第10話 きっと、綾歌慧斗は可愛がられている。

 知り合いへのお土産には、一体何を選ぶのが最適なのだろうか。これについて人間は誰しも、一度は悩んだことがあるはずだ。

 ちなみにこれは、友達の友達の再従兄弟のおじの息子の友達の話なんだが、その人は、家族で地方のとある観光名所へ行ったらしい。そこで、おr、いや、彼、いや、その人は、知り合いへのお土産として、ご当地名物のお菓子と、見たこともないご当地キャラクターのキーホルダーで迷っていたようだった。結局最後は、形に残った方がいいよね、ということで、キーホルダーを選び、知り合いへ渡したらしいんだが、今思うと、絶対お菓子の方が良かったように思う。なぜか?それは、後日、その知り合いが、テレビに映っている例のご当地キャラクターを見かけた時、「何このキャラクター、初めて見たんだけどキモくない?」と言っていたからだ。二度目にはなるが、これは、友達の友達の、えっと、なんだっけ…、息子のおじの再従兄弟の体験した悲劇である。決して俺の話ではない。

 と、まぁ、こんな感じで、お土産というものは、これ以外にも、「私がもらったのはこんなのなのに、あの子がもらったのはあんなに良いものだったの!?」とか、何かと問題が起きやすい事案である。

 そして、まさに今、目の前にも、お土産トラブルが勃発してしまった人が約一名…。

 

「…これマジで、おかしいと思わん??俺もそろそろ限界や!」


 俺と羽瑞希が桜屋敷との朝会(正式に羽瑞希が参加する一回目だったため雑談で終了した。)を終えて、教室につくと、伝統工芸品の布?が用いられた和風のリボンを見せながら、慧斗が怒声を放ってきた。


「ちょっと、慧斗どうしたの?」


「本当に突然どうしたんだ?」


 二人がそう尋ねると、少し落ち着いたのか、ことの顛末を話し始める。


「最近、織丹さん、俺に黙って、必要出席日数に対して欠席のペースヤバいのに一人旅に行ってたんや。もちろん、本当はそれにも怒っとるんやけど、まぁとりあえず、今はそのことはいいんや。で、織丹さんが俺にお土産を買ってきてくれたんやが、それがこれや。」


 そう説明して、先ほどのきれいなリボンを差し出した。

 ちなみに、織丹さんとは、本名を織丹おに朱莉あかりさんといい、この学校の三年生で慧斗の交際相手だ。


「あー、なるほど…。」


 相槌を打ってから、羽瑞希にそっと耳打ちする。


「なぁ、これってなんて言うのが正解だと思う?」

 

「んー…、とりあえずちょっと私に任せて。」


 自身の見た目について言及されることを、ひどく嫌う慧斗に対して、失言をしてしまうことを俺は恐れ、羽瑞希へ助力を要請すると、とりあえずは彼女が対応してくれる姿勢を見せてくれた。


「えっと、慧斗は、その、あかりん先輩にもらったお土産が、女の子っぽくて怒ってるって感じ?」


 恐る恐る、羽瑞希が尋ねる。


「そりゃそうやろ!!流石にひどすぎるわ。いっつも言っとるのに、いつまでたっても変わらへんし、流石に堪忍袋の緒がはち切れてもうたわ!」


 慧斗はぷんすこしている。


「まぁまぁ、一旦ちょっと落ち着こうよ。クラスのみんなが慧斗のこと見てるよ?」


 そりゃ、あれだけの大声を出せば、教室中の視線を集めてしまうのは当然だ。


「そ、そうやな…。ほんまに堪忍な。せやけど、流石の俺ももう我慢の限界来てもうてるで、ちょっとこのお土産、織丹さんに返してきてもろてもええか?そん時にそれとなくでええから、俺がこういうの嫌がっとるっていうのも伝えといてほしい。」


 そうして差し出されたお土産を、羽瑞希は頷きながら受け取った。


「うん。じゃあこれ、あかりん先輩にあとで、届けてくるね。」


「ほんまありがとう。あとは頼んだで。」


 HR開始が迫っていることに気づいた羽瑞希は、自分の席へ、てててと戻っていく。この場をここまで落ち着かせた羽瑞希には本当に頭が上がらない。俺がそう安堵したのもつかの間、


「ほんまに、織丹さんひどいで。灯弥もそう思うやんな?」


「ソ、ソウダネ」


 ひどく、声が裏返ってしまった。


―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―


 二限の体育終了後、桜屋敷から、一年六組の教室まで来るよう連絡が入る。羽瑞希の同行を認める旨が添えられていたが、更衣室で着替えている彼女を待っている時間はないと判断し、俺は単独で向かうことにした。それにしてもここまで中途半端なタイミングで呼ばれるのは初めてなので、少しだけ不安が募る。


「ごめん、ちょっと、桜屋敷さん呼んでもらってもいい?」


 廊下側の席に座っていた男子にそう頼むと、ものすごく怪訝そうな顔をしながらも、呼んでくれた。俺は一年生男子の間で、桜屋敷と親しい存在としてかなり嫌われているようである。


「あ、ハナヤちゃん!あれ、羽瑞希先輩は?」


「もしかして、いた方が良かったか?」


 俺は、羽瑞希が体育の後、着替えに時間がかかりそうだったので、一人で出向いたことを手短に伝えた。


「あー、なるほど。それなら仕方ないか。でさ、ハナヤちゃん、SNSにある学校の公式アカウント知ってる?」


 急ぐように、いきなり本題へと入る。


「そこの、公式アカウントの投稿にリプライが入ってたんだけどさ、ちょっと見てみて。」


 桜屋敷はそう言いながら、俺にスマホの画面を見せてきた。

 そこには、美化委員会の生徒たちが地域の清掃を行ったことを報告する投稿がされている。


「あ、この写真、あそこの駅前だな。」


「いや、そっちじゃなくて、その下のさ、リプライあるじゃん?」


 地域清掃についての投稿をタップして、下へスワイプすると、一つだけ、怪人須田ゆりこを名乗るアカウントから、リプライがついていた。その内容は、


【怪人 須田ゆりこ】

今週中のどこかで、製作者SU所有の作品を頂戴する。


 とだけ記されており、それはシンプルで明確だったが、奇妙でもある犯行声明だった。


「これ、随分おかしな返信だな、にしても、よくこんなの気付いたな。」


 このリプライは二限終了の十五分ほど前に投稿されており、学校公式というなんとも微妙なアカウントかつ、地域清掃という誰も見なさそう…、いや、それは言いすぎか。とまぁ、そんな感じの投稿なのに、本当によく気付いたものだ。


「いや、ウチが気付いたわけじゃ無くて、知り合いの…、」

 

「お、もしかして、あなたが噂のハナヤちゃん先輩ですかー?」


 桜屋敷が、何かを言おうとしたその時、非常に高身長な女子生徒が会話に割り込んできた。


「あ、あぁ、噂云々は知らんが。」


「ちょっと、麻美あさみ!来なくていいって。」


「えー、だって、あたしが犯行予告見つけたのにさー、良いじゃんちょっとくらい。」


「でも、別に今この会話に入ってくる必要はないでしょ!」


「なんかかなみちゃんがあたしに冷たいよー、えーんえーん。」


「ちょっと、明らかなウソ泣きやめてよ!」


「嘘なきだけど、寂しいのはホントだもーん。」


 麻美と呼ばれた人物と、桜屋敷の言い合いは続く。


~3分後~


「流石にちょっと、君ら言い合い長くないか?休み時間終わるから、そろそろ落ち着いてほしいんだが。」


 そう言うと、二人はハッとして、口を閉じた。桜屋敷は申し訳なさそうな表情をしながら、再び話し始める。


「ごめん、ハナヤちゃん。ちょっと、熱くなりすぎちゃった…。で、この怪人須田ゆりこなんだけどさ、すっごい気にならない?」


「いや、別にそこまでは…、」


 この時点で俺は何となく察しがついてしまった。


「気になるよね!だからさ、これが一体何なのか、解明をお願いしてもいいかな?」


 何度目になるか分からないが、俺に桜屋敷からの依頼を断るという選択肢は存在しない。


「ま、まぁいいけど…。」


「そしたら、帰りのHR終わり次第、羽瑞希先輩と二人でウチの部室来てよ!いい?」


「お、おう。分かった。じゃ、まぁそんなところでそろそろ教室戻るよ。」


 言って、俺が一年六組の教室前から立ち去ろうとすると、桜屋敷に麻美と呼ばれていた人物が、耳元に手をあてがってくる。


「あたしのこと覚えておいてね。」


 そう耳打ちすると彼女は、教室へ戻っていった。あれだけ高身長な女子は多分この学校にいないだろうから、逆に忘れたくても忘れることはきっとできないだろう。


 しかし、話は戻るが、先ほどの投稿、明らかに俺には無視できない点があった。もちろん、須田ゆりこという名前が、怪人に似つかわしくないという点と、犯行の日付が今週中という、かなり大雑把なものであった点も、気になっていないと言えば嘘になる。しかしそれよりも、怪人のアカウントが使用していたアイコンは、俺、いや羽瑞希と慧斗もきっと見逃すことのできない写真を使用していた。いや、きっとではない、間違いなくだ。

 …なぜそこまで言えるのかというと、その写真は、例のお土産が写されたものだったからだ。


―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―


 俺が教室へ戻ると、女子たちは更衣室での着替えが終わったようで、すでに多くが帰ってきていた。しかし、羽瑞希の姿はいまだにどこにもない。


「羽瑞希、戻ってきたか?」


 俺は、先ほどの話を共有したかったため、慧斗に一応、彼女の所在を聞いてみたのだが、


「いや、体育終わってから、まだ見かけとらへんよ。トイレでも行っとるんちゃうか?」


 と、やはりまだ戻っていないようだった。

 にしても、いつもと比べて少し遅すぎるように思い、更衣室の方へ迎えに行こうと立ち上がったところで、はぁはぁと息を上げた羽瑞希が教室へ戻ってくる。そして彼女は俺たちの席へと、そのまままっすぐやってきた。


「慧斗、ほんっとにごめん…。」


「どうしたんや?一回落ち着いた方がええと思うで。」


 羽瑞希は何かとても重大なやらかしを犯してしまったようで、本当に申し訳なさそうにしている。


「いや、ほんとにごめん、もう何されても私文句言えないよ、ごめん…。」


 そう言って、何度も何度も彼女は謝り続けた。


「ちょ、そんな謝られるだけやと、なんも分からへんよ。ほんまにどしたんや?」


 これだけ、理由もわからず謝られるだけ謝られたら、むしろ何をされたのか、慧斗も怖くなってしまっただろう。

 その様子に気づいたのか、遂に、羽瑞希は一体何をしてしまったのか、俺たちに話し始めた。

 

 「私、無くさないように、しっかり管理した方がいいと思って、体育の更衣室に持っていってたんだけど、そこで…あかりん先輩のお土産…、無くしちゃった。」


 この羽瑞希の自白によって、俺が桜屋敷の今回の命令を、ただのおふざけだったんだよ。と、適当にまとめることはできなくなってしまった。

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桜はまるで世のことわり 鈴木 づきん @barwide_partia

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