セトの力


「そういやぁ、お前ら今までどれくらい怪物倒してきたんだ?」


 前を歩くセトがサレナとヴィーナ2人に聞きます。


「あたし達は数えてるわけじゃないから分からないけど、少なくとも50は超えてると思うよ?あなた達は?」


 思い出そうとして考え込んでしまったサレナの代わりにヴィーナが答えました。

 逆に聞かれたセトも数えようとしたのでしょうか、考え込んでしまいます。その代わりにウィレが口を開きました。


「ウィレたちは先日ちょうど70体目を倒しましたよ。セトは数えるという事をしないのでウィレが覚えているんです。」

「悪かったな。数えないんじゃなくて数えられないんだよ俺は。」


 先ほどのじゃれあいを終え、少し流暢に話す様になったウィレ。恥ずかしがり屋なのではなく、距離感を測りかねていただけだったようです。


「70…。」


 自分達よりも多く倒していると知って対抗心を燃やしたのか、それとも劣等感に苛まれたのか。ぽつりと呟いたサレナが微かに杖を握る手に力を込めました。

 それをチラリと見たヴィーナは何も言わずにサレナの手を強く握りました。


「ま、倒した数で何か変わるって事もないから気にすんなよ。お前らみたいに近接攻撃系で50以上倒してるってのはかなり多い方だぜ?」

「セトは遠距離攻撃系の武器ですし、ちょっと他とは違うので特に多いんです。」


 それに気付いているのかいないのか、セトがフォローしました。

 しかし、2人にはそっちよりも他と違う方に興味が移ったようです。


「他と違うってどういう事?」

「あー…なんつーかな。んー…。」


 先程までは歯切れの良かったセトが急に口籠もりました。そしてサレナの杖の方をチラリと一瞥し、ヴィーナにサレナを暫く止めるように言います。

 訝しげながらもサレナを抑えるヴィーナ。腕ごと抱き締めるのは抑えるうちに入るのかどうかはわかりません。


「えーっとな…。落ち着いて聞けよ?」

「うん。何?」


「俺は、怪物の居場所が大体分かる。だから効率良く倒せるんだよ。」


 それを聞いた瞬間、サレナはヴィーナの制止を無理矢理振りほどいて杖を振りかざしました。見えないはずの怪物の位置が分かる、それは怪物になりかけている事の証明だからです。

 見えなかろうとも、サレナのその殺気くらいはセトでも分かりました。


「条件反射で殺意剥き出しにしてんじゃねぇ単細胞!ヴィーナの奴がなんで何もしねぇか分かってねぇのか?あんだけイチャついときながら相棒の事信用出来ねぇのかよ!」

「サレナ抑えろ!大丈夫だから!」

「でもヴィーナ!」

「そいつ、多分今まで怪物の攻撃を一撃も食らった事ないよ。」

「…え?」


 ヴィーナの言葉を聞いたサレナは素直に杖を納めました。

 その気配を読んだのか、セトはため息を吐いて説明を始めます。


「何故かは分からんがな、俺はやたらと耳がいいんだよ。」

「耳?」

「あぁ。だから周りに怪物がいるかいないか、いるのならどの方向にいるのかまでは普通に分かるんだ。」

「何それ!すごく便利じゃない!」


 思わずヴィーナは叫んでしまいました。

 視覚以外で接近を察知できるというのは、怪物に対しての大きなアドバンテージです。1秒でも早く正確に敵を認識せねばならないヴィーナ達にとってその力は喉から手が出るほど欲しいものでした。


「ヴィーナ…わたしもヴィーナの場所なら分かる。方向も距離も。」


 羨ましがっているのを悟ったのか、サレナが言います。


「サレナー?あたしの場所が分かっても意味無いでしょ。そう心配しなくてもあなた以上の相棒なんていないから安心しな。」

「全く…見てるこっちが恥ずかしくなりそうだぜ。それにしても、あんたまで俺の類の力を持ってるとはね。」

「あ、サレナの力というかこれの力ね。」


 ヴィーナは本を取り出してみせました。以前は脇に抱えていましたが、今は服のベルトに引っ掛けて上手いこと背負っているのです。


「これと言われても俺には見えないし分からないんだがな。ウィレ、何か分かるか?」

「んー…?ウィレにもよく分からないです。それ何ですか?」

「あたしにもよく分からないんだけどねー。偶然見つけたの。サレナにあたしの場所が分かるのはこれを持ってるからなのよ。」

「なるほど…うむ、分からん。」


 あの地下で見つけた本は、何故かサレナにしかその居場所を伝えないようでした。

 それが自分の特別だと分かったサレナは、照れたように笑ってヴィーナの手を一度強く握りました。


「で、話戻していいか?」

「あっごめん。それで何だっけ?距離と方向が分かるんだっけ。」

「いや、距離まで分かるのはサレナの方だろ?俺は方向だけだが、見ての通り武器が銃だからな。それで事足りるんだよ。」

「ウィレは戦闘の時にこそ役に立つべきなのに、それのせいで仰角か俯角かの指示くらいしか出来ないんです…。」

「まぁそう言うな。こっちとしてはそれだけでも有難いんだぜ?方向は俺だけで分かるが、逆に言っちまえばそれしか分からねぇんだ。」

「お陰でウィレのお仕事はほとんどありません…。」


 頬を膨らませてセトを小突くと、ウィレは不満そうに言いました。セトは苦笑いしながらされるがままになっています。

 そんな2人に聞こえない位の小さな声で、ヴィーナはぽつりと呟きました。


「…ねぇサレナ。あたし、この人達といるのは居心地良いみたい。」

「……ん。でも一番は私でしょ?」

「当たり前だよ。」


 実は、パーニャとウーニャを殺したあの時からサレナはヴィーナの事をずっと気にかけていました。あの2人と居てヴィーナが居心地悪そうにしていたのをサレナは知っていました。

 そして今、セトとウィレの2人と一緒にいるこの状況がヴィーナに負担をかけていないか、サレナはずっと密かに心配していました。

 それをヴィーナは見抜いて言ったのでしょう。ヴィーナの言葉にサレナは何も返さず、ただ手を強く握りました。それで十分でした。


「…セト、もうすぐ折り返し地点ですよ。少し休みませんか?」

「あ?まだそんな疲れる程じゃねぇだろ?」

「いえ…体は疲れてはいないんですが…甘過ぎて…。」

「あ?そんなに――」

「振り返っちゃ駄目ですよ。見えないとはいえその辺は気を遣ってください!」


 振り返ろうとしたデリカシーの無いセトを止めたウィレ。2人の邪魔をしてはいけない事は心得ています。


「お二方、少し休みましょう。まだ先はあるので今の内に回復させておかないと!」

「分かったよ。ヴィーナ、足は大丈夫?」

「歩いてたら大分良くなったよ。強張ってただけみたい。」


 前を向いたままウィレが言い、一行は見晴らしのいい平地に落ち着きました。お尻が灰と瓦礫で汚れるのは気にしません。

 セトは背負っていた銃を下ろし、寝転びます。ウィレはその隣に腰を下ろして自分のヘッドギアをいじり始めました。

 ヴィーナは瓦礫にもたれかかって足の動きを確認し、サレナはさりげなく支えになってあげていました。

 束の間の息抜き、皆思い思いの格好で休憩しています。

 4人の間には風の音だけが流れていきました。

 会話の無いまましばらく時間が経ち、段々と全員が船を漕ぎ始めた時のことです。


 なんの脈絡も無くセトが跳ね起き、銃を掴んで引き金を引きました。

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訳題___「壊れた世界と壊れた人形」 違和感の時間 @iwakan_time

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