素人創作落語:「ろくろ首」
生田 内視郎
ろくろ首
チャカチャンチャンチャカッチャチャンチャン♪
「えー、昔から怖いもの知らず、なんて言葉がありますが、良く言えば勇猛果敢、悪く言えば向こう見ずってな言い方をしましてね、特にうちの親父なんか、酔っ払うと外人だろうが変人だろうが誰彼構わず喧嘩を売るもんですから溜まったもんじゃァ無いですよ、こないだなんか、薬局に置いてある佐藤製薬のゾウの像に喧嘩売ってましたからね、ゾウしてそんなに鼻が長いの、なんつってね、まぁサトーくん大して鼻も長く無いんですけども、ま、こちらとしてもね、器物損壊でもして弁償金払え、なんて言われたら困りますから、親父を引っ叩いてでも引きずり離しますよ、ええ、まぁね、親父が損壊する分には保険も入ってるから、いっそ道路の上にでも寝かしておけ、とお袋が言うんです、ええ、これが長年連れ添った伴侶にかける言葉かと、息子としても胸を痛めてしまうわけですよ、お袋は俺に保険金殺人の片棒担げって言うのかい、ちゃんと金は折半だろうね、なんて茶化した物言いをしますが、お袋アレ、目が本気ですよ、おお恐ろしや、まぁ、いつの時代も家庭はカカァの回りものっつってね、母親が万事物事を回した方が、家庭は長続きするもんです、ドンドンッ、カカァ、おーい、カカァ、今帰ったぞ、はいはい煩いね、そんな大声で何度も言わなくたって聞こえてるよ、朝帰りとは随分な御身分じゃないか、カカァ、カカァ、分かったよ煩いね、嫁をこんなに呼びつけるのなんざ、赤子か鴉かアンタ位のモンだよ、古くは江戸の深川長屋にお住まいの、怖いもの知らずで無鉄砲だが腕は確かな鳶職の鳶吉と、その嫁の珠代ってぇ夫婦が居まして、この夫婦、なんで一緒になったのかと思うほどまぁ仲が悪い、うわ、お酒臭っ、また素寒貧になるまで呑んで来たのかい、ったく、あればあるだけ呑んじまうんだからしょうがない男だよ、なんだと、俺が呑んだんじゃねぇ、周りが俺より呑んじまったんだ、馬鹿だねまた人様に奢ってきたのかい、そんなことしたってね、アタシ達の懐には一銭も戻ってきやしないんだよ、アンタアタシが大家にどれだけ頭下げて賃料待ってもらってるか分かってんのかい、カカァの頭で家賃がなくなるたぁ、カカァの頭も大したモンだ、ついでに昨日呑んだ店のツケの分も纏めて頭下げて来てくれ、アンタツケも残ってんのか、馬鹿だね本当に、呆れるくらいの馬鹿亭主っ、
なんだと、金稼いでくる亭主に対してなんだその物言いはっ、その金がうちに入って来ないから言ってんだよこの馬鹿、悔しかったら確り稼いで家に金入れろこの空っぽあた、……、なんだい、何ニヤニヤしてんだよ気持ち悪いね、
へへっ、だってよ、オメェ今空っぽ頭って、
褒め言葉じゃ無いよバカっ!!
ええっ!?だってこないだ親方が俺の頭は空っぽだから人より軽い分鳶に向いてるって、
そりゃコケにされてんだよ、はぁー、兎に角、金を入れない限りはもうこの家の仕切りを跨ぐことは許さないからね、分かったねこの馬鹿、そういって家を追い出されてしまった鳶吉、普段なら此処でなんだい馬鹿にしやがって、とやさぐれて呑みに向かうとこですが、生憎その呑み代が無いときたモンだから、しょうがねぇ一丁やってやりますか、と粛々と仕事に精を出す、ところでこの頃の鳶職といやぁ、大工、左官と合わせまして『華の三職』なんて呼ばれておりまして、特に鳶職なんてのは、江戸の花形、火消しの役割も担っておりまして、町人からは憧れの的、お給料だってその頃の町人の三倍は稼いでいたとかいなかったとか、特に鳶吉ってやつぁ、腕が確かで怖いもの知らずだから、高い所にすいすぃーと登っては、あらよってなモンで、あっという間に人の三倍仕事をこなしちまう、そうなると町人の三倍の人の三倍で九倍、これだけ稼いで翌日には失くなっちまうんだから、珠代が怒りたくなるのも、まぁ無理のない話でございやす、
さて日も夕暮れに差し掛かり、この日も無事に仕事を終えた鳶吉、早速今日の分のお給料を持って、おいカカァ、金を持ってきたぞ、そこへ直れ、控えぃ控えぃぃ、なんて見返してやろうと、ふんぞり返って歩く帰り道、赤い提灯がふと目について、飛んで火に入る夏の虫、呑む前から千鳥足でふらふらと吸い寄せられる鳶吉、いかんいかん、今日こそは真っ直ぐ帰ってカカァに目にモノ見せてやるんだ、いやしかし、見せたら全部取られちまうな、此処でのツケも溜まってる、そうだ、店にツケを残したまま家で酒呑んだってケツがムズムズして落ちつかねぇ、此処は気前良く今までのツケをポーンと払っちまって、残りの分をカカァに渡しゃあそれでいいや、おーいオヤジ、ツケ払いに来たぞ、へい旦那、いつもご贔屓に、へへ、なぁに、お前ぇんトコにはいつも世話になってっからよ、そんで、幾らだい、へっ!?こんなにっ!?バカ言えっ、俺がいくらうわばみだって、こんなに一人で呑めるもんか、へ?周りの連中にも奢ってやった?そうだっけ、いやいやそんなお人好しな……、え?手形も証文もある?分かった分かったよ、払えやいいんだろ払えや、あゝ、あっという間に給料が消えちまった、畜生、あいつら人様の金でしこたま呑んじまいやがって、カカァになんて言いゃいいんだ、
……ところで、今日の酒、なんだかいい匂いがするな、はぁ、上流からお武家様の余りが流れて来たと、馬鹿だねお前、なんでそういうこと俺がツケ払う前に言わないかね、お陰で金がねぇから呑めねぇじゃねえか、どうしてくれんだこのすっとこどっこい、クソー、いい匂いさせやがって、お武家様のお口に入るもんなんだ、さぞかし美味ぇにちげえねぇ、ゴクリ、お、あそこに居るのは隣の長屋の棟梁じゃねぇか、おぅい棟梁、久しぶり、え?隣だから毎日顔つき合わせてるだろって?いやそうなんだけどさ、まぁいいや、ちょいとお隣失礼するよ、ところでそれ何呑んでんだい、へぇ、お武家様のお酒、そりゃあさぞかし良いもんなんだろうね、どうだいお味の程は、ふーん、そうなんだ、ま、口ではどうとでも言えるわな、しかし、棟梁みたいな馬鹿舌じゃ味の違いなんてわかりゃしねぇよ、え、そんなに言うなら呑んでみろって?お生憎様呑みたくたって…、へ、いいの?本当に?
あちゃあこりゃ済まないね、なんだか催促したみたいになっちまって、へへ、どれどれ、ととと、はぁー見ろよこれこの透明度、まるで富士山頂に湧き立つ不死の泉の如しだね、ほのかに甘い花の匂いもするな、いやしかし、肝心なのは味の方だよ、どんなにお為ごかしだって、化粧取ったら山姥…ありゃ消えちまった、おい、なんだいこりゃあ、まるで水みたいだよ、すぅー、と喉を通ったと思ったらあっと言う間に消えちまった、なのに美味いということだけは分かる、不思議なこともあるもんだね、こりゃあ、もう一杯呑んでみなきゃあ分からな……、へ?一杯だけ?けちけちすんなよまだいっぱい余ってるじゃ、え?そんなご無体な、俺を怒らせたら怖い?分かった分かった、じゃあこうしよう、おい皆も聞いとくれ、
オイラ、この辺りじゃ火消しのいの一番隊として、真っ先に火の中に飛び込んで行く程怖いもん知らずで有名なんだ、その俺を震え上がらせるほどの怖い話を持ってきた奴には、これから先、死ぬ迄俺のツケで酒を呑ませてやる、代わりに、俺がビビんなかったら、そいつから一杯御相伴を預かるってぇ寸法だ、どうだい、いい案だろ、さぁ張った張った、花火と博打は江戸の華だよ、ここで名乗らない奴は粋じゃあ無い、お、そこの旦那さん、いいねぇ流石は江戸っ子だ、ふむふむ、ほほお、ああそりゃ柳かなんかの見間違いだ、はい次、ほお、女の生首、首だけあったって体がなきゃ怖くねぇわな、次、へぇ、饅頭、そりゃ落語だ馬鹿、次…、次…、
てな調子で町民は入れ替わり立ち替わり、とっておきの怪談噺を披露しますが、どれも鳶吉は怖がるどころか鼻で笑って一杯また一杯と御相伴をカッ喰らうモンですから、町人達もそれじゃあ面白くない、おい、誰かこのロクデナシに冷や水一杯ぶっかけてやるとっておきはいねぇのかい、すると店先の暖簾でもじもじと突っ立ってる小坊主が一人、おう、ケン坊じゃねぇか、そんな所に何突っ立ってやがる、こっちへ来いこっちへ、へへへ、ほら、お前ぇにも一杯呑ませてやるよ、何?子供にそんなモン呑ますんじゃない?馬鹿言え、こういうのは鼻垂れン時から呑ませて体を慣れさしてく位で丁度良いんだ、え?これから大人になって浴びる程タダで呑めるから今無理して呑まなくっても良いだって?何言ってんだいお前ぇ、
えっ!?さっきカカァを見た!?どこで!?直ぐそこまで来てる!?首を長くして角生やして顔真っ赤にしてロクデナシの旦那はいねがぁって角材振り回してやがるって!?馬鹿野郎っ!?何でそれを早く言わねぇんだ!?こうしちゃいられねぇ、オヤジ、店の裏口は何処だ、えっ!?約束!?知るか馬鹿!死んじまったら約束も何もねぇだろうが!なんだよおい裾引っ張るな、分かった分かったよ飴でも何でも買ってやるから今日の処は見逃してくれ、え?もう遅い?足音が近付いてくる、ドシンッ、ドシンッ、ああ、来る、来ちまう、もう駄目だ、もう終わりだ、ああ来る来る来る来る来る来る来る来る来る、
来た」
どうも、お後がよろしいようで
素人創作落語:「ろくろ首」 生田 内視郎 @siranhito
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