アスナvsケネディ


「ふぅ、情け無いところを見せてしまったな」


 少し経ってから、アーロンは落ち着きを取り戻した。


「情け無い事はないさ。娘を嫁に出すのは辛いって聞いた事あるしな」


「ははは、本当にそうだ。目出度いはずなのに、込み上げてくるものがあってな」


「でさ、アーロンに相談があるんだけど」


「相談?」


「ほら、今の俺って無職だろ?だから何かしら仕事をしたいんだ」


「ふむ。確かに今のカズトの収入はアイアンボアを売った金だけだな。仕事、仕事なぁ。カズトがこの村で出来そうな仕事は、農作業、商売くらいか。あとは村長を継ぐとかな。まぁ、それはまだ早いけどな」


 村長を継ぐ?無理無理、俺にそんな大役は無理だ。


「剣士ギルドの仕事は儲かるのか?」


「剣士ギルド?お前、剣士ギルドに所属したいのか?」


「ああ。俺の特技を活かすならそれがいいかなって」


「確かにお前の実力なら問題ないだろう。しかし稼げるかどうかは運次第だな」


「運次第?」


「まず剣士ギルドの仕事は二種類ある。一つは依頼をこなす。これは近隣の村や町からの魔獣の討伐依頼がある時にしか出来ない。だから早い者勝ちだ。もう一つは今回のアイアンボアみたいに自分で狩ってギルドに売る。これも高額で売れる魔獣と出会えるかは運次第だ。よって稼げるかは運次第って事だ」


 運次第か、自信ないな。


「じゃあ、剣士ギルドで稼ぐのは現実的ではないって事か」


「いや、一つだけ確実に稼ぐ方法はある」


「それは?」


「簡単だ、ランクを上げればいい。そうすれば依頼の競争率も下がるし、報酬もより高額になる。まさに一石二鳥だ」


「ランク?」


 ランクってあれか?AとかSとかってやつか?


「ああ、専業剣士にはランクがあって、下から灰、紺、緑、青、黄、赤、銀、金の八段階だ。実際には上にもう二つあるんだが、今は誰もいないから無いものととして扱われている」


 この世界では色なんだ。金の上が気になる。


「そうなのか」


「詳しい事はギルドで直接説明してくれるさ。今から行くギルドのマスターは古い馴染みでな、お前の事情は説明するから、登録するのは問題ないだろう。試験もあるがお前なら大丈夫だろ」


 へぇ、俺の事情を酌んでもらえるのか。それはありがたいな。


「なるほどな」


「まあ、どうするかは行ってみてから考えればいい。とりあえず飯を食って早くギルドに行くぞ。今晩はお祝いだからな」


「そうですね、お二人が帰って来るまでには御馳走を用意しておきますね」


「ねぇねぇ、剣士ギルドに行くの、私もついて行ってもいい?」


「なんだ?アスナも行きたいのか?」


「うん、私も剣士ギルドに入りたい。カズトさんと一緒にいたいから」


 理由は嬉しいけど、アスナがギルドに入るのは少し心配だな。まあ、俺が守ればいいだけなんだけどさ。


「ついて来るのはいいが、ギルドの試験に受かるかはお前の実力次第だぞ?」


「わかってるよ」


 試験の内容にもよるだろうけど、アスナの実力なら多分合格するだろうな。


「ならいい。お前も飯を済ませたら出かける用意をしろよ」


「うん、わかった」


 俺達は急いで朝食と着替えを済ませ家を出た。


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 待ち合わせ場所に行くと、ケネディ、ヨセフ、レーガンの三人に加えて、ヨセフの父で副村長のヨハンと商業担当のタイラーが待っていた。


 ヨハンはとてもイライラしている様子だ。


 そんなヨハンをタイラーが宥めている。


「悪い、待たせちまったな」


「やっと来たか。村長が人を待たせるなんて、責任感が欠けてるんじゃないのか?」


「そう言うなよ、ヨハン。少し遅れただけじゃないか」


「その少しが問題なんだが」


「遅れたのは俺が原因なんだ。あまりアーロンを責めないでくれ」


 揉め事に発展しそうなので慌てて二人の間に割って入る。


「カズト君がそう言うなら仕方ない。それで、遅れた理由はなんなんだ?」


「アスナとカズトの結婚が決まった。式やその他諸々の話はまだだがな。その話をしてて遅れたわけだ」


「ほう、それは目出度い。それでアスナも一緒なのか。それならこれ以上何かを言うのはやめておこう。そうか、村のじゃじゃ馬娘もとうとう結婚か。おめでとう、アスナ。カズト君と幸せになるんだぞ」


「じゃじゃ馬娘は余計だよ。でもありがとう、ヨハンおじさん」


 アスナはちょっとムッとしながらも嬉しそうに返事をする。


「おめでとうございます、アスナさん。幸せになって下さいね」


「ありがとう、タイラーさん」


 アスナは満面の笑みを浮かべている。うん、可愛い。俺の嫁は世界一可愛い。


「アスナが結婚か……これで可哀想な犠牲者が出なくなるな」


「そういう言い方はよくないよ、ケネディ。こういう時は祝福しないと」


「ヨセフの言う通りだ。お前はいちいち無神経な言い方をする」


「いや、俺だって祝う気持ちはあるぞ?ただ今までの事を思い出してな」


 ケネディ達が何か言ってる。そういうのは本人に聞かれない様にするんだよ。手遅れだろうけど。


「ケネディ、全部聞こえてるからね。ちょっとむかつくから、久しぶりに試合しようよ。大丈夫、すぐ済むから」


 ほらやっぱり。しかもかなりご立腹だ。


「え⁉︎いや、俺が悪かったからそれは勘弁してくれ!」


 ケネディは土下座せんばかりの勢いで謝っている。


「時間は取らせないから。いいよね?お父さん」


「はぁ……わかった、少しだけだぞ。いいよな、ヨハン」


「まったく……すぐに終わらせるんだぞ」


 はい、死刑宣告。


「ちょっ⁉︎二人とも止めて下さいよ!」


「ほら、さっさと構えてよ」


 冷や汗流して焦るケネディ、戦闘モードのアスナ。


「わかった、やるからには本気でやるからな!怪我したからって、カズトが復讐するのはやめてくれよ?」


 お、覚悟が出来たか。しかし、俺が復讐?ないない、絶対アスナが勝つもん。


「ああ、俺は手を出さない」


「言質とったからな!絶対に手を出すなよ!」


 お前、どんだけ俺が怖いんだよ。


「覚悟は出来た?」


「カズトが復讐しないなら、本気でやるからな!今日こそ勝ってやる!行くぞ!うおおおおお!」


 ケネディが剣を冗談に構え、間合いを一気に詰め、剣を縦一文字に振り下ろす。


「いくよ、不知火流【風柳】」


 そんなケネディの剣をアスナはそっと受け流し、その勢いを利用して叩きつける。


「な⁉︎ぐわっ⁉︎」


 うん、見事な【風柳】だ。まさかいきなり実戦で使うとは思ってなかったけど。やはり才能があるな。


 かなりの勢いで叩きつけられたケネディはごろごろ転がって悶絶している。


「今のはカズトの技か?」


 アーロンは目を見開いて驚いている。


「ほう、これは凄いな」


 ヨハンも驚いているようだ。


「な、何が起こったんでしょうか?」


 タイラーには見えなかったようだ。


「ケネディ、大丈夫⁉︎」


「ケネディは何をされたんだ?攻撃が当たったと思ったらいきなり宙を舞ったぞ」


 ヨセフが急いでケネディを介抱して、レーガンは今の闘いを分析している。


「カズトさん!どう?上手く出来たかな?」


 アスナがぱたぱたと小走りで側に来る。


「ああ、完璧とはまだ言えないが、上手く出来たと思うぞ」


 そう言って頭を優しく撫でる。


「やったー!もっと上手く出来る様に頑張るよ!」


 アスナは頬を紅く染めながら抱きついてきた。


「痛たた……なんだよ、カズトの技かよ」


「そうだよ、今朝教えてもらったんだ!」


 アスナがえっへんと胸を張る。


「アーロン、お前もうかうかしていたら、いつかアスナに負けるかもな」


「冗談はよせよ、そんな事は一生ない。俺だって鍛えてるんだからな。お前こそ気をつけないと、アスナに負けるんじゃないか」


「それこそ面白い冗談だな。そんな事はありえないさ。私だって剣士だ、日頃から鍛錬を欠かしていない。今ならお前にも勝てると自負している」


「何だと?」


「はいはい、ストーップ。いい大人が剣呑な雰囲気になるなって。もうギルドに行こうぜ」


「ああ、そうだな。私とした事が、冷静を欠いてしまった。申し訳ない」


「俺も悪かった。じゃあ、気を取り直してギルドへ行くぞ。お前達、さっさと用意しろ」


「あの、俺、まだ体中が痛いんですけど、ちょっと休ませてもらえませんか?」


「駄目だ、お前の自業自得だからな。ほら、早く荷車を引け」


「俺、あなたの娘にやられたんだけど……」


 ケネディはよろよろと立ち上がり、ヨセフ達と荷車を引き始めた。


 ちょっと可哀想だけど、自業自得だから仕方ない。


 色々あったが、俺達はようやく剣士ギルドを目指して進み始めた。

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残念な異世界転移〜憧れの異世界に魔法はありませんでした〜 彼岸花 @naomon

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