夜の学校で自殺しようとしてた女の子に話しかけたら逆に自殺を止められて一緒に歩くお話
くろねこどらごん
第1話
「好きです」
目の前に立つ黒髪の少女はそう言った。
「愛しています」
俺は彼女の言葉をただ聞いていた。
「心の底から、三宅くんのことが好きなんです」
熱に浮かれたかのように愛の言葉を囁く彼女のことを、冷めた目で見つめていた。
「だから、貴方の全部を私にください」
強いて言えば、同い年の高校生に対する告白としては重いんじゃないかなぁと、ぼんやり思ったくらいだろうか。
ここまでで察してくれると助かるけど、俺は告白相手である彼女――津島華乃に対して、何の感情も抱いていなかった。
いや、抱くことができなかったと言ったほうが、正しいのかもしれない。
「その代わり、私の全部をあげますから」
津島がどれだけ綺麗な子でも、どれだけ情熱的に求められても、まるで心が動かない。
これが告白でなく別れの言葉であっても、それは変わらないだろう。
「ありがとう、津島。嬉しいよ」
だから口から出たお礼の言葉も、なんとも寒々しいものだった。
我ながら、思ってもないことをよく言えたものだと思う。
本心でもないことを告げたところで、心は冷えるだけのようだ。
全く持って救えない人間だとつくづく思う。
「本当ですか?それじゃあ―――!」
「うん。いいよ、俺の全部を津島あげる」
ああ、救えない人間はここにもいたか。
俺の言葉に喜びを顕にする津島。
俺を愛していると言いながら、好きな相手の本心すら見抜くことのできない、可哀想な女の子が。
「ああ、ああああ……ありがとう、ありがとう…これで…」
彼女はいったいなにを持って、俺を好きだというのだろう。
津島の濁った瞳はいったい、なにを捉えているんだろうか。
そこまで考えたところで、考えることをやめた。
ま、いっか。そんなこと。
結局は全部どうでもいいことだ。
「私も、貴方の理由になれる」
別に俺には、生きてる理由なんてないんだから。
津島華乃と出会ったのは、今から一週間前の、月の綺麗な夜だった。
「フンフフフーン…」
その日、俺は軽く鼻歌を歌いながら、窓からこぼれ落ちる月明かりを頼りに階段を登っていた。
「タンタタターンってね」
軽快に、それでいて音を立てないよう慎重に。
なんせ、今俺がいるのは21時を回った夜の校舎だ。
生徒は皆帰宅してるし、先生もほとんど帰ってる。
注意する必要があるのは見回りの警備員さんくらいだが、どういうルートで回ってるのかは知らないので、そこは気をつけなくちゃいけない。
いくらこの学校の生徒だろうと、僕がやってることは立派な不法侵入だ。
注意されるだけならまだいいけど、もしかしたら親に連絡されるかもしれない。それはさすがに勘弁だ。
なら最初からやめとけよって話だけど、それはそれってやつだ。
猫をも殺す好奇心には勝てません。
学校に勤務してるくらいだし、子供好きな優しい人だといいなぁと思いながら進んでいたら、思いの外あっさりゴールが見えてくる。
どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。
残念です、名も知らぬ警備員さん。このゲームは俺の勝ちのようですよ。クハハハ
「はい、お疲れ様でしたっと」
虚しい勝利宣言を心の内に留めつつ、最後の一段を登りきった先にはなんと素晴らしきかな、鉄の扉が待ち構えてるではありませんか。
その先はここだけの話、夜の間だけ異世界につながっているのです!チート能力とハーレムゲットだぜ!
…なーんてね。実際は屋上に繋がる扉です。
夢も希望もありません。現実はいつも厳しいのだ。
そんな現実に則って、ドアにも案の定鍵がかかかっているわけですが、なんということでしょう。
ポケットをまさぐれば、なんと屋上の鍵があるではありませんか。
そこは抜かりないですよ、奥さん。話はちゃんと進むのです。
とはいえここで一度小休止。
唐突に自分語りをさせてもらうけど、俺はモテる。そりゃもうモテる。
何故ってそれは顔がいいから。
端からみれば、俺はとんでもないイケメンらしい。
ちょっと堀が深めの顔立ちになんとも言えない色気があるんだとか。
実際外国の血が混ざってるからまぁそうなのかもしれないね。
俺には俺の良さなんて毛ほどもわからないけど、他人からはそうでもないらしい。
まぁそんなわけでちょいと勇気を出せば女の子を口説くなんて簡単なわけでして。
それは屋上の鍵を持ってると噂されてた先輩も例外じゃなかったんだとさ。ちゃんちゃん。
というわけで説明終了。
鍵穴にピッタリハマったキーをくるりと回し、俺は屋上へと足を踏み出した。
言うまでもなくそこには空を遮る天井も、風を防ぐ壁もない。
まだ肌寒い春の夜風が俺を包んだ。
「…さむっ!」
いや、普通にめちゃくちゃ寒い。
格好つけて制服でくるんじゃなかった。厚着してくりゃ良かったよ…
そんな後悔に襲われつつ、僕はフェンスへと向かう。
壁に寄りかかってお空に浮かぶ満々のお月様を眺めるのもハードボイルドで悪くないけど、どうせなら一等地で見るのが乙ってもんだ。
誰もいない、俺だけのプライベート屋上。
あまりの語呂の悪さにちょっとしためまいを覚えつつ歩いていると、ふと違和感に気付いてしまう。
「あれ?」
なんか黒い塊がある。
それもフェンスも向こう側にだ。
現代アートか?美術の先生趣味悪いなと呆れていると、その黒い塊が微妙に揺れ始めた。
んん?なんだ、俺が近づいたからか?
そういうおもちゃあったなぁ、動きにセンサー反応するやつ。
動力はソーラー電池だろうか。
なんか急に安っぽくなってきた。
まぁ芸術なんてそんなものなのかもしれないな。
そう思いながらますます近づいていくのだけど、あと数メートルの地点にたどり着いたところで、俺はようやく自分の思い違いに気付いてしまう。
黒い塊は揺れていたのでなく、震えていた。
「人…?」
過程を吹っ飛ばしてそう結論付けたのは、本当はわかってたからかもしれない。
なんせここは現実だから、妖怪とか幽霊の可能性だってないわけだし。
「誰…?」
そうなると答えはひとつだ。
俺がくる前にいやがった、屋上一番乗りのあんちきしょうは、こっちをゆっくりと振り返った。
「―――」
その顔を見て、俺は一瞬息を呑む。
女の子慣れしている俺の目から見ても、その子はとても綺麗な女の子だったから。
「貴方、誰…?」
「あ、えーと…」
なにも答えずにいる俺をいぶかしんだのか、その子は再度訪ねてくるも、返答に困ってしまった。
だってほら、つい見入っちゃったけど冷静に考えたら今の俺って、不法侵入真っ最中の犯罪者じゃん?
万引きしてまーすなんて叫びながら窃盗行為働く人はいないだろう。
例えは悪いが理屈は一緒だ。要は身元がバレたらギリギリセーフが完全アウトになるわけである。
んなバカなことしねぇってとっつぁん。
というわけで、ここはひとつ偽名でお茶を濁すとしましょう―――
「…三宅くん?貴方、B組の三宅彰くん…よね?」
「ぎくっ」
はーい、秒でバレましたー
この子、フルネームで俺の名前言えてまーす
クラスも知ってるみたいでーす
完全に詰みましたお疲れ様でしたー
「あー、うん。まぁ、そうだけど」
そんなんだから、無駄な抵抗は諦めた。
え、でもなんで?こういうのって、普通お互いのこと知らないもんでしょ?意味わからないんですが???
「あ、合ってたんだ。良かった…」
いや、全然よくないんだけど。満足しないでくれたまえよ。
「合ってたけど、君なんで俺のこと知ってんの?」
「三宅くん、有名人だから…うちのクラスでもよく話題になってるし、写真見せてもらったこともあって…」
「あー…」
原因、俺の顔でした。
どうやらイケメンすぎたのがいけなかったらしい。
そりゃバレますわな、顔がいいって積みだわー、アハハハ…クソが
「一応、私も名乗ったほういいのかしら…私、F組の津島華乃です。その、よろしく…」
「はぁ…」
津島と名乗った女の子はペコリと頭を下げてくる。
それに対し俺は気の抜けた生返事をしてしまうが、それも仕方ない。
だって絵面がシュールすぎるもん。
津島、まだフェンスの向こう側にいるんだぜ?
手すりに掴まりながら、さっきからずっとプルプル震えてる。
それが寒さのせいか、怖いからかは実質初対面の自分じゃ判断つかないが、さすがに放置するわけにもいかないだろう。
「なぁ津島。津島はその、こんなところでなにしてるんだ?」
なるべく優しく、そして言葉を選んで聞いてみる。
ぶっちゃけ大方察しはついてるけど、予想は予想だ。
本人の口から聞いてみないと始まらないし、実際は違いましたーなんてことも十分…
「……私、死のうとしてるの」
ジーザス。なんてこった。
そりゃわかっちゃいたけども、直接言われると破壊力ちげぇや。思わず天を仰ぎたくなる。
「へー……そっすか……」
どうやら俺は赤の他人の自殺現場に立ち会うことになってしまったようだった。
「……あまり驚いていないんだね 」
いや、驚いてますよ十分。てか、割とこれが普通の反応だろ。
いきなり迫真の表情でそんなバカなことはやめろって言うやつのほうが俺は怖い。
「いやー、いきなり言われても現実味薄いっつーか…そもそも屋上にどうやって入ったん?」
というわけでまずはジャブから。
世間話で場を濁そう。つーか、単純に気になるし。
この鍵手にいれるの苦労したんだぞおい。お前の苦労話も聞かせろや。
「あそこの給水塔のところで、私寝てたの。そうしたらいつの間にか夜になってて、寒さで目を覚ましたのはいいけど、鍵も開かないし…」
そう言って、津島は給水塔を指差した。
「バンナソカナ」
めっちゃシンプルな方法あったやん。
それってありかよ、ショートカットじゃんずるいわ。
俺なんて先輩に迷惑かけるなぁって一瞬思ったのにさぁ…
「三宅くん?」
「あ、なんでもないなんでもない。それで、そっからなんで自殺に繋がるわけ?」
ついふて腐れそうになるも、津島に声をかけられて我に返る。
とりあえず話を続けるか。正直あんま聞きたくないけどさ。
「うん、それで仕方ないからしばらく空を見上げてたんだけど…今、満月ですごく綺麗だったから。どうせ死ぬなら、今日がいいなって思ったの」
「……ごめん。話の繋がりが見えない」
月が綺麗だから死ぬて。
そんな思考回路の持ち主が、この世にふたりもいてたまるかい。
もっとちゃんとした理由がないとどうにも納得できそうにない。
「…私ね、いじめられてるんだ」
俺の疑問に、津島は答えてくれた。
思いの外あっさりと、だけど納得できる内容だ。
「さっき友達いるって言ってなかったか?」
「前はね、いたんだよ。仲のいい子達が…でもね、壊れちゃったの。関係が壊れるのは、本当に一瞬だった」
話す津島の頬に、涙が一筋流れていく。
「きっかけはね、些細なことだったの。友達の一人に彼氏がいて、たまたま予定が合ったからその人と皆で遊ぶことになって…友達も、皆に私の彼氏を紹介したいって、嬉しそうな顔してた」
友達の彼氏、ねぇ…なんかこれだけで大体わかったわ。
そんで津島は俺も認める超美少女。
うん、わからないでかこんなん。イージーすぎる。
「惚れられたのか、その彼氏に」
コクンと津島は頷く。
その仕草からして愛らしいし、惚れるのもわからんでもないがただ一言。彼氏クソだな!
「解散する前に連絡先交換しようってしつこかったからなんとなく嫌な予感はしてたんだけど…しばらくして、告白されたの。友達とはもう別れるからって。もちろん断ったんだけど…その話を聞いた友達が、次の日私を思い切り殴ってきたんだ。よくも彼氏を取ったなって、怒りながら…そして…」
「いじめが始まった、と」
ははぁ、なるほどね。
こう言っちゃなんだが、よくある話だ。
痴情の縺れ。友情が壊れて好意が反転するのに、十分すぎる理由ではある。
「うん…」
「そうか…」
しかし、悲惨だな。
持って生まれた容姿の良さ、顔がいいってだけでそんな苦労をしょいこむことになるとは。
出会った相手さえ違えば、こんな追い詰められることもなかったろうに。
「俺と同じか」
「え?」
「いや、なんでもない」
つい口に出してしまった呟きを誤魔化しつつ、俺は思案する。
死のうと思いながらこんな本音を会ったばかりの俺に漏らすあたり、津島も本心はやっぱり死にたくないんだろう。
最初に震えていたのもその証拠だ。
そもそも、給水塔のところで寝てたと言っていたが、じゃあ最初はどうやって屋上に入ったんだ?
ここはいつも鍵がかかってる。普通に入れる場所じゃない。
なら、その友人達に閉じ込められたと考えるのが自然だろう。
俺は先輩から貰ったが、入手経路がそのひとつだけとは限らない。他の手段を使ったとみるべきだ。
(しっかしよくやるなぁ…そんなに彼氏好きだったんかね?彼氏くんはクソだけど、こんなんする女とは別れたことは正解だったな)
なんにせよ、やり方が悪質極まりない。
この時期の屋上に放置とか、自殺抜きにしても死にかねんぞ…
津島をいじめる連中のあまりの計画の杜撰さに呆れてしまうも、かといって義憤に駆られたかといえばそうでもなかった。
俺は津島に問いかけてみることにする。
「まぁ、事情はわかったよ。それで、これから津島はどうするんだ?」
「え?」
え?じゃないんだが。
話したことである程度満足できたのか、なんかスッキリした顔をしてる津島。
別にそれは構わないんだが、愚痴に付き合ったこっちは全然スッキリしていない。
「いや、死ぬつもりだったんだろ?それで結局どうなんだ?津島は死ぬの?死なないの?」
「え?え?え?」
今度は露骨にキョドり出した。
さてはコイツ、押しに弱いな…どうでもいい情報を得てしまった。
「早く決めて欲しいんだけど」
「そ、そんなこと言われても…」
狼狽える津島は正直可愛い。
眺めていても早々飽きることはないだろう。
まぁこのぶんだと気力は多少取り戻したみたいだし、問題はなさそうだな。
「決められないならとりあえずどいてくれ。こういう時は後ろに譲るのがマナーってやつだろ?」
「え、マナーって…」
もうちょい話していたい気もするけど、あまり未練残すのもなぁ。
まぁ、最後だし別にいいか。俺は津島の話に付き合ったんだ。
「決まってるだろ。俺もここに死ににきたんだよ。今日は月が綺麗だから、ここで死にたかったんだ」
俺のほうにだって、津島を自分語りに付き合わせる権利くらいあるだろう。
「…………え」
津島がその一言を口にするまで、たっぷり10秒はかかっただろうか。
さっきまでとうってかわって、なにやら呆然とした表情を浮かべている。
「なんだよ。言っておくけど俺はちゃんと計画立てて自殺しにきたからな。天気予報だって調べて、満月の日を狙ってきたんだぜ?」
「え?けいか…え?なんで?」
しょうがなく説明して、予約してたみたいなもんだしどっちかといえば俺が先約みたいな空気出してやろうと思ったのだが、津島には通じなかったようだ。
てか空気読むどころじゃないっぽい。
とりあえず文字通り手を差し伸べてやることにしますか。
「説明するから、ほらとりあえず一度こっちこいよ。手を貸すから」
「あ、はい。ありがとうございます…?」
伸ばされた津島の手を離さないようギュッと掴む。
お、めちゃくちゃ柔らかい。固さもない良い手だ。
いつも相手してるマダム方とは違いますな、これが若さか…なんて思いつつ、とりあえずこちら側に引き込むことに成功する。
手すりを越えるときに津島の体に触れてしまうが、まぁそこはご愛敬っていうことで。
「ほいよっと。うん、もうこんなバカなことするんじゃないぞ。じゃ俺死ぬから、元気でな」
「ちょ、ちょっと待って!」
無事に攻守交代が完了し、今度は俺のターン!
早速手すりを乗り越え死のうとしたのだが、足をかけたところで制服を掴んでくる津島に強引に動きを止められた。
「なんだよ津島。お前にゃ関係ないだろ」
「あるよ!目の前で自殺しそうな人いたら普通止めるよ!?」
津島はびっくりした目で俺を見るが、やめてくれ、その指摘は俺に効く。
ぶっちゃけ俺は津島の自殺を止める気なかったし。
死ぬならお先にどうぞ。あ、でもそうしたら無理心中したみたいでなんか嫌だなーって思ったから声かけただけだし。
あと最後くらい汚れてない綺麗な光景を見たかったってのもあるかなぁ。
まぁなんにせよ、俺が自分のことしか考えてないことには変わりない。
「ハァ…じゃあさ、俺も津島みたく、死にたい理由話したら納得してもらえるか?」
「…言って。聞くだけ聞くから」
そう言いつつも、制服を掴む津島の手から力が抜けることはなかった。
こりゃあ話しても無駄かなぁと思いつつ、俺は口を開く。
案外俺も、誰かに話を聞いてほしかったのかもしれないなと思いながら。
「俺さ、イケメンじゃん」
「……はい?」
あ、なに言ってんだコイツって顔した。
「いや、だからさ。俺って超イケメンじゃん?正直芸能界行っても余裕でトップ取れるレベルだと思うんだよねー」
「はぁ…まぁ、三宅くんならそうかもね…」
気にせず話を続けるも、津島はさらに呆れたご様子。
まぁそうだよね、そんな目するよね。これじゃ俺、ただのナルシストだもん。
でも本題はここからなんだよねー。
「まぁ超イケメンな俺は昔からイケメンでさ。よく年上の女の人の相手させられてきたんだよね」
「…………ぇ?」
あ、今度は引いてる。
そりゃそっか。それが普通だよな、うん。
「うち、片親なんだけど母親が超ビッチなんだよ。父親も外人ってことしかわかんないくらい奔放でさー。それもタイミング的に多分そうってレベルなんよ。ウケるだろ?」
「え、あ、え?」
うん、全然ウケてないな。
ま、これも仕方ないか。さじ加減難しいな。
「そんなんだから、まともに働いてるわけもなし。当然家には金なくってさ。正直高校入学も怪しかったんよ。で、自分の学費くらい自分で稼げって言われて、親のつてでいろーんな女の人紹介されたわけ」
ほんと、色んな人がいたなぁ。
正直思い出したくない人ばっかりだ。
皆俺の顔を褒めてくれたけど、褒めるならあんなことしないで金だけ渡して欲しかったってのが本音だ。
ま、今さらどうでもいいんだけどさ。もうなんも期待なんかしてないし、なにより、疲れた。
「で、無事高校に入学できたはいいものの、ちょっと疲れちゃったので死にたいです。はい、おしまい」
嫌なこと思い出したから、後半めっちゃはしょったけど、まぁ伝わるでしょ。
これで納得してもらえたら助かるんだけど…
「…………なんで、そんな」
まぁ、そうは問屋が下ろさないよね。
うん、わかってた。俺は昔から、なにも上手くいった試しがない。
「あ、待ったそれ以上はナシね。同情されたいわけでもないし、そんなつもりで話したわけでもないから。ただ納得して手を離して欲しかっただけなんだよ」
「こんな話を聞いて、離せると思ってるの!?」
津島はそう言うと、ますます手に力を込めていく。
離さないとでも言いたげだ。はぁ…本当に、まいったな。
「やっぱダメ?」
「ダメ」
「そっかぁ…」
なら、しょうがないか。
うん、今日は運が悪かった。そう納得しておこう。
「じゃあやめるよ。日を改めることにする」
「改めないで欲しいんだけど…」
「まぁそれは置いといて」
「置いとかないで欲しいなって」
……めんどくさい子だな。ボケ殺しかこやつ。
「そうは言っても生きる理由なくてなぁ…あ、そうだ」
「今度はなに?もう物騒なこと言われても困るんだけど…」
「そう警戒しないでくれよ。津島にとってもいい話なんだからさ」
露骨に警戒した様子を津島は見せる。
この短期間で割と打ち解けられたっぽいな。
これなら提案しても大丈夫だろう、というか最初からこれが狙いではあったし。
「津島が俺の生きる理由になってくれないか? 」
そう言うと、津島はキョトンとした顔を浮かべた。
その後の出来事を長々と語るのは性に合わないので、ただ事実だけを語ろう。
簡単に言うと、津島へのいじめはなくなった。
理由は単純。俺と津島が付き合い始めたからだ。
津島のクラスで俺の知名度が高かったことにピンときて、そんな人気高いらしい俺と付き合ったならいじめなんてできないんじゃね?というその場の思いつきをそのまま実行したところ、これがドンピシャリだった。
元々の発端が男を取られたことの嫉妬から始まったいじめなので、さらに上位の男と付き合い始めた津島に対してできることは陰口がせいぜい。
俺も休み時間のたびに津島のクラスに訪れるようにしてたから、そうなるといじめる余裕なんてもはやなく、さらに言うと付き合い始めた副次効果で、俺と話す目当てで近づいてきた津島のクラスメイトも、次第に津島自身と話すようになっていたりする。
こうしてみると、津島の問題はひどくあっさり解決したように思う。
まぁ元々俺の自殺を止めてくるようないい子だったし、付き合う人間が悪かったってことだろう。
こればっかりは運が絡むし仕方ないことだ。
出会いなんていつ訪れるかも分からないし、いつ別れるかも分からない。
そんなことを、俺は昼休みの屋上で風に吹かれながら考えていた。
「死にたい…」
「まだそんなこと言ってるの?」
隣に座る津島がツッコミをいれてくる。
なんか気付けば隣にいるようになったコイツは、俺がひとりになることを許してくれないようだった。
「お前の問題は解決したかもしれないけど、俺はなんも解決してないもん。今日もおねーさん方のお相手だよ」
「でも、もうそういうことはしてないんでしょ?」
「……彼女できたって言ったら、割と皆あっさり引き下がってくれた。今日は愚痴聞きにいく感じ」
「それは良かっ…いや、よくないけどね?まぁ改善したようでなによりだけど…なんかホストみたいだね」
「言うなよ…自覚あるんだから」
津島がセルフツッコミをいれてくる。
これもここ最近で上達してるようでなによりだ。
意外というかなんというか。
彼女ができたからそういう関係はもうこれっきりにしたいと伝えたら、多くの人達はあっさり引き下がってくれていた。
中には関係を続けたいという人もいたが、まぁ悪いことをしてる自覚はあるのだろう。
そこまで強要してくるわけでもないのが、良くも悪くも大人ってことなのかもしれない。
火遊びで身を滅ぼすのは嫌だということなのだろう。
そういう意味では為されるがままになっていた俺はガキだったってことかぁ。
まぁ訴えるつもりはない、お金は正義。マネーイズパワーである。お金、大事。
「それじゃあね、私を助けてくれた三宅くんに、改めて言いたいことがあるんだけど…」
「ん?」
なんだろう、畏まって。
いったいなにを―――
「私は、三宅くんのことが好きです」
「………なぁ、腕離してくれない?」
「嫌だよー」
あの告白の後、津島はますます持って積極的に彼女アピールしてくるようになっていた。
ぶっちゃけ俺は津島の告白に心動かされたわけじゃない。
最初に彼氏のフリをする提案をしたのも、同族意識からくる同情みたいなものだ。
告白にOKしたのも、後々刺されて痛い死に方するのは嫌だなぁと思っただけのこと。
汚れた俺に、誰かを好きになるとか無理に決まってるから。
「私、三宅くんのこと好きだから」
「はいはい、わかりましたよ」
本当に救えない。
好きでもないのに、この関係を延長しようとしてる俺も津島も、本当に救えない。
「ねぇ三宅くん」
「なんだよ、津島」
だけど、なんでだろ。
「私ね、三宅くんが過去にどんなことあっても、気にしないよ?」
「――――」
「三宅くんも全然気にしなかったじゃない。すっごいスルーしてきたし。あれ、地味に悔しかったんだから」
「えっと…」
「だからね、今度は私が三宅くんを悔しがらせてあげるんだ!」
津島の言うことが、なんだかイチイチヤケに嬉しかった。
「前を向いていこうよ。死にたいとか言わないで、一緒に歩こ?そのほうが、私は幸せだから」
「……善処します」
そういうと、津島は笑った。
なにもいいことないし、死にたいとも未だ思うけど。
もうちょっとだけ、津島に付き合ってもいいかなと、そう思った。
夜の学校で自殺しようとしてた女の子に話しかけたら逆に自殺を止められて一緒に歩くお話 くろねこどらごん @dragon1250
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