ある罪人の主張
きと
ある罪人の主張
「なぁ、刑事さん。俺はやっぱり、死刑になるのかな」
静かな取り調べ室。そこには、殺人を犯した男の罪人。そして、男の刑事が二人。一人は、罪人と話し、一人はその会話を記録する。
罪人の正面に座る刑事は、罪人の問いに、応えるのも馬鹿らしいと思いつつ、口を開く。
「……まぁ、そうだろうな。お前、自分が何人殺したのか分かっているのか? 十人だぞ。大罪も大罪だ」
「でもな、刑事さん。俺は、自分が悪いことをしたなんて思っちゃいない。俺は、生まれ変わって同じ境遇になったら、何度でも同じことをするぜ」
その言葉に、刑事は眉をひそめる。本気で言っているなら、おかしいとしか思えない。何せこの罪人は、十人もの人間を殺害している。それで、罪悪感を感じていないというのだろうか?
訝しげな刑事の表情を見て、罪人は更に語りだす。
「俺の事件の事を思い出してみろよ、刑事さん。俺は、妹のためにやったんだ」
「ああ、それは知っている。お前の妹は、大学のサークルの飲み会で、お前が殺した十人の男達から性的暴行を受けた。その後、その時の写真を脅しに使われ、繰り返し性的暴行を受けることになった。……それに耐えきれなくなって、妹さんは自殺した」
「ああ、そうだ。刑事さんなら知っていると思うが、そういう奴らは殺人にはならないだろ?性的暴行も5年以上の懲役だ。無期懲役にはなるかもしれないが、死刑にはならない。……人の最愛の家族を死に追いやっておいてだ」
確かにこの罪人の言う通り、罪人の妹は、想像を絶する哀しみの中で死んでいってしまったのだろう。
妹を死に追いやっても、死をもって償うことがないことに罪人は納得できなかったんだろう。
だからこそ、この罪人は、その十人の男達を生きたまま焼いたのだ。
だが。
「だから、復讐しても罪ではないとでも言うつもりか? なら、それは勘違いだ。お前は、十人の人間の未来を奪ったんだ。その男達が、真っ当に生きたかも知れなかった未来を!」
「そんな未来にかけるほどの優しさを俺はもっちゃいねーよ。それにそんな未来があったとしても、俺があいつらを許してハッピーエンドになると思ってんのか? なら、随分と優しいな」
「なに……?」
今度は、罪人がため息を吐いた。それは、この刑事は何も理解していないと暗に言っていた。
「俺はな、妹を死なせた奴らが本当に心から罪を償って生きていく未来を想像できなかった。こいつらは、何をしても無駄だと思ったよ。だってよ、刑事さん、俺が妹のことであいつらに話を聞いた時、なんて言ったと思う?」
「……許して欲しい、とかか?」
「悪いのは、その程度で絶望して自殺した俺の妹の方だ――そう言ったんだよ」
刑事は、思わず息を吞む。その言葉が本当であれば、罪人の言う通り、妹を死に追い込んだ十人の男達が心を入れ替えることなど想像も出来なかったのは、十分に頷ける。
それでも、この罪人が十人もの人間を殺し、その十人の家族に悲しみを与えたのは事実だ。
それを許すわけにはいかない。それが、自分の使命の一つだと刑事は信じていた。
「それでも、お前は立派な殺人鬼だ。自分の復讐に囚われて、十人の命とそれに関わる者の平穏を奪ったんだ。さらに言えば、お前自身の友人や会社の同僚は、こんなことを望んでいたのか? 自分の胸に聞いてみるといい!」
「そんな自問自答は、とっくにしたさ。それに、あんたはとんでもない勘違いをしてる」
「勘違い?」
「言ったろ? 俺は悪いことをしたつもりはないってさ。俺は、自分の正義を信じたんだ」
正義。その言葉に、刑事は訝しげに罪人を見る。
「あんたが、警察として殺人犯である俺を捕まえたのは、あんた自身の正義だ。それと同じさ。俺は――あいつらを殺すことが正義だと思ったんだ」
殺すことが正義。この罪人が言うことが本当ならば、殺された十人は殺されるほど恨まれても文句は言えない言い分だっただろう。
だが、本当に殺すほどだったのだろうか?
未来を奪って、罪を悔やむことすら奪う。
それは、本当に正義なのか?
でも、死をもって償うべき人間は居ないとは言い切れない。
だからこそ死刑というものがあるのではないか?
でも。だが。頭の中で矛盾した考えがループして、止まらない。
「……まだ納得してない感じだな、刑事さん」
「……当たり前だろ」
「いいさ、分かり合えるなんて思ってないからな。でも、何が言いたいか、分かるだろ?」
罪人は言いたいことを言い終わったのか、深く息を吐くと、呟く。
「もういいや。さっさと俺を牢屋に戻してくれ」
刑事はその言葉を聞き、扉の外にいた別の警官に罪人の身柄を引き渡した。
「……」
罪人がいなくなった椅子を見て、刑事は何とも言えない気分になる。
この心に刺さった棘は、しばらく取れそうにない。
ある罪人の主張 きと @kito72
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