決着

「避けてひらすら耐えてください」

「え……?」


 カーラが提案する戦術を聞いたとき、ゼクスは目を丸くした。

 それもそのはず、言葉の意味はわかっても、意図がさっぱりと理解できなかったからだ。


「避けるだけじゃ逆転できる手立てがないのでは……?」

「これはアリス様の望んだ私怨たらたらな試合プライドファイトですからね。おそらくはすぐに決着をつけるのではなく、憂さ晴らしに付き合わされることでしょう。それを利用します」


 頭の上に疑問符を浮かべながら飲み込もうとするゼクスを置いて続ける。


「アリス様は直線的で細かな面倒ごとが大嫌いな性格のお方です。加えて事が上手く運ばねば癇癪を起しますから、例えば痛めつけてやろうと攻撃した相手に飄々と攻撃を躱されたら?」


 ゼクスはその言葉から自分に当てはめて状況を想像してみる。

 腹立たしい相手がいたとして、殴りかかろうとしたら華麗に避けられる、といった感じだろうか。

 それは誰であっても余計に業を煮やすに違いない。


「こちらは避けに徹する分には有利なんですよ。刀身に魔法が触れさえすれば爆発の心配はなくなり、後は自前で避けられる」

「まあ、確かに注意していれば回避はできますけど……」

「彼女の性格上、焦ったり上手く行かないことがあると必ず大魔法おおわざで解決しようとします。冷静な判断を捨てて快楽的に走りがち、なのでその隙を突く」


 風呂場でゼクスを追い出したように、感情が昂ると大きく派手な魔法を使う。


 これはアリスに限ったことではない。

 赤系統の魔力を持つ魔女は昔から「短気」や「激情家」と評されている。

 青の魔力に『鎮静』の性質が存在するように、赤には『興奮』の作用もあり、それらの性質は魔女の性格に色濃く反映される場合が多い。

 そういった小話もカーラは承知していながら、結論を急ぐゼクスのためにも敢えて説明を省いていた。


「でも大技で来るなら、なおさら回避して攻撃しに行くなんて不可能じゃないですか……?」


 逆上して範囲の広い、避けようもない魔法を繰り出されては、それだけで負けてしまいそうである。

 だが、カーラは想像の斜めを行く、とても怜悧な淑女から発せられるとは思えない大胆不敵、否一見すると無謀すぎる作戦を述べた。


「いえ、避けません」

「は?」

「斬るんです」

「は?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おおおおぉぉぉぉっ!!!」


 逃げるでもなく、降参するでもなく、ゼクスは前方の大火うねる激流に自ら向かい出ていた。

 観客席のおよそ全員がその奇行にぶったまげ、口を半開きにさせながら瞠る。


 姿勢を低く剣を身体の前に構える姿はまるで大型モンスターに勇猛に斬りかかる騎士のようだが、いくらなんでも無謀すぎる。

 そう観客の誰もが思っていた。


 少年の剣が夜空のように黒く輝く。

 それは圧縮された黒。文字通り全身全霊の魔力を宿した渾身の一振り。


 刃が灼熱の奔流に触れる。


「うおおああぁぁっ!!!」


 刀身がへし折れてしまいそうな程の斥力を体全体で受け止め、まるで赤い雪崩を一人で掻き分けるように切り裂いていく。

 炎の流れは一点の障害によって分岐瀑が如く乱れ、その歩みは主流の奥深くにまで逆らいながら突き進む。


 これこそがカーラの戦術。

 戦術と呼ぶにはあまりにも簡単、そしてあまりにも力技。

 こんな馬鹿でも実行しないようなことを平然と最善策だと提示したのだ。


 正気じゃない。

 しかし、勝つにはこれしかない。


 刃に纏わせた黒い可視光粒プラーナが激流を裂いては飛沫を上げて霧散していく。

 どれほど相手の魔法に勢いがあっても、極限まで押し固めれば瞬間最大魔力はそれを凌ぐ。

 打ち付けた鉄杭を伝い凝縮した力が岩全体を砕くように、全力の魔力をただ一点にのみ集約させた斬撃は流れ来る業火の魔法式を解きながら、赤の魔力を傘のように散らす。


「――そんなっ!? うそでしょ!?」


 その場に居た誰よりも強い感想をアリスが叫んだ。

 魔法が触れた先から雲煙のように手ごたえを失い、主導権を宙へと還される。

 意表を突いた一撃。


「そこだあああぁっ!!」

「――ッ!?」


 事態の理解も追い付かないまま、波を抜けて黒い影が上空へと舞い上がった。

 振り下ろしの一閃。

 間合いを詰められた。遠距離魔法などうに遅い。


 だがしかし、


「舐めんじゃないわよ!!!」


 位階『S』の意地が見せたのは、凄まじい対応力だった。

 混乱の最中でも身体が反射で動く。


 ――ガキィン!!


 斬り降ろしの一撃はアリスの素手によって・・・・・・・・・・刀身ごと粉砕された。

 純度高い魔力を練られた握撃ならば、造作もない。


「なッ!?」


 実に簡単な話である。

 ゼクスの黒い魔力は『魔法』は消せても『魔力』は消せない。

 最も有効な対策は、莫大な魔力量による圧殺。単純なまでの物量戦が勝敗を分かつ。


 先ほどの魔法には押し固めた魔力が通じたかもしれないが、今回はアリスが左手に込めた魔力量がゼクスの全力の魔力を越えていた。

 それだけだった。


「がッ――!?」


 不時着と同時にガシリとゼクスの頭が捕まえられた。

 外そうにも凄まじい握力で持ち上げられ、ガッチリと細指が食い込んでいる。

 完全に抵抗できないゼクスを見て、歯を剝き出しに笑った。


「何か勘違いしてるみたいだから言っておくけど、私の専門は近接・・・・・よ? お望み通り近付けたのはいいけど、これじゃあ飛んで火にいる何とやらね」

「ぐうぅ……っ!?」


 足掻いても、ゼクスの魔力量では到底敵わない。

 賢しい知略を練ろうと、魔女に有効な手立てを見出そうと、圧倒的な魔力モノには無意味だ。

 諦めたようにゼクスの腕が下がる。


「このまま頭を吹き飛ばしてアンタの負けよ!!」


 掴む右手の魔力が膨れ上がり、得意魔法の爆発によってこの因縁に終止符を打とうとした。が、


「――――くっはははっ!!」

「な、なに笑ってんのよ? 小賢しい策が通用しなくて、呆れて笑っちゃった?」

「違うよ、ここまで上手く事が運んで喜んでんだよ」

「はあ? この状況のどこが上手くいってんのよ? アンタ、自分が後一歩で負けるのわかってるの?」


 どう考えても負け惜しみだ。

 勝利をつかみ取るために防戦を粘り、死力を尽くした逆転の一手を封じられて、もはや何ができようか。

 守護石を取りにかかろうとも、確実にアリスの魔法が炸裂して勝てる。


「なら、やってみろ!」


 皮切りに、息を吹き返したようにゼクスの手がアリスの守護石へと伸びる。

 当然アリスは瞬時に反応して、頭を吹き飛ばそうとするが――


「――――魔法が発動しないッ!?」


 ゼクスは笑う。


 最初からアリスが胸の守護石を狙わないのはわかっていた。

 この試合を仕組んだ時から察するに、勝ちに拘って守護石の直接破壊など狡い手口は使わない。

 勝つなら肉体ダメージによる破壊だ。


 そして近接に持ち込めば勝てるというのには自信があった。


 相手は『魔女』だ。


 『魔女』は何を扱う?


 答えは『魔法』だ。


 殊アリスのような貴族エリートは幼い頃から魔法について教えられてきたはず。その実力に対する評価だって得ている。

 つまり魔法は他ならぬ自分の一部アイデンティティなのだ。


 咄嗟の判断の際、己の磨き上げて来た魔法技術を何よりも信頼する。

 それは副次的に教わった格闘術でもなく、剣術でもなく、絶対的な信頼を置く魔術。


『――このまま頭を吹き飛ばしてアンタの負けよ!!』


 この瞬間、ゼクスは己の勝ちを悟った。

 何故なら他ならぬゼクスの黒い魔力の性質アイデンティティを知らないという証左なのだから。

 本体ゼクスに触れていれば、魔法は起動しない。


「――これで、終わりだあッ!!」

「しまっ――――ッ!!!」


 今更ながら手を離しても遅い。既にゼクスの腕は目的へ目掛けて伸びている。


 後は守護石を取るだけ――




 ――むにゅんっ!




 ……。

 アリスが負けを認めず弾こうとした手が目的地からズレて、ふかふかの布地へ沈み込むように着陸していた。

 守護石は心臓部、つまり胸部に着ける。必然、そこは柔らかな膨らみの上にある。

 戦いの最中で意識することなどなかったが、触れてみると改めて思う。


 大きいな、と。


「あっこれは――ッ」

「いやあああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ゴギッ!!!

 最速で繰り出された正拳突きをモロに顔面に受けたゼクスは、歪な円を描きながら遥か後方へと吹き飛ばされた。

 導を残すように鼻血が軌跡を作り、その果てには大の字に寝転がるゼクス。


 ぴくりとも動かぬそれは、白目を剥いて気絶していた。


「き、気絶により勝者、アリス=クランメリア!!!」


 審判役のクガサが確認をとり宣言をするも、静寂が響く。


 見ていた全員が頭を抱えて呆れる他ない。

 まさかこんな形で決着がつこうとは。

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女しか持たないはずの魔力を孤児の俺が持っていました。しかも普通ではあり得ない黒い魔力で、魔女の学園に入学して才能開花 外蕗暗 @sotohukikurai

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