猫町3番地の常連客
その叫び声に真守は振り向く。
すると、かなり年上そうだが、美しい女性が髪をひとつに束ね、食い入るようにノートパソコンの画面を見つめていた。
「できたああっ。
やっぱり、ここは落ち着くわ~っ」
いや、大抵、物騒な話が飛び交ったり。
謎の事件が展開してますけど。
落ち着きますかね?
と真守が思ったとき、彼女はバサバサと書類の類を老舗の帆布トートバッグに突っ込んだ。
それらを抱えて、こちらにやってくる。
カウンターに座り直すと、
「アイスコーヒー、ひとつねっ」
と解放感あふれる感じに言った。
何故、わざわざ移動してきたのだろう。
さっきまで仕事をしていた場所から離れたかったのか。
雨宮さんと語り合いたかったのか。
そんなことを思いながら、真守は整った彼女の横顔を見る。
メガネを外すと、より一層美人だった。
彼女は細身な身体で、スツールにどっかり座っていたが。
アイスコーヒーが出てくると、仕事上がりのビールのように、それを一気に飲み干した。
「美味しいっ。
喉が渇きすぎて、なんの味も感じないけどっ」
聞きようによっては、とんでもない侮辱だが、琳はニコニコと笑っている。
この人がこの店をやっているのは、単に人と話したいからとか。
事件の話を聞きたいからで。
自分の出すフードやドリンクには、特にこだわりないんだろうなと思う。
喫茶店なのにな……。
まあ、そもそも、手のかかるものは、だいたいレトルトのようだしな。
「そういえば、この間、うちの……」
と彼女が話しかけたとき、横の掃き出し窓の方から、子どもたちがやってきた。
「琳さん、オレンジ」
「レモンスカッシュ」
「僕も」
「俺、炭酸飲めない」
「アイスコーヒー」
待て待て待て、と後ろから誰かのパパが慌てて追いかけてくる。
「いらっしゃいませー」
と琳が振り向き笑うと、そのパパは、
「飲み物買っていいって言ったけどっ。
自販機にしてっ。
自販機にっ」
と叫んでいた。
すると、あはは、と横の彼女が笑い、
「あら、龍哉くんたち、こんにちは。
いいわよ。
私がおごってあげる。
今、仕事終わって気分いいから」
と彼らに言った。
やったーっ、と子どもたちは叫び、
「いや、駄目だってもう~っ」
とパパは叫ぶ。
「じゃあ、猫町4番地で買ってきてあげますよ。
外のガゼボでみんなで飲んだら?」
細いことは気にしない琳は笑ってそう言ったが、
「とんでもないっ。
これからこの子たち、映画に連れてくんでっ。
いやほんともう、また来ますっ」
とパパは言い、子どもたちを連れて怒涛のように去っていった。
どうやら、あの龍哉とかいう、小生意気な子の父親らしい。
隣の美女が庭の方に去っていく子どもたちを見ながら微笑み言った。
「あらあら、小魚の群れが移動してるみたい。
可愛いわね」
なんかその小魚たちを一口で丸呑みにしそうな迫力ありますけどね、あなた、と思いながら、真守はその美女を見る。
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