第三十一話 双子の葛藤 前編

 俺は小学生の頃、ある動物に憧れていた。

 憧れていた動物とはペンギンである。

 詳しく説明すると、『コウテイペンギン』という種類のペンギンに憧れを抱いていたのだ。

 

 きっかけは、テレビの番組で観た動物特集だった。

 コウテイペンギンは南極に住んでいる。

 南極といえば、平均気温がマイナス五十度からマイナス六十度に至る極寒の地だ。

 コウテイペンギンはそんな過酷な場所に住み、なおかつ子育ても同じ場所でするらしい。

 コウテイペンギンの子育ては、地球上最も大変な子育てといえるだろう。


 繁殖期のコウテイペンギンのつがいは、メスが卵を産んだあとオスに卵を託す。

 メスは何百キロメートルも離れた海まで歩いてエサを食べにいく。

 そして、オスはメスが帰ってくるまで絶食するのだ。

 その期間はなんと約三、四か月にも及ぶという。

 オスは寒さにひたすら耐え続け、卵を温めて、ヒナも孵さなければならない。

 そのうえ、卵から孵ったヒナに『ペンギンミルク』という分泌物を自らの身を削ってあげるのだ。


 そんな過酷な子育てをするコウテイペンギンを見て、俺は感動した。

 つらいことがあったら、コウテイペンギンのように耐え続けてみせる、と意気込んでいたのである。


『僕とつがいになってくれ』


 鈴音をいじめから救ったとき、俺はそう言ったのだ。

 だが、小学生の頃はまだ『つがい』の意味をよく理解していなかった。

 てっきり、「同じ志の仲間」くらいの意味だと勝手に思い込んでいたのだ。

 この頃の俺は無知で勉強不足だった。

 さすがに、つがいという言葉の意味は知らなくても、何となくオスメスに関係あることは気づけたはずだ。

 俺はなんて馬鹿だったんだろう。


 鈴音をいじめから救ったこと自体は問題ない。

 しかし、軽はずみな発言のせいで、鈴音を縛りつけることになったのだ。

 その結果、鈴音は俺に対して異常に執着するようになってしまった。

 やっぱり、全部俺のせいだったのだ。


 しかも、コウテイペンギンの姿を真似たせいで、自分に対するいじめもひたすら我慢するようになってしまった。

 小学生のうちはなんとか耐え続けていたが、所詮はただのやせ我慢にすぎなかったのだ。

 事実、敦たちからのいじめも、最初は我慢できると思っていたが、途中で耐えきれなくなっている。

 それどころか、無駄に耐えていたせいで、他人に頼るという行為ができずに、袋小路に陥っていたのだ。

 ほかの要因もあるが、俺はその間違った考え方のせいで、最終的に自ら命を絶とうとした。


『あんたが死ねばよかった』


 この言葉が頭の中で、何度も何度も反響する。 

 過去のことを思い出すと、どうしても瑠璃の言動が頭をよぎってしまうのだ。

 そのせいで、体調不良に陥ってしまう。

 

「お、おえっ! はぁ、はぁ……。くそっ! こんなもの!」


 瑠璃から貰ったペンギンの人形を壁に叩きつける。

 それから、自分の部屋にあるペンギンに関係するものをすべて捨てた。


 俺自身が二度と過ちを犯さないように。







 冬休みが終わり、学校が始まった。

 しかし、学校が始まっても、俺はまだ瑠璃のことを赦せずにいたのだ。


「お、おはよう。朝ご飯できて――」

「いらねーよ」

「璃央、せっかく瑠璃が朝ご飯を――」

「いらねぇつってんだろ! 俺はもう学校に行く」

「り、璃央……」


 朝は瑠璃の作った朝食を拒否した。

 朝食はコンビニで買ったもので毎回済ませる。


「はいこれ、お昼のお弁当。今日は璃央の好きなハンバーグが入ってるのよ」

「剛志、弘人、悪いな。俺はここで昼飯を食べる気分じゃなくなった。じゃあ、またあとでな」

「り、璃央!? どこに行くのよ?」

「……お前のいないところだよ」

「お、おい、璃央!」

「さすがに言いすぎじゃないか?」

「そんなことねぇよ。じゃあな」

「璃央……」


 昼は瑠璃の作った弁当を受け取らずに、購買で買ったものを食べた。

 正直、瑠璃の顔を見るだけで、吐き気がする。


「待って、璃央。そっちは私たちの家とは正反対じゃない。 今日も遅くまで家に帰ってこないつもりなの? おじいちゃんも心配してるわよ」

「どこに行こうが俺の勝手だろ。ついてくるなよ」

「あ、待って、璃央!」


 夕方から夜にかけては、毎日ぶらぶらと街をうろついた。

 夕食はほとんど外食だ。


「……おかえり、璃央。もう零時をまわってるわ。いったいどこで何をしてたの?」

「……」

「あっ、無視しないでよ! と、ところでお腹空いてない? 璃央のために夜食を……」

「いらねぇよ。お前が作った料理なんか食えるか」

「璃央……。う、うう……」

「泣けば赦されると思うなよ。お前のしたことは絶対に赦さないからな」


 こんなふうに俺は毎日瑠璃を拒絶したのだ。

 休日は瑠璃が家にいるので、ネットカフェなどで一日を過ごす。

 だんだん会話をするのも嫌になったので、俺は瑠璃をいないものとして扱った。

 そんな生活が一か月ほど続いたのである。

 

 そのせいなのか、瑠璃はいつからか学校に行かなくなり、自分の部屋に引きこもるようになっていった。







「またせたな」

「遅い。もうとっくにみんな着いてたっていうのに……」

「まあまあ、まだ集合時間の五分前じゃないか」


 寒空が広がるとある休日。

 俺は米原から急に呼び出された。

 待ち合わせ場所は駅前の公園だ。

 公園に行ってみると、そこには五人の知り合いが集まっていた。

 米原に葵月、千歳、それに剛志や弘人もいる。

 米原は機嫌が悪いらしく、腕を組みながら、俺のことをにらみつけてきた。


 今日呼びだされた理由は何となくわかる。

 たぶん、瑠璃のことについてだろう。

 というか、それ以外考えられない。


「……それで、なんで俺たちは集められたんだ?」

「理由は単純。あんたに用があったからよ」

「用があるなら、俺だけを呼び出せばよかったんじゃないか? なんでみんなも呼び出したんだ?」

「みんなには、あんたの瑠璃に対する言動について、どう思ってるかを訊き出すために呼んだの」


 米原の作戦が何となくわかった気がする。

 おそらく、米原の目的はこうだ。

 まずみんなで一斉に俺を責めて、瑠璃に対する罪悪感を植え付ける。

 そうしたら、きっと俺が改心すると踏んでいるのだろう。

 そして、最後は俺が瑠璃に謝罪をすることで目的は達成される。

 米原の考えはこんなところだろう。


 実際、米原や葵月は、俺が瑠璃を傷つける言動をしたとき、二人で責めてきた。

 しかし、今の俺には全然効果がないのだ。

 二人が何を言っても、無視を続けていた。


 そこで、俺の親友の登場である。

 剛志と弘人には、過去に何があったのかを、まだ話していなかった。

 聞いても気持ちのいいものではないし、余計な心配もかけたくなかったのだ。

 それに、俺自身が話せるような状態ではなかった。

 瑠璃のことを他人に話そうとすると、突然調子が悪くなるからだ。


 そんなわけで、二人には何も説明していなかったのである。

 なので、瑠璃に対して一方的にひどいことをしているやつ、と思われてもしょうがないことだった。

 おそらく、米原はそれを知っていて、二人を呼び出したのだろう。

 現状の評価では、二人が俺の味方になる確率は低い。


 女子たちだけでなく、親友にも責められるのは、さぞかしつらいことだろう。

 そこを突いて、俺を孤立させ、無理やりにでも謝罪をさせるつもりなのだろうな。

 しかも、もし二人が俺に味方したとしても、女子側には千歳という保険がある。

 俺以外の男子は二人、女子側は三人。

 俺を除外して、「瑠璃に謝罪をする必要があるかどうか」なんて多数決をとれば、必然的にこちらの負けとなる。

 つまり、最初から俺が不利になるように仕組まれているってわけだ。


「早速だけど、あんたに訊きたいことがある。なんであんたは、瑠璃にひどいことをするようになったの?」

「それは……」

「それは?」

「俺が瑠璃を赦せなかったからだ」

「は? どういうこと?」

「今はこれしか言えることがない。というか、これしか言えないんだ」

「それじゃ、納得できない。ちゃんと説明しなよ」

「そうだぞ、璃央。お前らしくない」

「璃央先輩、私も理由が知りたいです」


 予想どおり、女子たちは怖い顔をしながら、俺を問い詰めてきた。

 まあ、やっぱり、理由は知りたいよな。


「まあまあ、みんな抑えて抑えて。璃央の様子を見るに、何か特別な訳があるんだと思うよ。なあ、剛志?」

「ああ、そうだな。冬休み明けから璃央と瑠璃の様子が変化したのは、きっと何か理由があるんだろう。しかし、そうなった理由は俺も知りたい。だけど、今が無理ならまた今度でもいいんだ。お前のペースでいいから、俺たちを信用して話をしてくれないか?」


 女子たちとは違い、剛志と弘人は優しく接してくれたのである。

 俺にとってそれは嬉しい誤算だった。


「ちょっと! 璃央のペースに合わせてたら、瑠璃が手遅れになるかもしれないんだよ!? あたしは今すぐ――」

「わかった。お前たちに理由を話す」


 俺は米原の発言を遮って、口を開いた。

 このまま俺が何も話さないなら、この話は平行線になるだろう。

 しかし、いつも世話になっているみんなが、本気で俺の心配をしてくれているのだ。

 そんな中で、こうなった理由を話さないというのは、明らかに不誠実な行為である。

 できれば、みんなの希望には応えたい。

 だから、俺はみんなに過去のことを話すと決めたのだ。

  

「……だけど、俺は上手く話せる自信がないんだ。今の俺は瑠璃のことを話そうとすると、体調が悪くなって、上手く喋れなくなってしまうんだよ。時間がかかるが、それでもいいか?」

「大丈夫だ。俺たちはお前が全部話し終えるまで、大人しく待つ。みんなも待てるよな?」

「ああ、もちろん」

「璃央、ゆっくりでいいからな」

「あまり無理をしないでくださいね」

「一紗はどうだ?」

「……あたしも話くらいは聴くよ」

「なら、よさそうだな。みんなもこう言ってくれてるから、安心して話してくれ。どんなに遅くても、俺たちは最後までお前の話を聴くからな」

「……みんな、ありがとな」


 とりあえず米原も、俺の方針に従ってくれるようだ。

 瑠璃のことで相当頭にきていると思っていたが、意外に冷静らしい。

 おそらく、剛志の影響も少なからずあるだろう。 

 あとは俺が頑張ってみんなに過去のことを話すだけだ。


 ……ちょっと待てよ。

 千歳にこの話をするのは、さすがにまずいんじゃないか?

 俺の過去には敦が深く関わっている。

 今の敦が改心していたとしても、千歳の気分を害する場合もあるだろう。

 もしかすると、千歳がまた俺に謝ってくるかもしれない。

 解決した問題を蒸し返すのは無意味なことだ。

 やはり、千歳には事前に訊いておくか。


「千歳、ちょっといいか?」

「は、はい。何でしょうか?」

「今から話す内容には敦も関わっている。あまり気持ちのいい内容ではないから、もしお前が知りたくないのならそう言ってくれ」

「えっ……?」


 千歳は俺の言葉を聴いて驚いている。

 今でこそ仲が改善されているが、千歳は今まで敦関係で散々傷ついてきた。

 これ以上古傷をえぐられるのは嫌だろう。

 米原め、今回千歳を連れてきたのは悪手だったぞ。


「千歳、お前が無理をする必要は――」

「私は、璃央先輩と瑠璃先輩がこうなった理由を知りたいです。兄が関わっているなら、なおさらです。気を遣っていただきありがとうございます。私なら大丈夫ですから、どうか全部話してください」


 千歳はやっぱりいいやつだな。

 普通だったら、こんな気まずい状況から一刻も早く逃げ出したいはずだ。


「よし、わかった。お前ら、準備はいいか?」


 みんなの視線が一斉に俺に集まる。

 俺は少し緊張しながらも、ゆっくりと話を始めた。







「うっ……。それはなかなか」

「厳しい状況だったんだね」

「り、璃央……。お前はこんなにつらい思いをしてたんだな……」

「璃央先輩、本当に私の兄がすみませんでした」

「……」


 話した内容が衝撃的だったのか、みんなは俺のことを憐れんだような目で見ている。

 別に同情してほしいわけではなかった。   

 でも、みんなに俺の過去を知ってもらったことで、なんだか心が少し軽くなったような気がするな。


「璃央、今までよく頑張ったな。教えてくれてありがとう」

「これは気軽に相談できる内容じゃないね。璃央が話さなかった理由もわかるよ。まさか二人が実の姉弟じゃなかっただなんて……」

「剛志、弘人……」

「り、璃央、ごめんな。私は表面上のことしか見えてなかったよ。私は友達失格だな」

「葵月、そんなに落ち込むな。前にも言ったが、俺は友達失格なんて思ってないから安心してくれ」

「り、璃央先輩。わ、私、先輩になんて言ったらいいか……」

「千歳、敦の件はもう解決したんだ。お前が悩む必要なんてないんだよ。だから、心配するな」

「……」


 さっきから米原は何も言ってこない。

 この沈黙には、いったいどういった意味があるのだろうか。


「……とりあえず、璃央の過去の壮絶さは理解したよ。つらいのに教えてくれてありがとね。だけど――!」


 米原は俺の目の前まで詰め寄る。

 それから、俺の胸ぐらを勢いよく掴んだ。


「だけど、あんたが今瑠璃にしている行為は許せない! 確かに過去の瑠璃は、あんたの心をズタズタにしたかもしれない! でも、あたしは、瑠璃がどれだけあんたを大切に想ってきたのかをよく知ってるんだよ!」

「お前は俺と瑠璃が本当の姉弟じゃないことを知ってたのか?」

「知ってたよ。一年のときに瑠璃から教えてもらったんだ。最初は驚いたよ。だけど、瑠璃はあんたのことを本当に大事な家族だと思ってた。あんたも覚えてるでしょ? 覗き見事件のとき、落ち込んでいたあんたを瑠璃が優しく励ましてくれたことをさ!」

「……そんなこともあったな」

「それに、なんであんたは瑠璃を赦せないの? 敦のほうが、瑠璃よりよっぽどひどいことをしてるよね?」

「そ、そうですよ、璃央先輩。私の兄を赦せたのなら、瑠璃先輩のこともきっと赦せるはずですよ」

「璃央は瑠璃の何が赦せないんだ? 私に教えてくれよ」


 女子たちがいろいろと質問をぶつけてくる。

 けれども、俺は女子たちの質問になぜか上手く答えられなかった。

 そういえば、なんで敦を赦せたのに、瑠璃のことは赦せないのだろう。

 正直、敦の行いよりも、瑠璃の行いは軽いともいえる。

 だけど、瑠璃の行いが何度もフラッシュバックしてきてしまう。

 そのせいで、俺は瑠璃のことを信用できなくなってしまっているのだ。


「本当に何なんだろうな、この気持ちは……」

「璃央……?」

「たぶん、俺は瑠璃に裏切られたと感じているんだ。瑠璃が今まで親身に寄り添ってくれていたのはわかってる。わかってるけど、過去の瑠璃の言動が頭にこびりついて離れないんだ。だから、瑠璃を赦せない。瑠璃を信用することもできないんだ」

「璃央……」

「それがあんたの答えなんだね。……それじゃ、璃央の発言も含めて今から多数決をとるよ。内容は、璃央が瑠璃に謝罪をする必要があるかどうか。もちろん、璃央は除外して、あたしたち五人で決める」


 米原は予想どおり、多数決を提案してきた。

 いや、提案するというより、これは強行だな。

 どうしても謝罪をさせたいらしい。


「じゃあ、璃央が瑠璃に謝罪すべきだと思う人は手を挙げて」


 米原はさも当然のように手を挙げた。

 しかし、米原以外は手を挙げていない。


「……じゃあ、璃央が瑠璃に謝罪するのは反対だって思う人は?」


 今度は誰も手を挙げていない。

 みんな難しい表情をしている。

 どうやら、みんなはまだ悩んでいるようだ。


「……あんたたち、いったいどっちなのかはっきりしてよ! 瑠璃の将来がかかってるんだよ!? ……ていうか葵月に千歳、あんたたちはあたしの意見に賛成するって言ってたよね? なんで手を挙げなかったの?」


 米原がさらっとすごいことを言っているな。

 やはり、この多数決は事前に仕組まれていたようだ。


「か、一紗先輩、この件は私たちの独断で決めていいことじゃないと思います」

「……どういうことよ、千歳?」


 米原は声を低くして千歳を問い詰める。

 一方、千歳は怯えて、泣きそうになっていた。


「す、すみません。あ、あの……」

「どういうことかって訊いてるんだけど?」

「一紗、私の後輩をいじめるのはやめてくれ」


 葵月が千歳と米原の間に割って入る。

 葵月と米原は互いに視線をぶつけた。


「私も千歳の意見に賛成だ。この件は、私たちが勝手に決めていいことじゃない。だから、私は手を挙げなかった」

「なっ……!?」


 米原は少し狼狽える。

 それから、ため息をついて剛志と弘人のほうを向いた。


「……あんたたちは、この件についてはどう思っているわけ?」

「すまん、一紗。俺もお前の意見には賛成できない。この件は璃央と瑠璃の問題だ。下手に干渉はできない」

「僕も剛志と同じ理由さ。外野がいくら騒いでも、意味はないと思うよ。この件に関しては、余計に拗れる可能性のほうが高いと思うからね」


 剛志と弘人は、はっきりと自分の意見を主張した。

 米原は二人の言葉を聴いて、しばらく黙ってしまう。

 剛志はそんな米原に近づき、肩に手を置いた。


「今の璃央が、瑠璃に謝罪をしても逆効果だと思うんだ。瑠璃だって、かりそめの謝罪をされても、嬉しいとは思わないだろうからな」

「……じゃあ、どうすればいいの!? どうすれば、あたしは瑠璃を救えるの!?」

「今は耐えるんだ。こちらからは下手に刺激するな。でも、瑠璃のほうから助けを求めてきたら、そのときは相談に乗ってやれ」

「……」


 米原はまた黙ってしまう。

 その後、剛志は俺のほうを向いた。


「お前もつらいときは俺たちに相談しろよ。いつでも待ってるからな」

「愚痴でもなんでも聴くから、少しは僕たちを頼ってほしいな」

「……ああ、ありがとな。剛志、弘人」


 俺は剛志と弘人に感謝した。

 こいつらが友達で本当によかったな。


「一応、俺たちもお前らの姉弟関係が、元に戻ってほしいとは思っている。今は赦せなくてもいい。お前のペースでいいから、ゆっくりと瑠璃との仲を修復していってほしいんだよ」

「……善処するよ」

「何よ、その返事は? あんたがさっさと瑠璃を赦して謝れば済む話なんだよ? 自分がややこしくしてるって自覚はないの!?」

「お、おい、一紗……」

「やっぱりあたしは、あんたたちの提案には賛成できない。今の璃央じゃ、瑠璃を赦すなんて到底できそうにないからね」

「そうか……」

「なんであんたはそんなに冷静でいられるのよ? 今まで瑠璃が、あんたのために尽くしてくれたことを忘れたの? 瑠璃は自分の罪を反省して、いつでもあんたの味方でいてくれたじゃない。そんな瑠璃を精神的に追い詰めるなんて、あんたは最低な男だよ!」

「一紗、落ち着け!」

「うるさい! さわんないでよ! 剛志ならあたしの味方してくれると思ったのに……。なんだか裏切られた気分だよ。もうあんたとは付き合ってられない。あたし、あんたと別れるから」

「な、何だと?」

「あんたたちの手助けなんかいらない。あたしは一人で瑠璃を救う方法を考えることにするよ。それじゃ、さようなら。もう気安く話しかけてこないでね」

「か、一紗……」


 米原は走って公園から出て行ってしまった。

 さすがの剛志でも動揺しているのか、米原を追わずに、その場で立ち尽くしている。


「すまん、剛志。俺と瑠璃の問題に巻き込んだせいで、こんなことに……」

「気にするな。俺はただ自分の意見を言ったまでだ。だから、後悔もしていない。こちらこそ余計な心配をかけたな。すまなかった」

「剛志……」

「俺と一紗のことは心配しなくていい。こっちは俺がなんとかする。時間が経てば、一紗も冷静さを取り戻すはずだ」

「……ありがとな、剛志」

「おう。じゃあ、そろそろ一紗を追いかけるとするか。みんな、また学校でな」


 剛志は全速力で米原のあとを追っていく。

 剛志は笑顔を作っていたが、無理をしていることは明らかだった。

 大方、俺たちを心配させないように、無理やり笑顔を作っていたのだろう。


 ごめんな、剛志、米原。

 こんな状況になったのは俺のせいだ。


 その後、微妙な空気になったので、残ったメンバーはすぐに現地解散することになった。

 こんな寒空の中、長い間みんなを付き合わせてしまい、俺は罪悪感を覚える。


「さっきはああ言ったけど、私も本心では瑠璃と仲直りしてほしいと思ってる。それを、忘れないでくれ。でも、無理はするなよ。私でよければ相談にも乗るからな」

「わ、私も葵月先輩と同じ意見です。こんな私でも話を聴くくらいはできますから」

「璃央はいつも自分一人で問題を抱え込むよね。いい加減、僕たちを少しは頼ってほしいよ。……まあ、そういう性格だからしょうがないか。でも、次は必ず僕たちを頼ってくれよな。僕たちは璃央の味方だからさ」

「みんな、ありがとな……」


 みんなは気を遣って、優しい言葉をかけてくれた。

 俺はその言葉が嬉しくもあったが、気を遣わせてしまって申し訳ないとも思ってしまう。

 みんなの想いに応えたい反面、俺はまだ瑠璃のことを赦せないでいた。

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