第三話 双子と鈴音


「まさか、瑠璃ちゃんと璃央君が、付き合ってるとは思わなかったよ」

「おい、鈴音。お前は俺の説明をちゃんと聴いてたのか?」


 鈴音と鉢合わせたあと、俺たち三人はショッピングモール内にあるレストランで昼食をとっていた。 

 俺は誤解を解くために、事のいきさつを説明していたのだが、どうやら鈴音には上手く伝わっていなかったようだ。


「嘘、嘘、冗談だよー。でも、姉弟で下着選びって普通なのかな? 私一人っ子だからよくわからないや。私だったら恥ずかしくてちょっと無理かなー」

「俺だって恥ずかしかったよ。でも、瑠璃がどうしてもって言うから仕方が――」

「璃央が、私をランジェリーショップに連れ込んだのよ」

「え?」

「は?」


 瑠璃がさらっととんでもないことを言い出した。

 俺と鈴音の動きがピタッと止まる。


「璃央ってば、昔からモテなくて、今まで彼女もできなかったのよ。ある日、拗らせすぎたのか、私に疑似彼女になれって言い出したの。私は困ったけど、必死でお願いする璃央が可哀想だったから、仕方なく彼女のふりをしてあげてたのよ。でも、今日は璃央が暴走しちゃって……。その結果、私は強引にランジェリーショップに連れ込まれて、下着を選ばされていたのよ」

「お、お前は何を言ってるんだ?」


 この姉は息をするように嘘を吐きやがる。

 というか、なんだよそのいかれた設定は?

 そんなバレバレな嘘を信じるやつなんて、この世界にいるわけがないだろ。


「り、璃央君。いくら瑠璃ちゃんが可愛いからって、そういうことはいけないと思うよ」

「ここにいたよ!」


 その後、瑠璃の発言が嘘とわかってもらうまで一悶着あった。

 だが、なんとか鈴音の誤解を解くことに成功したのである。







 昼食を済ませた俺たちは、三人でショッピングモール内を見て回ることになった。 

 今さらだが、鈴音と一緒に歩くのは緊張する。

 瑠璃の高校生らしいファッションとは違い、鈴音は大人びたファッションをしていたからだ。

 

 ベージュのジャケットにシンプルな白いシャツ。

 そして、タイトなデニムパンツと黒いパンプス。

 高い身長も相まって、鈴音はまるで大学生のような雰囲気を漂わせていた。


「ふふっ、両手に花だね。璃央君」

「そうよ、感謝しなさい。美少女二人と一緒にデートできるなんて、あなたの人生じゃ、この先二度とないわよ」

「俺の人生を勝手に決めるなよ。まあ、こんな状況は滅多にないと思うが……。ところで、二人は見て回りたいところとかはあるのか?」

「じゃあ、私から先に言わせてもらうわ」


 俺たちは瑠璃の提案で、まずはペットショップのコーナーに行くことになった。


「この子たち、すごく可愛いわね!」

「瑠璃ちゃん! こっちの子も可愛いよ!」


 ペットショップに着いて早々、女子二人は子犬や子猫たちの虜になる。

 そして、先ほどから「可愛い」を連呼するだけの存在となっていた。

 大きなガラス張りの空間の中で、子犬や子猫たちがじゃれている。

 その光景は、猫派の俺も思わず犬もいいなと思ってしまうほどだ。


 そのとき、ふとペットの紹介が書いてある紙を見て、俺は現実に戻される。

 そこには、子犬と子猫たちの種類や生年月日などが書かれていた。

 別に種類や生年月日の表記に問題があるわけじゃない。

 俺が気になったのは、この子たちについている値段だ。


「この子犬や子猫は、一匹数十万円もするのか……」


 いくら分割払いができるといっても、高校生の俺からしたら、さすがに高すぎる。

 もし瑠璃が飼いたいと言ったら、じいちゃんはどうするのだろう……。

 瑠璃に甘いじいちゃんのことだから、買ってあげてしまうのが容易に想像できるな。


「……ちょっと、璃央。こんなに可愛い子たちを見ながら、何難しい顔してるのよ? 純粋に楽しみなさいよね」


 どうやら、俺の考えは顔に出ていたらしい。

 瑠璃にはバレていたようだ。

 やっぱり、瑠璃に隠しごとはできないな。


「あれ? そういえば、鈴音はどこに行ったんだ?」

「お手洗いよ」

「む、そうか……」


 鈴音がいないのはラッキーだ。

 今なら、突拍子もない嘘をついた瑠璃を、問い詰めることができそうだな。 


「なあ、瑠璃。さっきは、なんで鈴音にあんな嘘をついたんだよ?」

「さっき? ……ああ、お昼のときのことね? あれは場を盛り上げるためのジョークよ。そんなこともわからないの?」

「ジョークにしては、ずいぶん生々しかったけどな!」

「リアリティがあったほうが、面白味が増すでしょ?」

「それで、もし信じる人がいたらどうするんだよ?」

「勝手に勘違いさせておけばいいのよ」

「それだと俺にデメリットしかないだろ……」

「おまたせー。二人とも仲良さそうに何話してるの?」


 そんな不毛な会話を瑠璃としていると、タイミングよく鈴音が戻ってきた。

 鈴音は不思議な顔をして、俺たちの様子を見ている。


「お、おかえり、鈴音。普通に子犬と子猫の話をしてただけだよ」

「鈴音、聴いて! 璃央が『ここにいる子犬と子猫よりも瑠璃のほうが可愛いね』って言って、いきなり口説いてきたの!」

「えっ!? り、璃央君ってやっぱり瑠璃ちゃんのことをそういう目で見てたの?」

「そんなわけないだろ! 瑠璃もこれ以上嘘をつくのはやめてくれ!」


 瑠璃の悪意ある嘘によって、俺はまた鈴音の誤解を解くはめになったのだった。        

 ……瑠璃め、覚えとけよ。







「次は鈴音の番ね。鈴音はどんなところに行きたいの?」

「えっ、私? 私はね……。ゲ、ゲームセンターに行きたいかな……」

「おっ、鈴音はゲーセンが好きなのか?」

「ごめん。子どもっぽいよね?」

「そんなことないわ。私も璃央もゲームセンターが好きなのよ」

「そ、そうなの? よかった……」

「じゃあ、行きますか」


 鈴音の希望で俺たちはゲームセンターまで向かうことになった。

 大人っぽい雰囲気の鈴音が、ゲームセンター好きとは意外だな。

 俺はそんな鈴音がちょっと可愛いなと思ってしまった。

 

 無論、口には出していない。

 今回は心の中だけに留めておくことができた。

 また気まずい空気になるのは、こりごりだからな。

 

 ゲームセンターに着くと、鈴音はすぐさまクレーンゲームのエリアに直行した。

 早速欲しいものを見つけたみたいだ。


「瑠璃ちゃん、璃央君! 私は、この可愛い猫のぬいぐるみをゲットすることに決めたよ! 私、クレーンゲーム得意なんだ! まあ、見ててよ!」

「ええ、頑張ってね」

「そうなのか。無理せず頑張れよ」


 鈴音は意気揚々とクレーンゲームをプレイし始める。

 しかし、今日の彼女の調子はそこまで良くなかったようだった。 

 何度繰り返しても、ぬいぐるみをゲットすることができなかったのだ。

 そして、なんと四十回目の挑戦に突入しようとしていた。


「あれれー? い、いつもはすぐに取れるのになー? クレーンくんの調子が悪いのかなー?」

「私、ちょっとお手洗いに行ってくるわ。鈴音、あまり無理しないでね」

「うん。でも、あともうちょっとだけ頑張ってみるよ」


 鈴音と二人きりになって少し嬉しかったが、明らかに鈴音の気分が暗くなっている。

 ……ここは、俺が男気を出すとするか。


「鈴音、ちょっと俺に代わってくれ。俺も挑戦してみたいんだ」

「えっ……。うん……」


 とはいえ、俺もクレーンゲームがそれほど得意というわけではない。

 だけど、鈴音の気分を明るくするためには、やらなければならないと強く感じていた。


 自分の百円玉を入れ、ゲームがスタートする。

 対象のぬいぐるみまで慎重にクレーンを動かし、真上までクレーンを移動させた。

 そのままクレーンが降りていき、ぬいぐるみをキャッチする。

 クレーンはぬいぐるみをしっかりと掴んだまま、再び上に戻った。

 そして、穴まで移動している最中、ぬいぐるみが若干落ちそうになったのである。


 これはダメかと思ったら、クレーンはぬいぐるみをなんとか穴までもっていき、落とす。

 その結果、なんと俺は一回のプレイで、猫のぬいぐるみをあっさりゲットしてしまったのである。


「お、おお、なんかゲットできた……」

「す、すごいよ! 璃央君ってクレーンゲーム得意だったの!?」

「いや、そんなに得意ではないけどな。今日はたまたま運がよかっただけだよ」


 なんだこの展開。

 ベタすぎるだろ……。

 こんな展開になってしまったら、次に俺がどういった行動をとるのか、もう決まっているようなものだ。


「鈴音、このぬいぐるみ、お前にやるよ。欲しかったんだろ?」

「えっ、いいの!?」

「これは鈴音に元気になってほしくて取ったんだ。だから、受け取ってくれ」

「ありがとう! 璃央君のおかげで、私元気出たよ! このぬいぐるみ、一生大切にするね!」

「そ、そうか。それならよかった……」


 俺と鈴音は瑠璃が帰ってくるまで、ゲームセンター内をぶらついた。

 俺が欲しい景品が置いてあるクレーンゲームもあったが、さっきみたいに簡単には取れそうになかったのだ。

 なので、潔く諦めたのである。


 瑠璃がなかなか帰ってこないので、俺と鈴音はエアホッケーをすることにした。

 俺は自信満々で挑んだが、鈴音のほうが一枚上手でぼこぼこにされてしまったのである。

 鈴音の前では、強がって余裕そうに見栄を張っていたが、内心かなり落ち込んだ。







「遅くなってごめんなさい。……ぬいぐるみ取れたのね。鈴音、おめでとう」

「あのね、瑠璃ちゃん。このぬいぐるみは璃央君が取ってくれたんだよ」

「璃央が?」

「うん!」

「ふーん。璃央、やるわね」

「今日はたまたま運が良かったんだ。それより、これからどうする? ほかのゲームで遊ぶのか?」

「私はぬいぐるみをゲットできたし、エアホッケーで璃央君と遊べたから満足してるよ」

「私も大丈夫よ」

「ところで、璃央君は行きたいところとかないの?」

「俺の行きたいところか……」


 俺は即答できず、悩んでしまう。

 特に行きたい場所はないな。


「璃央は服とか欲しくないの?」


 突然、瑠璃がそう提案をしてきた。

 服か……。

 ちょっと気になるかもしれないな。


「そうだ! よかったら私と瑠璃ちゃんで、璃央君に似合う服を選んであげるよ!」

「それは、いい提案ね。璃央、行きましょう」

「……わかった。二人のセンスに任せるよ」


 俺たちは、メンズの服が売ってるコーナーまで行くことにした。







「このカーキ色のジャンパーとかどうかな?」

「それもよさそうね。こっちの黒いジャケットもどうかしら?」

「瑠璃ちゃんのもいいね」

「璃央、着てみてよ」


 メンズファッションの店に着いてから、俺は着せ替え人形のように、次々と色んな服を着せられていた。

 俺はファッションには疎いので、正直どんな服でもよかった。

 それよりも、「二人が俺のために一生懸命服を選んでくれる」ということのほうが嬉しかったのだ。


 今の手持ちだと、アウター一着分の予算しかない。

 なので、瑠璃と鈴音は、俺に一番合ってそうな服を探すために、いろいろなお店を渡り歩いた。

 そして、ようやく二人の意見が一致した服が見つかったのである。


 二人が選んだのは、紺色のブルゾンだった。

 今の季節にはぴったりな服のチョイスだ。

 二人とも、俺のために選んでくれてありがとな。







 時刻を確認してみると、もう午後五時を過ぎていた。

 明日は学校なので、俺たちは早めに切り上げて帰ることにしたのである。


「瑠璃ちゃん、璃央君。今日はありがとね。すごく楽しかったよ!」

「私も楽しかったわ。また一緒に来られたらいいわね」

「うん! 今度はプリクラとか撮ろうね」

「璃央、よかったわね。美少女二人とプリクラが撮れるわよ」

「えっ! お、俺もいいのか!?」


 そんな雑談をしていたら、鈴音と別れるところまできた。

 辺りも薄暗くなってきたし、鈴音は一人で大丈夫なのだろうか。


「家まで送って行こうか?」

「大丈夫だよ。私の家、ここからそんなに遠くないし。心配してくれてありがと」

「そうか、わかったよ」

「じゃあ、また明日学校で会おうねー!」

「鈴音、またね」

「気をつけて帰れよ」


 鈴音と別れたあと、俺と瑠璃は今日あったことを振り返りながら帰っていた。

 瑠璃も買い物はしていたようで、複数の紙袋を持っている。


 俺は瑠璃の紙袋を全部持とうとした。

 しかし、瑠璃は、「そこまでしてもらうのは悪いわ」と言って、紙袋を持たせてはくれなかったのだ。

 だけど、俺は紙袋を持つことを諦めなかった。 

 話し合いの結果、とりあえず重い紙袋だけを持つことになったのである。

 別に遠慮する必要もないのに……。


「……それで、瑠璃はどんな服を買ったんだ?」

「秘密よ」

「教えてくれないのか?」

「また私とデートすればわかるわよ」

「そうか……」


 俺となんか出歩いてないで、彼氏でも作ればいいのに。

 俺は一瞬そう思った。

 だけど、なぜかそのことを瑠璃には言ってはいけない気がしたのだ。

 俺は空気を読んで、大人しく黙っていた。


「ねぇ、璃央」

「どうした?」

「これ、あげる」


 瑠璃は、自分で持っていた紙袋の一つを俺に渡してきた。

 俺は中身が気になり、その場で袋の中を確認する。


「……これ、ペンギンの人形か?」

「そ、ペンギンよ。璃央、ペンギン好きだったでしょ?」


 なんと袋の中身は、俺が欲しいと思っていたペンギンの人形だった。

 そういえば、ゲームセンターで遊んでいるとき、瑠璃の帰りが妙に遅かったな。

 どうやら遅れた理由は、この人形を取るためだったようだ。


「ありがとな。もしかして、クレーンゲームで取ってくれたのか? 俺のために?」

「た、たまたまやってみたら取れたのよ。たまたまだからね!」

「そ、そうなのか……。何か返したいところだが、俺には何もないな。瑠璃、ごめんな」

「別に気にしなくていいわよ。でも、そうね……。じゃあ、また私の買い物に付き合ってちょうだい」

「えっ、そんなんでいいのか? それはそれで何か怖いな……」

「何が怖いのかしら? またランジェリーショップに連れ込むわよ?」

「じょ、冗談だよ。喜んで買い物に付き添わさせていただきます」

「じゃあ、よろしくね」

「おう」


 瑠璃がプレゼントをくれたのは予想外だったが、結構嬉しかった。

 瑠璃は、「買い物に付き合うだけでいい」と言ってくれたが、今度何かお返しをしたほうがいいよな。 

 瑠璃がプレゼントされて、喜びそうなものは何だろう。


 ちなみに俺がペンギンを好きな理由は、なぜか格好いいと思ってしまうからだ。

 もしかしたら、記憶を失う前から好きだったのかもしれない。

 ……そういえば、何か忘れてるような。


「あ!」

「どうかしたの?」

「そういや、夕飯のことを話すのを忘れてたよ。じいちゃんはいらないって言ってたけど、俺たちはどうする?」

「今日は疲れたから、料理をする気にはなれないわね」

「俺も同意見だ。じゃあ、たまには外食にするか。瑠璃は何が食べたい?」

「私はお寿司がいいわ」

「じゃ、そうするか」

「回らないほうの」

「嘘だろ!? 金が足りないぞ!?」

「冗談よ」


 今日はいろんな出来事があって、楽しかった。

 鈴音と自然に話せるようになったし、前より仲良くなれた気もする。

 俺は、瑠璃や鈴音とまた一緒に楽しく遊べればいいな、と思いながら、帰り道を歩いたのだった。

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