第8話~エキナセア~


 しゅん琴海ことみは同じ家で育った。

 それは兄妹というわけではなく、児童福祉施設『やすらぎ』というホームだった。


 18歳までの子ども達が、常時30人くらい肩を寄せあって暮らしている。


 規則正しい生活、それは監視された生活ともいえる。

 家族に見放された子どもたちは甘えることを知らずに大きくなっていく。




 小学五年生の峻と母親は離婚した後、母子で暮らしていたが、たった一人の母親は酒に溺れて育児放棄をした。


 ゴミだらけの部屋で一人で暮らす峻は学校に通う体力すら無くなっていた。


「峻くん!開けて!」


 ドアをドンドンと叩く声が聞こえて、峻はノロノロと起き出してドアを開けた。そこには今年担任となった安井先生が立っていた。


 峻の顔を見るなり、手に持っていたバッグとコンビニの袋をそのまま落として、峻の細い肩を抱きしめた。


「ごめんね、峻くん、気づいてあげられなくて」


 安井先生は新任で今年から峻の通う小学校に赴任してきた。まだ三十歳にもならない若い先生だった。


「先生、苦しい」


 先生に抱きしめられた峻は涙をためながらようやく言葉を発した。


「ごめんごめん、峻くんの顔を見たら安心しちゃった」


 涙でくしゃくしゃになった頬を手で拭いながら安井先生はようやく笑顔を見せた。


 部屋の中を見渡すと、テレビと小さな折りたたみテーブルとたくさんのゴミ袋で埋め尽くされている。

 ステンレス製の台所には、食器や鍋が乱雑に放置されていて、近ごろ料理をしている形跡はなかった。


 コンビニの袋には、おむすびとか菓子パンとかお弁当がたくさん入っていて、峻は二日振りにお腹いっぱいに食べることが出来た。


 その姿を、ずっと眺めていた安井先生はようやく話し始めた。


「峻くんのお母さんはきっと帰って来ないと思うし、今日から他の子どもたちと暮らして欲しいの。転校することにはなるけど、その方が先生も安心出来るし」


 峻はそんな施設があることを知っていた。


 母親が酒に酔った時にいつも言っていたからだ。

「いい子にしてないと、施設に入れるよ」


 施設━━それはどんな所かは小さな峻には理解出来なかったけれど、とにかく母親と離れるのは嫌だった。


 時には優しかったし、たまには美味しいご飯を作ってくれた。でもそれは峻が小学校に上がる前のことだったけれど、いつかは前と同じような母さんに戻るのだと思っていたのかもしれない。


 その日のうちに、警察や施設の人がやってきて、峻は施設に入ることになった。


 安井先生は峻に約束した。

 毎月会いに来てくれること、そしてその時には交換日記のやり取りをすること。


 峻は毎日その日あったことを渡された大学ノートに記した。

 新しい学校のこと、親友と呼べる友達が出来たこと、琴海という妹みたいな女の子が新しく施設に入って来たこと。


 先生からもたくさんの言葉を貰った。


 担任の仕事が大変だけど、合唱会では他の先生に褒められたこと、大学時代からの恋人と結婚することになったということ。


 そんなふうに、峻と安井先生の交換日記は続いていき、ノートは十冊を超えた。


 そのノートを抱えて、今日施設を出る。


 一人暮らしをしながら、自分の家族を作るために頑張ろう。

 誰にも負けないくらいにあったかい家族を作りたい。

 そんな思いを新たな目標にして旅立つ日を迎えた。


 見送ってくれる施設の先生の後ろに隠れながら、琴海が泣いているのに気がついた。峻が妹のように肩を寄せあった女の子は来年中学生になる。


「琴海、また会いに来るからな」


 大きく頷く琴海は涙を拭きながらようやく笑顔をみせた。


 新しく住むアパートに着くと、安井先生が小さな男の子の手をひいて立っていた。


「峻くん、ほんとに頑張ったね。これからもきっと頑張れるからね」


 峻は涙を堪えて「ようこそ、僕の部屋へ」と言いながら鍵穴に真新しい鍵をさした。


 それから十年の月日が経ち、峻の隣では琴海が大きなお腹を抱えて立っている。


 欲しかった家族は、慎ましいけれど世界一幸せなものであると自信を持って言える。

 そうノートに記した。



(了)


 ~エキナセア~

 花言葉・深い愛・優しさ


 和名は紫馬簾菊(ムラサキバレンギク)


 欧米ではハーブティとして飲まれるほか、炎症や傷の治療にも用いられていた。北アメリカの先住民には虫刺されの手当てに使用され、「インディアンのハーブ」と呼ばれてました。

 この花は育て安いらしい多年草だそうなのでいつか植えてみたいと思ってます。


 改良されて、たくさんの美しい名前を持った花も増えてるそうです。

 ・プリマドンナ

 ・ホワイトスワン

 ・ハーベスト・ムーン

 ・バージン

 ・グリーンジュエル

 素敵ですね。


 ✿五月二十五日の花言葉に添えて……


 拙作

 教師~茜色の空と小さな手

 https://kakuyomu.jp/works/1177354055292629032

 ↑↑↑

 今回の作品はこちらの作品の設定を変えてリメイクした物語になります。

 読んでいない方はどうぞ~


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【掌編&短編集】💠花言葉物語💠 あいる @chiaki_1116

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ