第15話  ~衝動~

3回目の模試の後、帰宅してから軽く何か食べて少し勉強した後、寝る習慣が付いた。

夕食前に起きて、夕食後、お風呂に入って、そのあと午前1時くらいまで勉強してまた寝る。

そんな生活になっていた。

 体育祭は、準備も当日も勉強の合間の息抜きでしかなかった。

ヤンキー連中が活躍した。元々体格が良くて、運動能力が高いやつが多いのだ。なによりあいつらにとっては、卒業式を除けば中学校生活最後のイベントでもある。

体育祭が終わると、三年の教室は受験に染まって行った。あまり関係ないやつも大多数の雰囲気がそうなっているのだ。大人しくしている他はない。


 10月半ば。深夜。勉強をしていた俺はふと、“あ。古村の誕生日がもうすぐだ。去年は、なんか情けないことになっちゃったな。”と思うと同時に、“告白しなきゃ。”という気持ちが心をつついているのを感じた。

迫ってくるその気持ちは、どんどんどんどん、心を覆っていく。対抗する、“恥ずかしい、怖い、ふられる、めんどくさい。”そんな感情達を押しつぶすようにして、心は、“告白しなきゃ。”でいっぱいになっていった。

 すると今度は、“どうやって?直接言う?手紙?誰かに?いつ?どこで?なんて言えば?なんて書けば?”そんな方法や手段が頭の中を駆け巡り始めた。2日間そんな夜を過ごした。「どうしよう。」それしか出てこなかった。

 そして3日目、ふと、“誕生日プレゼントに手紙を入れとくのでよくね?”と思った。妥協の産物と言えばそれまでだが、思いは伝えられるし、恥ずかしさも怖さもない。思いついたら実行あるのみだ。


 手紙の文面を考え始めた。が、進まない。進まないまま、また3日が過ぎた。

日曜日、俺は手紙のセットとプレゼントを買いに駅前まで出かけた。まずはプレゼントを先に買おう。悩んでいたら一日が終わってしまう。

 駅前のデパート、雑貨屋、ファンシーショップ、おもちゃ屋、本屋、うろうろしてみたけど、全然決まらない。何を買えばいいのか全然分からない。

 何をあげたらいいんだろう?「どうすっかな。」空を見上げて呟いた。その時、ああそうだ。と、もう一つ買うものがあったのを思い出した。「よし。まずはお手紙セットから先に買いに行こう。」そう呟いて、俺は文房具屋へと向かった。


 去年プレゼントを買ったファンシーショップの前を通りかかると、店内に中学生くらいの女の子の3人組、4~5人の小学生の女の子がいるのが見えた。

中学生の俺が言うのも変だけど、なんか子供に見えた。そしてその光景のなにかが、心に引っかかった。このモヤっとした気持ち。なんだろう?ぼんやりそれを感じながら歩いた。

 文房具屋に入ると、なんとなくかわいいパステルカラーのお手紙セットを買った。それはすぐ決まった。男だからブルーかグレーで、可愛いキャラクターは描かれてない方がいい。それだけ条件が絞られていたら、あとは柄を選ぶだけだ。正直に言えば何でもよかったのだ。紙袋に入れられたお手紙セットを持ったまま、なんとなく他の文房具、キャラクターのついた筆箱や定規を眺めていた。


 その時、突然ひらめいた。そっか。来年からは高校生になるのだ。最初は誕生日プレゼントなんて、去年と同じようなマスコットとかでいいじゃないか。と思って買いに来たけど、何か違う気がしていたのだ。それに俺と違って女子は女の子から女子に、少し大人になっている。

 「ああ。そういう事だったのか。」俺はつぶやいた。先程、ファンシーショップで下級生の女の子をみて、“子供だな。”と思ったことが、引っかかっていた理由が分かった。

 俺はデパートの方に向かった。婦人服売り場の階に来た。目当てがあったわけじゃない。そもそも婦人服売り場の階に来たことは、多分無い。けど、何か自分の小遣いで買えるような物で良さそうなものは無いかと思って来たのだ。けれど奥に進むのはハードルが高かった。当たり前だけど女性用のものしか売っていないのだ。エスカレーターを下りた所できょろきょろしていると、近くにハンカチやスカーフが売っているのが見えた。

あれなら買えそうだ。そう思って近づいてみると結構高い。俺が今、着ているシャツより高い。

「ま。いいか。」そう呟いて色と柄を選び始めた。

「あ。これだ。」すぐに一つのハンカチを手に取って広げてみた。ベースは淡いピンク色、赤と白の模様。なぜかそれにすごく惹かれた。「やっぱ。これだ。」そう呟いた。でも、これハンカチなのかな。俺のものより大きい気がするけれど。そして生地が薄い。まあいいか。値札には“ハンカチ”と書いてある。少し疑問はあったけど、レジを探した。


 レジに向かいながら「プレゼントです。」って言ったら包んでくれるのかな。ここで買い物するの初めてだな。言うの忘れないようにしなきゃ。そんなことを考えていた。

 レジでおばさんに商品を渡すと、「プレゼントですか?」と聞かれた。「はい。包んでもらえますか?」と言いながら、そか。婦人服売り場で男子中学生が買うものなんてプレゼント以外にないよな。そりゃ聞かれるわ。と商品を渡すなり聞いてきたおばさんにちょっと感心した。

 

「プレゼント用の包装紙は3種類あります。どれがよろしいですが?」と言ってデザインの違う三種類の紙が入った見本を指さした。一つはデパートの名前が入った銀色のストライプ柄、残りの二つは同じようなストライプ柄でベースの色がピンクとブルーどちらもパステル調だ。俺はピンクの物を指さして、「じゃこれでお願いします。」と言った。

 

 レジのおばさんは器用に手早くハンカチを畳み直すと、包装紙を切って、鮮やかな手つきでハンカチを包んでリボンまでかけてくれた。

「はい。3200円です。」そう言われて、おばさんの手つきに見とれていた俺は、慌てて財布を出した。

お金を払うと、ハンカチをデパートのロゴが入った小さな紙袋に入れて渡してくれた。

「ありがとうございました。」

レジから離れる俺におばさんのお礼が聞こえてきた。

その後、囁くような声で「がんばれ。ナツ君。」と言うのが聞こえてきた。「え?」俺は慌てて振り向いたけど、レジのおばさんはうつむいて何か仕事をしているし、他にお客さんも店員さんも見えない。え?え?え?今聞こえたよね?「ナツ君」って。自問自答してみた。「あれ?だれ?おかしいな。」つぶやいてみたけど、声は戻っては来ない。時間は巻き戻せない。モヤモヤしながらもエスカレーターに向かった。


 家に帰ってきたが、お手紙セットを前に固まっていた。なんて書こう。こういう時、「変しい。変しい。○○様」って書いちゃうのマンガでよく見たパターンだな。なんで「恋」と「変」を間違えちゃうんだよ。間違えようがないだろ。それにしても、「恋しい」なんて言わないよな。大正時代とか昭和初期はそういう表現だったのかな。そんなくだらないことが頭に浮かんできた。


 さて、それより自分だ。書こう。「好きです。」それだけ?「好きです。付き合って下さい。」なんか押し付けてない?いやいやその前に名前書く?「古村さん」って書く?「古村美花さん」って書く?手紙だから「古村様」?でも普段呼び捨てだしな。あーもう。

 

 一文字もかけないまま、パステルカラーの便箋を見ながら悩んでいる時に、ふと、あ。これ失敗したらどうするんだよ。という考えが浮かんだ。よし。待て待て。失敗したらお手紙セットがもったいない、また買いに行くのめんどくさいし。

 まずはなにかに下書きしよう。何に書く?机の上の本棚を眺めて新しいノートを引っ張り出した。すると埃がパラパラとお手紙セットの便箋に落ちた。「あー!」俺は叫んでしまった。まだ何も書いてないのに汚してどうするんだよ。便箋をつまんでパタパタと振って綺麗にしてから、入っていたビニール袋に戻した。そして今度はノートを前にして、「好きです。」?「好きだ。」?と悩み始めた。


十月二十二日。美花の誕生日がきた。悩みに悩んだ末、手紙が出来たのは昨夜の午前2時を過ぎていた。

 朝、読み返してみた。恥ずかしくて手が震えた。だけど、これでいい。もうやるしかない。そう決めた。そう決めたけど、やはりどこかに引っかかる部分があった。


 結局、俺は2年前と何も変わっていなかった。未だに俺は「好きって何?」から抜け出せていなかったのだ。「付き合う」という行為も、何をやるのか?どうやるのか?どういう状態だったら「付き合っている」と言えるのか全然わからない。

 だから俺にとって「好きです。付き合って下さい。」と言う事は、”あなたに対してよくわからない感情があります。だから俺と何をやるんだか分からないことを一緒にしてください。”という意味になる。

そんなわけの分からないことを手紙に書くのだ。それはそれは悩んだ。

 

 もう一つ俺を悩ませていたものは、”押し付けたくない。”と言う感情だった。それは今まで俺が押し付けられて嫌な思いをしてきたからでもあったし、読んできたマンガも、見てきたドラマも大体の登場人物は、付き合い始める前からお互いのことを思っていた。それが理想だ。

 古村美花が俺のことをどう思っているのか分からないけど、もし俺のことを、”好き”だと思ってくれているなら、”付き合う”という事をやってくれればいい。そうじゃないなら付き合わなくてもいい。そんな思いを全部詰め込んで言葉にするのは難しかったのだ。


 クラスの違う古村に、直接話しかけるのは難しい。次の模試が迫るこのタイミング。三年の教室はどことなくピリピリしていた。そんな中、恋愛ごとでおどおどしている俺はよほどの挙動不審者だ。

 作戦は考えてあった。真沙美まさみを使うしかない。ただ真沙美にしても、どのタイミングでどう話しかけるのか。それが問題だった。俺は休み時間ごとに廊下に出て、真沙美と美花がいる隣の教室と自分の教室の間で、なんとなく様子を探っていた。

真沙美はいつも他の友達と一緒で、なかなか話しかけることが出来ないまま午前中が終わった。

 昼休みに食事を終えた俺は、廊下から外を見るふりをしながら隣のクラスの様子を見ていた。


 どんっ!突然背中を叩かれた。「いってぇ。」と言いながら振り返る。亮太りょうただ。「なつぅ、お前なにひとりで黄昏たそがれてるんだよ。」

「いいだろ。別に。ほっとけよ。」ふてくされたように返した。だけど本当はドキドキしていた。そして、今、話しかけるチャンスが来たらどうしてくれるんだよっ!?と、心の中で毒づいていた。

 「亮太、なつは西藤にしふじ目指してるから、大変なんだぞ。わかってやれよ。」と、横にいた浩司こうじが口をはさんだ。すると周りにいた連中が「なつ、西藤受けるの?」「お前、そんなに頭良かったっけ?」「あれだ。」「古村追いかけていくのか?」「がんばれよ。」「なつ、一途いちず過ぎねぇ?」とはやし立てた。


 「おまえらなぁ。」俺はため息交じりに言った。「違うの?」誰かが聞いた。「西藤を受けるかは、まだ分からね。高校浪人はしたくねぇからな。」そう答えると、また他のやつが「そりゃそうだよな。」と相槌を打った。しかし、他のやつが「古村と会えなくなってもいいのかよ。」と、また美花の名前を出した。

「あのな。西藤を受けることになっても、俺は古村を追いかけていくわけじゃねぇぞ。」

「いいから、散れよ。お前ら。あっちいけ!」俺は手を振った。

その時、ちょうど昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。ががやがやと教室に戻るやつ、小走りでトイレに向かうやつ。俺の周辺から人がいなくなった。

 左右を見渡すと、廊下の向こうに5人くらいの集団の女子が歩いてくるのが見えた。真ん中に真沙美がいる。俺は真沙美に向かってゆっくり歩き始めた。


「あ。真沙美ぃ。」自分の教室の後ろの扉を少し過ぎた所で、さも今気付いたように、手を挙げて真沙美を呼び止めた。他の女子も立ち止まって俺の方を見た。その視線に気付きながら、気に留めないふりで「前に借りたマンガだけどさ。」と、真沙美に話しかけた。他の女子は一気に興味を失ったように、教室に向かって歩き始めた。「ん?あれ、ナツ君にまだ貸してたマンガあったっけ?」と真沙美は首を傾げた。

ちらりと後ろを見ると他の女子は、もう3メートルほど離れていた。あと2分で授業が始まる。

「いや、ごめん。マンガの話じゃないんだ。」真沙美がクリッとした目でこちらを見上げてきた。

「あの。」「なに?」「放課後、古村を呼び出してほしいんだ。」言った瞬間、頭からスーッと血の気が引いていく感じがした。「そっか。今日は美花の誕生日だもんね。」真沙美が目をきらめかせた。

「お。うん。」うつむいたまま答えた。「わかった。じゃあとでね。」真沙美が小さな手を挙げる。「おう。頼むな。」俺も手を挙げた。小走りで教室に向かう真沙美を見送った俺は、すぐ近くの教室の後ろ側の扉を通り過ぎて、前の扉から教室に入った。誰も何も気にしていないようだ。


 席に付いて「はぁっ!」と息を吐くと、バッグの中に手を突っ込んで、今日渡すプレゼントを手探りで確認した。


 5時間目が終わった。俺はまた廊下に出て隣の教室の様子をうかがった。真沙美は出てこなかった。午後の授業は上の空、という事はなかった。ドキドキするのは放課後になってからでいい。なんてったって受験生なのだ。その辺の切り替えは俺はうまかった。というかマンガやドラマみたいにそのことだけを考えているなんてことはあり得ないのだ。他にも目の前にやることはたくさんある。


 6時間目が終わった。俺は少しの間、教科書を読んでいるふりをしてから、机の中の教科書やノートを全部机の上に出すと、立ち上がってゆっくりとバッグの中に詰め始めた。俺以外で教室に残っているのは、あと5人。

バッグを手に持って教室の扉に向かおうとした時、真沙美がひょこっと顔をのぞかせた。

俺と視線が合うと、ニコッと笑顔を見せて扉の陰に隠れた。真沙美のほうに歩いて行きながら、そういえば、どこって決まってなかったな。真沙美は古村をどこかに呼んでくれたんだろうか。と考えていた。

「ありがとな。」廊下で真沙美と向き合う。俺はまだ平常心のつもりだった。「どうする?」真沙美が聞いてきた。「どうする?って?」今考えていたはずのことはすっかり抜け落ちて、真沙美に聞き返した。

「場所だよ。どこに連れて行けばいい?」真沙美が答える。「あー・・・・。」何も考えてなかった俺は答えに詰まって、教室を覗いた。受験とは関係ないグループがでかい声で教室で話している。当分帰りそうにはない。あいつらにとって張り詰めた雰囲気の授業中の教室は、相当居心地が悪いのだろう。やっと解放された。あいつらの周りはそんな雰囲気だ。真沙美たちの教室からも、にぎやかな声が聞こえてくる。「教室はムリだよ。」俺の視線に気付いた真沙美が言った。

「そうだな。じゃ体育館の裏かな。」去年のリベンジのつもりはなかったけど、学校内で普段人が来ない場所はそこしか思いつかなかった。「わかった。先に行ってて。」真沙美が自分の教室に戻る。俺はげた箱に向かった。

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ナツの恋   鷹山勇次 @yuji_T

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