第二話 双子の休日


「璃央、あなた今日暇でしょ? 一緒に出かけるわよ」


 瑠璃が唐突に外出の提案をしてきた。

 俺と瑠璃は今、二人で洗濯物を干している。


「別にいいけど。どこに行くんだ?」

「ショッピングモールに行きたいのよ。服とかいろいろ見たいし」

「わかった。何時頃に出発するんだ?」

「洗濯物を全部干して、準備ができたらすぐに行きましょう」


 現在の時刻は午前八時。

 少し早い気もするが、まあ、いいか。


「了解。じゃあ、瑠璃は先に準備しとけよ。女子っていうの外出するのに時間がかかるもんだろ? あとは俺がやっておくからさ」

「ありがとう、璃央。お言葉に甘えるとするわ。またあとでね」

「おう」


 瑠璃は自分の部屋へと戻っていった。

 さて、俺もさっさと終わらせて、早めに準備をするか。

 

 洗濯物をすべて干したあと、俺は自分の部屋で着替えてから、リビングで瑠璃を待っていた。

 そのとき、リビングにじいちゃんがやってきて、俺に話しかけてくる。


「なんじゃ、今日はどこかに出かけるのか?」

「ああ、瑠璃とショッピングモールに出かけてくるよ」

「そうか。実はワシも、昼頃から友達と出かけるんじゃよ。それでな、帰るのは夜遅くになりそうなんじゃ。ちなみに昼食も夕食も友達と一緒に食べてくるからの。じゃから、ワシの食事のことは心配せんでよいぞ」

「わかった。俺らも適当に何か食べとくよ」

「璃央、準備ができたわ。遅くなってごめんなさい」


 そんな会話をしていたら、瑠璃がリビングに入ってきた。

 現在の時刻は午前九時。

 準備するのに結構時間がかかったな。

 いや、女子なら普通か。


「いや、別にそんなに待ったわけじゃないから気にすんなよ」

「そう? それじゃ、行きましょうか」

「ああ」

「二人とも気をつけて行くんじゃぞ」

「おじいちゃん。今日のご飯は――」

「はいはい、じいちゃんのことは、またあとで話すからさ。早く行こうぜ」

「……わかったわ。じゃあ、行ってくるわね。おじいちゃん」

「じいちゃん、申し訳ないけど外出する前に、洗濯物を家の中に入れておいてくれ」

「ほいほい、わかったぞい」

「頼んだぞ。じゃ、行ってくる」







 家の外に出てみると、改めていい天気だな、と思った。

 空は快晴で気温も春らしく暖かい。

 気分が上がって小躍りしたくなるほどだ。


「いい天気ね」

「ああ、今日は外出日和だな」

「璃央、私の今日の服装はどう? 変じゃない?」


 おいおい、瑠璃よ。

 俺がいつも、パーカーにジーンズというカジュアルすぎる服装だと知っているよな?

 そんな俺にファッションのことを訊くのは間違ってるぞ。

 ……と思ったが、感想を言わないと、あとが怖いので、一応分析してみることにした。


 上は少し大きめの白いセーターで、下は少し短めのグレーのスカート。

 そして、黒いニーハイソックスにブラウンのローファー。

 少し地味目かもしれないが、高校生としては普通だろ。

 とりあえず、無難な感想を言ってみよう。


「どこも変じゃないぞ。瑠璃らしい格好で普通にいいと思う」

「ありがと。璃央の服装も似合ってるわね」

「そうか? いつものパーカーにジーンズだぞ?」

「璃央って身長高いし、鍛えてるから肩幅も広めでしょ? だから、シンプルな服が合ってる気がするのよ」

「まさか褒められるとは思ってなかった。ありがとな、瑠璃」

「どういたしまして」


 俺と瑠璃はそんな雑談をしながら、ショッピングモールまで歩いた。






 歩いてから数十分後、俺たちはショッピングモールに到着した。 

 日曜だからか、子供連れ、カップル、ご老人など、とにかく大勢の人で賑っている。


「やっぱり、休日は混んでるわね」

「さすがこの街で一番デカいショッピングモールなだけあるな」

「それじゃ、服を見て回りましょうか」

「ああ」


 俺たちは早速、衣料品店が多く立ち並ぶエリアに向かった。


「たくさん服屋が並んでるな。瑠璃、どこから見て回る?」


 隣にいるはずの瑠璃に話しかけるが、反応がない。

 さっきまで俺の隣にいたはずの瑠璃は、いつの間にかいなくなっている。

 辺りを見回してみると、瑠璃は近くのレディースの服を扱う店にいた。

 入りづらい雰囲気の中、俺は勇気を出して瑠璃のそばに近寄ってみる。


「瑠璃、突然いなくなるなよ。一瞬だが見失ったぞ」

「へぇ、この服かわいいじゃない。こっちもいいわね」


 聞こえてないな。

 まあ、こうなるのはわかったうえで付いて来たのだからしょうがない。 

 そういえば、女性の買い物に男性が付き合ったときのストレス度合いは『警官が暴動を鎮圧するレベル』と前にテレビで観たな。

 さすがに今は、そこまでのストレスはないが……。


「ねえ、璃央。ちょっと訊いてもいい?」

「どうかしたのか?」

「ここにデザインの違う服が二着あるわよね?」

「ああ、あるな」

「璃央はどっちの服が私に似合ってると思う?」

「――っ!?」


 きた!

 この究極の二択!

 男性が女性との買い物で訊かれる定番の質問だ!


 この状況については前に本で読んだな。

 たしか、『女性はもう答えが決まっていて、女性自身がいいと思っているほうを男性に当ててほしい』という不条理な難題だったはずだ。

 ここで正解の服を選ばなければ、怒られるどころか、一日中瑠璃が不機嫌になってしまう。


 ……どっちだ?

 どっちが正解なんだ?


 右の服はいつも瑠璃が着ている服に近い。

 左の服は少し大人な感じの服だ。

 女性の精神年齢は実年齢より高めだということはよく知っている。

 それを念頭に置いて、選択しなければならない。


 瑠璃は、わざわざショッピングモールまで来て服を選んでいる。

 ということは、「新たな自分を見つけたい」、「少し冒険して大人な服を着てみたい」という願望を少なからず持っているに違いない!


 以上の考察から、俺が導きだした答えの服は……。


「ひ、左の服なんか少し大人っぽくていいんじゃないか?」

「そう……。私的にはどっちもなしね。あっ! あの服もいいじゃない!」


 ……は?


「どっちもなしなのかよっ!!」


 必死に考えていたのが馬鹿らしくなり、俺は思わず叫んでしまう。

 周りから見れば、俺がいきなり奇声をあげた変人と映っていても仕方ないと思った。







「んー。いろいろありすぎて迷うわね」

「まあ、これだけたくさん服屋があると、目移りしても仕方ないよな」

「あっ! あそこのお店なら、いいのがありそうじゃない?」

「ん? どの店だ?」


 瑠璃が指さした場所は、男子禁制ゾーン。

 大人の女性向けのランジェリーショップだった。

 

「ほら、さっさと行きましょう。璃央には私に似合う下着を選んでほしいのよ」

「いやいやいや!? あそこはダメだろ!? 男子が気軽に入ってはいけない場所だよな!? さすがに俺でも入るのは無理だぞ!?」

「何言ってるのよ。カップルなら一緒に入れるじゃない」

「俺たち姉弟なんですが!?」

「そうじゃなくて、カップルに偽装するのよ。私たち双子の姉弟だけど、似てないでしょ?」


 そういう問題ではない。

 そもそも、なんで俺が実の姉の下着を選ばなくてはいけないのか?

 疑問は山ほどあるが、とにかく俺は入らないという、固い意志を瑠璃にみせなければ……。


「ねぇ、璃央」

「何だ? 俺は行かないぞ」

「一緒に行ってくれないと、鈴音に過去のことをばらすわよ」

「えっ……?」

「な、なんでいきなり鈴音の話になるんだよ? 今は関係ないだろ?」

「璃央、私は知ってるのよ。あなた、鈴音のことが好きなんでしょ?」


 いきなり何を言い出すんだこいつは!?

 確かに鈴音は魅力的な女子だと思うが、決して好きとかではない!

 しかも、まだ出会って一週間くらいしか経ってないのに、惚れるとかダメなやつだろ!

 過去のことをばらされるのもきついが、今はとにかく瑠璃の誤解を解かないと……。


「……冗談よ」

「は、はい?」

「だから、冗談だってば」

「き、急に変なこと言うなよ。びっくりしただろ」

「ごめんなさい。私はただ下着を一緒に選んでほしかっただけなの」

「そ、それなら、米原と一緒に選んだほうがいいんじゃないか?」

「やっぱり、一紗と一緒に選んだほうがいいかもしれない、と思うわよね? でもね、友達同士でも遠慮して、本音が言えないときもあるのよ」

「そ、そうなのか……」

「だから、私は璃央に頼んだの。璃央なら、私に合った素敵な下着を正直に選んでくれると思ったのよ……」


 瑠璃はいきなりしおらしくなり、目に涙を浮かべていた。

 そんなに俺のことを頼ってくれていたのか。

 なぜか悪いことをした気分になるな。

 ここは男らしく、瑠璃の言うとおりにしてやるか。


「しょ、しょーがねぇなぁ。瑠璃がそこまで言うなら一緒に選んでやるか!」

「ありがと。じゃ、行くわよ」


 瑠璃はパッと笑顔になり、俺の腕をがっちりと掴む。

 そして、上機嫌でランジェリーショップのほうへと歩き出したのだ。


 あれあれ?

 さっきまでの涙はどこにいったんだ?

 どうやら、瑠璃に一杯食わされたようだ。


 そういえば、前にも同じようなことがあったような気がする。

 あのときは、じいちゃんが瑠璃に甘い態度をとっていたような……。 

 そんなじいちゃんの様子を見て、俺だけは瑠璃に厳しくしないといけない、と思っていた。

 しかし、俺もじいちゃんと同じように、瑠璃には甘いようだな。


「見て見て、璃央。可愛い下着がたくさんあるわよ」

「そ、そうだな……」


 観念してランジェリーショップに入ると、そこには新世界が広がっていた。

 さまざまな色や形をしたランジェリーが、店中に数えきれないほど飾ってある。 

 俺には刺激が強すぎて、周りを見るという行為が恥ずかしくてできなかった。

 反対に、瑠璃は平気そうな顔をして、大量にある派手な下着を厳選している。


「ねぇ、璃央。これとかどう?」

「お、おう……。に、似合うとは思うが、ちょっと大人向けすぎないか?」

「そうかしら? 私も今年で十七歳になるんだから、これくらい着こなせると思うけど」

「そ、そうか……」


 瑠璃が持ってきた下着。

 それは布面積が少なめで、鮮やかな紫のレースがふんだんに使われた、かなりアダルトな下着だった。

 確かにスタイルのいい瑠璃には、似合うかもしれない。

 だが、俺は恥ずかしくて、直視できなかったのだ。

 うつむきながら、小声で瑠璃の質問に答えることしかできなかった。


 ……というか、もうこの場には居たくない。

 俺の心はそろそろ限界を迎えそうだった。


「な、なあ、瑠璃。俺はそろそろ……」

「あのー、すみません。ちょっといいですか?」


 突然後ろから声をかけられた。

 声色から女性ということがわかる。

 やはりカップルという体で一緒に入っても、一人で買い物に来た女性客には迷惑なんじゃないか?

 ……ダメだ、冷や汗が止まらない。

 ここは潔く謝罪をして、この場所からすぐに移動しよう。


「すみません! いくらカップルでも、男性がいたら邪魔になりますよね!? 今出ていくので、どうか許してください!」


 俺は勢いよく後ろを振り返る。

 それから、謝罪の言葉を述べた。


「え、えーと……。瑠璃ちゃんと璃央君だよね? こ、こんにちはー。カ、カップルがどうとか言ってたけど。も、もしかして、二人はそういう関係だったりするのかな?」


 そこには、先ほど話題に上った、『美藤鈴音』本人がいたのだった。

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