第13話  ~ちょっと押してやった~

 ピピ ピピ ピピピ・・・・

俺は、手を伸ばして目覚まし時計を止めた。

朝・・・か。今日は8月・・・30日か?

そう考えた瞬間、突然あることを思い出して飛び起きた。

宿題!?宿題って?宿題どうした?俺は慌てて机の上のノートを手に取った。

参考書の問題集しかやってない。えーっと 授業で使っていたノートは?

机の上の本棚を探した。


 あれ?

普段、学校に持って行っているノートが見当たらない。

どうしたっけな?と思って、きょろきょろするとカバンが目についた。

そうだ。カバンの中だな。そう思ってカバンを開けてノートを取り出した。

パラパラめくって確認したが、授業の内容しか書いてなかった。

そもそも宿題が出ていたかどうかも、覚えていなかった。

バッグの中身を全部床に落とすと、宿題をまとめたノートやプリントが出てきた。

そうだった。

それを見て思い出した。この夏休みは暇だったから、8月初旬に宿題は全部終わらせていたんだった。

俺は一応、一通りプリントやノートをパラパラとめくってみた。やはり全部終わっているようだ。


 俺は、ふうっとため息をついた。

受験勉強があるという名目からか、宿題はそんなに多くなかった。なにより読書感想文の宿題は無かった。

「セーフ」そう呟きながら、ベッドにもたれかかって背伸びをした。

心臓はまだバクバクしていた。

何も考えずにしばらく天井を見ていた。


 午前中は半分テレビを見て過ごした。

お昼ご飯を食べ終わると、俺はまた机に向かった。

2時間ほど勉強をした後、椅子に座ったまま背伸びをしたけれど、腰のあたりにまだ違和感があったので、立ち上がって手と腕と腰を全部伸ばした。

そして、窓を開けた。

ミンミンゼミとツクツクボウシ。勢力が変わって、ツクツクボウシの方がうるさく鳴いていた。


 外を見ると、家の前の道を、見慣れた後ろ姿が自転車に乗って遠ざかっていく。

あれ浩司じゃね?どこに行くんだろ。

と思って見ていると、浩司がUターンして戻って来た。

こちらには気付いてない様子。

何か忘れ物でもしたかな?

そんな事を考えながら、なんとなく目で追っていると、家の前で止まったようだ。

俺が見ている窓からは、屋根と物置で死角になって全体は見えなかったけど、自転車の後ろ部分だけが見えていた。

なにやってんだ?あいつ。

10秒ほど経っただろうか、浩司がまたその場でUターンして、元々向かっていた方向に走り始めた。

お?忘れ物したと思ったけど、やっぱり持ってた。ってパターンか?

そういえば、あいつ受験生なのになんでフラフラしてるんだろう?

あいつの学力だと、工業高校あたりってことになるかな。

とりあえず、そんなに焦って勉強する必要もないのかな。

浩司の後ろ姿を見ながらそんなことを考えていた。

すると、浩司がまたUターンした。

は?また来たぞ。あいつ。


「おーい!コージー!」

俺は、浩司が近くに来るのを待って、窓から声をかけた。

こっちに気付いた浩司が顔をあげた。なんだか変な笑顔だ。

浩司が自転車を止めると、

「ちょっと待ってろ。」と言って部屋を出た。

玄関を開けて、サンダルで庭に出た。

「よう。ナツ」

浩司は、自転車に乗ったままの状態で庭にいて、手を挙げた。

「よっ。お前、さっきから行ったり来たりして、何やってんだよ?」

「え。あっ。見られてたか。」

浩司がうつむく。

「暇なら上がれよ。」そう言うと、

「うん。あ。いいのか。」

浩司が顔をあげて答えた。

「いいよ。いいよ。」

「悪いな。勉強の邪魔して。」そう言って頭を掻いた。


玄関で待っていると、自転車を止めた浩司が、「お邪魔します。」と言って入ってきた。

母親がパートに出ていていないので、俺は浩司に「部屋に行ってて。」と言って、台所に向かった。

俺は、コップを二つお盆に乗せて、台所にあったお菓子を一袋、お盆の上に乗せると、冷蔵庫から麦茶のポットを出した。

右手にお盆、左手に麦茶のポットを持って部屋に向かったけど、コップが倒れそうで、階段を上るのはちょっと怖かった。

部屋のドアはあけっぱなしになっていた。


 浩司は何か考えている風で、テーブルの上で組んだ手を見ていた。

俺はテーブルの上にお盆と麦茶ポットを置きながら、声をかけた。

「で、何やってたの?」

「あ、うーん。ナツに相談があってよ。」

浩司が答える。

「相談?なんだよ?」俺はコップに麦茶を注ぎながら聞いた。

「いや。あの。ユウコのことなんだけど。」浩司がまた自分の手を見ながら言った。

「あー。ユウコちゃんね。え。どした?まさか告白したとか?」

「してねぇよ。それで、」慌てたように否定する浩司

「それで?」

「あのさ。俺、アタマ悪いだろ。」

「はぁ。」俺は、浩司が何を言おうとしているのかわからなかった。

「「はぁ。」ってなんだよ!」

「それで、俺が行くのは、工業高校か、東河高校なんだよ。多分、工業に入れると思う。」

東河高校は市内6校の高校のうち、一番頭の悪い学校だ。


「まあ。そうか。」俺はうなずいた。

「で、ユウコは、多分、南堀か北江なんだよな。聞いたわけじゃないけど、商業じゃないと思う。」

南堀高校と北江高校は、市内6高の内、2番目、3番目の普通科高校だ。

俺は優子と同じクラスになったことはないし、成績も知らなかった。

「うん。そっか。ユウコちゃんは頭がいいわけだな。それで?」俺は先を促した。

「いや、「それで?」じゃねぇよ。ナツ。」浩司が、なんだか必死な目をして訴えてきた。

「高校に行ったら、離れ離れ《はなればなれ》になるじゃねぇか。」

そう言った浩司を見て、あれ?こんな話、前にもしたような・・・?俺の脳裏に何かが横切った。

誰だっけな。なんだっけな。似たような話があったよな?


そんな事を考えながら、浩司に言った。

「高校、違ってても、好きは好きでいいんじゃない?」

「いや、そうは言ってもよ。もう付き合っているって言う話ならともかくよ。」

浩司がちょっと怒ったような口調で言った。


「あ。お前どうすんの?ナツ。美花は西藤だろ。お前も離れ離れになるんじゃね?」

「俺は、まぁ、別に何も考えてないな。」心のままを答えた。

「なんも考えてない。って、お前な。悠長なこと言ってると、誰かに取られるぞ。」

その時、あ。そっか。咲ちゃんだ。咲ちゃんとも同じような話をしたわ。と思い出した。

やっぱり高校が違うってそんなにつらいのかな?そう思いながらも

「でもさ、工業高校と南堀高校はそんなに離れてなかったろ?同じ市内だし。北江はちょっと離れてたっけかな。」と浩司に希望を持たせるようなことを言った。

「まぁ。そうだけどよ。」納得しきれない態度の浩司。


俺は、ふとあることを思い出して言った。

「あ。お前、高校がどうのより、家同士の方が近いんじゃない?同じ小学校だろ?」

「あぁ。まぁ。そうだな。でも、家同士近くてもな。」

またも納得しきれない態度の浩司。


「そうか。まぁ一日の大半は学校にいるしな。」

「じゃぁさ、お前が勉強して、ユウコちゃんと同じ高校に行けばいいんじゃね?」

普通に正解を言った。

「いやいやいやいや。無理。無理。無理。」浩司が顔の前で手を振る。

「そっかー。」

「そうだ。」

ちょっと沈黙。


「じゃ、もう告白するしかないな。」

「えー!」とは言ったが、浩司はそんな驚いた風でもなかった。

「お前、さっき、付き合っているなら高校が違ってもいい。って言ったじゃん。付き合っちゃえよ。」

俺がそう言うと、

「そうだよな。やっぱり言うしかないな。」浩司は、また手を見つめながらつぶやいた。

「ふられた時は、違う高校の方がいいよな。」

「ナツ!てめぇ!」浩司が座ったままこぶしを振り上げた。

「いやー。でも。だよなー。ふられる覚悟というのが・・・。」浩司がぶつぶつ言い始めた。


「でも、ふられたら、ふられたじゃん。案ずるより産むが易し。って言うじゃん。やってみようぜ。」

俺がそう言うと、

「ナツ。お前なんか軽くない?」

「他人事だと思ってるだろ。」と返ってきた。

「いやいやいや。もちろん他人事だよー!でも言ってみないとわからないからなー。」

俺は、なんだか真剣な雰囲気に耐えかねて、ちょっと茶化してみた。

「まぁでも。そうだよな。」浩司がつぶやいた。


浩司がお菓子の袋に手を伸ばした。

「これ、食っていいか?」お菓子の袋を持ち上げて言った

「おー!よし。食べようぜ。」

浩司が袋を開けて、小袋に入ったせんべいを食べ始めた。

俺もせんべいを食べ始めた。

ふと浩司の顔を見ると、少しすっきりしたような表情になっていた。


「俺、ユウコに言うよ。」せんべいを食べながら、浩司が言う。

「なんて言う?」俺が聞くと、

「うーん。なんて言おうか?」浩司が聞き返してきた。

「知らんわ。」

「なにそれ。冷たくねぇ?」

「定番は『好きです。付き合って下さい。』かな。」俺がそう言うと、

「そうだよな。まぁ。それかなー。」つぶやくように浩司が答えた。


「ナツはどうするんだ?」浩司が立ち上がって、俺の机の上を見ながら聞いてきた。

「何が?」

「古村美花だよ。古村のことに決まってるだろ。」

「んー?さっきも言ったけど、何も考えてない。」俺が答えると、

「お前、古村と一緒の西藤高校に行こうとしてる?」と聞いてきた。

「いやー。今のところ無理だろ。」これも本心だった。

夏休みに勉強した事が、どれだけ点数につながるか分からないし、受験は自分の点数だけでは決まらない。

「そか。まぁガンバレ。」浩司はそれだけ言って帰った。


浩司が帰ると、なんとなくだけど、あいつ、今度は本気で告白するんだろうな。と思った。

今までとは、違う感じだった。

ただ、もう一歩の勇気。ちょっと背中を押して欲しかった。そんな感じだったのかな?

浩司自身は、それが分かってて来たのかな?

いつ告白するのかな?

新学期始まってからかな。


浩司も咲ちゃんも言ってたけど、好きな人と違う学校に行くって、そんな無理な事なのかな?


あ。そういえば、亮太は一緒じゃなかったな。

今更だけど、あいつ独りで来たんだ。

亮太とは相談したのかな。


ま。いっか。勉強しようっと。

俺は、参考書を開いた。


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