第二十四話 双子と学園祭 中夜祭 後編
俺と瑠璃と鈴音は、いったんじいちゃんと別れた。
なぜなら、午後からダンスのステージ発表があるからだ。
じいちゃんは俺たちのダンスが始まるまで、校内を見て回るらしい。
俺たちのクラスのダンスは、三段階に分かれていた。
最初はクラスで一番ダンスが上手い生徒が一人で踊る。
次にダンスがそこそこ上手い数名が踊り、最後に全員でダンスをするという手順だ。
ちなみに俺はダンスが下手なので、最後に踊ることになっている。
しかも、一番後ろの端のほうで。
まあ、怪我でまともに練習できなかったので、こればかりはしょうがないよな。
また来年頑張ればいいか。
最後のダンスではクラスの代表として、男女のペアが三組ほど一番前に出て踊るらしい。
その男女ペアには、なんと瑠璃と鈴音が含まれているのだ。
俺は昨日まで、そのことについてはなんとも思っていなかった。
だけど、鈴音を好きになって初めて気づいたことがある。
それは鈴音と一緒に踊る男子への嫉妬だ。
鈴音がほかの男子と楽しく踊るのは、内心穏やかものではなかった。
「よお、璃央。そんな暗い顔してどうした?」
「剛志、少しは察してあげなよ。璃央は、瑠璃ちゃんと鈴音ちゃんが、ほかの男子と踊ることに嫉妬してるんだよ」
剛志と弘人が背後から突然やってきた。
そして、俺の考えてることを的確に言い当ててきたのである。
「……そんなんじゃねぇよ」
「璃央はわかりやすいなー。どうせ図星だろ? 今日はあの二人とずいぶん楽しんでいたようだし。だからこそ、ほかの男子と踊るのが許せないんだよね」
「だな」
「お、お前ら、見てたのかよ?」
「ほかの生徒が噂してたんだよ。君たち三人のことをね」
「そ、そうなのか……」
瑠璃はともかく、確かに鈴音は美少女だ。
そんな女子を連れて歩けば、誤解もされるだろう。
噂話のネタになるのは、なんだか恥ずかしいな。
「それで、お前らはどうだったんだよ? 学園祭を楽しめたのか?」
「今日は一紗とずっと一緒にいたから、楽しかったぞ」
「僕も恵海と一緒にいれて、いい気分だったよ」
「そうか。それはよかったな」
二人とも楽しんだようで安心した。
まあ、俺も本音を言うと、瑠璃と鈴音と一緒に見て回れて楽しかったからな。
「それで……本当に明日、鈴音ちゃんに告白するのかい?」
「ああ、俺は明日、鈴音に告白する」
「俺たちにできることは何かあるか?」
「ありがたいが、気持ちだけ受け取っておくよ。明日は俺だけの力で告白しなければいけないんだ。こんなに待たせたんだからな」
「……わかった。頑張れよ、璃央」
「俺たちは応援してるからな」
「ありがとな」
いよいよ俺たちのクラスがダンスを踊る時間となる。
会場は満員に近かった。
そのせいか皆緊張していたが、いざ本番になったら見事なダンスを披露し、最高の形で発表を終えることができたのである。
俺は最後しか出てないが、クラスの一員としてダンスができたことを嬉しく思った。
みんな、ありがとな。
意外なことに、鈴音がほかの男子と踊っていても、俺は何とも思わなかった。
……いや、これは嘘だ。
やっぱり、少しだけ嫉妬してしまった。
これでは鈴音に嫌われてしまう。
しかし、鈴音のことだから、こんな嫉妬をする俺でも受け入れてくれるのではないか。
そんなことを期待している自分がいたのも、事実である。
恋というのは恐ろしいな。
いちいち変な幻想を抱いてしまうのだから。
ダンスが終わったあと、観客として見ていたじいちゃんと話をした。
じいちゃんは、俺たちのダンスを素直に褒めてくれたのである。
特に瑠璃のダンスが最高だったと言っていたな。
確かに瑠璃のダンスは上手かった。
しかし、ほかの男子と踊る瑠璃を見て、鈴音のときとはまた別の感情が湧いてきたのだ。
あの感情はいったいなんだったのだろうか……。
その後、一般公開が終了の時間になり、じいちゃんは先に帰ってしまった。
どうやら、明日も来てくれるらしい。
残念なことに、鈴音と瑠璃には仕事があるので、明日は一緒に回れない。
まあ、明日はじいちゃんと一緒に校内を見て回るとするか。
映画もまだ観てないのがあるし、巨大なお化け屋敷も気になるからな。
明日も楽しみだ。
一般公開が終わったあと、中夜祭が始まった。
中夜祭では、カラオケ大会やものまね大会、先生たちのバンド演奏などが行われる。
俺と剛志と弘人は、三人で中夜祭を見学していた。
そんな中、俺はトイレに行くために、途中で抜け出したのである。
手を洗っているとき、ハンカチがないことに気づいた。
今日持ってきたのは、去年瑠璃から貰った大切なハンカチだ。
さすがに失くすのはまずい。
何とかして見つけなければ……。
どこで落としたかはわからない。
なので、まずは特別棟から探すことにした。
生徒や先生たちは皆体育館にいるので、現在特別棟には誰もいないはずだ。
しかし、特別棟の三階でハンカチを探しているとき、屋上から誰かの声が聞こえてきた。
しかも、一人じゃなくて複数の声が聞こえる。
屋上は関係者以外立ち入り禁止のはずだ。
いったいどんな人物たちがいるのだろうか。
俺は反射的に近くの教室に入り、屋上から下りて来る人物たちをやり過ごすことにした。
悟られないように、扉の隙間から様子を窺ってみる。
その結果、下りて来た人物たちは、三人組の男性であることが判明した。
服装は学校の制服ではなく、私服を着ている。
どうやら、この学校の生徒ではなさそうだ。
「今回のバイトは儲かったな」
「そうだな。こんな簡単な仕事で一人五万も貰えることに驚きだぜ」
「依頼主も太っ腹だよな」
俺は三人組が階段を完全に下りるまで、息を潜める。
その間、俺は緊張して嫌な汗をかいていた。
三人組の声が聞こえなくなり、辺りが静かになった瞬間、俺は動き出す。
なんであいつらはこんなところにいたんだ?
そんな疑問を抱きながらも、俺はハンカチを探すために屋上へ向かう。
幸い、ハンカチは屋上の扉の前に落ちていて、無事回収することができた。
それでもなお、さっきの連中が何をしていたのかが気になったので、屋上に出て異常がないかを確認する。
屋上では涼しい風が吹いており、さっきまでかいていた汗が、一気に乾いていく。
けれども、屋上を見渡したとき、俺の身体からまた汗が噴き出した。
なんと、屋上のフェンスにもたれかかるように、誰かが倒れていたのだ。
俺はすぐにその人物のもとに向かった。
「大丈夫ですか!?」
俺は急いでその人物を確認する。
性別は男性のようだ。
外見は短髪で、ボロボロになった他校の制服を着ている。
男性は気を失っていて、顔にはいくつか痣がある。
片目が腫れ、鼻血を出し、口からも出血していた。
一目見ただけで、「誰かから暴行を受けた」ということがわかる。
「さっきのやつらがやったのか!?」
怒りの感情が湧いてきたが、あることに気づき、一気に冷静になる。
……おい、待てよ。
俺はこの人物に見覚えがある。
顔が腫れていてわかりにくいが、俺はこの人物をよく知っている。
なぜなら、この人物は千歳の兄で、昔俺をいじめていた『南條敦』だったのだから。
「先生大変です! 怪我人がいました!」
俺は気を失った敦をおぶって、なんとか保健室までたどり着いた。
しかし、保健室には誰もいなかったのである。
「クソッ! なんで誰もいないんだよ!」
俺は悪態をつきながら、ベッドに敦を寝かせた。
同時に、外から足音がし、保健室に誰かが入ってくる。
保健室に入ってきたのは、俺が呼んだ瑠璃と千歳だった。
「――っ!? 敦!?」
「兄さん!?」
この状況を目の当たりにした二人は、明らかに動揺していた。
特に千歳はかなり深刻な顔をしている。
「瑠璃。いきなりで悪いんだが、敦に応急措置をしてやってくれ。かなり状態が悪そうだからな」
「……」
「瑠璃?」
瑠璃は敦を無言で見つめていた。
どうやら、瑠璃は葛藤しているようだ。
そういえば、瑠璃はまだ敦を赦せていないんだったな。
「瑠璃先輩! 私からもお願いします! どうか兄を助けて下さい!」
千歳は目に涙を浮かべながら、頭を下げている。
そんな千歳を見て、瑠璃はゆっくりと口を開いた。
「……今回だけだからね」
「あ、ありがとうございます! 瑠璃先輩!」
瑠璃は無表情のまま、敦の応急措置を始めた。
「……ん? ここは? うっ、痛ぇな……」
応急措置を終えてから約三十分後。
敦はようやく意識を取り戻した。
「兄さん! 無事でよかった! 怪我は大丈夫?」
「ち、千歳? それに、璃央や瑠璃もいるじゃねぇか? いったいどうなってやがる?」
「兄さんが怪我をして、気を失っている間に、璃央先輩と瑠璃先輩が助けてくれたんだよ」
「そ、そうなのか? 悪い。お前らにはまた迷惑をかけたな……」
「……」
「敦。目覚めた直後で悪いが、お前に何が起こったか説明してもらえるか?」
「兄さん、私も知りたいよ」
「……ああ、わかった。覚えてるところまで話してやるよ」
敦は自分が気を失うところまでの話を始めた。
まず、敦が学園祭に来た理由は、千歳が家に忘れた財布を届けるためだったらしい。
敦は財布を届けたあと、すぐに帰る予定だった。
しかし、この学校の制服を着た女子生徒に声をかけられ、特別棟の屋上まで連れていかれたらしい。
そして、その女子生徒にいきなり告白をされたというのだ。
敦は怪しいと思っていたが、話しているうちに、その女子生徒に好意を抱いてしまったらしい。
敦と女子生徒は一般公開の時間が過ぎるまで話をしていた。
すると女子生徒に、「用事が終わるまで屋上で待っててほしい」と言われたらしい。
敦はその女子の言葉を信じて、そのまま屋上で待っていたようだ。
その女子生徒を待っているとき、突然さっきの三人組が現れて、暴力を振るわれ、気を失ってしまった。
……というのが事の顛末らしい。
敦は三人組について、何も知らないと言っていた。
何も盗られていなかったので、敦に暴行をするのが目的だったようだ。
「……話してくれてありがとな、敦。つらかっただろ?」
「お前が気にすることでもねぇよ。あいつらが俺を襲った理由はわからないが、これはたぶん、俺への制裁なんだ。お前にひどいことをしたツケがまだ残ってたんだよ」
「そんなことはない。俺はお前を赦したんだ。それですべて解決したはずじゃないか」
「いいえ、違うわ。たとえあなたが赦したとしても、あなたの周りの人たちが赦すとはかぎらないのよ。……私のようにね」
瑠璃は敦をにらみつけながら、冷たく言い放つ。
いつも誰にでも優しい瑠璃だが、敦に対してだけは刺々しい態度をとっている。
それほど、敦が憎いのか。
もしかしたら、俺が思い出してないだけで、まだつらい記憶があるのかもしれない。
「とにかく、これは犯罪だ。警察に相談したほうがいいな」
「警察なんて必要ねぇよ。俺が黙っていれば、それで問題ねぇだろ?」
「あんたにとっては、黙って受け入れるほうがいろいろと都合がいいわよね? もし警察に介入されたら、璃央をいじめた過去がばれて、あんたが捕まる可能性も――」
「おい! 瑠璃! その話はやめてくれ! 俺の件はもう終わったことなんだ!」
瑠璃は相変わらず、険しい表情で敦をにらみつけている。
ダメだ。
やはり瑠璃を交えて、敦と会話することは難易度が高すぎる。
瑠璃の徹底した敦を嫌う態度に、千歳はおどおどとしていて、今にも泣き出しそうだ。
きっと、兄である敦と交流のある瑠璃との間で板挟みになり、複雑な感情を抱えているに違いない。
「……話はもう終わりにして、俺はさっさと帰ったほうがよさそうだな。俺がいると、どうしても空気が悪くなる」
「兄さん……」
「今回の件は俺だけの問題だ。お前らは何もしなくていい。それに、俺のせいで、千歳が楽しみにしていた学園祭をぶち壊したくはないからな」
敦はベッドから立ち上がり、ふらつきながらも、保健室の扉に向かっていく。
まだ体調が悪そうだ。
「お前、本当に大丈夫か? もう少し休んでいたほうがいいんじゃないか?」
俺は敦の肩を掴み、引き留めようとした。
だが、すぐに掴んだ手は振り払われる。
「うるせえな! 俺はもうこれ以上、お前らにも千歳にも迷惑をかけたくねえんだよ! 俺一人が痛めつけられて済む話だったら、それでいいだろ!? 俺にはもう関わるな!」
敦は凄い剣幕で声を荒らげる。
そして、扉に手をかけ、保健室から出ていこうとした。
「に、兄さん、私も一緒に帰るよ!」
千歳は敦に駆け寄り、小さな身体でふらつく敦の身体を支えた。
そんな千歳の行動に敦は驚いているようだ。
だが、すぐに敦は千歳を受け入れた。
どうやら一緒に帰るつもりのようだ。
「璃央、瑠璃、今日はありがとな。だがな、お前らと会うのはもうこれっきりだ。俺が言えた義理じゃねぇが、いい人生を送ってくれよ。じゃあな」
敦は千歳に支えられながら帰っていく。
しかし、瑠璃の険しい表情は、しばらく元に戻ることはなかった。
敦と千歳が帰ったあと、俺と瑠璃もそのまま一緒に帰ることにした。
あんなことがあったので、俺たちには中夜祭を楽しめる余裕がなかったのだ。
剛志と弘人には、「先に帰る」と一応連絡を入れておいたが、不審がられただろうか。
帰り道で、瑠璃は一言も話さなかった。
それは帰宅しても変わらず、そんな瑠璃の姿を見たじいちゃんは少し気まずそうだった。
現在時刻は午後十時。
結局、瑠璃とは何も話さなかった。
以前のように、この時間帯になれば俺の部屋を訪れると思っていたが、今回は例外のようだ。
俺は敦の件についても悩んでいた。
あの三人組の会話から察するに、依頼主がいるというのは明らかだ。
だが、なぜ敦を狙っていたのだろう。
もしや、敦がまた何か悪いことでもしたのか。
いや、敦は心を入れ替えたんだ。
千歳が悲しむようなことを、今の敦がするはずがない。
それに、俺とも約束をしたんだ。
まだ情報が少なく、わからないことが多い。
俺は頭を抱えることになった。
そんなとき、突然携帯が鳴る。
こんな遅い時間に誰かが連絡をしてきたようだ。
確認してみると、鈴音から連絡がきていた。
鈴音からの連絡ということもあって、少し緊張していたが、俺は勇気を出して送られてきた文面を読む。
しかし、鈴音から送られてきたものを見た瞬間、俺は思わず声を失い、血の気が完全に引いてしまう。
そこには、『璃央君のために、私頑張ったよ!』という文章とともに、傷だらけになった敦の写真が映っていた。
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