その依頼内容は問題があります

 

 喜三郎は次の習い事があると、すっと帰ってしまい、琳はちょっと寂しそうだった。


「それにしても、あの品の良いご老人、小村さんに仕事を依頼してくださってる方だったとは、偶然ですね~」


 そう言う琳に、真守はカウンターでご隠居からの依頼内容を話した。


 別に話しても構わないだろうと思われる依頼しか受けたことがなかったからだ。


 ただ、『池の底をさらってくれ』とか、『金魚の水を変えといてくれ』しか頼まれないと雨宮さんに言うのは、ちょっと恥ずかしいな、と思っていたのだが、琳の反応は思ったのと違っていた。


 真剣な顔で琳は訊いてくる。


「あの……その話、ここでしても大丈夫ですか?」


 さすがは師匠。


 どんな些細な依頼も外にもらすなと言うのですね。


 探偵は秘密厳守ですもんね、と真守は思ったが、そうではなかった。


 カウンターから身を乗り仕出した琳が小声で訊いてくる。


「池の方はなにかの犯罪絡みでは?」


「……単なる池掃除でしたよ。

 なにもありませんでした」


 雨宮さんの想像しているような物は池の底に埋まったりとかしていませんでしたよ、と話す。


「そんなこと言ってたら、池掃除する人は毎度、犯罪を暴き出してしまうじゃないですか」


「でも、普通、探偵さんにそんなこと依頼しないでしょう?」


 まあ、ごもっともな意見だが。


 それは単に、うちのあの偏屈ジジイに、孫に、なにか仕事を斡旋あっせんしてやってくれないかとご隠居が頼まれたからだ。


 なにか頼んでやらないと悪いと思い、ご隠居はどうでもいい用事を申し付けてくれたのだろう。


 だが、琳の妄想はどんどん膨らんでいるようだった。


「……それは、小村さんの仕事ぶりを簡単な依頼により、確かめているのかもしれませんね。


 いい働きぶりを見せたら、きっと、そのうち、

『探偵、死体を始末しろ』

 とか言われますよ。


 それか、『その探偵を始末しろ』とか」


「それ、命じられてるの、僕じゃないですよね……」


 後半の方が怖いですね……と真守は言った。


 ここにいると、琳により、強制的に犯罪に巻き込まれたり、殺されそうになったりするのに、何故来てしまうのだろうなと改めて思った。


「ご隠居は確かに黒いところもあった人みたいですけど。

 今はゆったり老後を楽しまれてますよ。」


 そこで、注文したたまごサンドが出てきた。


 この店の料理で、確実に琳が作っているのはこれくらいか。


 だが、そのうち、きっとこれも、

「ちょっと出てきますね~」

とコンビニに行って買ってきたのものを、はい、と出される日が来るのかもしれないが。


 真守は、ちょうど良い塩加減のたまごサンドを齧ったあとで、店内を見回した。


「そういえば、安達先生は?」


 何故、先生……と苦笑いする琳に、


「あの人、雨宮さんの次に探偵っぽいからです」

と真守は言った。


「あの人はアクション系の探偵。

 雨宮さんは、安楽椅子探偵です」


「いや、安達さん、犯罪者志望の方なんですけどね……」


 そう琳が言ったとき、うおおおおおおっ、と魔神が地の底から解放されたような低いうめき声が斜め後ろから上がった。





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