慶之を先頭に、拝殿上手より昇殿して

   来る壽生。

   慶之から順に、座についていく二人。

慶之のN「(重く)この藤祭は藤之宮神社、

 我が藤原の子供にとっては──」

   神饌を供している壽生。

   満開の藤の盆栽を乗せた三方を持って

   いる壽生をゆっくりとPUNし乍ら、斎

   館側にT.Bして、


④ 同・斎館の前(朝)

慶之のN「(重く)ハレのまつりである」

   シーン③からのT.B、『斎館』の看板

   がFr.in。


⑤ 同・斎館の座敷A(朝)

   膝立ちで(真之に)装束を着つけてい

   た潮。優しい笑顔で見上げたまま、ゆ

   っくりと離れ乍ら座って行く。白衣に

──────────────────────

   茄子紺色の差袴姿。

   『東遊あづまあそび』の舞人装束をつけた真之。背

   筋を伸ばして凛々しい立ち姿。

潮 「(見上げ乍ら感慨深く)……十……七

 年」

真之「(潮に)ん?」

潮 「(見上げ乍ら感慨深く)初めて……そ

 の装束をつけてから……」

真之「(少し頬を染めて潮に)うん……」

   見上げている潮。優しい笑顔。


⑥ 同・拝殿の前(朝)

   ──やや仰角で。

   拝殿下手側、美しく咲き誇る藤の花房。

   ちらと見えている拝殿の中、祝詞を奏

   上する慶之と(本殿に向かって)起立、

   低頭している神社総代、神社役員、婦

   人会の面々が見えている。洋装は略礼

   服、和装は正礼装。

   潮、感慨深く、

潮 「(OFF)大きく……なったわね……」


⑦ 同・拝殿の前(回想)

   ──やや仰角で。

   拝殿下手側、立派な藤の木(開花前)。

   T『十七年前 春』

   遠くに『東遊』の『駿河歌揚拍子』。


⑧ 同・座敷A(回想)

   M『東遊』の『駿河歌揚調子』(シー

    ン⑫迄)

   『東遊』を舞っている信之。白衣・白

   袴姿。信之の上に、T『四男 信之

   (7歳)』。

   同、真之。真之の上に、T『五男 真

   之(5歳)』。

   (信之、真之を)見ている将之。神職

   姿。将之の上に、T『父 将之(40歳)』

   同、慶之。慶之の上に、T『祖父 慶

   之(65歳)』。

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   座敷Aの中央で舞っている信之と真之。

   上座に慶之(上手)と将之(下手)。

   並んで座っている。


⑨ 同・庭(回想)

   アルバムを抱えて歩いて来る仁之(8

   歳)。白衣・白袴姿。その後ろに社務

   所の建物。


⑩ 藤原家・一階台所(回想)

   座敷Aのテラス窓から入って来る仁之。

   手にアルバム。

潮 「(気づいて)仁之?」


⑪ 同・一階座敷A(回想)

   円卓につく仁之。仁之の上に、T『三

   男 仁之(8歳)』。P.Dして、円卓

   の上にアルバム。

   潮(43歳)、仁之の隣に座って、

潮 「アルバム?」

   潮の上に、T『母 潮(43歳)』

仁之「爺ちゃんに借りて来た」

   と、アルバムを捲る。

潮 「持って来ても良かったの?」

仁之「うん」


⑫ 藤之宮神社・座敷A(回想)

仁之「(OFF)向こうで見たら」

   立っている将之、信之、真之。将之、

   舞振りを正している。

仁之「(OFF)あいつら気が散るだろ」

   将之の舞振りを真似る信之と真之。


⑬ 藤原家・一階座敷A(回想)

   潮、嬉しそうに含み笑いをする。と、

   円卓に頬杖をついている潮、反対側の

   掌で仁之の頭を撫で乍ら、

潮 「(嬉しそうに仁之に顔を近づけて)

 お兄ちゃんしてるじゃな~い」

仁之「(照れて)子供扱いすンじゃねーよ」

──────────────────────

   冷めた目の潮。頬杖をついたまま、仁

   之の頬をギリッとつねり上げて、

潮 「(重く)口のき方」

仁之「(泣き乍ら)はい、ごめんなさい」

真之の声「ただいま~」

   潮、仁之をつねったまま、

潮 「(気づいて)あら、ナオ。お稽古終わ

 ったの?」

   真之、テラス窓から入り乍ら、

真之「ううん。休憩。お茶ちょうだい。冷た

 いの!」

潮 「はいはい」

   と、立ち上がり乍らFr.out。同時に、

   つねられている仁之。そのまま頬を引っ

   張り上げられて、

仁之「(泣き乍ら)ででで」

   真之、仁之の横に座って、

真之「僕にも見せて!」

   仁之、つねられた頬をさすり乍ら、

仁之「信之は?」

真之「お父さんにお稽古つけて貰ってる」

仁之「お前。今年初めて舞うンだから、真面

 目に稽古しろよ」

真之「だから休憩って言ったでしょ」


⑭同・一階台所(回想)

真之の声「ほっぺたどうしたの?」

仁之の声「うるせェよ」

   五徳にかんを置く潮の手。P.Uして、

   コンロの前の潮。二人の会話にクスッ

   と微笑む。


⑮ 同・一階座敷A(回想)

   円卓に並んでアルバムを見ている仁之

   と真之。真之、乗り出して、

真之「わァ~! 女の子だ!」

仁之「『八重やえがきの舞』だよ」

   アルバム、巫女装束に鈴舞のゆきえ

   (5歳)の写真。

真之の声「可愛いね~。誰?」

──────────────────────

   仁之、写真下に書かれた日付を指して、

仁之「え……と。伯母さんだな」

   和装のゆきえ(43歳)の挿入映像がC.I。

   ゆきえの上に、T『伯母 山本ゆきえ

   (43歳)』。

真之「(相当驚いて仁之に)えッ!?」


⑯ 同・一階台所(回想)

仁之の声「ゆきえ伯母さんだよ。お前さ。伯

 母さんだって、産まれた時からオバサンじ

 ゃねーンだぜ?」

   調理台の前に潮。急須にほうじ茶の茶

   葉を入れ乍ら、クスクス笑っている。


⑰ 同・一階座敷A(回想)

真之「じゃあ、お母さんは、どれ?」

   と、アルバムを捲る。

仁之「(渋い顔で)お母さんはうちにお嫁に

 来たンだから、子供ン時の写真があるわきゃ

 ーだろ」

真之「(気づいて仁之に)あ、そうか」

   捲られていくアルバム。いろいろな舞

   振り、いろいろな角度、いろいろな季

   節に撮影されたゆきえの『八重垣の舞』。

   ページが進むにつれて成長していく。

   と、

真之の声「ねぇ……」

   『浦安の舞』の装束をつけた扇舞のゆ

   きえ(12歳)の写真が現れて、

真之の声「お父さんの写真は?」


⑱ 同・一階台所(回想)

   一気にグラス一杯に入れられる氷。涼

   し気な音。


⑲ 同・一階座敷A(回想)

仁之「(やれやれという顔で)お父さんは、

 大阪にただろ?」

真之「(仁之に)大阪?」

仁之「曽根そねざきの家。慎之よしゆき大伯父さんのトコ」

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真之「(UPで仁之に)なんで?」

   瞬間、はっと息を飲む仁之(横顔)。

潮の声「ナオ」


⑳ 同・一階台所(回想)

   テーブルにほうじ茶の入った三つのグ

   ラス。氷が入って、冷たそうで美味し

   そう。潮の手元、急須からグラスにほ

   うじ茶を注ぎ終えて、

潮 「こっちで飲みなさい。アルバム汚すと

 いけないでしょ?」

   潮の先に見えている座敷A。真之、顔

   を上げて、

真之「(気づいて潮に)はい」

   グラスにマドラーを入れている潮、優

   しい笑顔で、

潮 「(仁之に)仁之さねゆきも。いらっしゃい」


㉑ 同・一階座敷A(回想)

   ──円卓からの仰角で。

仁之「(気まずそうな顔で俯いたまま)うん」

   と、アルバムを閉じる。その動作と同

   時に、アルバムを閉じる様に黒い画面

   に。


㉒ 同・一階廊下(回想)

   見えている台所。席についている真之。

   テーブルに歩いて行く仁之。潮、仁之

   に椅子を引いている。優しい笑顔。そ

   の風景をT.Bし乍ら、

   聞こえてくる『舞楽 青海波(当曲)』。

真之「(仁之に)お返事は『はい』だよ」

   仁之、席につき乍ら、

仁之「(渋々、真之に)……はい」

   仁之の横に潮。フフフと微笑んでいる。


㉓ 同・一階座敷B(回想)

   M『舞楽 青海波(当曲)』

   『青海波』を舞っている敦之。白衣・

   白袴姿。敦之の上に、T『長男 敦之

──────────────────────

   (14歳)』。

   同、和之。和之の上に、T『次男 和

   之(11歳)』。

慶之のN「舞楽 青海波」

   『青海波』を舞っている敦之。

慶之のN「二人で舞うほう平舞ひらまい。寄る波、

 引く波を表現をしている大変優雅な舞振り

 である」

   『青海波』を舞っている和之。

慶之のN「中でも『源氏物語』第七帖「紅葉もみじの

 」で描かれた源氏の君と頭中将とうのちゅうじょうの舞う

 『青海波』は、絵画の題材にも多く使われ

 る、大変印象的な名場面である」

敦之「(気づいて)ん?」

和之「(気づいて)?」

   舞を止めた敦之と和之。見合って同時

   に、

敦之・和之「間違ってる」

   みはっている敦之。

   同、和之。

   敦之と和之、同時に、

敦之「お前だよッ!」

和之「兄貴だろッ!」


㉔ 同・一階台所(回想)

敦之の声「俺が間違える訳ねェェだろッ!」

和之の声「今のは兄貴が間違えたんだろ!」

敦之の声「お前の覚え間違いだっつーのッ!」

和之の声「なんで自分が間違ってないって言

 えンだよッ!」

敦之の声「俺は三年前から、コレ舞ってンだ

 ッ! 初めて舞うお前が言うなッ!」

   テーブルについている潮と仁之。真之、

   テーブルに手をついて、椅子から降り

   ている。と、

潮 「(気づいて)ナオ、どこ行くの?」

真之「お手水ちょうず

   T『手水(この場合はトイレの事)』

仁之「(お茶を飲み乍ら)首、突っ込むなよ」

真之「解ってるよ」

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㉕ 同・一階座敷B(回想)

   睨み合っている敦之と和之、互いの額

   をガンガン打ちつけ乍ら、

敦之「なんでいつも素直にきかねェンだッ!」

和之「なんでいつも指図すンだッ!」

敦之「お前がいつも口答えすっからだよッ!」

和之「兄貴はいつも偉そうなンだよッ!」

敦之「偉いンだよッ!」

和之「誰が決めたッ!」

敦之「俺だッ!」

和之「(ハッと一笑して)勝手言ってンじゃ

 ねーよッ!」

敦之「(ハッと一笑して)悔しかったら、長

 男になってみろ!」

和之「ンだとォッ!」

   睨み合って、互いの額をギリギリと押

   しつけている敦之と和之。バッと視聴

   者を向き乍らT.Uして、

敦之・和之「(二人、鬼気迫る顔で)仁之!」

   赤くなっている二人の額。


㉖ 同・一階廊下(回想)

   SE、水洗トイレの流れる音。

真之「(台所に)呼んでるよ」

   見えている台所のテーブルに潮と仁之。

   仁之、テーブルに俯せたまま、

仁之「(呟いて)行きたくねェ」

   苦笑している潮。

    ×    ×    ×

   ──真横からの視点で。

   座敷Bの前に真之。開いている襖に手

   を添えて、

真之「(座敷Bの中に向かって)って、言っ

 てるよ」

   座敷Bの中から、敦之と和之の怒号。

   二人同時に、

敦之の声「何ィッ!?」

和之の声「ンだとォッ!」

   その手前に仁之(後ろ姿)、バッとFr.in

   して、

──────────────────────

仁之「(真之に怒鳴りつけて)いちいちチク

 んじゃねェ! クソガキッ!」

   T『チクる(俗語。告げ口をする事)』


㉗ 同・一階座敷B(回想)

   見えている廊下に仁之と真之。仁之、

   左手で真之の頬をつねり上げて、右手は

   腰。

仁之「(座敷Bに向かって偉そうに)なンか

 用か!」

真之「(泣き乍ら)お母さーんッ!」


㉘ 同・一階座敷B(回想)

   仁之にかかと固め(プロレス技)をかけて

   いる和之。眼鏡のレンズがギラッと光

   って、

和之「(冷たく)口のき方」

仁之「(叫んで)ぎゃはーッ!」

   その傍に敦之。腕組みをして偉そうに

   立って見下ろしている。

   慶之の「ほっほっほ」という笑い声と

   同時に、M、F.Iして、

   M『管絃 平調『越天楽』(音頭おんどう)』

慶之のN「どうやら立て込んどる様じゃから、

 ここで今日の用語解説といこうかの」


㉙ 宮内庁楽部・中

   M『管絃 平調『越天楽』』

   ──真横からの視点で。

   龍笛(音頭おんどう)のUPからゆっくりT.Bし

   乍ら正面にPUN。宮内庁楽部庁舎内の

   舞台に管絃の演奏様式。付所つけどころから各楽

   器が加わって、

   T『がく

慶之のN「雅楽」

   慶之のNに合わせて、各楽器の演奏者

   を映し乍らそれぞれの上にT。

慶之のN「奈良から平安時代に完成し、宮中

 や神社、お寺などで行なわれた音楽。また、

 それによる舞の事で」

──────────────────────

   T『鳳笙ほうしょう

   T『篳篥しちりき

   T『龍笛りゅうてき

慶之のN「この曲は、耳にした事があるじゃ

 ろ。お正月の神社やテレビ、結婚式にもよ

 く使われておるぞ。『平調ひょうぢょう 天楽てんらく』じゃ」

   T『がく琵琶びわ

   T『楽筝がくそう

   T『鉦鼓しょうこ

   T『かっ

   T『楽太がくだい


㉚ 藤之宮神社・拝殿の前(回想・夜)

   シーン①。人長舞を舞っている仁之。

   M『其駒 揚拍子』

慶之のN「さて、この雅楽は次の三つに大別

 される。まずは『国風歌舞くにぶりのうたまい』。今回の最初

 に仁之が舞っておった御神楽じゃ」

   仁之の上に、T『国風歌舞くにぶりのうたまい』。更に

   『国風歌舞くにぶりのうたまい』の下、より大きなポイン

   トで、T『神楽かぐらうた 其駒そのこま 揚拍子あげびょうしにん

   長舞ぢょうまい)』。

   慶之のNに合わせて、本方もとかた末方すえかたをそ

   れぞれ映し乍ら、

慶之のN「最初の解説で天岩屋戸あまのいわやど、『天宇受あめのうず

 売命めのみことの伝承』に触れた様に、この『国風歌くにぶりのうた

 まい』は我々神道しんとう──この国の成り立ちに深

 い関わりを持つ歌舞うたまいである」

   篝火に照らされて人長舞を舞っている

   仁之。幽玄で神秘的な姿。


㉛ 藤原家・一階座敷B(回想)

   シーン㉓。『青海波』を舞っている敦

   之。

   同、和之。

   M『舞楽 青海波(当曲)』

慶之のN「次は、伝来の音楽じゃ」

   と、『青海波』を舞っている和之(11

   歳)の横から、『青海波』の装束(第

   六回シーン⑤)を着た和之(29歳)が

──────────────────────

   ちらりとワイプ・インする。と、マイ

   クを持った神職姿の慶之(後ろ姿)、

   慌てて手前にFr.inして、

慶之のN「(慌てて)あー、それはまだじゃ

 ! それは後からの目玉シーンじゃからな

 !」

   さっとワイプ・アウトする和之(29歳)。

   マイクを持っている慶之、『青海波』

   を舞っている和之(11歳)と敦之(14

   歳)の映像を背にして視聴者に向き直

   って、

慶之のN「これは、実際の神前舞楽奉納で説

 明するとしよう」


㉜ 神前舞楽奉納の風景

   実際の神前舞楽奉納の映像、『舞楽 

   萬歳楽』。その上に、T『舞楽 萬歳まんざい

   らく唐楽とうがく)』。

慶之のN「伝来の音楽とは、古墳時代中期頃

 から平安時代にかけて我が国に伝来したも

 ので、中国やインド、南ベトナムから伝わ

 ってきたものを『唐楽とうがく』」

   実際の神前舞楽奉納の映像、『舞楽 

   地久』。その上に、T『舞楽 地久ちきゅう

   (高麗こまがく)』。

慶之のN「朝鮮半島や、中国でも北東地方か

 ら伝わったものを『高麗こまがく』と言う」

   (『舞楽 萬歳楽』と『舞楽 地久』、

   それぞれ同じ秒数を取り上げる事)

慶之のN「先程、紹介した」


㉝ 宮内庁学部・中(回想)

   シーン㉙。舞台上、管絃の演奏様式。

   T『管絃 平調ひょうぢょう 天楽てんらく唐楽とうがく)』

   M『管絃 平調『越天楽』』

慶之のN「『平調 越天楽』は唐楽の管絃で

 な。昔は高麗楽にも管絃があったのじゃが、

 現在の高麗楽は、舞楽のみが演じられてお

 る」

──────────────────────

㉞ 宮内庁学部・中

   舞台上、さい馬楽ばらの演奏様式。

   T『さい馬楽ばら 更衣ころもがえ

   M『催馬楽『更衣』』(シーン㉟迄)

慶之のN「最後は、謡物うたいものと呼ばれる声楽じゃ。

 ん? 御神楽も声楽ではないのかじゃと?」


㉟ 『謡物うたいもの』のイメージ

   机の上にさあッと差し込む光。そこに

   広がっていくかんぼん。描かれている絵

   図、フラッシュアニメーションで。

   平安京の風景。庶民が楽しそうに歌っ

   ている。それを下手側へゆっくりPUN

   し乍ら、

慶之のN「この謡物うたいものとは、平安時代に作られ

 た新しいものでな。さいにおける国風歌舞くにぶりのうたまい

 とは違い」

   平安京の風景のPUNに続いて現れる、

   宮中の『御遊ぎょゆう』の風景。帝、公卿、殿

   上人が自ら演奏し、唱歌を楽しんでい

   る様子を、更に下手へPUNしていく。

慶之のN「宴や祝いの場、または娯楽で楽し

 んだ歌の事なんじゃよ」


㊱ 藤原家・前庭(回想)

   立派な藤棚(開花前)。その奥に障子

   の開け放たれた一階座敷Bが見えてい

   る。敦之と和之(共に後ろ姿)の向か

   いに仁之。三人共、姿勢良く正座して

   いる。

仁之「(敦之と和之に)それで?」


㊲ 同・一階座敷B(回想)

   偉そうに腕組みをしている敦之と、両

   手を足の付け根に置いている和之。そ

   の向かいの仁之、行儀良く膝に手を揃

   えている。三人共、姿勢良く正座。

敦之「(仁之に)お前、『青海波』覚えたな

 ?」

仁之「(語尾下がって)あァ」

──────────────────────

和之「(仁之に)舞ってみろ」

仁之「(語尾上げて生意気に)あァ!?」

   ──仰角で。

   立っている敦之と和之。共に握った拳

   を反対側の掌で包み込んで、パキッポ

   キッと関節を鳴らしている。二人の目

   元、影になって見えない。その手前に

   座っている仁之(後ろ姿)。

仁之「(大人しく)はい。喜んで」

    ×    ×    ×

   M『舞楽 青海波(当曲)』

   『青海波』を舞っている仁之。

   ──真横からの視点で。

   (仁之を)見ている敦之。その手前に

   (仁之を)見ている和之。二人、その

   真剣な顔。

    ×    ×    ×

   『青海波』を舞っている仁之。

   ──真横からの視点で。

   (仁之を)見ている敦之。その手前に

   (仁之を)見ている和之。前カットよ

   りもややUP。二人、更に真剣な顔。

   SEがF.I。

   SE、心臓の鼓動。

    ×    ×    ×

   『青海波』を舞っている仁之。

   ──真横からの視点で。

   (仁之を)見ている敦之。その手前に

   (仁之を)見ている和之。前カットよ

   りも更にUP。見開いている二人の目。

   益々真剣な顔。

   SE、大きくなっていく。

       ×    ×    ×

   『青海波』を舞っている仁之。

   ──真横からの視点で。

   (仁之を)見ている敦之。その手前に

   (仁之を)見ている和之。前カットよ

   りもまた更にUP。大きく見開いてい

   る二人の目。鬼気迫る程の真剣な顔。

   SE、かなり大きくなる。

──────────────────────

     ×    ×    ×

   『青海波』を舞っている仁之。

   SE、ドクン、と大きく一回。

   ──真横からの視点で。

   横目で和之を見ている敦之。顎を上げ

   て、にやりといやらしい笑みを浮かべ

   勝ち誇った顔。その手前に、俯き加減

   の和之。眼鏡を押し上げ乍ら、

和之「(悔しそうに歯噛みして)くッ!」


㊳ 同・一階廊下(回想)

   聞こえている『舞楽 青海波(当曲)』

   (シーン㊷迄)。

   見えている一階座敷Aに潮(後ろ姿)。

   その肩越し、ちらりと真之の頭。潮の

   尻の陰からはみ出ている真之の足。


㊴ 同・一階座敷A(回想)

   潮の腕の中に真之。グズグズ泣いてい

   る。潮、真之の右頬を撫で乍ら、

潮 「(愛おしそうに)痛いの痛いの、飛ん

 でったかな~?」


㊵ 同・庭(回想)

   開け放たれたテラス窓から見えている

   一階座敷A。潮の膝の上に真之。潮の

   胸に顔を埋めて、

真之「(拗ねて)まだ」

   手前に信之(後ろ姿)、Fr.inして、

信之「(座敷Aに)ナオ」


㊶ 同・一階座敷A(回想)

   テラス窓の外に信之。その後ろに将之。

信之「(真之に)いつまでお茶……」

将之「(潮に)どうした」

   潮、胸に顔を埋めている真之の頭を撫

   で乍ら、

潮 「(苦笑して将之に)あ~……『男社会

 の縮図』ってヤツ?」

仁之の声「(怒号で)ンなわきゃ―だろッ!」

──────────────────────

㊷ 同・一階座敷B(回想)

仁之「(思いっきり叫んで)ぎゃあァーッ!」

   仁之に逆エビ固め(プロレス技)をか

   けている和之。その傍に敦之、両手を

   腰に当てて立っている。開いている襖

   の外、廊下に将之と、その陰から顔を

   覗かせている信之。二人、座敷Bを見

   ている。

将之「何の騒ぎだ」

和之「(気づいて将之に)あ」

敦之「(気づいて将之に)父さん」


㊸ 藤之宮神社・拝殿の前(回想)

   ──やや仰角で。

   拝殿下手側、立派な藤の木(開花前)。

慶之の声「舞振りがちごゥておる?」


㊹ 同・座敷A(回想)

   上手から敦之、和之、仁之。一列に並

   んで、姿勢良く正座している。敦之と

   和之、同時に、

敦之「(仁之を指して)あいつが」

和之「(仁之を指して)こいつが」

仁之「(慶之に)俺じゃねーよッ!」

   ──真横からの視点で。

   上座(上手から)に慶之と将之。敦之

   達と向かい合っている。

慶之「(さとして)人間じゃからな。間違う事

 もある。どら(と、扇子で前を指して)、

 ワシが見てやろう。舞ってみなさい」

敦之・和之「はい」

仁之「えッ!? 俺も?」

慶之「『青海波』はにん舞じゃからな。お前

 は(と、扇子で将之を指して)父と舞うの

 じゃ」

    ×    ×    ×

   M『舞楽 青海波(当曲)』

   『青海波』を舞っている敦之。

   同、和之。

   同、仁之。

──────────────────────

   同、将之。


㊺ 同・庭(回想)

   開け放たれた障子の先、見えている座

   敷A。『青海波』を舞っている敦之と

   和之、仁之と将之の二人組。と、上座

   に慶之。座って、じっと舞を見ている。

   その風景をゆっくりT.Bしていって、


㊻ 藤原家・一階座敷A(回想)

   聞こえている『舞楽 青海波(当曲)』。

   ──真横からの視点で。

   (アルバムを)見ている潮。と、その

   胸に顔を埋めたままの真之。潮の右手

   側に信之、(アルバムを)見ている。

   潮、アルバムを捲る。と、

潮 「(気づいて嬉しそうに)あ」

    ×    ×    ×

   潮、真之に顔を寄せて、

潮 「(優しく)ナオ、見てごらん」

潮の声「(嬉しそうに)お父さんよ」

   食卓の上にアルバム。写真、人長舞の

   の装束をつけた将之(20歳)。そこへ

   信之の人差し指がFr.inして、

信之の声「(写真を指して大人しく)これ?」

潮の声「(嬉しそうに)そうよ」

   食卓の前に信之と潮、潮の膝に真之。

   信之と真之、アルバムを見ている。潮、

   頬に手を当てて、

潮 「(紅顔して、でれっと)素敵ね~」

   (写真を)見ている真之。

仁之「(OFF・エコーで)お父さんは、大阪

 にただろ?」

   人長舞の装束をつけた将之(20歳)の

   写真。徐々にT.Uし乍ら、

仁之「(OFF・エコーで)曽根そねざきの家」

   (写真を)見ている真之。更にUP。

   その神妙な顔。

仁之「(OFF・エコーで)慎之よしゆき大伯父さんの

 トコ」

──────────────────────

   人長舞の装束をつけた将之(20歳)の

   写真。顔のUP。それに『青海波』を

   舞っている将之(40歳)がO.Lして、


㊼ 藤之宮神社・座敷A(回想)

   シーン㊻からのO.L、『青海波』を舞

   っている将之。ゆっくりT.Bして、手

   前に仁之。

   『青海波』を舞っている敦之と和之、

   仁之と将之。

慶之「そこ」

   と、扇子で膝を軽く叩いて、

慶之「(扇子で仁之達を指して)こっちが

 ゥとる」

   舞を止めている四人。敦之達、仁之達

   と舞振りが違っている。

敦之・和之「(相当驚いて)えッ!」

   ほっと肩を下ろす仁之。青褪めた顔。

慶之「(敦之に)和之は初めてじゃからとも

 かくも、敦之よ。お前、三年も父と舞って

 おって、よォォておったな」

敦之「(気まずそうに)え……あ……」

   和之、敦之から顔を背ける。と、眼鏡

   を押し上げ乍ら「ハッ!」と一笑する。

   横目で青褪めている仁之、その視線を

   PUNする。と、仁之の後ろに将之。

仁之のM「まさか父さん……教え間違った?」

慶之「まァ、よいわ。幸い藤祭まで一ヶ月は

 あるでな」

   慶之、手書きで『舞楽 青海波』と書

   かれた古いVHSビデオテープをぐっと

   見せて、

慶之「(重く)覚え直すがよい」

   敦之と和之の挿入映像がそれぞれC.I。

敦之「(驚愕の顔で)!」

和之「(同)!」

慶之「将之、お前も見ておきなさい」

将之「はい」

   仁之(後ろ姿)、声無く驚いて、

仁之のM「やっぱ父さんのせいなンかよッ!?」

──────────────────────

㊽ 藤原家・表(回想・夜)

   ──仰角で。

   温かな門灯に照らされている表札『藤

   原』。


㊾ 同・二階信之と真之の部屋(回想・夜)

   座敷に和布団。すやすや眠っている信

   之。その肩越しに見えている真之。

   寝返りをうつ真之。


㊿ 同・二階敦之の部屋(回想・夜)

   座敷に和布団。眠っている敦之。枕元

   をPUNしていく。と、『舞楽 青海波』

   のVHSビデオテープ。


51)同・二階和之と仁之の部屋(回想・夜)

   ──やや俯瞰で。

   座敷に和布団。豪快な寝相で伸び伸び

   寝ている仁之。T.Bして、仁之と並ん

   で寝ている和之。『博多にわか』のア

   イマスクをつけている。


52)同・将之と潮の部屋(回想・夜)

   ──真横からの視点で。

   座敷に敷かれているダブルサイズの和

   布団。ゆっくり枕元にPUNする。と、

   布団の中に潮。天井を見ている。

潮 「(静かに)あなた……」

将之の声「ん」

潮 「(静かに)仁之に、曽根崎の家に行っ

 た理由……話した?」

   と、(将之に向かって)寝返りをうつ。

   それと同時にT.B、すぐ手前(潮の真

   横)に将之(横顔)。

将之「(目を瞑ったまま)いや」

   ──フラッシュカットで。

   シーン⑲。

   「なんで?」と聞く真之。

潮 「(OFF・静かに)あの子……」

   瞬間、はっと息を飲む仁之(横顔)。

──────────────────────

53)同・和之と仁之の部屋(回想・夜)

潮 「(OFF・静かに)知ってる……」

   ──将之の視点で。

   大の字になって眠っている仁之の腕を

   戻して、布団をかけ直す将之(手)。

    ×    ×    ×

   ──寝ている仁之からの視点で。

   仁之に布団をかける将之。寝間着浴衣

   姿。

    ×    ×    ×

   将之、優しく仁之の額を撫でる。


54)藤之宮神社・拝殿の前(回想・夜→朝)

   ──やや仰角で。

   拝殿下手側、立派な藤の木(開花前)。

   明けて朝。と同時に、開花していく藤

   の花房がO.Lして、

   T『そして、一ヶ月後』


55)同・拝殿の前(回想・朝)

   ──俯瞰で。

   爽やかな初夏。新緑に藤の花房が美し

   い。拝殿の前に板敷の舞台。

   T『藤祭』


56)同・斎館の前(回想・朝)

   ──やや仰角で

   『斎館』の看板。聞こえているごん

   調弦の音。


57)同・斎館の座敷B(回想・朝)

   和琴の調絃をしている慎二の手元。左

   手薬指に結婚指輪。P.Uして私服姿の

   慎二。その上に、T『従叔父いとこおじ 曽根そねざき

   しん(40歳)』。

真之の声「叔父さん」

慎二「ん?」

   手を止めて姿勢良く正座している慎二。

   その横にちょこんと正座している真之。

   白衣・白袴姿で両手を膝に揃えている。

──────────────────────

慎二「(真之に)どうした? 初舞台で緊張

 してるのか?」

真之「(胸を張って)ううん! バッチリだ

 よ!」

   慎二、ぐっと前屈みになって、真之の

   頭を力強く撫で乍ら、

慎二「(笑って)おぉッ! 頼もしいなァ!」

   再び調絃をしている慎二。その横に真

   之。行儀良く、じっと座っている。

慎二「(調絃をし乍ら)ナオ。そろそろ装束、

 着けなきゃだろ?」

真之「……あのね……お父さん、叔父さんの

 家にたって本当?」

   慎二、調絃の手が止まる。と、

   静かに響く絃の音。

慎二の声「ナオは……今、お爺ちゃんと暮ら

 しているだろ?」

真之「うん」

慎二「(優しく)返事は?」

真之「あ、はい」

慎二「(優しく)よし。藤原の子供は五歳に

 なったら、お爺ちゃんと一緒に神様の勉強

 をするんだけど、将之……お前達のお父さ

 んが産まれた時、お爺ちゃん──お前達の

 曾祖父ひいじいさんはもう亡くなってたんだ」

真之「(きょとんとして)え?」

慎二「(苦笑して)あ~。お父さん、お爺ち

 ゃんが居なかったンだよ」

真之「そうなの?」

慎二「そうだ。だから代わりに、ウチで勉強

 してたんだよ」

   真之、にっこりして、

真之「そうだったんだ」

仁之の声「ナオ」

   廊下に仁之。白衣・白袴姿。

仁之「着付け、始めるぞ」

真之「(仁之に)はい」

   真之、行儀良く畳に手をついて、

真之「(頭を下げて)叔父さん、ありがとう」

慎二「(微笑んで)どういたしまして」

──────────────────────

58)同・斎館の廊下(回想・朝)

   真之と仁之、Fr.outする。と、見えて

   いる座敷B。慎二、座ったまま、真之

   達を見送っている。


59)同・斎館の座敷B(回想・朝)

   静かに襖が開く。と、立っている将之。

   神職姿。T.Bして、手前に慎二。

将之「すまない」

慎二「(見送ったまま)いや」


60)同・表参道(回想・白黒映像)

慎二「(OFF)知らないなら」

   ──真横からの視点で。

   落ちて行く将之(二歳)。(注:顔は

   映さないで)

    ×    ×    ×

慎二「(OFF)わざわざ教える必要なんか無

 い、だろ?」

   ──落ちて行く将之(二歳)の視点で。

   伸ばしている将之の手。その先に見え

   るゆきえ(五歳)。石段の一番上に立

   って、両掌を真っ直ぐ前に突き出して

   見下ろしている。その顔、片側の目は

   影になって見えない。が、見えている

   反対側は、幼児と思えぬ冷たい目。そ

   の風景をゆっくりT.Bしていく。と、

   ゆきえの周りに現れる二の鳥居。その

   神額『藤之宮』。

   

61)同・斎館の座敷B(回想・朝)

   ゆっくり瞼を閉じる将之(横顔)。


62)同・斎館の廊下(回想・朝)

   ──低い視点で。

将之「ああ……」

   見えている座敷Bに将之と慎二。その

   手前、襖の陰に仁之(足元)。すっと

   Fr.outする。

──────────────────────

63)同・斎館の座敷A(回想・朝)

   膝立ちで(真之に)装束を着つけてい

   た潮。優しい笑顔で見上げたまま、ゆ

   っくりと離れ乍ら座って行く。白衣に

   茄子紺色の差袴姿。

   『東遊あづまあそび』の舞人装束をつけた真之。背

   筋を伸ばして凛々しい立ち姿。

潮 「(感激して)まぁァ~ッ! か」

   潮、祈る様に両掌を組んで、

潮 「(切り替えして)カッコいい!」

真之「(喜んで)ホント?」

   T.Bして、手前に敦之と和之。二人、

   『東遊』の装束に着替え乍ら、

和之「今、絶対ぜってー『可愛い』って言いかけたよ

 な」

敦之「まだ『可愛い』が通用する年だからな」

   T『男子に「可愛い」は禁句です』

信之の声「(大人しく)よく似合ってるよ」

   入って来る仁之。

   『東遊』舞人装束の信之と真之。二人

   並んで立っている。その傍に潮。

真之「(信之に)ホント? ありがとう!」

潮 「(仁之に)仁之、お待たせ。さ、いら

 っしゃい」

仁之の声「うん」

   真之と仁之のセリフ、潮の微笑みにエ

   コーがかかって、ゆっくりと透過光が

   F.I。

真之「(仁之に)お返事は『はい』だよ」

仁之「(渋々)はい」

   仁之の正面に膝立ちの潮。フフフと微

   笑んで、仁之の白袴を解いてる。透過

   光最大になって、F.O。


64)同・斎館の座敷A(朝)

   シーン63からF.Iして、シーン⑤。

   (潮を)見つめている真之(23歳)。

   (真之を)見つめている潮(61歳)。

   真之(両掌)、潮の両手を取って、

真之「母さん、ありがとう」

──────────────────────

   片膝をついている真之。『東遊』舞人

   装束姿。その前に潮。白衣に茄子紺色

   の差袴をつけて正座している。

真之「これからも宜しくね」

   『東遊』舞人装束をつけた将之、

将之「(真之に)準備できたか」

   真之、立ち上がって、

真之「(凛々しく将之に)はい」


65)同・斎館の廊下(朝)

   聞こえている『東遊』の『一歌いちうた』。唱

   和、仁之の声。(シーン67迄)

   真之の後ろに雅美と潮。雅美、巫女装

   束姿。潮、真之の折りたたんだきょを手

   渡し乍ら、

潮 「雅美ちゃん、宜しくね」

雅美「(きょを受け取り乍ら)はい」


66)同・斎館の座敷A(朝)

   座敷Aの真ん中に立っている将之。

   『東遊』の舞人装束姿。入って来る潮、

   将之の横に来る。と、

   潮(後ろ姿)、将之(後ろ姿)にぴた

   っと寄り添って、

潮 「(嬉しそうに)素敵」

将之「解ってる」

潮 「(将之を見上げて)ま」

   潮、将之のきょを折り畳み乍ら、

潮 「自信があるのはい事だけど、自信

 家は嫌われるわよ」


67)同・斎館の廊下(朝)

   ──真横からの視線で。

将之の声「覚えておこう」

潮の声「そう言って、何年になるかしら」

将之の声「ん?」

雅美「(紅顔して)仲ェなァ」

真之「僕も」

   真之、UPになって、

真之「(紅顔して)僕も、父さんと母さんの

──────────────────────

 様な夫婦になりたいな」

    ×    ×    ×

雅美「(紅顔して)ナオちゃん」

   真之の後ろに雅美。真之を覗き込んで、

雅美「(眉を顰めて)そンなら、まずは相手

 見つけんと。結婚は一人ではできへんよ?」

   雅美をT.Bしていく。と、真之の前に

   明日香。順に信之、千歳、そして先頭

   に和之。巫女装束姿の明日香と千歳、

   それぞれ『東遊』舞人装束をつけた信

   之、和之のきょを持っている。信之、髪

   を全て結い上げて冠の中に納め、和之、

   眼鏡を外している。

真之「(紅顔したまま渋々と)解ってるよ」

   クスッと笑う信之。

和之「(前を向いたまま)そりゃそーだ」


68)同・拝殿の前(回想→現在・朝)

真之「(OFF)もー……」

   M『東遊』の『駿河歌揚調子』

   唱和、将之の声。

   ──俯瞰で。

   爽やかな初夏。新緑に藤の花房が美し

   い。少しPUNする。と、拝殿の前に板

   敷の舞台。『東遊』を舞っている信之

   (7歳)と真之(5歳)が見えている。

    ×    ×    ×

   『東遊』を舞っている信之(7歳)と

   真之(5歳)。舞に合わせてPUNし乍

   らゆっくりとT.Bする。と、舞台上、

   一緒に『東遊』を舞っている和之(11

   歳)と仁之(8歳)。和之、眼鏡を外

   している。その後ろに見えている立礼

   の将之(40歳)(笏拍子・唱和)、慎

   二(40歳)(和琴)、敦之(14歳)

   (高麗笛)、慎一(43歳)(篳篥)。

   舞人と同じ装束を着ているが、垂纓すいえい

   冠を被って、ほうには桐の青摺あおずりが無い。

   将之を拝殿側にして、『神楽歌 其駒』

   の末方すえかたの場所に並んでいる。

──────────────────────

   『東遊』を舞っている、和之(11歳)。

   同、仁之(8歳)。

   同、信之(7歳)。

   同、真之(5歳)。

   5歳の真之に、現在の真之(23歳)が

   O.Lしていく。と、同時に、唱和も将

   之から仁之の声に変わっていく。


69)同・拝殿の前(朝)

   『東遊』を舞っている真之。舞に合わ

   せてPUNし乍らゆっくりT.Bする。

   と、舞台上、一緒に『東遊』を舞って

   いる和之、信之、将之。その後ろに見

   えている立礼の仁之(笏拍子・唱和)、

   慎二(和琴)、敦之(高麗笛)、慎一

   (篳篥)。楽人の装束、立ち位置はシ

   ーン68同様。仁之、結い上げた髪を全

   て冠に納めている。

   ──やや横からの視点で。

   唱和している仁之をT.Bしていく。と、

   手前に現れる慎二。順に、敦之、慎一。

   その演奏風景。

    ×    ×    ×

   『東遊』を舞っている将之。

   同、和之。

   同、信之。

   同、真之。舞に合わせてPUNし乍らゆ

   っくりT.B、徐々に俯瞰になって、拝

   殿全景。初夏の美しい境内。『東遊』

   を見ている大勢の参拝者(女性多し)。

   その手前、舞乍ら横切っていく藤の花

   弁。

   画面右下に、T『つづく』。


70)用語解説画面

   藤祭の藤之宮神社境内。正面に拝殿。

   下手一番手前に正服せいふく姿の慶之。

   慶之の上に、T『藤原慶之ふじわらやすゆき(83歳)

   藤之宮神社 宮司』

慶之「(にこにこして)さて、藤祭はまだま

──────────────────────

 だ続くが、ここで今回の専門用語を説明を

 しておこう」

   イメージBG、用語解説画面になって、

   ルビつき縦書きで大きく、

   T『ごん禰宜ねぎ

   『ごん禰宜ねぎ』のTよりも小さなポイント

   で、

   T『禰宜ねぎの下位にあたる最も一般的な

    職階。ごん禰宜ねぎ以上を神職という』

   慶之、セリフに合わせて指示棒でTを

   示し乍ら、

慶之「ごん禰宜ねぎとは、禰宜ねぎの下の職階の事でな。

 神社の一般社員と思ゥてくれてよいわ。う

 ちでは仁之と真之がこれにあたる。(視聴

 者の方を向いて)ん? 将之や信之。和之、

 敦之は神職では無いのかじゃと?」

   第一回シーン㉚、神職姿の将之、信之、

   和之、敦之を引用して。

慶之「(OFF)仁之達の父、将之。ワシの息

 子じゃな。と、信之、和之、敦之。皆、神

 職の資格は持っておるが」

   第二回シーン㉜、スーツ姿の将之、敦

   之、和之を引用して。

慶之「(OFF)社会人として働く傍ら、休み

 の日には、おやしろを手つどゥてくれておる」

   再び藤祭の藤之宮神社境内。上手に慶

   之。その隣の信之から下手へ順に和之、

   敦之、将之。四人、『東遊』の装束姿

   (和之・信之は舞人装束)。

慶之「この四人は、我が藤之宮神社としては

 ごん禰宜ねぎではなく、出仕しゅっしという立場。要する

 に見習い扱いじゃ。(信之ただゆきに)ところでただ

 ゆき、お前の仕事は父達とは違うであろう?」

信之「(慶之に)はい。(と、視聴者を向い

 て)私は」

   第一回シーン㊹、薄茶点前の信之、ゆ

   きえを引用して。ゆきえの上に、T

   『伯母 山本ゆきえ(父・将之の姉)』

信之「(OFF)伯母様──父、将之の姉であ

 る伯母ゆきえの茶道教室をお手伝いしてい

──────────────────────

 ます」

   第一回シーン⑳、御朱印を書いている

   信之。第二回シーン㉜、境内から歩い

   て来た仁之、真之、信之を引用して。

信之「(OFF)教室の無い時間は、兄達を手

 伝っておりますので」

   再び藤祭の藤之宮神社境内。上手に慶

   之。下手の並び、前述同様。

信之「ごん禰宜ねぎではありませんが、ここ藤之宮

 神社が私の職場です」

和之「うちみたいなちっせェ神社は、何人も人

 件費出せる程、余裕ェからな」

敦之「(眉を顰めて)言い方」

将之「……」

慶之「このように我が藤之宮神社は、家族の

 力によって支えられておるのじゃよ。さて

 次回は」

   巫女姿のゆりな、ゆづき、ゆいか。上

   手(慶之の後ろ)から元気よくFr.inし

   て、

ゆりな・ゆづき・ゆいか「はーい!」

慶之「(嬉しそうに笑って)娘がると、一

 気に華やぐのォ。次回は『巫女』じゃ。そ

 れでは、また」

   全員、手を上げて、

一同「(元気よく)弥栄いやさか!」

   と、T.Bして、下手手前に仁之(後ろ

   姿)と上手手前に真之(後ろ姿)。共

   に『東遊』装束姿(真之は舞人装束)。

   二人に矢印、T『ごん禰宜ねぎ』。

真之「(仁之に)今回、僕達の説明じゃなか

 ったっけ?」

仁之「しょっちゅう出てっから、それで説明

 ついてンだろ」

   ゆりな、ゆづき、ゆいか、真之の陰か

   ら顔を出して、

ゆりな「ちょっと!」

ゆづき「アタシ達、映ンないでしょ!」

ゆいか「ナオちゃん! 邪魔ッ!」

   画面右下に、T『次回は『巫女みこ』』。



            第五回『藤祭ふじまつり』終

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