エン君はお風呂好き

「エン君ここに乗ってね~」

「フッシュル」


 シュネはエン君を抱え込みトリミング台に乗せた。

 まだ1メートルくらいの大きさなのでシュネでも抱えることができるが、成長して2メートルを超えるとスロープ台を使用する。


「よい~しょっと。よしよし、いいこだね~まずは爪を見せてね~」

「フシュ! ボフッ!」


 シュネが後ろ足を触ると口から少しだけ火を吹いた。


「ごめんね~、大丈夫だよ~」


 シュネは左腕をエン君の両前足を抱え込むように回し、暴れないように体を密着させて保定する。

 これで頭もシュネの方に向かないようになるので、突然火を吹いても火傷しないのである。

 しっかり保定したら、後ろ足を優しく撫でながらギロチン型の爪切りを近づけていく。


「すぐ終わるからね~」


 サラマンダーの爪も血管が通っているので、慎重に切っていく。

 パチンッ……パチンッ……パチンッ、ボフッ……パチンッ……。


「ほら、大丈夫だよ~」

「フシュルルル」

「次は前足を切ってくからね~」


 前足を保定するときは、上から首の付け根を左腕で軽く押さえて、後ろ足を右腕で抱え込み。


「フッシュ! フッシュ!」

「よしよ~し、もうちょっとだよ~」


 少し落ち着くまで、右手で背中を撫でる。

 エン君が落ち着きを取り戻したら、前足をの爪を切っていく。

 パチンッ……パチンッ……。


「はい、できた。よくガマンしたね~。よしよし」

「フシュルルル」


 爪切りが終わると次はお風呂だ。

 脱皮後に古い鱗が残っていると皮膚呼吸が出来なくて、最悪の場合その部分が壊死する。

 なのでお風呂に入れて古い鱗を取り除くのである。


「は~い、ちょっと抱っこするね~」

「シュルルルル」


 エン君をトリミング台から下ろしてシャワー室へ移動する。


「おいで~」

「フッシュ」


 のそのそとシャワー室に移動して、シュネは浴槽にお湯を張る。


「もうすぐお風呂だからちょっと待っててね~」

「フシュー! フシュー!」


 エン君は喜んでいるようだ。

 サラマンダーは風呂好きが多い。熱いお湯が好きなのだ。

 お湯が沸騰したらエン君を湯船に浸からせる。


「入っていいよ~」

「フシュー!」


 シュネは浴槽から離れたところからエン君を離す。

 するとエン君は浴槽に一直線に突っ込んでいった。

 バッシャーン!

 煮えたぎるお湯に飛び込み、辺りが水浸しになる。


「もうちょっと大人しく入ってくれるといいんだけどなぁ」

「フ~シュ~」


 エン君はシュネの気持ちも露知つゆしらず、湯船に浸かっている。

 後はエン君が満足するまでシュネのやることは見守ることだけだ。

 短くて十分、長くても二十分ほどで出てくる。


「フーシュー! ボフッ! ボフッ!」


 温くなったら自分で熱くする。

 今のシャワー室はサウナ状態になっていることだろう。

 昔レイ姉が「ダイエットするわ!」とか言って中に入りのぼせたことがある。


「フフフッ……全くレイ姉は」


 そんなことを思い出して笑っているとエン君が満足して出てきた。

 しかしすぐに入ってはいけない。


「フッ! シュルルルル!」


 ブルブルブルッ!


「よし」


 体を振るわせて熱湯を飛ばしてくるので、下手に入ると火傷するのだ。

 タオルを持ってシュネはシャワー室に入っていく。


「気持ちよかったね~」

「フーシュー」


 エン君は満足気に目を細めていた。

 シュネはサッとタオルをかぶせて、爪の間と足裏の汚れを獣毛ブラシで落としていく。


「ちょっと足上げるね~」

「シュルル」


 足裏を揉みながらブラッシングしていく。

 お風呂入って機嫌がいいのか、そこまで嫌がらない。


「ボッフ~」

「次は残ってる古い鱗を取ってくからね~」


 タオルでこすらず押し当てて水気を取り、鱗を指で丁寧にがしていく。

 ギュキュルキュルキュル…… 

 鱗を剥がしているとエン君のお腹が鳴る。


「トイレだね、こっちにおいで~」


 便秘気味だったのが、お風呂に入って改善されたのだろう。

 爬虫類ではよくあることだ。

 用を足し終えて、鱗剥がしを続ける。


「ふぅ~……いい感じかな」

「フーシュー」


 最後に霧吹きで水を掛けて、体温を少し下げる。


「はい。さっぱりしたね~」

「フシュルルル~ル~」


 これでトリミングは終了だ。

 シュネはエン君を連れて受付に完了報告をしに行く。


「ライア姉~終わったよ~って、あれ?」


 ライア姉に報告をしたシュネの目に、朝見送った相手が飛び込んできた。


「お疲れ様。はい、報告書」

「あ、ありがと。じゃなくて。なんで?」

「お、お邪魔してます」


 アミィちゃんが何でここにいるのか。

 もしかして説得できて弟子入り?

 カランコロンカラン……。

 ドアベルが鳴り、扉に目を向けると荷物を抱えたレイ姉が入ってきた。


「あら? シュネちゃん、ただいま~。っしょっと」

「ただいま~じゃなくて、どういうこと?」


 なぜアミィちゃんがここにいるのか。

 なぜライア姉は普通に接しているのか。

 レイ姉のその大荷物は何なのか。

 たった二時間くらいのトリミング中に色々起きていた。


「う~んと、今日から一か月アミィちゃんをウチで預かることになったから」

「弟子入り?」


 そんな短い期間でトリミング技術の習得は一ミリもできない。


「まだ違うわよ~。詳しい話は今日のお仕事が終わってからにしましょ」

「……わかった」


 シュネは何があったのか気になったが、今日の仕事はまだ残っているから言葉を飲み込んだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る