第二十二話 双子と学園祭 前夜祭
今日は聖沢高校の学園祭である、『
生徒たちはこの日のために、何か月も前から入念に準備をしたり、周辺の地域への宣伝を行ってきたのである。
去年、俺と剛志と弘人は事件のせいで、クラスからハブられていたので、学園祭を楽しむことができなかった。
だが、今年は違う。
去年俺たちを一番目の敵にしていた、当時三年生だった先輩たちは、皆学校を卒業した。
今年入った一年生たちは、俺たちの前科を知らない。
そのうえ、二年に上がったときのクラス替えで、俺たちをひどく嫌っていた生徒のほとんどが、別のクラスになったのである。
今年は瑠璃たちと仲良くしていたおかげで、クラスの女子たちの警戒心がだいぶ下がったようだった。
去年は参加させてもらえなかったクラスでの出し物や、モザイクアート作り等の準備をさせてもらえることにもなったのだ。
去年のクラスの出し物は、謎の段ボールアートを飾るだけの空間になってしまい、微妙な感じだった。
そういや、去年は全クラスの出し物が迷走していたな。
とにかく、去年はいろいろと地獄だった。
幸運なことに、今年の出し物は、学年ごとに同じテーマで統一するように、あらかじめ決められている。
一年生のテーマは縁日の屋台、三年生のテーマはお化け屋敷。
驚くことに、三年生は教室を全部繋げて、巨大なお化け屋敷を造る予定になっているらしい。
俺たち二年生の今年の出し物は、なんと映画なのだ。
もちろん、映画は制作から上映まで、生徒たちが自力で行う。
どうやら今年の学園祭は、去年とは一味違うようだ。
ちなみに映画のジャンルは自由である。
しかし、ジャンル被りは、極力避ける方針らしい。
そのため、二年生は、自分たちのクラスがどんなジャンルの映画を撮影したいか、話し合いで決めることにした。
その結果、俺たちのクラスはホラー映画を撮影することに決まったのだ。
今年は去年の失敗を払拭したいのか、クラスのみんなはやる気に満ちていた。
それゆえに、俺たちのクラスは、最初から皆一丸となって映画撮影に協力する姿勢ができていたのだ。
そのおかげもあってか、なんと俺と剛志と弘人も、映画に出演させてもらえることになったのである。
俺たちの配役はただのモブ役だった。
しかし、去年とは比較にならないほどの厚待遇だったので、感動してしまったのを覚えている。
映画撮影では、かなり気合いを入れて撮影しているのがひしひしと伝わってきた。
完成した映画を観た感想は……。
みんなが頑張ったおかげで、ちゃんと映画っぽくまとまっていて、結構楽しめるものになっていた。
この出来なら一般公開で恥をかくことはないだろう。
何より嬉しかったのは、映画を試聴するときにクラスメイトが、「一緒に観よう」と誘ってくれたことだ。
今年はハブられていない。
俺たちにとっては、それがとてつもなく嬉しかったのである。
しかし、クラスの出し物は映画だけではなかった。
一般公開のとき、体育館のステージ上で、クラスの全員がダンスを披露することになっている。
もちろん、ほかのクラスもダンスを披露する予定だ。
ダンスに勝ち負けはないが、どうやらほかのクラスの生徒たちは本気らしい。
こうやって、みんなが切磋琢磨しているのを見ると、いかにも青春っぽいな。
ダンスの練習は、学園祭の約一か月前から始まっていた。
けれども、そのときの俺はまだ怪我をしていたので、ダンスの練習がまともにできなかったのだ。
俺のギプスが取れたのは、つい二週間前のことである。
俺にはリハビリも必要だったので、さらにダンスの練習時間が減ってしまった。
結局俺は、本格的なダンスの練習が数日しかできなかったのである。
その結果、俺は一番後ろの最も目立たないところで踊ることになったのだ。
みんなに迷惑をかけてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
でも、そんな俺にクラスのみんなは優しく接してくれたのだ。
丁寧にダンスを教えてくれたり、励ましの言葉をもらったりして、本当に嬉しかった。
できるだけ迷惑をかけないように、公開直前まで練習をして、ダンスの完成度を高めよう。
俺はそう決意していた。
ちなみに瑠璃と鈴音は、ステージの一番前で、男子とペアを組んで踊ることになっている。
なぜだかわからないが、楽しそうにほかの男子と踊る二人の姿を見たときは、胸にチクッとした痛みがあった。
映画撮影、ダンスのほかにも準備をすることがまだまだある。
それは、モザイクアートの作成である。
モザイクアート作りは毎年の恒例行事なのだが、去年俺たちは参加させてもらえなかった。
だが、今年は参加の許可が下りたのである。
モザイクアート作りはいざやってみると、非常に地味で大変なものだということがわかった。
まず、A4サイズに裁断されたモザイクアートの用紙を渡される。
その用紙には色が指定されていた。
それから指定された色と同じ色の折り紙をたくさん用意する。
そして、その折り紙をモザイク一マス分にはさみで切っていくのだ。
最後に、その切った折り紙を指定された色の箇所にのりで貼る。
この作業を延々と繰り返すのだ。
主にこの作業は早朝や昼休み、放課後に行われる。
部活をやっている生徒、特に運動系の部活をやっている生徒は参加できないことが多かった。
なので、帰宅部の俺や瑠璃、米原、鈴音とほかの少数の生徒でこなさねばならなかったのである。
もちろん、運動系の部活の生徒も、昼休みなど空いている時間に手伝ってくれたりもした。
毎日遅くまで残り、折り紙を切り貼りする作業は過酷だった。
けれども、いつもは交流のないクラスメイトと、目標のために共同作業をしたことで、絆を深めるのに一役買ってくれたのだ。
俺にはそれもとても貴重な体験になったのである。
それと、学園祭の係の仕事も大変だったな。
去年、俺と剛志と弘人は、一番キツい、ステージを造る係に強制的に任命された。
しかし、今年は自分たちから大変なステージ造りの係に立候補したのである。
理由はもちろん、去年の罪を償うためだ。
聖陵祭では、体育館に特別なステージと完成したモザイクアートを張るための大きな壁を造る。
これらは学校外から専門家に来てもらって、一緒に作業をするのだ。
ステージの土台と壁造りの足場は、学校外のほかの施設にある土台や資材を、トラックに乗せて借りてくる。
それらを運ぶのはかなりの力仕事で、大人の男性でも運ぶのに苦労するほどだ。
この苦労も、俺たちやほかの生徒との絆を深めてくれた。
聖陵祭のステージはファッションショーをするランウェイのような形になっていて、ステージの真ん中が長く突き出ている。
いわゆる、花道ステージだ。
ステージのバックにある壁は、巨大なモザイクアートを張れるように、頑丈で大きなものを造った。
最後に、全学年の生徒たちの努力の結晶でもある、完全体のモザイクアートを、そのステージのバックにある大きな壁に張りつける。
これで完成だ。
造り終えたときの達成感と満足感は、それはもうすごいものであった。
完成したステージを改めて見た俺たちは、嬉しくて肩を組んだほどだ。
ステージ、背景造り係の主な仕事は、今言った事前作業と祭りが終わってからのステージ解体である。
嬉しいことに、聖陵祭中の仕事は一切ない。
一般公開中のステージ発表や映画のスタッフ作業以外は完全に自由時間なのだ。
問題は、後片付けのステージ解体がかなり面倒くさいことだが……。
まあ、それは目をつぶることにしよう。
解体するのも意外と楽しいしな。
前向きに考えよう。
そういえば、今年はクラスTシャツを着る許可が下りたな。
去年の俺たちは、クラスTシャツを着ることすらも禁止されていた。
しかし、今年は着てもいいことになっている。
今年のクラスTシャツの色は、黄緑色がベースとなっていた。
シャツの表には、ガイラルディアという赤い花がど真ん中にプリントされ、裏にはクラス全員の名前が書いてある。
ガイラルディアの花言葉は『協力』、『団結』という意味らしい。
今年は、俺と剛志と弘人が参加したことで、誰も欠けることなく、クラス全員が一丸となることができた。
クラスのイメージにぴったりのデザインだ。
現在全学年の生徒たちは、ステージが設置されている体育館に集められている。
生徒たちは皆、事前に用意されたパイプイスに座っていた。
今は生徒たちが使っているが、一般公開のとき、このイスは来客用になる。
モザイクアートが張られた背景やステージは、黒い布で隠されていた。
体育館全体の電気は消されていて、辺りは薄暗い。
今はステージ上に設置されているマイクだけに、ライトが当てられている。
ステージ上に設置されたマイクのもとに生徒会長が向かっていく。
マイクの前に立った生徒会長は、短めのスピーチをし、聖陵祭開催の宣言をした。
それと同時に黒い布が外され、モザイクアートが張られた背景が姿を現し、ライトで照らされる。
今回のモザイクアートのテーマは『未来』らしく、大きな虹と太陽が描かれていた。
全校生徒が頑張ったおかげで、今年も無事にモザイクアートは完成したのだ。
去年見たときは、まったく感情が動かず、特に思うところはなかった。
だが、今年はモザイクアート作りをかなり堪能したおかげなのか、テンションが異様に上がってしまったのである。
頑張った甲斐があったな。
生徒会長は、生徒や先生に向けて感謝の言葉を述べる。
それから、生徒会長がステージから下りると同時に、脇から合唱部らしき生徒たちが出てきて歌い始めた。
毎年、前夜祭は軽音楽部やダンス、合唱などの発表が主に行われるのだ。
合唱部が歌い終わったあと、三年生の先輩たちがステージ上に現れ、司会進行を行う。
先輩たちは軽快なトークをしながら、次の発表が始まるまでの時間を稼いでいるようだ。
先輩たちが話し終えると、今度は何人かの生徒がステージに出てきて、音楽に合わせてダンスを始める。
ダンスを踊っている生徒たちは、素人目にも分かるようなキレのよい動きをしていて、思わず見入ってしまう。
ダンスが終わってから、ステージ上にさまざまな楽器が並べられた。
今度は軽音楽部の発表のようだ。
次の瞬間、座っていた生徒たちは皆立ち上がり、ステージに集まっていく。
どうやら、軽音楽部の発表は近くで見てもいいらしい。
俺は席を立ち、剛志と弘人と合流しようとした。
ステージ以外にライトは向けられておらず、観客席側は薄暗いので、合流するのにも一苦労だ。
「璃央、ここにいたのか」
「やっと解放されたねー。座りっぱなしで疲れたよ」
「何とか合流できたな。剛志は米原と一緒じゃなくていいのか?」
「何言ってんだ? せっかくの学園祭なんだぜ? こういうときは友達といるのが普通だろ?」
「そうか……。そう言ってもらえると嬉しいぜ」
「でも、一般公開のときは、米原とずっと一緒にいるって言ってたよね?」
「……うるせぇぞ、弘人。お前だって中城さんと一緒に見て回るつもりだろ?」
「よ、よくわかったね」
「二人とも、彼女といい思い出を作ってくれよ」
「ああ」
「璃央、ごめんよ。一緒に回れなくて」
一般公開のとき、二人は彼女と一緒に過ごすとは聞いていた。
それ自体は別にいい。
だが、そうなるとある問題が発生する。
それは、一般公開のとき、俺は誰と過ごせばいいのか、という問題だ。
葵月は模擬店で忙しいらしい。
なら無難に瑠璃でも誘うか?
それともここは、鈴音を誘うべきなのか?
俺は迷ってしまう。
鈴音は俺の誕生日を祝ってくれたあたりから、様子が少しおかしかった。
たぶん、俺が鈴音の告白をいまだに保留にしていることが原因なのだろう。
返事をしないまま誘うのは、失礼な気がするな。
しかし、誘わなくても問題になりそうだ。
うじうじと悩んでいる間に、軽音楽部の演奏が始まった。
次第にボーカルの歌声も聞こえてくる。
体育館の中は演奏と歌、熱狂する生徒の声などさまざまな音が入り乱れて、これぞ青春という感じがした。
俺と剛志と弘人は、声を上げたりはしなかったが、体育館に漂う雰囲気にただただ浸っていたのである。
軽音部の演奏のおかげで、俺の悩みは少しだけ軽くなったような気がした。
演奏が終わったあと、ステージ上の楽器を片付けるためなのか、ステージの左右に設置されている暗幕がかかる。
そして、ステージの真ん中の花道だけが残った。
再び司会進行の先輩たちが現れ、場を繋ぐためにさっきと同様にトークを始める。
どうやら、次の発表まで、少々時間がかかるらしい。
俺は暇だったので、体育館全体を見回していた。
すると、鈴音らしき人物が体育館から出て行く姿を発見したのである。
不審に思った俺は、あとをこっそりつけることにした。
「悪い、ちょっとトイレに行ってくるわ」
「おう」
「行ってらっしゃい」
体育館から出ると、ステージでの発表を控えた生徒たちが準備をしているのを見かけた。
だが、そこに鈴音の姿はない。
喉も少し渇いたし、まずは自動販売機がある場所から探してみるか。
自動販売機のある場所まで行くと、そばにあるベンチに鈴音が座っていた。
いったい、どうしたのだろうか?
「よお、鈴音。こんなところで何してるんだ? もしかして、体調でも悪いのか?」
「り、璃央君? な、なんでここに?」
「鈴音が体育館から出て行くのが見えてさ。気になったから探しにきたんだ」
「そっか、ありがとね。別に体調が悪いとかじゃないから安心して。ちょっと緊張してるだけだから……」
鈴音は肩を少し震わせており、顔色も悪い。
これは明らかに緊張しているな。
でも、なぜそんなに緊張しているのだろうか。
俺は鈴音の隣に座って、話を聴くことにした。
「それで、どうしてそんなに緊張してるんだ?」
「わ、私ね。これから被服部のファッションショーに出ることになってるんだ」
「そうなのか」
「でも、私こう見えて緊張しやすいタイプなんだよね。だから、もしファッションショーでみんなに迷惑をかけたらどうしよう、って心配になってきちゃったんだ……」
「ふむ、それは大変だな……」
鈴音が緊張しやすいとは意外だったな。
読モの写真を撮るときなども、裏ではこんな感じなのだろうか。
「あ、璃央君。私が緊張しやすいのが意外って顔してるね?」
「すまん、顔に出てたか」
「ううん、いいの。璃央君から見れば、私って結構積極的でグイグイいくような性格に見えるよね。でもね、実はそうじゃないの。璃央君と話すときも毎回緊張してたんだよ。しかも、好きな相手だから、余計にね」
「そ、そうだったのか……」
鈴音は結構大胆なアプローチをしてくるので、緊張とは無縁な性格なのだろうと思っていた。
しかし、どうやら俺は大きな勘違いしていたようだな。
さすがに数百人が見ているステージに上がるのは、緊張するに決まっている。
俺もきっと緊張でガチガチになるだろう。
いつも世話になっている鈴音が悩んでいるのだ。
ここは何か激励の言葉でも送ってやらなければいけないな。
「……鈴音」
「は、はい……」
「俺は鈴音ならできるって信じてる。鈴音ならどんな服を着ても、絶対に似合う。俺が断言するよ。それに、鈴音は笑顔が素敵だよな。綺麗な衣装と鈴音の笑顔があれば、みんなにも鈴音の魅力が伝わって、ショーが大盛り上がりすると思うぞ」
「そ、そうかな……」
俺は誕生日のときに貰ったリストバンドを右手に付けて、鈴音の左手を優しく握った。
鈴音の左手にも赤いリストバンドは付いている。
「り、璃央君!?」
「俺たちにはこのリストバンドがあるだろ? 鈴音がステージに立つときは一人じゃない。いつでも俺がついてる。どんなときも俺と鈴音はこのリストバンドで繋がっているからな。だから、安心してステージに立つといい。応援してるぞ」
「う、うん……。あ、ありがと……」
鈴音は顔を赤くしながら小さく頷いた。
……まずいな。
少しクサイ台詞を言い過ぎてしまったか。
そんな心配をしていると、鈴音は徐々に指を絡ませるように握ってきた。
これは恋人繋ぎの状態だ。
鈴音とするのは、もう何回目なのだろう。
鈴音の手は緊張しているせいか、手汗がいつもより多い。
しかし、不思議と不快な気持ちにはならなかった。
「璃央君、ありがとね。おかげで元気が出たよ」
「おう、それはよかったな」
「ねぇ、璃央君」
「何だ?」
「もう少しこのままでもいい……かな?」
「……ああ」
鈴音と触れ合えるこの時間が、もうしばらく続いてほしい。
心の中でそう思ってしまっている自分がいる。
緊張を少しでも和らげるために、ショーが始まるギリギリまで、俺は鈴音の手を優しく握り続けた。
「よお、弘人。戻ったぜ」
「遅かったね。具合でも悪かったのかい?」
「心配しなくても大丈夫だ。そういや、剛志はどこに行ったんだ?」
「ああ、剛志なら、米原と一緒に体育館から出ていったよ」
「おいおい。何か怪しいな」
「いや、これには理由があってね………」
……理由?
それは、どんなことだろうか。
「さっきまで仮装ショーをやってたんだけどね。そのとき、ちょっとセクシーな格好をした女子がステージに出てきたんだよ。それでね、剛志はその女子を見て、鼻の下を伸ばしてたんだ。それはもう、だらしない顔をしていたよ」
「ほうほう」
何!?
セクシーな格好の女子だと?
それは、俺もちょっと見たかったぞ。
「それで、その剛志のだらしない顔を、偶然通りかかった米原が見てしまったんだよ」
「あちゃー」
「その先は言わなくてもわかるだろ?」
「ああ。今頃剛志は体育館裏で、米原に説教でもされてるんだろ?」
「そういうこと。女の嫉妬ほど怖いものはないからね」
「そうか……」
弘人は遠い目をしながら語っていた。
どうやら、弘人にも似たような経験がありそうな雰囲気だな。
「あっ、そろそろ被服部のファッションショーが始まるみたいだよ」
弘人が指さした直後、暗幕が開きステージがライトに照らされた。
ステージの右端から、独特なファッションをした女子が一人、優雅なBGMとともに登場する。
その女子はステージの真ん中の花道を歩き、いったん立ち止まってから、ポーズをとった。
ステージの周りに群がる生徒たちは、興奮しているのか、女子が出てくるたびに歓声を上げている。
そして、十人ほど女子生徒が出てきたところで、ついに鈴音が登場した。
鈴音の衣装は、クールな格好いい系の衣装だ。
身長が高くて大人っぽい鈴音と、非常に相性がよさそうに見える。
とにかくものすごく似合っていた。
鈴音はステージ上でまるで本物のモデルのように歩き、自信にあふれた表情をして、ポーズをとっている。
その姿を見た生徒たちは、男女関係なく大盛り上がりしていた。
どうやら、みんなにも鈴音の魅力が伝わったようだな。
それにしても、さっきまであんなに緊張していたのが嘘のようだ。
やっぱり、鈴音はすごいな。
俺は鈴音に見惚れてしまい、思わず手を振ってしまう。
何やってんだ、俺。
こんなに大勢生徒がいるんだぞ。
そんな状況で、俺なんかに気づくわけないだろ。
しかし、そんな予想とは裏腹に、鈴音は俺に気づいてくれたようで、笑顔でこちらに手を振り返してくれたのだ。
そんな鈴音の姿を見た瞬間、胸が急にドキドキしてきて、身体が熱くなってきてしまった。
「あれ? 鈴音ちゃんがこっちを見てるよ」
「そ、そうだな」
「璃央のことを見てるんじゃないか? こんなに大勢の生徒がいるのに、璃央を見つけられるなんて、鈴音ちゃんに愛されてる証拠なんじゃない?」
「そ、そんなわけないだろ! 偶然だ、偶然!」
「ははっ、顔が赤いよ。璃央」
「ほ、ほっとけ!」
俺はいつから鈴音を意識し始めたのだろう。
最近の激しいアプローチのせいか?
いや、実は最初に会ったとき、すでに意識していたのかもしれない。
花火大会のとき、鈴音に告白をされて、俺は正直嬉しかった。
あのときは謎の理性が働いて、返事を保留にしてしまったが、今同じことをされたら喜んでOKしてしまうだろう。
なぜあのとき返事を保留にしてしまったのか。
過去を思い出すまで待ってくれ、なんて言わなければよかった。
この前の誕生日のときも、俺は曖昧な理由を無理やり盾にして、鈴音から距離を取ってしまった。
それも今では後悔している。
そうか……。
やっぱり俺は鈴音のことが好きだったのか。
この胸に宿る形容しがたい熱さのうねりが、恋というものであるならば、まさしく俺は今、鈴音に恋をしている。
鈴音はこの熱い感情をずっと内に秘めていたのか。
しかも、こんな状態でずっとおあずけを食らっていたのだ。
それは、あまりにもつらかっただろう。
どうやら俺は、今までとても残酷なことをしていたようだ。
その結果、普段は大人しい鈴音をあんなに暴走させてしまった。
全部俺のせいだ。
俺もそろそろ腹を決めて、鈴音と本気で向き合わなければならない。
過去のことなど考えるな。
今抱いているこの感情を、そのまま鈴音に伝えるんだ。
よし! 俺は決めたぞ!
後夜祭のあと、俺は鈴音を呼び出して、告白する!
今まで散々待たせていたのだから、俺から告白するのが当然であろう。
やっと鈴音の気持ちを受け入れる覚悟ができた。
自覚するのが遅かったが、俺も鈴音のことが好きだ。
『俺の彼女になってほしい』
後夜祭のあとに、この想いを正直に伝えよう。
俺はステージ上でこちらに手を振ってくれている鈴音を見て、そう決心したのだった。
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