第二十七話 双子と兆し

 気がつけば、十二月ももう半ばを過ぎていた。

 今年もあと半月ほどしかない。

 冬の寒さも本格的になり、毎朝温かい布団から出られない日々が続いている。


 心の傷もだいぶ癒えてきた。

 これはみんなのおかげともいえる。

 みんなの支えがあったから、俺は立ち直ることができたのだ。

 いずれ、この借りはなんらかの形で返していこう、と俺は思った。


 話は変わるが、鈴音のことについて少し話そう。

 鈴音は最近学校に登校するようになった。

 さらに別のクラスの女子と友達になったらしい。

 鈴音とその女子は仲が良いようで、昼食や登下校するときはいつも一緒のようだ。

 その様子を見た俺は、なぜか自然と胸を撫で下ろしていたのだった。







 世間はクリスマスムード一色だ。

 テレビや雑誌ではカップル、家族向けのクリスマス特集が組まれ、盛り上がっている。

 一方ネットでは、独りでクリスマスを過ごす者たちの悲痛な想いを、多く目にするようになってきた。 

 独り身の俺は、今年のクリスマスは家族と過ごすことになりそうだ。

 去年のクリスマスは、剛志と弘人と俺の三人で集まって、男同士の絆を深めた。

 しかし、今年は去年とは違う。

  

 剛志と弘人には彼女がいるのだ。

 今年のクリスマスは二人とも、彼女との時間を優先するだろう。 

 俺は若干だが、複雑な気持ちになっていた。

 別に妬んでいるわけではないが、少し寂しいのだ。


「どうした? 体調でも悪いのか?」

「大丈夫。ちょっと考えごとをしてただけだ」

「考えごと?」


 現在俺と剛志と弘人は、駅前のファミレスで昼食をとっていた。

 今日は二人とも部活がないので、俺たちはこうして集まっている。


「考えごとってあれかい? 瑠璃ちゃんとおじいさんに送るプレゼントのことだろ?」

「まあ、そんなところだ」


 今日は三人で、家族や彼女へのクリスマスプレゼントを選ぶことになっている。

 プレゼントを買うことは、別に問題ではない。

 それよりも、俺が自分の感情を誤魔化して、二人に嘘をついてしまったことのほうが重大だ。

 俺は恥ずかしくて、「寂しい」という気持ちを素直に言えなかった。

 でも、それは割りきって慣れるしかないか。

 俺も早く大人にならないといけないな。


「腹もふくれたことだし、そろそろプレゼントを買いに行くとするか」

「そうだね。璃央は大丈夫かい?」

「ああ、問題ない」

「よし! じゃあ、行くとするか」


 俺たちは会計を済ませ、ファミレスをあとにした。

 それから、俺たちはショッピングモールへと足を運ぶ。


「……弘人。お前は去年のクリスマスのときには、もうすでに中城さんと付き合ってたんだよな?」


 道中、ずっと前から疑問に思っていたことを、弘人に尋ねた。

 弘人は不思議そうな顔をしている。


「うん、そうだけど。それがどうかしたのかい?」

「去年のクリスマスは平日だったし、ずっと俺たちと一緒にいたよな? 中城さんとはいつ会ってたんだ?」

「えーと……。クリスマスが終わった次の日が休日だったから、その日にデートをしたんだよ」

「よくよく考えてみると、弘人は結構な大罪を犯しているよな。お前は俺たちのことをどんな目で見てたんだ?」

「もしかして、独り身だった俺たちを見て、優越感に浸っていたんじゃないだろうな?」


 俺と剛志は弘人に疑惑の目を向ける。

 弘人は俺たちに詰められて、少したじろいでいた。


「その件についてはごめん。でもね、僕は君たちに対して、マウントを取ろうとかは考えていなかったよ。君たちのことは、大事な親友だと思って接してたさ。そうじゃなければ、わざわざクリスマスの日を、君たちのために空けると思うかい?」


 弘人は真剣そうな顔をして、そう言った。

 裏切っていたのは事実だ。

 しかし、俺たちに配慮をしてくれているのも何となく感じられる。


「……そうか。裏切ってはいたが、同時に俺たちのことを大切に思ってくれていたんだな。そこは信じよう。それに免じて、あとでたこ焼きを奢るだけで、今までのことは全部チャラにしてやる」

「もちろん、俺の分もな」

「ははっ、わかったよ。それで許されるのなら、喜んで奢らせてもらうよ」

「約束だぞ。じゃあ 、この件は終わりだな。改めてプレゼント選びを始めるとするか」







「さ、寒い……」


 今日は十二月二十四日。

 世間でいうクリスマスイブの日である。

 時刻は午後八時頃だ。

 俺と瑠璃とじいちゃんは、自宅から車で約四十分ほど走ったところにある、自然豊かな国営公園に来ていた。

 この公園に来た理由は、イルミネーションを見るためだ。


 俺は初め、この公園のイルミネーションについて、まったく知らなかった。

 ついこの間、テレビでこの公園が特集されたことで初めて知ったのだ。

 そのとき、ちょうど瑠璃とじいちゃんもテレビを観ていた。

 公園の綺麗なイルミネーションの映像を見た二人は、「本物を見たい」と意見を合致させたのだ。

 その結果、今に至る。


 それにしても寒い。

 俺は冬が好きだ。

 だが、ここまで寒いとさすがにつらくなってくる。


「寒いのは今だけじゃよ。歩いてるうちに自然と身体が温まってくるはずじゃ。では、行くとするかの」

「璃央、大丈夫? ほら、手を出して。私が直接温めてあげるわ」

「い、いや、遠慮しておくよ」


 俺たちは公園の玄関口である、ガイドセンターで入場料を払ってから、公園内に足を踏み入れる。

 公園に入ってみると、さまざまな色の光を纏った、複数の大きな木々がお出迎えをしてくれた。


「綺麗ね」

「ああ、綺麗だ」

「これがウェルカムツリーというやつか? 綺麗じゃのー」


 瑠璃とじいちゃんは携帯で写真を撮り始める。

 瑠璃はわかるけど、じいちゃんも写真を撮るとは意外だ。


「璃央は写真を撮らないの?」

「あー、いや、俺は携帯で写真を撮るのが苦手なんだよ。悪いけど、撮った写真をあとで俺に送ってくれないか? 瑠璃の撮る写真は綺麗だから、待ち受け用にぜひとも欲しいんだよ。だから、頼む。瑠璃のじゃなきゃダメなんだ」

「……まったく、しょうがないわね。撮った写真はあとで全部送ってあげる」

「ありがとう、助かるよ。今度瑠璃に何かお礼しなきゃな」

「お礼なんていらないわ。家族なんだからこれくらい当たり前よ」

「そ、そうか?」

「よーし! 綺麗な写真が撮れたぞい。お前たちはどうじゃ?」

「こっちもOKだ。それにしても、じいちゃんが写真を撮るなんて珍しいな。誰かに見せるのか?」

「友達やクリニックのみんなに見せてあげたいと思ったんじゃ。それに、孫と一緒に行けたことを自慢できるしの。さあ、どんどん行くぞい」


 入り口のウェルカムツリーを通り過ぎ、俺たちは公園の順路を回ることにした。

 今日はクリスマスイブなので、公園には家族連れやカップルなんかもたくさんいる。

 はぐれないように気をつけないとな。


 次に現れたのは光るバラのアーチだ。

 よく見てみると小さなバラの一つひとつが光を放っている。

 バラのアーチは複数あり、それぞれ青色、赤色、黄色、白色に分かれていた。

 どれも鮮やかで綺麗だ。


 そして、バラのアーチを進むと、この公園で一番広いエリアに出た。

 広場ではさまざまな色の光があふれている。

 広場全域がおとぎ話に登場するような、きらびやかな世界の雰囲気を漂わせていた。

 光の回廊の脇には、先ほどの木々のようなイルミネーションツリーがたくさん配置されている。

 木々の真下にもさまざまな色のイルミネーションが敷きつめられていた。

 

 広場の中央にある大きな池の上には、光の柱が何本も立っている。

 柱と柱の間には光のレースがかけられ、神秘的に光っていた。

 さらに池にかかる橋には、複数の色とりどりの光がちりばめられており、渡ると不思議な世界を訪れたような感覚に陥る。

 俺たちはイルミネーションの綺麗さに圧倒されながら、公園内を歩いて回った。


「すまん、ちょっとトイレに行ってくる。お前たちは大丈夫かの?」

「俺はいいよ」

「私も大丈夫」

「そうか。では、行ってくるぞい」

「俺たちはここで待ってたほうがいいか?」

「璃央、私はあれをもっと近くで見たいわ」


 瑠璃が指さしたのは、巨大な光るお城だった。

 あそこで待っていれば、はぐれることはなさそうだ。


「わかった。じゃあ、あのお城の近くで、俺たちは待ってるからな」

「了解じゃ。またあとでの」

「私たちも行きましょう」

「ああ」


 俺と瑠璃は光るお城の目の前まで来た。

 光るお城は西洋風な外観をしている。

 しかも、かなり大きく、五メートルは軽く超えているだろう。

 お城は時間が経つと、色が次々と変わっていき、さっきとはまた違った雰囲気を醸し出す。

 お城の周りはハートの形をしたイルミネーションでいっぱいになっており、恋人と一緒に来たら、間違いなく盛り上がるだろう。

 現に俺たちの周りにはカップルが大勢いる。

 瑠璃は光るお城をずっと見つめていた。

 よっぽどこのお城が気に入ったらしい。


「瑠璃、写真は撮らなくていいのか?」

「……」

「瑠璃?」

「えっ!? そ、そうね! 私としたことが、ちょっとぼーっとしてたわ」


 瑠璃はすぐに携帯で写真を撮り始める。

 やっぱり瑠璃も女の子なんだな。

 瑠璃は写真を撮り終えると、また改めてお城を眺めていた。

 寒さのせいか白い息を吐き、顔も少し赤くなっている。

 さっきまでは歩いていたから、身体も温まっていて、さほど寒さを感じなかった。

 しかし、今は動いていないので、身体が冷えて、じわじわと寒さを感じるようになってきたのである。


 特に手が寒かった。

 俺も瑠璃も厚着はしているが、手袋はしていない。

 瑠璃は大丈夫なのだろうか?

 よく見ると、瑠璃の鼻の先は赤くなっており、心なしか顔色も悪そうだ。

 俺は心配になり、無意識に声をかけていた。


「瑠璃、寒くないか?」

「私は大丈夫よ。カイロも持ってきたし」

「さすが、瑠璃。用意周到だな。……なあ、カイロって余ってたりしないか? ちょっと手が寒くてな……」

「ごめんなさい。カイロは一つしかないの」

「そうか、ならしょうがないな。寒いけど我慢するか……」

「大丈夫、こうすればいいのよ」


 瑠璃は自分の右手で俺の左手を掴み、そのまま自分の右ポケットに突っ込んだ。

 そして、瑠璃の右手と俺の左手は、ポケットの中で一つのカイロを掴み合っている状態になる。


「……おい、瑠璃。これはいったいなんのまねだよ?」

「手が冷たいんでしょ? こうすれば温かいわよ」

「確かに左手は温かいけど……」

「……何よ? 文句があるなら、カイロを使わせてあげないわよ」

「ま、待ってくれ。この状態でいいです。ありがとうございます」

「なんで敬語なのよ……」


 カイロを使わせてくれたのはありがたいが、さすがにこの状態は姉弟でも恥ずかしい。

 じいちゃんに見られたらなんて言われるか……。


「……今年はいろいろあったわね」


 瑠璃は、お城を見ながら真面目なトーンで話しかけてくる。

 俺はすぐに余計な考えを頭から消して、瑠璃との会話に集中した。


「……そうだな。楽しいことやつらいこと、どっちもあった一年だったな」


 俺は四月からの出来事を振り返ってみる。


 新しい友達ができたこと。

 南條兄妹のこと。

 過去の記憶を思い出したこと。

 夏休みのこと。

 大怪我をしたこと。

 学園祭のこと。

 

 ……そして、鈴音のこと。


 楽しかったし、つらかった。


「……私は璃央の力になれてるかしら?」


 瑠璃は白い息を吐きながら、口を開く。

 同時に、カイロを握る力が少しだけ強くなる。 


「今年どころか、瑠璃には毎年世話になりっぱなしだな。瑠璃はどんなときでも俺のそばにいてくれただろ? 本当にお前には頭が上がらないよ。いつも、ありがとな」

「そ、そう? ならいいけど……」


 一瞬、瑠璃の手から力が抜けた感じがした。

 俺は瑠璃の手を優しく包み込むようにして握る。

 

「……ねぇ、璃央」

「ん? なんだ?」

「来年のクリスマスも、またこんなふうに一緒に過ごしてくれる?」

「ああ、もちろんだ。でも、俺たちに彼女や彼氏ができれば難しいだろうな」

「璃央は今好きな人がいるの?」

「いや、いないけど。たとえばの話だよ。……というか、瑠璃のほうこそどうなんだ? お前の浮いた噂なんかこれっぽっちも聞いたことがないぞ」

「……私はいるわよ」

「えっ!? マジかよ……。ど、どんなやつだ?」

「……冗談よ、本気にした?」

「また冗談かよ!? はぁ……本当だったら、応援してやろうと思ったのに……」

「気持ちは嬉しいけど、今はまだ彼氏なんて必要ないわ。手のかかる弟が独り立ちするまでは、恋愛なんてしていられないもの」

「おいおい、俺ってそんなに子どもっぽいか?」

「……そうね。身体は大人だけど、心はまだ中学生並みかしら」

「それは地味に傷つくんだが!?」

「えー、そこのお二人さん。さっきからワシが隣にいるってことに気づいているのかな?」


 いつの間にか隣にじいちゃんが立っていた。

 まずい、この状況をなんて説明すればいいんだ。

 俺は繋いでいた手を素早く離した。


「すまんすまん。会話をしている二人の間に入りづらくてのぉ。しかも、手まで繋いどるし。ワシは一人ぼっちで寂しかったぞい」

「こ、これは別に……!」

「まあまあ、そう照れることないじゃろ。姉弟が仲良しなのはいいことじゃよ。ところで話は変わるが、二人にはこれをプレゼントするぞい」


 じいちゃんは俺と瑠璃に何かを渡してくる。

 なんと、それは缶のホットココアだった。

 先ほどまで冷たかった手が、ホットココアの缶から発せられる熱で徐々に温まっていく。


「おじいちゃん、ありがとう。ちょうど温かい飲み物が欲しかったのよ」

「さすがじいちゃん。気が利くぜ。でも、じいちゃんの分がないな」

「ワシはさっき温かいコーヒーを飲んだから、心配しなくていいぞい」

「そうか? じゃあ、ありがたくいただくよ」


 俺はホットココアを一気に飲み干した。

 甘くて温かいココアが口内を満たし、そして身体の深いところへ落ちていく。

 すると、身体の内側がポカポカとしてきた。

 これなら寒さもしばらくは平気そうだな。

 どうやら、瑠璃も元気が出たみたいだ。

 さっきよりも顔色がいい。


「お前たち、身体は温まったか? それじゃあ、ほかのイルミネーションを見て回ろうかの」

「わかった」

「わかったわ」


 こうして俺たちは、美しいイルミネーションを満足するまで堪能したのである。

 もちろん、写真もたくさん撮った。

 連れてきてくれたじいちゃんにも感謝しなきゃな。


 帰宅後、俺たちは毎年恒例の「クリスマスプレゼントの交換会」を開始した。

 俺はじいちゃんに青色のハンカチをプレゼントし、瑠璃は青いストライプ柄のネクタイをプレゼントした。

 じいちゃんは青い色のものが好きだ。

 なので、じいちゃんは俺たちからのプレゼントは喜んで受け取ってくれた。


 じいちゃんからのプレゼントは、誕生日と同じく現金だ。

 ……というのは嘘で、さすがに現金だと味気ないと思ったのか、欲しいものを一つだけ買ってくれることになった。


 それから、俺は瑠璃にちょっと高めのハンドジェルとリップバームのセットをプレゼントした。

 実は瑠璃の欲しいものは、事前に米原と葵月に調べてもらっていたのだ。

 そのおかげなのか、瑠璃はいつも以上に喜んでいるように見えた。


 誕生日のときに渡したプレゼントは、瑠璃が本当に喜んでいるかどうかがわからなかった。

 なぜなら瑠璃は、俺があげたものならなんでも喜んで受け取るからだ。

 協力してくれた米原と葵月には、感謝しなきゃいけないな。

 お礼に今度好きな食べ物でも奢ってやるか。

 ちなみに、一応弘人にもプレゼントのことを訊いてみたが、あまり参考にならなかった。

 弘人もそこら辺はまだまだのようだな。


 瑠璃は俺に灰色のマフラーをくれた。

 なんと手編みのようだ。

 試しに首に巻いてみると、フカフカで温かい。

 これなら冬の寒さもへっちゃらだな。


 このようにして、今年の羽ヶ崎家のクリスマスは、とてもいい形で終えることができたのであった。







 今日は一月一日、いわゆる元日である。

 時刻は午前十時頃。

 俺と瑠璃とじいちゃんは近所にある、割と大きな神社に初詣に来ていた。 

 毎年初詣はこの神社でするのだ。

 多くの人でごったがえす中、俺たちは行列に並び、やっとの思いで参拝をすることができた。


 現在、俺たちはおみくじを引いている。

 去年は末吉という、なんともいえない結果だったので、今年は内心期待していた。


「えーと、おっ、やった小吉だ。去年よりはいいな」

「ワシは中吉じゃな」

「私、凶なんだけど……。はぁ……」

「私は吉だったぞ」

「瑠璃、そんな落ち込むなよ。おみくじを鵜呑みにするのもよくない。……って、なんで葵月がいるんだ!?」


 俺たちがおみくじで一喜一憂している中、どこからともなく葵月が現れた。

 真冬だというのに、生足を出した、見るからに寒そうな格好をしている。


「みんな、あけましておめでとう! 今年もよろしくな!」

「おお、葵月ちゃん! あけましておめでとう」

「あけましておめでとう、葵月。今年もよろしくね」

「あけましておめでとう。そういえば、周りに誰もいないな。もしかして、葵月一人で参拝にきたのか?」

「そんなわけないだろー。ちゃんとお父さんとお母さんと一緒に来たぞ。ほら、あそこにいるだろ。 それじゃあ、私は行くからな。また正月明けに会おうなー!」


 葵月は元気よく駆け出した。

 向かった先には、こちらに会釈をしている男性と女性がいる。

 葵月のご両親と会うのはこれで、三度目だ。

 

 最初に会ったのは、去年の五月頃。

 葵月を助けた次の日のことだ。

 ご両親は涙を流しながら、俺たちに感謝していたな。

 その様子から、ご両親は葵月のことをすごく大切に想っていることがわかった。

 まあ、一人娘に何かあれば、そりゃ心配するよな。


 その次は、去年の九月頃。

 俺が葵月を庇って怪我をしたときだ。

 あのときは、深刻な顔をして謝られた。

 何度も葵月のせいじゃないと言ったのに、本人が大げさに言うから、誤解を解くのが大変だったな。


「葵月ちゃん、いい笑顔をしてたのぉ」

「あの子のご両親はいつも仕事で忙しいの。だから、こうやってお正月に一緒に過ごせて嬉しいのよ」

「そうか……。そうだよな」


 葵月を見送ったあと、俺たちはおみくじを境内に結んだ。

 その後、寒いのでさっさと帰ることにした。


「二人とも、しっかりとお願いはできたかの?」

「ああ、できたぜ。俺の今年の願いは――」

「待って、璃央。願いごとは口に出さないほうがいいわよ」

「……前々から気になってるんだが、どうして願いごとを言っちゃいけないんだ?」

「それはな、願いごとを人に言うと、神様から貰った力が減ってしまうからじゃよ」

「どういうことだ?」

「願いごとというのは、たいてい自分一人では叶えられないものでな。それを神様の力を借りて、叶えてもらうようにするんじゃよ」

「ほうほう」

「それでな、自分一人では叶えられない願いを人に話してしまうと、周りから批判をされる可能性が高い。そうすると、マイナスの力が働いてしまうんじゃ。その結果、せっかく神様から貰った力はマイナスの力のせいで減ってしまい、願いが叶わなくなる、と言われてるんじゃよ」

「へー、そうなのか。ありがとう、じいちゃん。勉強になったよ」

「まあ、今言ったのは半分は嘘で、単にそれっぽく言ってみただけなんじゃがの」

「ええ……」

「実のところ、願いごとは言っても、言わなくてもどっちでもいいとワシは思うのじゃよ。願いごとを叶えるために必要なのは、結局本人の努力じゃからの。初詣の参拝は、あくまで目標に向かって努力する誓いを立てることだとワシは思っとる。もちろん、神様を信じていないわけじゃないがの」


 じいちゃんは笑いながら、そんなことを言っていた。

 真面目に言っているのか、ふざけて言ってるのか俺にはわからない。

 でも、そんな考え方もあるんだな。

 一応、心に留めておくことにしよう。


「ところで相談なんじゃが、そこのコンビニに寄ってもいいかの? ちょっとトイレに行きたいんじゃが」

「じゃあ、俺も一緒に行くよ。ちょうど肉まんが食べたかったしな。そういや、ついさっきもトイレに行ってたよな? 大丈夫か?」

「大丈夫……と言いたいところじゃが、さすがに寄る年波には勝てなくなってきているのぉ」

「年とると大変だな。瑠璃はどうす ……ってどうした? 顔色が悪いぞ? 大丈夫か?」

「り、璃央、このニュースを見て……」


 瑠璃は青ざめた顔をしながら、自分の携帯を俺に見せてきた。

 画面にはネットニュースが映っている。

 記事を読んでみると、そこには衝撃的なことが書かれていた。


 ドラマや映画で引っ張りだこな有名俳優が自殺未遂をして病院に運ばれた、と記事には書いてある。

 瑠璃は、その女優が出演しているドラマや映画を全部観るほど好きだったのだ。 

 さぞかし大きなショックを受けただろう。

 現に瑠璃は動揺を隠せず、今にも倒れそうな状態に陥っていた。

 元日からこんな悪い知らせがニュースになるなんて、世間からはさぞ悲しみの声があがるだろう。


 ……自殺未遂。

 俺は不意に鈴音の言葉を思い出す。

 たしか、鈴音は俺が自殺未遂を図ろうとしたと言っていた。

 あのとき、瑠璃は嘘だと言ったが、果たしてそれは本当なのであろうか。

 なぜか瑠璃の言葉に違和感を覚えてしまう。

 何だろう、この感覚は?

 まるで喉に刺さった小骨のように、何かが心の中で引っかかる。


「どうしたんじゃ、二人とも? そんなに顔色を悪くし――」


 突然、爆音が辺りに響き渡り、じいちゃんの声がかき消される。 

 なんだ、今の大きな音は?

 コンビニのほうから聞こえたぞ。 

 俺たちは、音の発生源であるコンビニを一斉に見る。

 すると、そこには驚きの光景が広がっていた。

 

 なんと、一台の車がコンビニに突っ込んでいたのだ。

 周りにいた人たちからは悲鳴があがっている。

 次の瞬間、俺は突然激しい頭痛に襲われた。

 同時に、ひどい目眩や吐き気がして、その場にうずくまってしまう。


「璃央!? どうしたの!? しっかりして!」

「どうしたんじゃ!? 大丈夫か!?」


 近くで瑠璃とじいちゃんの声が聞こえる。

 だが、激しい頭痛が何度も襲いかかり、二人の声はまったく聞こえなくなってしまった。

 かろうじて視力は保たれており、心配そうな表情をした瑠璃の顔がぼんやりと見える。

 そんな瑠璃の顔を見た瞬間、俺の知らない過去の記憶が次々とあふれ出してきた。


 そうだ……。


 思い出した……。


 思い出したぞ……。


 目の前にいる瑠璃は……。


 いや、目の前にいるこの少女は……。







 俺の実の姉ではなかったのだ。

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