珍しいね、宝生さん

 

 くそっ。

 小学生の方が先にわかるとかっ、という顔を将生はしてしまい、龍哉に笑われる。


「珍しいね。

 宝生さんが自ら進んで推理するとか」


 はい、あげる、と龍哉がステープラーで閉じられたプリントをくれた。


 このコミュニティセンターの資料だった。


 今日の授業で使うのでは?

と資料から顔を上げて龍哉を見たが、


「大丈夫。

 予備があるみたいだから」

と言う。


「それから、俺が先にわかったのは、たまたま知ってたことがあっただけだよ。

 喜三郎さんは――」


 そこで、

「おい、大橋ー」

と教員が後ろから呼んだ。


「じゃあね。

 また猫町3番地で」


 ちょっと手を上げ、龍哉は、あっさり行ってしまう。


 待ってくれっ、龍哉っ、とつい、子どもの推理にすがろうとしてしまったが。


 いやいや、待て待て。

 ここは自分で推理すべきだ。


 一旦、はじめたことだからなっ。


 将生は、ちょっと隅に避け、今、龍哉がくれた資料を開いてみた。




 宝生さん、なんで、珍しく推理とかしてんのかな?

 琳さんのため?


 コミュニティセンターの大きな窓ガラス越しに、龍哉はまだ前庭にいる将生を見る。


 喜三郎さんいないと琳さん困るもんな……


 困る。


 ……困ってんのかな、あの人?


 いまいち、よくわかんないんだけど、

と思いながら、先生たちについて、二階に上ろうとしたとき、図書コーナーのところにいる琳を見つけた。


 常連のおばあさんたちと笑って話している。


「あ、龍哉くん」

とこちらに気づいた琳が笑って手を振ってきた。


「あっ、琳さんっ」

「僕らもいますっ」

とすでに階段を上がりかけていた仲間たちも駆け降りてくる。


 若い男の担任が階段の途中からこちらを見下ろし、こらっ、と言いかけたが。


 琳を見て赤くなる。


 ぺこりと頭を下げていた。


 琳やおばあちゃんたちが頭を下げ返すと、担任はもう一度頭を下げたあとで、


「おい、みんな。

 ちゃんと並ばなきゃ駄目だぞー」

と叱らずに諭すように言い、歩き出す。


 ……あとで、あの人は誰なんだとか、先生に訊かれそうだな。


 いい人だから、教えまい。


 この俺が好感を抱くくらいだから、琳さんもそうかもしれないしな。


 ああそれか。

 琳さんには、いい人がいると言おうか。


 すごいイケメンの――


 龍哉はチラと外を見た。

 将生は前庭の隅で、まだあの資料を熟読していた。


 琳は本棚の向こうにいるので、将生には気づいていないようだった。


 笑っておばあちゃんたちと話している琳の横顔を見ながら、龍哉は思う。


 ……ま。

 作り話がほんとになったら困るからやめとくか。


「それじゃあ」

と琳とおばあちゃんたちに軽く手を振ったあとで、みんなと一緒に階段を上がっていった。





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