サラマンダーは死なせない

「それじゃあアミィちゃんを送ってくるわね」


 一夜明け、薄っすらと霧が残る早朝、アミィちゃんを見送るシュネとライア姉。


「アミィさん、大丈夫ですよ」

「説得ガンバッ!」

「はい、頑張ります!」


 昨日ここに来た時と違い、アミィちゃんの顔は少し晴れやかだった。


「そういえばレイさんは……」


 そう言うとアミィちゃんは背中からコウモリのような翼を広げた。


「空飛べませんよね?」

「それなら大丈夫よ。こっちにおいで」

「?」


 アミィちゃんを連れてきたのは転移門の前。

 祖父母が作り、三姉妹の両親が世界各地の借家に空間を繋げた門だ。

 主に出張トリミングや商品の搬入に使用している。


「この転移門を使えば直ぐよ~」

「はぁ~。個人で転移門を持っているのは珍しいですね」


 アミィちゃんは門を見ながら感嘆かんたんした。


「お家はどこかしら?」

「エストーラです」


 エストーラは魔法都市コーテッドより東に位置する、トリバーレン王国内唯一の魔族が納めている街である。

 先の戦争後、人族と魔族の友好の懸け橋として、先々代の王様が魔族の王と国土の一部を互いに納めれるように条約を結んだのである。


「ライアちゃん、繋げてちょうだい」

「わかったわ」


 ライア姉がエストーラの借家に座標を合わせて魔力を込める。


「はい、どうぞ」

「ありがと~」


 門の中に空間のひずみが出来ている。


「なるほど。転移の術式を刻印して、簡易的に空間を移動できるようにしてあるのですね」

「ええ、だけれど巨大な動物はさすがに無理だわ」

「それじゃ行こうか」

「はい。では、お世話になりました」


 シュネとライア姉にお辞儀をしてアミィちゃんとレイ姉が空間の歪みに消えていった。


「さて、恐らく姉さんが帰ってくるのは夕方でしょう。その間は私が受付やるわね」

「オッケー。確か今日はサラマンダーのエン君だったよね?」

「そうよ。シュネなら大丈夫よね」


 サラマンダーは火を操るトカゲ型の霊獣だ。

 火魔法を使う時の補助として人気があり、飲食店などで活躍している。

 幼体では手のひらサイズだが、成体になると2メートル以上にもなる。


「それじゃエン君様にセッティングしておいて。わたしも準備してくるから」

「わかったわ」


 ふたりはそれぞれ準備を始めた。


「え~っと、サラマンダー用ブラシとタオルっと」

「シュネ、三番の浴槽使って」

「は~い」


 一通り準備を終えて、お客様を待つこと数分。

 カランコロンカラン。


「こんにちは~」

「いらっしゃいませ、ハボリムさん」

「いらっしゃいませ~」


 ハボリムさんはマテリラで食堂宿を営んでいて、五年前から御贔屓して頂いている。


「おや? 今日はおふたりですか?」

「すみません、姉さんは所用で出掛けております。何か御用時でしたか?」

「いえいえ、前に購入した薬用オイルのおかげで寄生虫が減りましてね。お礼をお伝えください」

「わかりました。よろしければ今回もご購入されていきますか?」

「そうですね。お願いします」


 爬虫類は鱗の間にダニが寄生する。

 素人目ではわかりにくいが、鱗の間に赤いのがポツポツとあればダニが血を吸って赤くなっている状態だ。


「エン君、おいで~」

「フシュルルル~」


 のっそのっそとシュネの方に向かっていく。

 

「ちょっとごめんね~」


 体を一通り触診してトリミングに支障がないかを確認する。

 飲食店で飼育されているサラマンダーはストレスがたまりやすく、酷い飼い主の場合、病気で死なせてしまう人もいるからだ。

 そのため事前に確認して、問題があればお断りした後、憲兵へ報告をしている。


「オッケー。ちょっと便秘気味だけど大丈夫だよ」

「それではエン君を預かりますね」

「お願いします。ではまたお昼過ぎに引き取りに来ますね」

「かしこまりました」


 シュネはエン君を預かりトリミング室へ移動する。


「こっちにいくよ~」

「フシュル。シュルルルル」

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