第十話 双子と夏の魔物 壱
夏休みが始まって早一週間。
真夏の日差しが厳しい中、俺は駅前で人を待っていた。
この時期は、ちょっと歩いただけで汗だくになる。
こんな状態で人と会うのは正直気が引けたが、それでも会わなければならない理由があった。
『相談したいことがある』
『二人だけで会いたい』
先日、連絡先を交換したばかりの女子と、このようなやり取りをしたのだ。
俺はこのやり取りをきっかけに、その女子のことを意識してしまっている。
いや、こんなやり取りをしたら、誰だって俺のようになるだろう。
健全な男子高校生ならなおさらだ。
俺は内心期待していた。
現に待ち合わせ時間の三十分前から彼女を待っている。
少し早く来すぎただろうか。
いや、そんなことはないな。
俺は事前にネットや雑誌で調べたのだ。
真偽はわからないが、俺としても三十分前には来たほうがいいと思っていた。
ふと携帯を見てみると、通知が一件来ている。
それは同級生の女子である「米原」からの連絡で間違いなかった。
今日は米原の相談を聴くために、こうして駅前で待ち合わせをしていたのだ。
『ごめん。少し遅れる』
この内容を見て俺は疑問に思った。
もし、米原が俺に好意を抱いていて、相談という名の告白をするとしよう。
その場合、早く俺に会いたいという気持ちが働くはずだ。
ならば、待ち合わせ時間よりも早く到着する、というのが自然なのではないか。
だが、米原は「遅れる」と連絡をしてきた。
逆に、恥ずかしいからわざと遅れて来る、という作戦なのだろうか?
恋愛をしたことのない俺にとって、女子の言動は未知の領域だったので、予測するのが難しかった。
「おっす、璃央。待たせちゃってごめん。いやー、実はちょっと寝坊しちゃってさ」
「いや、大丈夫だ。別に待つのは嫌いじゃないからな」
「そうなの? ならよかった」
この発言は嘘である。
本音を言うと、俺は少しイライラしていた。
なぜなら、この暑い中、米原に一時間以上も待たされたからだ。
普通一時間も遅刻するか?
しかも、遅刻した理由が寝坊って……。
俺はこの時点で、脈ナシなのではないかと薄々感じ始めていた。
とりあえず、話だけは聴いてやるか……。
「じゃあ、話をしやすい場所に移動しよっか?」
「わかった。どこに行くんだ?」
「あたしがよく通う喫茶店に行こうと思ってるんだ。そこなら冷静に話もできると思うからね」
「なら、さっさと行こうか。ここじゃ暑いだろ?」
こうして俺と米原は、日差しが照りつける道を歩き始めた。
「とうちゃーく。じゃあ、入ろうか」
「おう」
約十分ほど歩くと、お目当ての喫茶店に到着する。
意外と早く着いたな。
これでこの忌々しい暑さともおさらばできる。
米原の行きつけの喫茶店は、駅前の街中にあった。
目立った看板もなく、店の大きさもほどほどで、街の一角にある普通の喫茶店に見える。
店内は思ったよりも広く、内装は割とお洒落だった。
そのうえ、ゆったり落ち着く音楽がちょうどいい音量で流れている。
冷房もしっかりと効いていて、気持ちがいい。
あまり喫茶店に行く機会はないが、ここはいい雰囲気が漂っているな。
米原は慣れた様子で、窓際の席まで移動し、その席に座った。
米原はこちらを見ながら手招きをする。
指示のとおり、同じ席まで移動した。
そして、俺は米原と対面する形で、席に座ることになる。
そのせいで、若干緊張してしまう。
「いやぁー。外は本当に暑かったねー。少し歩いただけで、こんなに汗かいちゃったよ。璃央は大丈夫だった?」
「大丈夫じゃないな。俺も汗が止まらないよ」
「そりゃそうだよね。あ、これ使う?」
米原は手で顔を扇ぎながら、使い捨てのフェイスペーパーを一枚俺にくれた。
顔は汗にまみれていたので、ありがたく使わせてもらうとするか。
「ふぃー、あっついねぇ。あたし汗っかきだから、これがないと生きていけないんだよね」
米原は顔だけではなく、首や鎖骨の辺りまでペーパーで拭いている。
そんな米原の姿を見て、心臓が少しだけ高鳴った。
しかも、米原は肌の露出が高めの服を着ている。
俺はさらに緊張して、ドキドキしてしまった。
「璃央は飲み物何頼む? あたしはいつもメロンクリームソーダを飲んでるんだ」
汗を拭き終えた米原が話しかけてくる。
俺は動揺を隠すために、メニューをわざと顔の目の前で広げた。
「お、俺はこの特製林檎ジュースにするよ」
「おっ、お目が高いね。その林檎ジュースはこのお店で結構人気がある飲み物なんだよー。まあ、一番人気はあたしが頼んだクリームソーダなんだけどね」
「そ、そうなのか……」
俺と米原は店員を呼んで注文をした。
その後、会話が途切れ、俺たちは互いに沈黙してしまう。
そもそも俺と米原が二人だけで、まともに話すことはまずない。
たいてい瑠璃が一緒にいるので、面と向かって話す機会は数えるほどしかなかった。
互いにいまいち距離感がつかみきれていないので、沈黙してしまうことは必然である。
この気まずい沈黙は、頼んだ飲み物がテーブルに置かれるまで続くことになった。
「それでさ……。そろそろ本題の話をしていいかな?」
俺と米原は飲み物を飲みながら、他愛もない話をしていた。
ようやく踏ん切りがついたのか、米原はついに本題を切り出してきたのである。
「ああ、いいぞ」
俺は緊張していた。
俺のことが好きだからこうやって呼び出した、という可能性がまだあったからだ。
「……実はあたし、好きな人がいるんだ」
米原の発言で、自分がいかに自意識過剰かを思い知らされた。
浮かれていた自分が恥ずかしい。
だが、乗りかかった船だ。
一応、最後まで話を聴いてやるか。
「……そうなのか。それで、誰が好きなんだ? 俺に相談するってことは、まさか弘人が好きなのか?」
「いや、弘人じゃなくてね」
「ということは……」
「う、うん……あたし、つ、剛志のことが好きみたい」
「マジか……」
これは予想外の展開だ。
俺と剛志と弘人 。
この三人なら、まず弘人が選ばれるはずだと思っていた。
まさか剛志とはな……。
理由も訊いてみるとするか。
「どうして剛志のことを好きになったんだ? お前たちは二人で話す機会もあまりなかったよな? そもそも俺たち三人には、過去のやらかしがあるだろ? よく好きになれたな」
疑問に思うことがたくさんあったので、つい米原を質問攻めにしてしまう。
剛志への軽い嫉妬も含まれているので、態度も悪かったかもしれない。
「あ、あたしね。剛志を初めて見たとき、一目惚れしちゃったの。背が高くて、筋肉もあって、男らしい顔つきをしている剛志の全部が好きになったんだ。でも、あんたたちがやらかしたから、話しかけることもできなくて、一回は諦めたんだよ。でも、この間みんなで野球の大会を観戦しに行ったときがあったよね? それで、剛志がホームランを打ったとき、また気持ちが再燃したの。あぁ、あのときの剛志は格好よかったなぁ……」
米原は頬を赤く染めながら、身振り手振りを多くしつつ、早口で剛志への想いを熱弁していた。
……剛志よかったな。
お前のことをこんなに想ってくれる女子が、ここにいるぞ。
というか、女子でも一目惚れってするんだな。
女性についてまた一つ賢くなった。
米原はいったん話をやめ、クリームソーダを飲み始めた。
店内は涼しいはずなのに、米原は汗をかいている。
興奮した米原のせいで俺たちのいる場所だけ、熱気を帯びているようだった。
俺も喉の渇きを感じたので、林檎ジュースを一口飲んだ。
まるで、生の新鮮な林檎の風味がそのままジュースになったような味で、甘酸っぱくてうまい。
「米原、お前の気持ちは伝わったよ。それでどうする? 俺はお前と剛志が付き合えるように、協力でもすればいいのか?」
「え? あっ、つ、付き合う!? あたしと剛志が!? もちろん付き合いたいけど……。あたしじゃ釣り合わないかなぁとか思ってるし。それに、告白してもOKしてくれるかどうかもわからないし……」
米原って見かけによらず、案外純情なんだな。
俺はまた一口林檎ジュースを飲んだ。
「今の気持ちを正直に伝えれば、剛志はきっと承諾してくれると俺は思うぞ。米原は見た目も可愛いし、剛志も彼女が欲しいってずっと言ってるしな。傍から見れば、お前らはお似合いだと思うぞ」
「そ、そうかな、ありがと。で、でも、今はまだ告白する勇気とかはちょっとないかも……」
……参ったな。
恋愛というものに疎いせいか、こういうときはどうすれば正解なのかがわからない。
剛志は告白されれば即OKしそうなものだが、肝心の米原には告白する勇気がない。
俺が剛志に米原を薦めたり、米原に剛志の連絡先を教えたりしてもいいだろう。
しかし、これはこれで不自然な感じがして、上手くいくとは限らない。
こういうとき、身近に恋愛上級者がいてほしかったが、それはないものねだりというものか。
そもそも俺の周りには、カップルなんていないしな。
「剛志の好みの女子ってどんなタイプなの?」
「剛志のタイプか……。たしか、胸と尻が大きい女子が好きって言ってたぞ。あいつよくグラビア雑誌とかみてるし」
「む、胸とお尻!? あたしって胸はそこそこあるけどお尻はそんなに大きくないなぁ。……ていうかさ、そういう性癖の話じゃなくて、髪型とか性格とかの話をしてるんだけど? ちょっとセクハラっぽくない? 瑠璃にチクるよ?」
「す、すまん。つい男友達と話すようなノリで話してしまった。謝るから瑠璃にチクるのは勘弁してくれ」
「それって、あたしのこと女子として見てないってこと? それも失礼だと思うんだけど。さっきまであたしの肌をチラチラ見てたくせに」
米原は不機嫌そうに言葉を並べる。
俺はやはり女子と話すのが苦手らしい。
これからは、よく考えて言葉を選ばなければいけないな。
「本当にすまん。許してくれ」
「まあ、瑠璃の弟だから大目にみてあげる。それで剛志のタイプはどんな子なの?」
「剛志はな、短めな髪型で、髪色は明るい茶髪の可愛い系の女子がタイプらしいぞ。あと性格は優しい子がいいらしい」
「そうなんだ。い、今のあたしって、もしかして、剛志の理想像に割と近い感じじゃない? 璃央はどう思う? 」
「確かに、米原なら理想に近いところにいるかもな」
すると、米原は笑顔になり、見るからに上機嫌そうな雰囲気を漂わせる。
俺は安心して残った林檎ジュースを飲み切った。
そのあと、米原には剛志に関する情報を教えた。
好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味や家族構成など、答えられる範囲のものは一通り答える。
米原は好奇心に満ちあふれた顔で、剛志についての情報を熱心に聴いていた。
「とりあえず、今日はここまででいいよ」
「そうか?」
「今日はありがとね。璃央のおかげで、剛志のことをたくさん知ることができたよ。もしよかったら、また相談に乗ってくれると嬉しいんだけど……」
「おう、いいぞ。俺はお前らを応援してるからな」
「ほんと? ありがとね、璃央」
剛志に先を越されるのは正直悔しい。
だけど俺は、そんな嫉妬心を含んだ気持ちを抑えることができた。
心の中では、親友の喜ぶ姿が見たい、という気持ちのほうが強かったのである。
もし二人が付き合ったら、盛大に祝福してやるとしよう。
それが本当の友達ってもんだ。
きりのいいところで話を終えたあと、俺たちは喫茶店を出てそのまま帰ることにした。
まだお昼頃だったので、外はとんでもなく暑い。
そんなとき、米原が、「暑いから、アイスクリームでも食べようよ」と提案してきた。
俺はすぐにでも帰りたい気分だったが、米原に強引に連れ去られてしまったのである。
そして、米原は喫茶店から少し離れたところにある商店街まで俺を連れてきた。
この商店街の一角に、老若男女問わず人気なアイスクリーム屋がある。
どうやら米原は、今日のお礼ということで、俺にアイスを奢ってくれるらしい。
俺は素直に甘えることにして、米原と一緒にアイス屋に入った。
この暑い時期だからか、アイス屋は大繁盛しており、店の中はたくさんの人がいて混み合っている。
俺は長時間待つのが嫌だったので、「今日は諦めて帰ろう」と米原に提案した。
だが、米原はどうしても食べたいと言って聞かなかったのだ。
そのうえ、米原からの圧がすごかったので、俺は渋々待つことにしたのである。
幸い店の中は、冷房が効いていてかなり涼しい。
もし暑かったら、速攻帰っていただろうな。
「うわぁ、混んでるねー」
「そうだな。……もう一度訊くが、今日は諦めて帰らないか? また日を改めて人が少ないときに来ようぜ」
「なんでここまで来てそんなこと言うかなー。あたしは食べたいものがあったら、今すぐに食べたい主義なんだよ」
「そ、そうなのか……」
そんな米原の言動に辟易した俺は、気分転換のために周りの様子を窺ってみた。
よく見てみると、俺たちが並んでる列は、前も後ろもカップルばかりだ。
俺たちも傍から見ればカップルに見えなくもないだろう。
こんなことをうっかり言ったりすると、米原の逆鱗に触れるので大人しく黙っていた。
それにしても、前のカップルの男性には既視感があるな。
どことなく弘人に似ているような気がする。
……いや、気のせいか。
弘人が女子と一緒にいるはずがない。
「あれ? もしかして、前にいるの、弘人じゃない? 話しかけてみよっか? ねぇねぇ、あなた弘人でしょ?」
米原は躊躇なく、前にいる男性に話しかけた。
おいおい、間違えたら恥ずかしくなるだろ。
「ん? え? よ、米原!? ……っていうか璃央もいるじゃないか!?」
「やっぱり弘人じゃん。隣の人はお姉さん?」
「う、うん、そうなんだよー。この人は僕の姉さんでさー。アイスクリームが食べたい、って言われたから仕方なく一緒に……」
前にいた男性はやはり弘人だったのか。
それはそうと、弘人に姉がいたのは知らなかったな。
見た目は黒髪ロングで、眼鏡をかけている。
いかにも真面目そうで、大人っぽい女性に見えた。
「……違います」
「え?」
「私はひろくんのお姉さんではありません」
弘人の隣にいた女性は、自分が姉ではない、と言い出した。
姉ではない?
もしかして、従姉か親戚か?
ていうか、ひろくんって……。
「私はひろくんの彼女の
「ええーっ!?」
俺と米原は、一緒に目を丸くして驚き、思わず叫んでしまった。
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