おい、探偵

 

「探偵、池の底をさらってくれ」


「はい」


「探偵、ついでに、金魚の水を変えといてくれ」


「はい」


 そんなやりとりしかしていない気がする依頼主、末太郎に、猫町3番地で出会った真守は、彼らと別れ、ひとり、庭先に回る。


 どん、と駐車スペースにとまっていたのは、真っ黄色のトラック。


 トラックの後ろには、腹立つ感じに、ぽっかり口を開けている白いカメがペイントされている。


 可愛いいのに、見てると、イラッとしていくるんだよな~。


 ずっと、なんでだろうと思っていたのだが。


 最近、気づいた。


 このカメが、なんの悩み事もなさそうで、呑気そうだからだ。


 可愛さあまって、どつきたくなる。


 また、犯罪に巻き込まれそうだな、このトラック、と真守は思った。


 いつか何処かの犯罪者が、


 俺たち、こんな大変状況なのに、呑気なツラしやがって、このカメ。


 なんか腹立つから、こいつを巻き込んでやろうっ、

とかなりそうだ。


 このカメのトラックの運転手がせめていかつい大男だったら、犯罪者たちも断念するのだろうが。


 残念ながら、運転しているのは、大抵の場合、あの、ぽわんとした水宗だ。


 よし、やっちまおうっ、と今にもなりそうだな、と真守は思う。


 子どもの頃からの夢。


 探偵に向かって一歩踏み出したはずなのに。


 まだ微妙に犯罪者寄りの思考を持つ真守は、そんな風に、捨て鉢な犯罪者の考えを見事に頭の中で的中させながら、ぽわんなカメの横を通りすぎる。


 猫町3番地の入り口に真守は立つ。


 この扉を開けると、笑顔の素敵な女店主と、愛想のよい常連さんたちがいて、とても落ち着く空間が広がっている。


 ……はずなのに。


 何故か気がついたら、みな、犯罪に巻き込まれているのだ。


 いや違う。

 ここに入ると、『犯罪に知らない間に巻き込まれていた自分』に気づくというか。


 信じていた日常がいきなり非日常に変わるというか。


 ここに来なければ、『犯罪とすれ違ったけど、気づかない自分』でいられるのに。


 なんでだろうな。


 探偵志望の自分はともかく。


 極力、その手のことに関わりたくない普通の人まで、つい、この店の扉を押してしまうようだった。


 ……そういえば、宝生さんは、休みの日まで事件と関わり合いになりたくないと言ってはいるが。


 暇さえあれば、ここに来てるみたいだな。


 まあ、あれはちょっと通う理由が違うようだが……。


 などと思いながら、結局、扉を開ける真守は、今日もまた、ここに来たせいで、犯罪とすれ違っていた自分に気づくハメになるのだった。


 真守はかぐわしい珈琲の香りと琳と笑顔を期待して扉を開けたが。


 店の中には、美味しそうなカレーの香りが漂っていた。


 琳の素敵な笑顔は変わりなかったが。


「あ、いらっしゃい、小村さ……」

と琳が言い終わらないうちに真守は言った。


「雨宮さん、今、外に、うちの依頼人がいたんですけどー。

 昔、喜三郎さんの珈琲を飲んだことあるらしいですよ」


「喜三郎さんの珈琲を?

 昔、喜三郎さんがやってらしたお店に通ってた方とかですかね?」


 琳は将棋仲間と話している喜三郎を見る。


「さあ。

 誰なんだろうねえ。


 顔を見たらわかるかもしれないけどねえ」

と喜三郎は笑って言う。


「おい、探偵の小僧っ。

 余計なことは言うなと言っただろうっ」

と怒られそうなスピードで、真守は、琳に末太郎の話を暴露したが。


 真守は、ああは言われたが、琳に報告するのは構わないだろうと思っていた。


 彼女こそが自分のボスだと思っているからだ。






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