アミィちゃんと焼肉パーティー

 シュネは仕事が終わるとテキパキと片づけをはじめた。

 なぜこんなに急いでいるかというと、アミィちゃんの件だ。

 今朝レイ姉が家まで送ったはずのアミィちゃんが、一か月間ウチに泊まるという。

 弟子入りで泊るのはやぶさかではない。……が、アミィちゃんとレイ姉の様子を見る限り弟子入りでの泊りではなさそうだ。

 家出や勘当などマイナスイメージがシュネの頭に浮かんでは振り払う。――もしかして誘拐――いやいやいや。いくらレイ姉でもそんなことはしないと思う。

 もし誘拐だとしたら泊りではなく逃亡だろう。


「ライア姉、消毒液の補充するからタオルの洗濯お願い」

「わかったわ」


 急いでいるときに限ってやることが多い。三か月に一回くらいの頻度で補充する消毒液、よりによって今日当たってしまうとは……。

 研究室から10リットルの消毒液を台車でトリミング室に運び、250ミリリットルの霧吹きボトル四本に消毒液を入れる。

 残りはトリミング室の棚に置いておく。


「ふぅ、終わった~」


 グ~キュルルルル……

 すっかり日も暮れてお腹の虫が鳴いている。


「お腹すいた~……けど、とりあえずシャワー浴びてこよ」


 シュネはトリミングで体や髪に付いた動物の毛を落とすためにシャワー室へ向かった。


「今日もアミィちゃんがお泊まりか……」


 蛇口をひねり、冷たい水から徐々に温かくなっていくシャワーに打たれながらシュネはポソリつぶやいた。

 姉妹以外が二日連続でいるのはシュネにとって初めてのことだ。

 というか今日から一か月間アミィちゃんとも寝食を共にする。

 そう思うと少しのたのしみと不安がある。

 愉しみなのはもっと仲良くなって友達になれるかもしれないこと。

 不安なのはアミィちゃんと家族の関係だ。

 レイ姉がどうしてアミィちゃんを連れて帰ってきたのかわからないが、家族との関係がこじれるのは嫌だとシュネは思う。

 両親を知らないシュネにとって親という存在は羨ましいのである。

 羨ましいからこそ両親との不仲になって欲しくないのだ。


「う~ん……うだうだ考えても仕方ないか。とりあえずご飯!」


 キュッとシャワーの蛇口を締め、脱衣所に用意していたお気に入りのダボっとした薄いピンクのワンピースに着替えた。


「レイ姉~お腹すいた~」


 少し水気が残った髪の毛をタオルでぬぐいながら、台所でサラダの盛り付けをしていたレイ姉にご飯を催促した。


「お皿用意して待ってて~」

「は~い」


 返事をしつつアミィちゃんを探した。――いない……?


「アミィちゃんは?」

「ん~? ライアちゃんと一緒に空き部屋の掃除をしてると思うわ」

「……あそこ使うんだ」


 空き部屋……父と母が使っていた部屋だったが、今では半ば物置部屋と化している。


「手伝った方がいいかな?」

「そうねぇ。もうすぐご飯だし、食べ終わった後にみんなでちゃっちゃと片付けちゃいましょ」

「んじゃふたりを呼んでくるね」

「お願いね~」


 お腹すいたシュネは足早にライア姉たちのところへ向かった。


「ライア姉~どんな感じ? っと」


 シュネは廊下に積まれた木箱や行李こうりを避けながらライア姉に聞いた。


「あら? シュネ?」


 木箱に物を詰めていたライア姉がシュネの顔を確認し、背筋を伸ばしながら外に目を向けた。


「もう陽が暮れていたのね」

「あれ? アミィちゃんは?」


 ライア姉と掃除をしていると聞いていたが、アミィちゃんの姿はそこにはなかった。


「アミィさんなら屋根裏の整理してもらっているわ」

「そっか。レイ姉が、残りは夜ご飯を食べ終わった後にみんなで片付けよだって」

「わかったわ。それじゃあアミィさんと軽く汚れを落としてから向かうわ」


 ライア姉は屋根裏へアミィちゃんを呼びに行き、シュネは食卓へ戻り、レイ姉の手伝いをしに行った。 


「レイ姉~、ライア姉たち汚れ落としてから来るって」

「なら準備して待ってましょ」


 シュネはテーブルに飲み物、小分けにしたサラダ、取り皿を並べていく。

 中央置かれた七輪の周りには牛肉が置かれていて、お腹が空いているシュネの口内によだれが溜まっていく。


「もう火を付けててもいい?」


 まだライア姉たちは来ていないが、綺麗な桃色のお肉を目の当たりにしたシュネは待ちきれない。

 せめて炭に火だけでも付けて、みんなが直ぐに焼いて食べれるようにしておきたいのだ。決して自分のためではない。


「いいわよ~」

「やった!」


 レイ姉の許可が下りて意気揚々と火を付ける準備をする。

 エカイユノワと呼ばれる植物の実から油分を抽出した液体を含ませた着火板を中央に置き、その周りに空気の通り道ができるように木炭を組んでいく。

 ファイアスチールと呼ばれる鉄の棒と板を擦り合わせて火花を飛ばし、着火板に火を付ける。

 徐々に火が広がっていき、少しずつ木炭がオレンジ色に光りだす。

 おうぎで風を送り火の勢いを強くしながら、様子を見てを木炭を足していく。


「こんなもんかな」


 全体的に火が広がったら網を敷く。


「後はお肉を……っと。ダメダメ! まだみんな揃ってなかった」


 危なく肉まで焼くところだった。

 やむを得ない場合以外はみんなで食事をすること! いくつかあるムナカタ家の大事なルールの一つだ。


「うぅ~ライア姉とアミィちゃんまだかな~」


 火を見ながらテーブルに突っ伏していると頭をポンッと叩かれた。


「あう」

「お待たせ」


 頭をさすりながら振り向くと部屋着に着替えたライア姉が立っていた。


「お腹空いたー」

「はいはい」


 アミィちゃんも食卓へやって、食卓に揃っている三姉妹を見て慌てて空いてる席に着く。


「すみません。御待たせしました」

「いいのよ~。それじゃあみんな揃ったし、食べましょうか」


 レイ姉の言葉にシュネとライア姉は手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 アミィちゃんも三姉妹の真似をして手を合わせた。


「い、いただきます」


 シュネたちは慣れた手つきでトングを使い、肉を網の上に並べていく。


「はい。どうぞ~」

「ありがとうございます」


 レイ姉がアミィちゃんの取り皿に焼けた肉を乗せていく。


「こういうのは初めて?」

「は、はい」


 戸惑ってるアミィちゃんにライア姉が聞いた。

 アミィちゃんの家ではコックが作っているようで、料理をしたことがないという。――肉を焼くだけだから料理と言えるか微妙だが……。

 そんなことより!


「なんでアミィちゃんを一か月間預かることになったの?」


 シュネは肉を焼きながらレイ姉に聞いた。


「そうねぇ。一か月後にアミィちゃんがトリミング対決するのよ」

「……ん?」


 肉を焼いていた手が止まる。

 レイ姉がなんて言ったのか頭の中で反芻はんすうした。――対決? トリミング対決? ん? 解決?


「一か月後にトリミング対決するのよ~」


 ほうけていたシュネに向かいレイ姉は繰り返し言う。。


「えーっと……」


 チラリとライア姉の様子をうかがうと、先に知っていたみたいで肉を焼いては自身とアミィちゃんの皿に取り分けている。

 アミィちゃんは申し訳なさそうにシュネとレイ姉を交互に見つつも、取り皿に次々と置かれていく肉を消費していくのに必死になっている。

 状況を把握していないのはトリミングしていたシュネだけのようだ。

 シュネは焼けた肉を口に放り込んだ。――モキュモキュ、ゴックン。


「……どゆこと?」


 次の肉を焼きながらレイ姉にアミィちゃんの家で起きたことを聞いた。


「アミィちゃんのご両親とお話しした際にね……


 レイ姉は今朝のことを順を追って話し始めた。

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ビーストトリマー~よろずトリミング承り〼~ 水野 ナオ @naomizuno

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