第三十五話 双子の対峙 後編

 俺は今、瑠璃の部屋の前にいる。

 緊張感を和らげるために、一回深呼吸をした。

 改めて気持ちを整えてから、部屋の扉を軽くノックする。


「瑠璃、ちょっといいか? 話したいことがあるんだ」


 しかし、瑠璃からの返事はない。

 まあ、当然こうなるよな。

 あれだけ自分を拒絶したやつと、話なんかしたくはないだろう。

 逆の立場になると、よくわかる。


 けれども、俺は諦めない。

 どんなに瑠璃に嫌われようと、謝罪の言葉だけはちゃんと伝えるんだ。

 もう一度扉をノックして、声をかけた。

 だけど、やっぱり返事はない。


 ……本当に瑠璃は部屋の中にいるのか?

 あまりにも静かすぎるので、扉の近くで聞き耳を立てる。

 部屋からは物音一つ聴こえない。


「瑠璃、開けるぞ。いいな?」


 一声かけてから、ノブをゆっくりと回す。

 扉の鍵は施錠されておらず、すんなりと開く。 

 部屋の中は、綺麗すぎるくらいに整理整頓されていた。

 ここは、本当に引きこもっていた人間の部屋なのか?

 そんな疑問を抱くほどだった。

 しかし、肝心の瑠璃は部屋にはいない。


「おい、まさか……!?」


 精神的に追い詰められた人間が、部屋を綺麗にして、突然いなくなる……。

 あのときの俺とそっくりな状況じゃないか!

 だとしたら、まずい!

 一刻も早く瑠璃を見つけて引き止めなければ!


「じいちゃん! 今どこにいるんだ!?」

『おお、璃央か。そんな大きな声を出して、どうしたんじゃ?』

「瑠璃が突然いなくなったんだよ! もしかしたら、命に関わる問題かもしれないんだ!」

『何じゃと!?』

「俺はこれから町中を走って瑠璃を探す! じいちゃんは車で町中をまんべんなく探してくれ! もし見つけたら、俺に連絡してほしいんだ!」

『わかった! お前も気をつけるんじゃぞ!』

「ありがとう! じゃあ、またあとで連絡する!」


 俺はまず、じいちゃんに電話で現在の状況を伝えた。

 だけど、これではまだ不十分だ。 

 俺たちが住んでいる町はかなり広い。

 二人だけでは、瑠璃を探し出すなんて不可能に近いのだ。


「もしもし、俺だ! やっと出てくれたな」

『あたしに電話してくるなんて、何のつもり? 今あんたと話したくないんだけど。切るよ?』


 次に、俺は米原に電話をかけたのである。

 瑠璃を探すためには、米原の協力がどうしても必要と判断したからだ。


「待て! 切らないでくれ! 大事な話があるんだよ! 実は、瑠璃が突然いなくなったんだ!」

『ほ、ほんとに……!?』

「ああ、本当だ! 俺はこれから瑠璃の行きそうな場所をあたってみる! 米原は剛志たちにこのことを連絡してくれ! みんなで町の中を探してほしいんだ!」

『わ、わかった!』

「もし、瑠璃を見つけたら俺に連絡してほしい! みんなにも伝えておいてくれ!」

『う、うん!』

「切らないでくれてありがとな! 米原、頼んだぞ!」

『任せといて! あんたも気をつけて探しなさいよ!』

「ああ、わかってる! また、連絡するからな!」


 俺は素早く電話を切る。

 それから、瑠璃が行きそうな場所をシラミつぶしに探すことにした。







 河川敷、学校、近所のスーパー、ショッピングモール、公園、プール施設、商店街、霊園、神社。

 瑠璃と一緒に訪れた場所をすべて探し回った。

 しかし、瑠璃はどこにもいない。

 

 先ほどみんなから連絡があったのだが、誰一人瑠璃を見つけられなかった。

 これだけ探して見つからないのはおかしい。

 もしかして、隣町まで行ったのか?

 そうなると、いよいよ警察を頼るしかない。

 だが、それは最終手段だ。

 あともう少し探してダメだったら、そのときは素直に警察を頼ろう。


 その後、俺は町外れにある大きな川の近くまでやってきた。

 辺りはもうすっかり暗くなり、気温も下がっているせいか、口から白い息が漏れてくる。

 しかも、雪がしんしんと降っていて、視界が非常に悪かった。


 俺の身体は走っているおかげでかなり温かい。

 いや、むしろ熱いくらいだ。

 そのうえ、厚手のコートと瑠璃から貰ったマフラーを身につけているので、まったく寒くない。 

 瑠璃が今どんな服装をしているのかはわからない。

 もしかしたら、この寒空の中、薄着で出歩いているのかもしれないのだ。

 そう考えると、瑠璃の体調が心配になってくる。

 一刻も早く瑠璃を見つけなければならない。


 隣町へと続く巨大な橋を渡っていると、あることに気づく。

 歩道用の橋の中ほどに、ぽつんと立つ人物を発見したのだ。

 その人物はピンク色の羽織ものを着ていて、髪もほどほどに長い。

 女性のようだが、まだ瑠璃かはわからなかった。

 

 その人物に近寄ってみると、俺はすぐに確信した。

 間違いない、あれは瑠璃だ。

 俺が瑠璃を見間違えるはずがない。

 寒空の中、瑠璃は橋の上から、川底をじっと見つめていた。

 この橋は結構な高さがある。

 万が一、橋から落ちてしまった場合、きっと無事では済まないだろう。


「瑠璃!!」


 不安が募った俺は、急いで瑠璃のもとへと駆け寄る。

 近づくにつれて、次第に心臓の鼓動が早くなっていく。


「……璃央?」


 どうやら、瑠璃もこちらに気づいたようだ。

 頼むから、そのままじっとしといてくれよ。


「来ないで!」


 瑠璃は俺を見た瞬間、そう叫んだ。

 俺は驚いて、思わず立ち止まってしまう。

 俺と瑠璃の距離はまだ十メートルほど離れていた。

 瑠璃の服装は、青色のパジャマに薄いピンクの羽織ものを着ているだけで、見るからに寒そうだ。


「瑠璃、家に帰ろう。そんな格好じゃ寒いだろ? それに、雪の降りも強くなってきた。このままじゃ、風邪を引くぞ?」


 俺は体調を気にかけながら、ゆっくりと近づいていく。

 すると瑠璃は、俺が前進するたびに後ろに下がっていった。


「……もうあの家には帰れない。私には帰る資格がないのよ。だって、そうでしょ? あなたを追い詰めたのは、この私なんだから……。しかも、あなたに隠しごとをしたまま、のうのうと暮らしていたのよ? ひどい人間だと思わない?」


 瑠璃は白い息を吐きながら自分を責めている。

 やはり寒いのか、自分の腕を抱きながらさすっていた。


「……なんで私は実の姉弟だと偽っていたと思う?」

「それは、俺の記憶を――」

「その理由はね、実の姉弟なら、ずっとあなたのそばにいられると思ったからなの」

「……え?」

「最初は、そう思っていた。だけど、あなたと毎日一緒に暮らしているうちに、私はあなたのことを好きになってしまったの。弟としてではなくて、一人の異性としてね。あなたを私のものにしたいと強く思ってしまったのよ。今まで私はあなたを独占するために、さまざまな悪行を裏で重ねてきた。鈴音が以前に話していたことは、全部正しかったのよ」

 

 瑠璃は腕を抱いたまま、徐々にうつむいていく。

 そのせいで表情が見えなくなり、瑠璃が何を考えているかわからなくなる。


「あなたが学校のみんなに嫌われるようになったのは、私のせいなの。私が先生にあなたのことを密告した。表向きは、ほかの女子のために密告したことになっているけど、それは違う。本当は、あなたをほかの女子から引き離すためだったのよ……」


 瑠璃は自分が悪いと言っているが、そんなことはない。

 覗き見事件は俺自身の過ちだ。

 遅かれ早かれ、俺は誰かに通報されていただろう。


「瑠璃、その件は――」

「みんなでプールに行ったときもそうだったわ。実はね、私はあなたと鈴音の様子を監視していたの。仲良く手を繋いでいる様子を見て、私は嫉妬心に駆られたわ。だから、私もあなたと手を繋いだのよ……」


 瑠璃は俺の言葉を遮り、自分が犯した過ちを物静かに語っていく。

 声量はあまりないが、その言葉は俺の耳に残るほどはっきりと聞こえてくる。


「花火大会のときもそう。あなたが鈴音に告白されたとき、私と葵月はその様子を隠れて見ていたのよ。鈴音が璃央に抱きついているのを見て、私は嫉妬どころか怒りが爆発したわ。結局、あなたは答えを先延ばしにしたけど、私はすぐにでも断ってほしいと思っていたの。あれがきっかけで、私は鈴音のことが徐々に嫌いになっていったのよ……」


 花火大会のときのことも見られていたのか。

 正直、あれを見られていたと思うと恥ずかしいな。

 あのとき瑠璃の機嫌が悪かったのは、そういう理由だったのか。


「二学期が始まったときも、私は頭を抱えていたわ。鈴音の猛烈なアプローチを見て、私は心が穏やかじゃなかった。仕方なく協力してたけど、内心鈴音には諦めてほしかったの……」


 一時期、瑠璃が一緒に帰らないときがあった。

 あのときは、相当無理をしていたんだな。


「そんなとき、あなたがひどい怪我を負った。青天の霹靂だったわ。けれども、私は嬉しかった。怪我をしている間、ずっとあなたのお世話をすることができたんだもの。でも、葵月の行動は予想外だった。まさか葵月が、あなたのお世話をしたい、なんて言うと思わなかったわ。あのときは、葵月の言動に少しモヤッとしたのよ。……聞いて呆れるわよね。私は葵月に対しても、そんなことを思っていたのよ……」


 瑠璃の言葉がだんだんと震えてくる。

 確かにあのときの葵月の行動は読めなかったな。


「誕生日のときも、鈴音と葵月はおかしかったわ。プレゼントのチョイスも意味深なものだったし。もし、知ってて渡したのなら大したものね。実はね、私はそれも気にくわなかったのよ……」


 プレゼントの意味だと?

 そういえば、調べるのを忘れていたな。

 瑠璃の反応を見るに、あのプレゼントは好意の表れみたいなものだったのだろうか。


「そんなときに、あの事件が起きた。鈴音の復讐事件、あれは意表をつかれたわ。鈴音が敦に復讐心を抱いているとは思わなかったの。私はね、あのとき鈴音を否定していたけど、心の中では痛いほど理解できた。もしかしたら、私も鈴音のような手段をとっていたかもしれないわね……」


 瑠璃は自分を抱きしめながら、激しく震えていた。

 瑠璃は復讐心をなんとか抑えこんでいたんだな。


「鈴音がいなくなったことを好機だと思った私は、あなたに全力で尽くすことにしたの。あなたを私のものにするためにね。だけど、あなたは記憶を取り戻した。そして、私はあなたに拒絶されたの。自分で蒔いた種だとわかっていても、すごく悲しかったわ……」


 瑠璃はうつむいてしまい、表情が読み取れなくなる。

 いったいどんな気持ちで、次々と暴露話をしているのだろうか。


「……璃央は私の話を聴いてどう思った? 私のことを『嫉妬深くて醜い最低な女』って思ったでしょ? 同時に私は、弟に恋愛感情を抱いている『気持ちの悪い女』でもあるのよ」


 瑠璃はまだ自分自身を抱きしめている。

 それも爪が肉に食い込むほど強く。


「だから、私はもう家には帰れないの。私には、あなたと一緒に生きていく資格なんてないのよ。私の居場所なんて、もうこの世界には存在しない。それなら、私は……」


 瑠璃は橋の手すりに手をかける。

 その瞬間、俺は瑠璃の次の行動を予測できた。


『瑠璃は橋から飛び降りようとしている!』


「瑠璃!! やめろ!!」


 俺は叫ぶと同時に、全速力で瑠璃との距離を詰める。

 そして、橋の手すりから身を乗り出そうとする瑠璃をなんとか捕まえた。


「璃央、離してよ! これが私の選択なの!」

「何が選択だ! 自分勝手に死のうとしやがって! 残された人たちのことを考えてみろよ!」

「あなたに言われたくはないわ! ねぇ、離して! 私なんか生きてちゃいけないのよ!」

「それはできない相談だ!! それに、本当に悪いと思ってるんなら、死んで逃げるんじゃなくて、生きて俺のそばで一生罪を償ってくれ!!」

「……え? あなた、今なんて……」

 

 俺は隙をついて、瑠璃の身体をなんとか持ち上げることに成功する。 

 その状態を保ちながら、瑠璃を歩道の真ん中に移動させた。

 そして、俺は瑠璃を正面から抱きしめる。


「たしかに瑠璃は悪いことをしたのかもしれない。だけど、俺はお前を赦すよ」

「璃央は……こんな私を……赦してくれるの?」

「ああ、何度でも言うよ。俺はお前を赦す。それに、俺はこれからもお前と一緒にいたいんだ。だから、死ぬなんてことを言わないでくれ……」

「う、うん……」


 先ほどまで暴れていた瑠璃だが、俺の言葉を聴いた途端、急に大人しくなった。

 瑠璃が苦しくならないように、両腕の力を少し緩める。

 俺は瑠璃を抱きしめたまま、乱れた呼吸を整え、謝罪をする準備をした。


「俺が間違っていたんだ。俺は必要以上に瑠璃を責めて、心を深く傷つけてしまった。瑠璃がどれほど不快な思いをしたのか、俺には想像がつかない。だから、俺は瑠璃に嫌われても、仕方ないと思ってる」

「それは違うわ。あなたは何も悪くない。私は自分を嫌いになることはあっても、璃央を嫌いになることはないわ」


 瑠璃は俺の腕を力強く掴んだ。

 俺は気にせず話を続ける。


「……ありがとな。でも、俺がお前にひどいことをしたのは事実だ。それは赦されない。本当に、本当にごめんな、瑠璃」

「璃央……」

「俺にとって、瑠璃はものすごく大切な家族だ。俺はもう二度と間違えない。瑠璃さえよければ、また家族として一緒に暮らしてくれないか? もちろん、瑠璃が嫌なら無理強いはしない」


 瑠璃への謝罪の言葉はなんとか言い切った。

 あとは瑠璃の気持ちを聴くだけだ。

 果たして、瑠璃は俺を赦してくれるだろうか。


「……璃央、あなたは優しいわね」


 瑠璃はゆっくりと、穏やかな声でそう言った。

 瑠璃は自分の腕を俺の背中に回して、お互いに抱き合う形になる。

 そこで初めて気がついた。

 たぶん、瑠璃はこの一か月、食事をあまりとれていなかったのだろう。

 元々身体が細かったのに、今は以前よりもさらに細くなっているように感じた。


「さっきも言ったけど、璃央を嫌いになることは絶対ないわ。それに、私は最初から、あなたを憎んでなんかいない。私の赦しなんて必要なかったのよ。こちらこそ、こんな私でもいいなら、また家族としてよろしくお願い……しま……す……」


 瑠璃は震えながらも、そう言ってくれた。

 辺りが薄暗くて瑠璃の表情はあまりよく見えない。

 だけど、今にも泣き出しそうな状態であることはわかった。

 

「ありがとう、瑠璃。これからもずっと一緒だ。お願いだから、もう二度と死ぬとか言わないでくれよ」


 俺はよりいっそう瑠璃を強く抱きしめる。

 瑠璃がどこにも行かないように。


「……もう大丈夫。だって、今は璃央がいてくれるから。でもね、それはあなたにも言えることよね? 璃央も、もう二度といなくなろうとか考えないで」

「ああ、もうそんなことはしないよ。瑠璃がいてくれるからな。……あと言い忘れてたけど、今までありがとな、瑠璃」

「……それは、何に対してのお礼?」


 瑠璃は不思議そうな顔をして、俺を見つめてくる。

 顔の距離が近いせいなのか、恥ずかしくなってしまい、つい目が泳いでしまう。

 大事な場面なのだから、瑠璃とちゃんと向き合って、感謝の言葉を伝えなければならない。

 俺はどうにか視線を合わせてから、緊張でカラカラになった口を開く。

 

「こ、これは、瑠璃が俺に尽くしてくれたことに対してのお礼だよ」

「そんなの必要ないわ。私が璃央に尽くすのは当たり前のことよ。大事な家族なんだし。それに、私は璃央のことを愛しているから、全然苦じゃなかったわ」

「お、おう、そうか……」


 瑠璃は俺の背中に回した腕の力を強める。

 だけど、その力は余りに弱々しい。

 やはり、瑠璃はかなり疲弊しているようだ。

 それに加えて、今は気温も低くて寒い。

 薄着の瑠璃には、さぞつらい状況であろう。

 俺はとりあえず、自分のつけているマフラーを瑠璃の首もとに巻いてあげた。


「あ、ありがと……」


 次に、俺はじいちゃんに電話をかけ、ここまで迎えに来てもらうことにした。

 ここから歩いて帰るのは、今の瑠璃ではたぶん無理だろう。

 なので、じいちゃんを呼んだのである。

 その後、俺と瑠璃は近くにある公園の駐車場を目指すことにした。

 そこがじいちゃんとの待ち合わせ場所なのだ。


「今じいちゃんに連絡した。ちょうどこの近くで探していたらしいから、すぐに来てくれるはずだ。寒いと思うが、あとちょっとだけ我慢してくれ」

「わかったわ……」


 俺たちは橋を渡りきって、公園の駐車場に到着した。

 しかし、瑠璃はなぜか無言になり、その場でずっとうつむいている。

 まさか、身体に異常でもあるのだろうか。


「瑠璃、どうかしたのか?」

「璃央、マフラーだけじゃ寒いわ。また私をさっきみたいに抱きしめて、温めてちょうだい」

「お、おう、そりゃそうだよな。悪いな、気が利かなくて。……というか抱きしめるより、このコートを瑠璃に――」

「早く」

「わ、わかったよ……」


 俺は言われたとおりに、瑠璃をまた抱きしめようとした。

 いくら家族といっても、いざ正面から抱きしめるとなるとちょっと恥ずかしいな。


「ねぇ、璃央。頭に雪がついてるわ。取ってあげるから、ちょっとかがんでくれる?」

「ん? こうか?」


 次の瞬間、俺の唇は何か柔らかいもので塞がれる。

 それが瑠璃の唇だと認識するまで、それほど時間はかからなかった。


「お、おい! 瑠璃! 何してるんだよ!?」

「何って、キスよ、キス」

「俺たちは家族だろ!? こんなこと……」

「あら、家族だってキスくらいするわよ」

「いや、だからといって、直接口にするなんて……」


 そのとき、後ろから車のクラクションの音が聞こえた。

 どうやら、じいちゃんが迎えに来てくれたようだ。

 ナイスタイミングだ、じいちゃん!


 俺は喜びながら、じいちゃんのもとへ走り出そうとした。

 しかし、なぜか瑠璃が俺の手を力強く掴んで、動きを止めたのだ。


「ど、どうしたんだ?」

「璃央、私を赦してくれてありがとう。改めてお礼を言わせてちょうだい。あなたのおかげで、私は救われたわ」

「そんなに畏まるなよ。まあ、俺もお前に救われたんだから、お互い様だな。ありがとな、瑠璃」

「そ、そうよね……」


 普通に繋いでいた手は、だんだんと恋人繋ぎに移行していく。

 死人のように冷たかった瑠璃の手は、俺の熱い体温で温まり、徐々に生気を取り戻していった。


「さあ、帰ろう。俺たちの家に」

「ええ、帰りましょう。私たちの家に」


 俺と瑠璃は手をしっかりと繋ぎながら、ゆっくりと歩みを進めたのだった。

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