第10.5話 その頃の彼女たち

「とりあえず、2人ともおつかれさまー」


 武さんとの通話が終わったところで、お姉ちゃ――姉貴が3種類のジュースをお盆に乗せて部屋へと入ってくる。


「ありがと、結ねえ」


「あんがと」


 3人でそれぞれ椅子やクッションに座ると、姉貴が少し心配そうな顔で彩花に尋ねる。


「でも、さっちゃんが声を出したけど、あれでYUKIの正体はバレちゃったかしら?」


 ……通話の途中で思わず声を出してしまったけど、やっぱりアレはまずかったのかな?


 そう思っていると、彩花が首を横に振った。


「んー、多分ですけどタケにぃはそんなに声に敏感じゃ無いと思いますよ……なんせ、私が出てるアニメを見ても、私がそのキャラを演じてるって気づいて無かったですし」


「……それは、まぁ説得力あるな」


 いくら彩夏が役によって声色を変えられると言っても、基本は地声に近い、可愛らしいキャラを演じる事の方が圧倒的に多いから、あれで気付かないなら、ウチの事なんてなおの事気づかないだろう。


「でもさっちゃん、本当にタケにぃの話を受けちゃってよかったの?」


 今度は彩花が心配そうに聞いてくるけど……正直、ウチにも分からない。


 元々ウチが、イベントとかを引き受けてこなかったのは、いくつかの理由が有ったけれど、その中の一つにイベントを主催する側がウチの事をちゃんと見てくれないと思っていたと言うのがある。


 自慢するわけでは無いけど、ウチの動画の再生数が伸びるにつれて、タイアップやイベントの依頼なんかは結構な数来たりもしていた。


 だけどそのどれもが、YUKIの人気にあやかりたいや、YUKIというコンテンツを使ってお金儲けをしたいという気持ちが透けて見えていたので、どうにも好きになれなかったのが本音のところ。


 でも武さんは――ちょっと違うような感じがした。


 まぁ、彩花から散々話を聞いているせいで、変なフィルターがかかっているかもしれないけど、基本的には紳士的だし良い人だと思う。


 それに……あの人となら一緒に仕事をしても本音でぶつかれる気がする。


 だから、不安がないわけじゃ無いけど……。


「とりあえず一緒にやってみて、決めようかなって思ってるよ」


「そっか……うん、ありがとね」


「って、お前何泣きそうになってんだよ!」


 見てみれば、何故か彩花が少し涙目になっていて、思わず焦る。


「あー、さっちゃんが彩花ちゃんを泣かせたー!」


「ちょっ、姉貴はウチの味方じゃ無いんかよ」


「残念でした〜、私は可愛い女の子の味方だもんねー」


 そんなたわけた事を言いながら姉貴は、彩花に抱きつき頭を撫でた。


「よしよし、彩花ちゃんごめんね。我が家の妹が迷惑かけるね」


「いや、ウチ何もやってないし!!」


 ――クスッ


 そんな笑い声が姉貴の腕の中……彩花から聞こえて思わず確認すると、彩花が瞳に涙を溜めながら笑っていた。


「ふふ、ごめんなさい。さっちゃんのせいじゃなくて、最近ちょっとタケにぃが大変そうだったから、少しでもお仕事の役に立てたなら良かったなって思って」


 そんなことをイジらしく言う彩花に、思わず同性ながら少しキュンとしてしまう。


 武さんは悪い人だとは思わないけど、正直彩花が何故そこまで想いを寄せているのか、今一つ分からない……まぁ、ウチに兄と慕うくらい親しい人っていないから一生分からないのかもしれないけど。


「んもー、彩花ちゃん可愛すぎ! 我が家の妹になりましょう!」


「結ねぇ、あんまり抱きしめると苦しいって」


 そんな風にじゃれあう2人を見ながら、先程の通話について思い返す。


 正式な書類関係は、姉貴が既にそっち方面に詳しい知り合いがいるらしいし、レーベルの社長とかにも軽く話は伝えているからスムーズに話が進むだろう。


 一方で、今後どのようなイベントをやるのか、どんな規模でやるのかなどは正直全く決まっていない状態。


 もちろんその辺りについての細かい部分も、資料には書かれていたけど、正直経験がない私にはさっぱり分からなかった。


 ただ、そのあたりについてはウチには頼もしい助っ人が2人いる。


「ん? どうしたのさっちゃん? さっちゃんも、彩花ちゃんみたいにお姉ちゃんに抱きしめられたくなった?」


「いや、それは正直いらね」


「もう、さっちゃんのイケズ!」


 普段は抜けてて、我が姉ながら掴みどころは無いけど、今やフランスのファッション誌などにも取り上げられて、今最も注目の若手デザイナー10選に選ばれた天才ファッションデザイナーと……。


「さっちゃん、そろそろ見てないで助けて……」


 3年ほど前から声優デビューして以来数々のヒットアニメを担当し、今ではラジオにCD、ライブなどマルチな活躍をしている幼馴染。


 それにウチとは違って社交的な2人の人脈を掛け合わせれば、正直怖いものなんてほとんどないだろう。


 そんなふうに自分を鼓舞しながら、特に考えるでもなくジュースに口をつけ……。


「ゲホッ、ゲホッ……姉貴? コレ、何の味?」


 口に広がった猛烈な苦味に思わずむせていると、彩花が黙って自分のジュースを差し出してくれた……良かった、こっちは普通のアップルジュースだ。


「ん? それは、最近モデルの子達の間で流行ってる……お肌がツルツルになるって噂の、激苦ブレンド茶」


「そんな罰ゲームみたいなモン、サラッと人に飲ませんな!」


 思わず夜であることも忘れてそう叫ぶと、姉貴がコテンと首を傾けながら自身の頭をコツンと叩いた。


「てへっ、ごめんちゃい」


「……よっぽどゲンコツされたいみたいだな、姉貴」


「イヤー! 助けて彩花ちゃーん!」


「あはは……さっちゃん程々にね」


「えー! 彩花ちゃんに裏切られた!」


 そんな、普段と変わらない……だけど、ちょっとだけいつもより騒がしい夜は、そうして更けて行った。

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