第11話 2人の邂逅

「よし、こんなもんだな」


 作っていた資料を保存し終えると、会社の自席で大きく伸びをする。


 すると、ちょうど終業――6時を知らせるチャイムがなった。


 斎藤はいつも通り、既に荷物をまとめて席を立っているのを確認し、俺は少しうわついた気分で、先程YUKIから届いたメッセージを読み直してみる。


 ――お話と資料を送付頂きありがとうございます。まずは内容を確認させて頂きたいと思うので、今日のの夕方6時半から連絡するので、通話できますか?


 てっきり、もっとそっけない対応をされるかと思っていただけに、メッセージだけじゃなく、通話でやりとりできるという事に手応えを感じていた。


 事前準備していた資料をPCで確認しながら着信を待っていると、携帯が振動した。


 連絡元は、事前に聞いていたYUKIからのものだった。


 はやる気持ちを抑えながら、Bluetoothで接続したヘッドセットを頭に装着した後、通話ボタンをオンにする。


「……もしもし?」


 やや緊張しながら、相手の出方を待っていると、何人かが身じろぎする様な音が聞こえてきた。


 さぁ、YUKIとの初通話だ……。


「もしもし、タケにぃ?」


 ……そう意気込んでいたけれど、聞こえて来たのは耳なれた彩花の声だった。


「……なんで、この番号で彩花が出るんだ?」


 一瞬、彩花にからかわれたのか? とも思ったが、彩花はこの手の悪質な悪戯はしないだろう。


 それに、どうにも通話越しだけれど、彩夏以外の人が複数いる様な音も聞こえてきている。


「あー、その、実は事情があってYUKIが直接話せないから、私が代わりに話をするって言うのが、今回のタケにぃの話を考慮する条件なんだけど……いいかな?」


「……それ以外、方法は無いんだよな?」


 俺が念のために、真剣な声色でそう尋ねると、彩花も努めて真剣な声で「うん」と応えた。


「なら、こっちは否やはないかな。どの道、お前に話の結果とかは伝えようと思ってたし」

 

 俺がそう答えると、電話向こうで何やら人同士がハイタッチでもした様な乾いた音が聞こえたきた。


 正直、YUKIが直接話をできない事情は理解できないけれど、今回の話は無理言って話を聞いてもらっている立場だ。


 多少不可解な部分があっても、飲み込むべきだろう。


「それじゃあ、本題に写らせてもらおうと思うんですが、YUKIさんは既に俺の送った資料は見てくださったって事でいいんですよね?」


 向こうはどうやらスピーカーモードにしているようなので、直接YUKIへ尋ねる様に問いかけてみた。


「うん、見たって。正直、すごい分かりやすい資料だったってよ。タケにぃって実は仕事出来る人だったんだね」


 若干要らない補足事項まで入っていたけど、取り敢えず流しておこう。


「それは良かった。もし不明点があったら、後でメッセージでも電話でも、好きな方法でお問い合わせください。……それで、一つ率直にお伺いしたいのですが、今回提案させて頂いたイベントの中で、どの様なものであればお引き受け頂けるか、また可能性があるか教えて頂いてもいいですか?」


 跳ねる回る心臓を押さえつけながらそう尋ねると、電話越しで何やら話をしている様な囁き声が聞こえてくる。


 ――彩花、何とか説得してくれ……


 そんな事を祈りつつ待つこと5分弱――本当はもっと短かったのかもしれないが、俺にはそのくらいに感じられる中、彩花が口を開いた。


「なんのイベントをやるかは今後話し合うとして、一応条件によっては受けてもいいって言ってるよ?」


「その条件って一体どんなものなんだ!? 俺に出来る事なら何でもやるぞ!」


 思わず前のめりになり、敬語も忘れながらそう尋ねると、再度電話向こうが話し合う囁き声が僅かに聞こえてくる。


「んーと、まず条件の一つ目は、イベントについてやり取りする窓口はタケにぃだけがやる事。他の人が代わりにやるなら、話は無かったことにだって」


「……えっと、まぁそれは了解しました」


 窓口を一つに絞りたいって言う気持ちは、非常によくわかる。


 実際、何系統も連絡先があったりして、情報連携が上手くいってない何てこともあるしな。


「2つ目の条件は、今後YUKIがイベントをやる時には、タケにぃが間に入って仲介すること……まぁ、マネージャーみたいな事をして欲しいって事みたい」


「……」


 思わず2つ目の条件を聞いて、俺は黙ってしまった。


 だってそうだろう。


 もし今後他にもイベントやタイアップなどが有ったとすれば、全て俺が管理できることになってしまう。


 もちろん、YUKIに不利になる様なことは毛頭するつもりは無いけど、俺をそこまで信頼して大丈夫なのか? と思わずにはいられない。


「他にも細かい条件はあるみたいだけど、大きいのはその2つみたいだけど、大丈夫かな?」


「ああ、自分の方は大丈夫」


「なら、今度改めて細かい契約内容とかは、別途書面を送っとくってさ。タケにぃの方からは、何か質問したいこととかある?」


 そう聞かれて俺は、すぐにYUKIへ問いかけた。


「なぜ、YUKIさんは今回の件を受けてくださる気になったんですか? 多分、他の会社からも似たようなオファーや、もっと条件の良いものもきっとありましたよね?」


 今回出した企画は、俺の中でできる最大限の配慮をしたものではあった。


 だが、概算で出した金額やイベントの規模などは、他の同業他社を押し除けられる程良いものだったとも思えない。


 すると、何故彼女が受けてくれたのか……それが、どうしても気になった。


 俺が問いかけた後、しばらく無言が続いた後、声が返ってきた。


「……それは、熱意を強く感じたからです」


 電話越しに聞こえて来た声は、彩花の物とは別だった。


 鈴が鳴る様に高く、美しいその声は……まさに、俺が想像していたYUKIの声だった。


 その事を理解すると同時、体に電流が走ったような錯覚に陥った。


 まさか、彼女が直接応えてくれるなんて。


「熱意、ですか。確かにその……恥ずかしながら、自分はYUKIさんのファンなので、熱が入ってたのは間違いないです」


 目の前にいるわけでも無いのに、心臓がいっそう早く脈打つのを感じがら、やや早口にそう捲し立てると、クスリと笑われた気がした。


「えっと、他にタケにぃは何かある?」


「いや、俺からは今はなにも」


「そっか、じゃあ今日のところはこれ位にしよっか……話がまとまって良かったね、タケにぃ」


 彩花の、そんな労うような声を聞いて、俺は話がうまく行った事を――予想の何倍もうまく進んだことを改めて実感する。


「ありがとう彩花。色々助かったよ」


「ううん。結局私は、あんまり要らなかったからね。じゃあね、タケにぃ」


「ああ、また今度な。YUKIさんも、また後日よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 YUKIの美しい、ハリのある声で返答されたのを聞いた後、俺は静かに通話ボタンを切った。


「っっしゃあああ、って痛っ」


 思わず、その場でガッツポーズをかました所、肘を肘掛けに思いっきりぶつけて、指先が痺れた。


 だが、そんな事はどうでも良くなる程、今回のことが上手く行った事に喜びを感じる。


 なんせあのYUKIが、俺と一緒に仕事をやってくれると言うのだ。


 しかも、わざわざ窓口として俺を指定して……こんなに嬉しい事は、これまで生きてきてなかった様に思う。


 まぁ今後、細かい契約内容を吟味していく中で、変わる所も出てくるかも知れないが、少なくとも全くの白紙になる様なことはきっとないだろう。


 それに、YUKIのマネージャーの様な事をできるとなれば、1ファンとしても会社としても願ったり叶ったりだ。


 珍しく――というか、入社して初めて浮かれながら、残業に取り組んだ。

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