第14話  ~模擬試験~

9月。新学期が始まった。先生が今後の予定を話し始める。

全国模試があと2回、一学期に第一回と第二回があったから、次は第三回、最後が第四回。

三者面談が2回、願書提出、そして年明けの入試。あとは、体育祭と卒業式だ。

とりあえず今学期中に、どこの高校に行くかを決めなくてはならない。という事が分かった。

 クラス内の雰囲気は、夏休み終わった!という感じのけだるさと、緊張感が入り混じった妙な雰囲気だった。

 

 クラス内ほとんど全員のおおよその成績はなんとなく知っている。誰がどこに行くのか行けるのか。そんなこともなんとなく予想はついていた。

 俺はどうするんだろう?なんとなく他人事のように考えていた。将来なりたいものも、就きたい仕事も、そのためにどこの高校を選ぶのがいいのか。何がしたいのか。何も考えてなかった。知識もなかった。ただ、今、目の前にあることだけをやってきた。

そして、今目の前にあるのは「受験」というもの。ただそれだけだった。


 始業式直後から次から次へと進んでいく学校の授業。家に帰ったら受験の為の過去の勉強のやり直し。その繰り返しの日々が過ぎていく。

2週間もすると、3回目の全国模試があった。

 戻ってきた結果に一喜一憂。普段より少し賑やかだったクラスのざわめきも数分で収まった。

 

 俺の5教科の合計は195点。学年での順位は18番まで上がった。

頑張ったつもりだったけど、未だに英語と社会が足を引っ張っている。

 今まで、テストと言えば今まで100点が満点。それが常識だった。だけど、模試も高校入試も60点満点で、5教科で300点満点。そんな見慣れない数字を見つめながら、俺は195点って何点なんだ?一体、何点取ればどこの学校に行けるのだろう。なんで60点満点とか半端な数字なんだろう。とぼんやりと浮かんだ疑問にモヤモヤしていた。

そんな事にモヤモヤ出来ていたのも、俺には、やりたいことも行きたい高校もなかったからだった。


 ピンポーン!土曜日の午後、玄関のチャイムが鳴った。

勉強していた俺は、立ち上がってドタドタドドドド・・・。と床を響かせて階段を下りて行った。

家には俺しかいない。

「なつー!」浩司こうじの声だ。玄関のすりガラスに浩司のシルエットが見えた。

俺が鍵を開けると、ガラガラっと扉を開けて浩司が顔をのぞかせた。

俺の顔を見ると「なつ。」と一声かけたまま、うつむいた。

「なんだよ?」と問いかけても、数秒の沈黙。

なんだこいつ?と思いながらも「まぁ上がれよ。」と声をかけた。


 俺は台所の棚から、お菓子取るとお盆に置いた。そして冷蔵庫から麦茶を取ると部屋に戻った。

 浩司はなんだかぼんやりした様子で、テーブルに置いた手を見つめていた。

カチャンと音を立ててテーブルにグラスとお菓子の乗ったお盆を置くと、浩司が顔をあげた。


「なんだよ?どうした?」向かいに座りながら、俺が問いかけると、浩司は横を向いたまま

「ふられた。」とつぶやいた。

「お。なに?ユウコちゃんに告白したのか?」俺はテーブルに体を乗り出した。

浩司がこっちを向いた。「好きな人がいるんだってよ。」

「あぁ。」そう答えたものの、次の言葉が出てこないまま、俺はお尻を着いた。

沈黙の時間が流れた。

「まぁ、しょうがない。好きな人がいるなら。で、ユウコちゃんの好きな人って?」問いかける俺に、

「知らん。そこまでは聞いてない。」浩司がぶっきらぼうに答えた。

「そっかぁ。浩司、告白したのか。すげーな。」


 数秒の沈黙の後、「すっげードキドキしたぜ。」浩司が身を乗り出してきた。

何かが吹っ切れたような、先程までまとっていた空気とは違う雰囲気が浩司から出ていた。

「いつ?」もう普通に話しても大丈夫だな。そう感じた俺は質問を始めた。

「さっきだよ。1時間くらい前。」浩司が答える。

「電話してさ。呼び出して優子の家の前で。」浩司が話し始めた。

ちょっとした武勇伝を語るような、そんな雰囲気だった。

「なんて電話したんだ?」

「ちょっと話があるから、家の前に出ててくれないか。って頼んで。」

電話する勇気も必要だよな。同じ小学校で同級生だから出来た。というのもありそうだ。

俺だと、咲ちゃんの家に電話するみたいな感じかな。そんなことを考えながら次の質問をした。

「なんて言って告白したんだ?」俺もテーブルに身を乗り出した。

「「ユウコが好きだ。付き合ってくれ。」だったかな。よく覚えてねぇ。」今度は浩司が身をそらしながら答えた。

「覚えてないってどういう事?」

「覚えてねぇもんは、覚えてねぇよ。なつ、お前もやってみろよ。なんか真っ白になっちゃってさ。自分でも何を言っているかよくわからねぇんだよ。」

「そういうもんか。」真っ白か。なんとなくわかる気がした。

「そういうもんだ。」答えると、浩司はグラスの麦茶を一気に飲み干して、はぁっとため息をついた。

 

 俺は、浩司のグラスに麦茶を注ぎながら、「しかし、告白したってすごいよな。」と言った。

「まぁな。ふられたけどな。」浩司が答えた。

「じゃあ、どうする?」続きは無い。先は無い。決まっているわけがない。そんなことは分かっているはずなのに。俺は問いかけた。

「どうする?もなにも、なんにも決まってねぇよ。さっきふられたばっかなんだぞ。」浩司がぶっきらぼうに答えた。

「そりゃそうだな。でも、まだユウコちゃんのことが好きなんだろ。」俺はまた変な質問をした。ふられたら気持ちはどこへ行くのか?“好き”という気持ちはどうなるのか?もしかしたら、その答えが知りたかったのかもしれない。

「うん。まぁそうだな。」浩司がうつむいて答える。


「ユウコちゃんの気持ちが変わるかもしれないし、浩司が他の人を好きになるかもな。」失恋を癒すものは次の恋しかない。なんとなくそう思った俺は浩司に向かってそう言った。漫画かドラマか歌の受け売りかもしれない。

「まだ何にも考えられねぇな。」浩司が天井を見上げてつぶやくように答えた。

「そうだろうな。」そう答えたけど、俺はどうしていいか分からないでいた。もう慰めるって言う雰囲気じゃない。かといって違う話題も出てこない。なによりこんなにちゃんと“失恋”したやつに接するのも始めてだ。俺も天井を見上げて「ほぉー・・・」っと長い息を吐いた。


 浩司がこっちを見て「なつ。お前は、古村と同じ西藤高校に行けよ。」と言った。

「あ。う、うん。」突然話をふられて、どもってしまった。

「なんかさ。お前はうまくいくような気がするよ。」

「は?なんでだよ?」ぶっきらぼうに聞いたけど、一輪の花が咲いたような希望が心の奥に沸くのを感じた。

「わかんねぇ。わかんねぇけど、そう感じたんだ。」真っ直ぐにこっちを見て言う浩司。

「ふーん。まぁ根拠のないこと言うなよな。勉強はしてるよ。受かるかどうかは分からないけどな。」

「そうみたいだな。」机の上、開きっぱなしとノートと参考書を見ながら浩司がつぶやいた。

「ま。がんばれ。さて、俺、帰るわ。邪魔したな。」そう言って浩司は立ち上がった。


 玄関まで来ると、「じゃあ、聞いてくれてありがとな。勉強、がんばれよ。」そう言って浩司は手を挙げた。

俺は、なんて声をかけたらいいのか分からないまま、「あ。ああ。」と意味のない返事をしながら手を挙げた。自転車にまたがった浩司がもう一度、手を挙げて「じゃーなー!」と声をあげた。

俺も「またなー!」と言って手を振った。

浩司の後ろ姿はいつもと変わらず、元気だった。


 部屋に戻ると、なんとなくベッドに横になって天井を見たままぼんやりとした。何かを考えているような真っ白で何もないような頭の中にポンと今年来た年賀状のことが思い浮かんだ。

立ち上がって、机の引き出しから今年来た年賀状を出してめくり始めた。

あ。これだ。一枚を抜き取ると差出人を見た。亮太だった。もう一度裏面を見る。お世辞にも上手とは言えない、毛筆で殴り書きしたような字で『早く言っちまえ!美花もお前のことが好きかもしれんぞ。』と書いてあった。

「これ、亮太だったか。浩司も亮太も。まったく。」つぶやいた俺の心の奥に二輪の花が咲いた。少し暖かくなった。


 その翌週には3回目の模試の結果を受けて、学校で三者面談があった。

面談が始まると、先生が現在の俺の学力とどの高校なら受かる可能性があるか。といった話を始めた。どちらかと言うと母親に向かって話していた。母親は特に何も考えてなかったのか、どういう学校があるのか知らないのか、ほぼ何も言わずに先生の話を聞いていた。

一通り説明が終わると先生は、俺にどこに行きたいか聞いてきた。

西藤にしふじ高校に行こうと思っています。」

そう言うと、先生は「おっ」と言う顔をした。そして「まぁ、そうだな。今の志木織の頑張りを見てると、狙えないことはないだろうけど、相当難しいぞ。」と諭すように言ってきた。

「はい。わかってます。がんばります。」と答えると、

「そうか。あと一回模試がある。その結果を見てから、どこに行くか決めろ。それからでも間に合う。頑張れよ。」

「わかりました。」

それだけで、三者面談は終わった。

とはいえ、母親は先生の話に相槌を打つくらいで、一切発言しなかったから、俺と先生の二者面談みたいなものだった。


 帰り道、俺は自分がなぜ、ああもはっきりと「西藤高校に行こうと思っています。」と言い切ったのか。自問自答していた。本当に決めてなかった。ぼんやりと、“行ける範囲で一番いいところに行きたい。”とは考えていたことは自覚していた。だけど、模試の結果を見たら、2番目の南堀高校を選ぶのが普通だろう。なぜだ?

わからない。だけど、言い切った以上、受かるか落ちるかはともかく、やるしかない。

また、学校の授業と受験の為の過去の勉強の繰り返しの日々が始まった。

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